[KATARIBE 29037] [HA14N] 小説『茨猫・第四章』

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Date: Tue, 9 Aug 2005 22:16:26 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29037] [HA14N] 小説『茨猫・第四章』
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2005年08月09日:22時16分25秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・第四章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
というわけで続きます。

今度は第四章、になります。

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第四章:無理と道理と
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 如何なる理由があっても、殴ってやりたい事態というのは存在するわけで。



『お姉ちゃんが、変なんだよっ』
 家のすぐ傍まで一緒に帰り、そこで煙草を買いに少しだけ寄り道をする。
 その間、恐らく数分。
 家の扉を開けた途端、駆け寄ってきた晃一と鬼李の唯ならない様子に、これ
はまた面倒が起きた、と、覚悟はしたものの。


 桜の色の着物を纏ったまま、野枝実は、仰向けに倒れていた。
 黒い帯が胸の前で一度きっちりと結ばれて、そのまま左右に無造作に流れて
いた。
 長い袖が、やはりふわりと倒れたなりに広がっていた。
 左の二の腕が、袖口から伸びている。
 その白さが、妙に目に付いた。

『僕らが帰ったら、お姉ちゃん、もう、こうなってて』
 ぺたんと座り込んだ膝の上に黒い猫を乗せて、晃一は不安そうにそう言った。
『鬼李が、つついても起きなくて……よくわからないけど、眠ってるのとも、
ちょっと違うの』
 確かに、一見、熟睡しているだけのようにも見えた。呼吸もゆっくりだが規
則正しい。
 けれども、鬼李がこづいても、友久が殴っても、反応は無い。

「……夢見鳥、だろうな」
 とりあえず、着物を脱がせる。その途中で着物の袖を鼻で突ついていた鬼李
が、顔をあげるとそう言った。
「というと?」
 返事の代わりに、鬼李は右の袂を前足で広げてみせた。
 爛漫の桜の縫い取り、そして白い蝶。

 ……というよりも、白い蝶を縁取った、銀糸の縫い取り。
 そこには、空白だけが残っていた。

「でも、夢見鳥が野枝実を操ったとは思い辛い」
「それは……そうだな」
 氷冴が野枝実に預けて大丈夫、と、判断したのである。一応夢見鳥も、着物
の中にとはいえ封印された身、その場から野枝実をのっ取って……とは、考え
辛いものがある。
「だと、すると……」
『……』

 晃一が大急ぎで敷いた布団に、野枝実を寝かせる。
 その弾みに、ふわ、と、解いたままの髪の毛から小さなものが落ちた。

『……あ、ごみ』
 晃一が手を伸ばし、受け止めようとした……その、小さな欠片を見た途端。

「触るなっ!」
 びく、と、晃一が手を引っ込めた。その晃一と欠片の間に、無理やりのよう
に鬼李が割り込む。
「……友久、箸か何か持ってきて、これを見てくれないか」
 ぴりぴりと尖った声に、晃一のほうが立ち上がって、台所から箸を持ってく
る。それを受け取って、友久はその欠片を拾い上げた。
 小さな紙だった。片面は白、片面には細かい線で何やら丹念に書かれている。
「これが、どうした」
「…………」

 琥珀の目が、その線を追う。
 どこか……沈痛な眼差しのまま、暫く鬼李は黙った。

「……どうした」
『鬼李、何かわかるの?』

 黒い猫は、すとんとその首を落とすように曲げた。
 丁度、何かに屈したようにも見えた。

「……とうとう……追いつかれたか」
『え?』
「傀儡遣い……に」
「……え?」

 ……野枝実ちゃんの……そうねえ、天敵……
 ……叶野紗耶。叶野家の当主ね。一流の傀儡遣いよ……

「叶野紗耶?!」
 だん、と、踏み込むような勢いに、飛び上がったのは晃一である。けれども
鬼李が飛び上がったのは、その勢いよりも言葉の内容に拠るらしかった。
「ちょっと待て、友久、何でその名前をっ?!」


 ……野枝実ちゃんの……そうねえ、天敵……



 鬼李は、晃一と一緒に家に残った。
 私にも価値がある、だから野枝実と引き換えに出来るかもしれない、と、鬼
李は主張したのだが。
『鬼李、行っちゃ駄目だよっ』
 半泣き状態の晃一を放り出すほどには、鬼李もある意味悟れてはいない。

「何かあったら、連絡しろよ」
『うんっ』


 FROZEN ROSES。
 扉を開ける前から、何となく予期していたし……また、或る意味では期待を
していたと言ってもいいかもしれない。

 つい数日前に会ったばかりの眼鏡をかけた女が、扉の開く音に振り向く様を。



「……本気で悪趣味だな、あんた」
「悪い魔女だからね」
 くすり、と、紗耶が笑う。

 カウンターの氷冴と、ピアノの前の若い女。客は二人のみ。
 カウンターの、紗耶の席から一つスツールを置いて友久は座った。

 説明を、友久はしなかった。
 説明を、紗耶は要求しなかった。

 野枝実が倒れている。そして夢見鳥が解放されている。
 それはもう、双方既知のことであるらしかった。

「あんたの目的は知らんが」
 氷冴が黙って、グラスを滑らせて寄越す。それを片手で受け取る。
 紗耶がちょっと首を傾げて、友久を見た。
「あれが目をさまさないと困る奴がいるんでな」
「……ふうん?」
 やはり片手にグラスを持ったまま、紗耶はうっすらと笑った。
「じゃ、困る人に直接文句言うように言っといてくれない?」
 そのままするりとグラスに口をつけ、含む。
 カウンターに戻されたグラスの中の液体は、傍から見ても、どこかどろりと
した動きをしていた。
 余程に、度数の高い酒なのだ、と、どこか頭の片隅で友久は思った。
 まるで行き場の無い怒りを、無意識のうちに拡散しようとでもするように。

「……ま、今更文句をいって、どうにかなる相手でもないだろ、あんたは」
「てっかね、もう、あたしの手を離れてるから」
 ふざけたような仕草で、ぴょっと両手を上げて見せる。
「……扇動師」
「褒め言葉だなあ」
 歯の間から、吐き捨てるように投げつけられた声に、紗耶はにやりと笑った。
 
「のしつけてもらっちゃったもの、どうしようと勝手じゃなかったの?」
「やったもんならそうだろうがな」
「実力で落とした場合も、問題無しって言ってたよね?」
「実力、ねえ。まあ、直接的ではあるけどな」
「実力よ、実力」

 瞬く間にグラスを空にして、氷冴姉さんお代わり、と、紗耶はごくごく気楽
に言ってのける。
 友久の前のグラスは、まだ半ばまでしか減らない。

「じゃあ、取り返すでなく。奴から逃げ出すこともあるだろうよ」

 半ばは当てずっぽうの、友久の言葉に、紗耶は肩を揺らして笑った。
 声の無い笑いだった。

「逃げ出す……って、一体どこに?」

 独り言のように呟いてから、紗耶は、はっと友久の目を見据えた。
 奇妙に鋭い視線だった。

「逃げ出して、あんたのところに戻ると……本気で思ってるの?」
「さあな」
「……傲慢だねえ」

 紗耶の片頬が、く、と歪んだ。
 ひどくいびつな笑み、だった。

 友久はグラスを空ける。
 体内を落ちて行く酒が、焼け跡をずるずると残してゆくようにも感じられる。
 氷冴は黙ったまま、お代わりのグラスを差し出す。

「あ、そうだそうだ」

 ひょん、と、紗耶が声をあげた。

「野枝実ちゃんに言っといたから」
「……何を?」
「あんたがね、野枝実ちゃんをのしつけてくれるそーな、って」

 言葉とは裏腹に、その笑顔はどこか抜けて見えるほどに邪気も無く。

「納得してたわ、野枝実ちゃん」
「……」

 それはそうかもな、と、思う。
 そこで納得するのが野枝実であるし、納得されるのが自分である、と。
 そういう繋がりである、と。
 ……そう思ってしまえば、言葉も無くなる。

 紗耶がまた、グラスを空にする。
 これでいいの、と、氷冴が尋ねる。うん、それ、お願い、と、紗耶が笑う。
「呑みすぎると、清姫が心配するわよ?」
「んーとね、心配じゃなくて、怒る」
「なら余計に」
「そーなんだけどね」

 それは他愛の無い会話。
 ピアノは以前どこかで聴いた曲を奏でている。
 ころころと、グラスの中の氷を転がしながら、紗耶はグラスを干してゆく。
 透明な酒が、奇妙な粘着質の模様をグラスの壁面に残しながら消えてゆく。


「じゃ、帰るわ」
 グラスをカウンターに置くと、紗耶はきっぱりと言った。
「意地っ張りと付き合う暇、あたしも無いし」
「ああ」
 反射的に返事をする。そして、言葉を続ける。
「……ただ、一つ聞いていいか?」
「……質問に拠るね」

 今更何、とでも言いたげな声に、友久は肩をすくめた。

「あんたの目的は知らねえ。だが、あいつに危害を加える気があったかどうか
だけは、知っときたい」
「……ふむ」

 咄嗟に口をついて出た質問に、紗耶は立ちあがろうとカウンターに掛けた手
を外した。
 小首を傾げて数秒……そして苦笑する。

「今回に関しては、無い。本当に野枝実ちゃんの力を借りたかっただけ」

 その声に、言葉に、嘘は無い。

「……今回は、ね」
「ほう」

 てかね、と、紗耶が苦笑する。

「あたしにもね、大事なものがありましてね」
「……」

 数年来追い続けている野枝実の存在よりも大事なもの、と。
 言外の意味を含んで。

「今は、そっちが大事」

 その言葉に、ほっと息を吐く。
「わかった、感謝する」


 『友久、これは野枝実と私の問題なのだ』
 詳しいことについては、殆どもらすことも無いまま、けれどもあの影猫は、
それだけは何度も繰り返した。
 『紗耶の問題。その解決に我等が必要らしいよ』

 どうやら今回の一件は、そのことには関係が無いらしい。
 それが判っただけでも……少なくとも鬼李は安堵することだろう。

「……ふうん?」

 ふと気が付くと、紗耶は苦笑したまま友久を眺めていた。

「悪い魔女としたら、失格かもしれないけど」
 長いポニーテイルを、払うようにして。
「感謝されるのも、変なもんだわね」
「こっちはこっちの事情があるんでな」

 黙ったままの鬼李、と。
 その沈黙を破ろうとすれば、絶対に反対しそうな晃一と。

 ふうん、と、紗耶は苦笑した。

「……こちらからも、質問一つしていいかな」
「ああ」

 頷いた友久に、紗耶はにこっと笑った。
 けれどもその問いは……少なくとも友久の予想からは大きく外れた。
 
「一番最初の孤独って何時頃だった?」
「……孤独か、」

 妙な問いだが、しかし秘密にするほどのことでもない。
 一体いつだったろう、と、考えているうちに、紗耶が先に口を開いた。

「……野枝実ちゃんに、そう尋ねたの、この前」

 銀縁の眼鏡を、ちょっと指先で弾くようにして。

「即答されたわ。5歳の頃って」
「……」


 ……でも、過ぎ去ったことだし……

 それは一瞬頭をよぎった声と姿。
 
「なるほど、な」
「そう、成程」

 あははっ、と、どこかわざとらしいような、乾いた笑い声を最後にあげて。

 紗耶は、そのまま扉を押し開けて出ていった。


 ピアノはやはり、どこかで聴いたことのある旋律を奏で続ける。
 氷冴は黙ったまま、紗耶の残していったグラスを洗っている。

「……氷冴」
「なあに?」
「……氷冴、お前……知ってたな」

 相当に、どすの効いた声に、しかし氷冴は動じる気配も無い。

「ええ、そうよ」
 にこやかに、あくまであっさりと。
 ……だからこその氷冴なのでは、あるのだが。

「……氷冴」
「なあに?」

 応じながら、グラスを滑らせる。その中身を一口あおってから、友久は改め
て言った。

「ならば……俺の仕事も受けるよな」
「見合った報酬と、期待に添える情報があれば、ね」

 ごく当たり前のように、氷冴は応じる。

「野枝実が、今眠っている理由。その原因」
「……それと?」
「夢見鳥につなぎを取る方法は……あるんだな?」
「まあ……呪符かなにか使えば案外楽に、繋ぎはとれるかしらね」

 他人事のように、さらりと言う。  

「野枝実が寝入った原因。そして夢見鳥の請け負った仕事の内容、それと、夢
見鳥を呼び出す方法があれば」
「成程」

 指を折って数えて確認してから、氷冴はにこっと笑った。

「結構それだと、かさむわよ?」
「前金、残りはツケで払う」

 ばさ、と、カウンターに出された札をざっと目で数えてから、氷冴はくすく
すと笑った。

「暫く、ただ働きになるけどいいわね?」
「……仕方、ないだろ」

 流石に憮然とした友久の口調に、氷冴がくすくすと笑う。

「とりあえず、野枝実ちゃんが寝入った理由は、紗耶ちゃんが夢見鳥に繋ぎを
取る為……よ。野枝実ちゃん本人には、直接関係があるわけじゃない。但し」
「但し?」
「夢見鳥が野枝実ちゃんの夢を起点にして動いているからには、請け負った仕
事が終わらない限り、野枝実ちゃんも起きられないのは、確か」
「……迷惑だな」
 断定する。
「夢見鳥の請け負った仕事の内容と、夢見鳥を呼び出す方法は……そうね、明
日には揃えておくわ。それでいい?」
「ああ」

 野枝実が眠りだして、まだ一日は経っていない。
 ならば……大丈夫だろう。

 ふと気がつくと、氷冴がいつもの笑みを浮かべたまま、友久を見ている。
「……何だ」
「いーえ」

 ごく人懐こい笑み……に、微量の毒と、ほどほどのからかいを含めて。

「お姫様が、早く起きるといいわね」

 じろり、と睨む友久に、しかしけろりとして。

「ほら、お姫さまがお待ちよ」

 ばいばい、と、にこやかに手を振ってみせる。
 勝ち目の無いのは、それこそ最初から明らかで。

「…………」

 思いきり睨みつけてから、友久は店を出る。
 重い扉がゆっくりと閉まってから、氷冴はくす、と、小さく笑った。
 その笑いが、ゆっくりと溶けて。
 ぽつり、と。小さな呟きと化した。

「……さて、どうしているのかしらね、野枝実ちゃんは」

**************************

 てなもんで。
 ではでは。




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