[KATARIBE 29032] [HA14N] 小説『茨猫・第三章』

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Date: Mon, 8 Aug 2005 21:53:09 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29032] [HA14N] 小説『茨猫・第三章』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月08日:21時53分09秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・第三章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
茨猫です。
がんがん流しますええ。
……みなおしなっしんぐ<だからねえ(汗)

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第三章:例えばそれも夢のまた夢
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 夢を、見ていた。
 昔々の、夢。


 『野枝実となんか遊ばない!』
 『こいつ、気持ち悪いっ』

 ざらざらと、頬に砂の感触。目の端が痛んで。
 泣き声。

 『なおちゃんのかげ、しんちゃんのかげ、まなみちゃんのかげ!』
 『ぜんぶ……ぜんぶ、こっちにこい!』

 影は、確かに集まるのだけれども。

 ……けれども。
 …………けれども…………



 ごち、と、音がした。
 それが、自分の頭にぶつかった拳骨の音、と、認識するまでに暫くかかった。
「……うるさい」
「った……」

 遅まきながら夢を見ていたことに気が付く。それも……
 (悪夢……なのかなあ)

「また、悪夢かよ」
「……うん」

 頷いて、野枝実は一つ頭を振った。
 もともとは六畳の筈の部屋は、現在実質二十畳くらいの広さがある。その部
屋の隅をそれぞれ確保して、寝ているわけだが。
 豆電球が、橙色の弱い光を放っている。
 そっと部屋の別の隅を見る。
 晃一はぐっすり眠っている。

 (起さなかった、な)

 小さく、安堵する。
 人の考えを読むことの出来る弊害か、晃一は時折、野枝実の夢を一緒に見て
いたりする。野枝実の夢というのが、およそ小さな子供に見せるに相応しいも
のではない、という一点について、後の三人(というか二人と一匹)の意見は
一致している。だからこそ、下手に悪夢を見ているようなら叩き起こす、とい
うのがごく自然に行われてしまうのだが。
「……本気で殴るしなあ」
「当たり前だ」

 殴られた後が、結構痛い。

「……ほら」
 半分ぼおっとしたまま、殴られたところを手で撫でているところに、グラス
を突きつけられる。
 強い、香。
「ブランデー……まだあったっけ?」
「あった」

 からん、と、一つ落とし込んだ氷が、鳴る。

「ども」
 受け取って、口元に運ぶ。
 同じ酒を、これは自分用にグラスに注いで、友久が座る。

「夢でいい思いをしないくせに、わざわざ夢へ沈もうって奴だからな…」
「あー……」

 苦笑、する。
 せざるを得ない。
 
「夢というよりは……昔のこと、だから」
「同じだろ」
「……でも、過ぎ去ったことだし」

 碌でも無い記憶では、ある。悪夢であることも確か。
 けれども……本当に怖いわけでは、ない。
 
「……過去は今は何もあたえちゃくれねえよ」
「それは、そうだけれども」

 未来を示す悪夢と、過去をなぞる悪夢と。

「未来のほうがでも、怖いだろう」
「当然だ」

 あっさりと言われて、野枝実は瞬きした。

「……友久でも、未来が怖いのか……」

 えらく意外な気が、した。

「……阿呆か」
「…………いやだって……」
「未来もなにも怖くねえって奴の方が、よっぽどの阿呆か奇人だ」

 そう、すっぱり言われると、そんなもんかとも思う。

「……そっか」
 
 自分だけが、不安なのではない。
 怖いわけでも、ない。

 ブランデーを、ゆっくりと呑みこむ。
 舌に、甘い。
 何となく、ほっとする。
 
 グラスが空になる頃には、酔いがゆっくりと全身を巡っている状態になる。
 流しに、グラスだけは置いて。

「……お休み」
 誰にとも無く言うと、また布団に戻る。
 ゆっくりと、眠りの中に引きずり込まれながら、それでも安堵だけは残って
いることを確認する。

 眠りに落ちる前に、一瞬だけ……苦笑する。
 一触即発に近かった不機嫌が、それでも消えている。

 引きずられるような、安堵。


 ……そして、微かな、恐怖。

 そしてそのまま、野枝実は夢の無い眠りへと落下した。

    ***

「晃一、お皿用意してる?」
『うん』

 毎度のことながら、朝はばたばたと明ける。

「友久、ごめん、牛乳冷蔵庫にあるから自分で出して」
「うん」

 自由業と学生。世の中でこれほど規律を踏み破る存在は居ない。そんなのに
普通に育てられた日には、晃一にまともな生活なんで教えられるわけがない、
だからせめて朝ご飯だけはちゃんと用意するように。
 ……と、鬼李が主張した時に、野枝実も友久も、それに反対するだけの論拠
も行動も持たなかった辺りが問題かもしれないのだが。

「野枝実、卵。ほら、殻が入ってる」
「あー……わあっ」

 但し、以下のことは言えるかもしれない。
 野枝実のところに集まってきた『類友』の連中は、本当に危険であったり、
他に逃げ場が無かったり、の、結構極限状態で、選択肢の一つも無く集まって
いたりする。
 だから、集まってきた当初こそその結び付きは強いものの、これが長丁場に
なった途端崩れてゆく危険性も同時に孕んでいる。
 同じ釜の飯を食う。その繋がりというのは、なんでもないようで、けれども
理屈抜きに強固なものとなる。

 鬼李が、その効果のどこまでを期待したのかは、判らないのだが。

「晃一、胡瓜の薄切り、ここにあるから、パンに挟んで!」
『あ、うん』
「……って、友久、つまむなこら、晃一のお昼が先なんだから!」

 声も出ず、様々な身体的欠陥を抱えた晃一が、普通に入れる学校というもの
は無い。言わばボランティア的に、ある医師が集めている、その手の子供用の
クラスに、晃一は預けられている。

「……ああ、そだ、友久、今日の午後、あけられる?」
「空いてる」
「じゃ、晃一の迎え、頼んでいい?」
「ああ」

 お弁当を包んで、小さなリュックに入れて。
「じゃ、こちら、午後は講義があるんで、多分ちょっと遅くなる」
「わかった」
「じゃ……いこうか、晃一」

 自転車の前の籠に、お弁当と鬼李。
 後ろの座席に、晃一を座らせて。

『野枝実お姉ちゃん』
「なに?」
『お兄ちゃん、今日は怒ってなかったね』
 率直な言葉に、野枝実は苦笑する。
「……そうだね」
『お兄ちゃん、どーかしたのかなあ』
「どうだろう、ね」

 流石に、昨日FROZEN ROSESを訪れた身としては……原因に心当たりがあるだ
けに、偉そうなことがいえないものである。
 籠の中から鬼李が少し考え込んだような目で野枝実を見やったが、そのまま
何も言わずに籠の中で丸くなった。

 

 晃一と鬼李とお弁当を降ろして、野枝実はまた自転車に乗る。
 午前中はまるまる空いているので、大学近くの商店街で買い物。
(ええっと、晃一の……折り紙?)
 自転車を降りて、スーパーの駐輪場に留める。ポケットから書付を取り出し
て、眺めながら歩いていると。
「わっ」
「っと」
 角の向こうから、女が走ってくる。避けた積りが、相手の避けた方向と見事
に一致してしまい。
「わ、わ……ごめんなさい!」
 何せ向こうは、かなりの勢いで走っていたのである。まさか吹っ飛ばされる
ことも無かったが、女が転びかけるのをかばう格好で後ろに倒れてしまう。
「大丈夫ですかっ」
「あ、大丈夫です」
 相手は慌てて野枝実から身を離した。
「ごめんなさい急いでて……ご、ごめんなさいっ」
「いえ、本当に、大丈夫ですから」
 実際、後ろ手についた掌が、少々こすれたくらいの実害しか、無い。
「わあもう……あ、髪の毛、ごみが……すいません」
 女は慌ててポケットからハンカチを出して、野枝実の髪をぱたぱたとはたく。
 一所懸命な顔は、どこかしらまだ幼い。
「……すみません、こちらこそ、かえって」
「いえそんなっ」
 よいしょと立ちあがる。相手にも怪我が無いことを確認して。
「こちらもぼーっとしてましたから。急いでいるところすみません」
「いえ……ほんとにすみませんっ」
 ぺこぺこと、数度頭を下げてから、彼女はそれでもちょっとこちらに心が残
っているような感じのまま、走ってゆく。また誰かにぶつからないと良いけど、
と、他人事ながら野枝実は心配したものだが。
(大丈夫かな)
 そんな思いも、スーパーの自動ドアをくぐる頃には頭から抜けている。
 実際、その程度のことでは……あった。
 ……の、だが。


 走っていた女が、ふう、と、息をつくと、その足取りを緩める。かなり走っ
ていた割に、その顔は無表情である。
 歩きながら、ある路地を通り過ぎる。その瞬間に。

「じゃ、いいわ。はい、首からその呪符剥がして」
 女の右手が、ごく自然に、首筋に触れた。丁度右側、若干斜め後ろ。
「剥がすと一緒に全部忘れて。ぶつかったことも走ったことも」
 すい、と、指が、白い小さな紙切れを剥がす。指先が半ば自動的に動いて、
その紙を弾き飛ばす。
「はい、お疲れ」
 その声はもう、女には届いていない。


「さて、これで野枝実ちゃんには呪符をはっ付けたわけだけど」
 女の歩み去る後姿を見ながら、のんびりとした声がそう言う。
「落ちないと良いんだけどね」
 後頭部の高いところにまとめられた髪。細い銀縁の眼鏡。どこかしら呑気そ
うな口ぶり。
「落ちはしないと、思いますが」
「まあ、そういう風に操れば問題無いけどね」
「では、大丈夫でございましょう」

 それは少々変わった取り合わせであったかもしれない。
 妙に年齢不詳の女性、一名。不思議と目立たない印象の、スーツを着た男性
が一名。そして妙齢の美女一名。

「後は、野枝実ちゃんに着物着てもらわないといけないんだけど……まずは家
に戻ってもらって……ねえ清姫、今、誰も居ないわね?」
「はい、今は誰も」
 ふわり、と、美女の指が宙に浮く。
「そしたら直実、車出して欲しいんだけど」
 スーツの男が、軽く頭を下げる。
「まず、スーパー出たところで家に戻るように操るから。そこで知らせて?」
「は」

 紗耶の指の先に、白い小さな紙がくっ付いている。先程女が首筋から外した
ものと、ほぼ同じものである。
「忘れ物したんだよね、野枝実ちゃん。授業にいるものを、さ」
 くす、と、笑って、髪の長い女性……紗耶は、そう言った。


 叶野紗耶。一流の傀儡遣い。
 その能力は、実は二種類に分けられる。
 傀儡を操り、自身の望みに合わせて動かす能力と。
 小さな呪符を張ることで、相手を傀儡化することと。

 椅子に張れば、椅子を操ることが出来る。
 人に張れば、人を操ることが出来る。
 一流、と、氷冴が断定するのは、その能力の故である。


「紗耶様」
「ん?」
「野枝実さんは、気が付きはしないでしょうか」
「……正直、それがちょっと心配」
 だから、先程の女には、髪をはたく振りをして、首のあたりにつけるように
と言ったのだが。
「あと、着替える時に外れはしないか、と……」
「……まあ、それはちょっと考えるけど」
 紗耶はこりこりと額をこすった。
「一応、剥がれそうになる前に、野枝実ちゃんには、ちゃんとはっつけようっ
て操る積りにはしてるし。それに夢見鳥もそれなり出てきてくれるんじゃない
のかと……」
「出てこようとするでしょうか」
「……というのが、希望的観測」
「多少、弱いですね」
 氷のような美貌を露ほども動かさず、美女が断定する。紗耶はちょっと首を
すくめた。
「まあ、上手く行かなかったら、また何か考えるけど」
「どのように、でしょう」
「……もっかい挑戦とか」
「紗耶様……」

 ま、大丈夫でしょ、と、紗耶はまた呑気そうに言う。

「いざとなれば、直実にさせるわよ。野枝実ちゃんよっか素早いでしょう?」
「直実でしたら、間違いは無いかと思いますが」
「じゃ、そーしよ」
 からん、と、いっそ明るいような口調で言うのに、清姫と呼ばれた女性が呆
れたような視線を向ける。
「では、最初からそうなされば宜しいのに」
「いや、それはちょっとね」
 紗耶は苦笑する。
「直実は、まだ野枝実ちゃんと、正面から会ったこと無いでしょ?」
「はい」
「隠し玉は、一つでも多いほうが良いからね」
「……御意」

 美女は、深く頭を下げる。
 硬質の美貌は、卑屈やおべっかとは、一切無縁である。だからこそ反対に、
こうやって頭を下げるこの女性と紗耶の関係というのはわからなくなる。

「あ」
「あ、野枝実ちゃん、動く?」
「はい」
「じゃ、直実呼んで。こちら車出して貰いたい。結構この作業きつそうだわ」
「……御意」
 
 
(あーっと、いかんいかん)
 自転車の鍵を外したところで、野枝実は小さく呟いた。
(忘れてた。桜井さんに本返すんだった)
 以前借りた本。読み終わってはいるのだが、返すのをこれで二回忘れている。
別に急いでないし、思い出してからでいいよ、と、相手は笑うのだが。
(今思い出したってことは、取りに帰ったほうが良いってこと、だな)
 商店街から家までは、たかだか5分の距離である。用事は午後から。まだ充
分に余裕がある。
 野枝実の左手が、首の後ろを抑える。
 うっすらとした疑問が、解けて消えた。


 部屋に戻り、しばしあちこちをかき回して、借りていた本を引っ張り出す。
 それを鞄に落とし込んで蓋をして、時間を見る。
(珈琲くらいは、飲めるな)
 台所に向かい、やかんに水を入れようと、持ち上げたところで。

 つ、と、指が、やかんの取っ手から滑って離れた。
(……え?)
 首がするりと捻じ曲げられる。決して無理な動きではない。
 しかし、確実に自分の意志とは異なった動きとして。

 足が一歩ずつ動く。手が自然に動き、服を入れた引出しへと延ばされる。
 一番下の引き出しに手をかけて、引く。
 何が入っているのかは、良く知っている……のだが。
(……何で?)

 その問いが、あぶくのように浮かんでは消えた。
 何かぼんやりとしたまま、野枝実はゆっくりと引き出しに手を差し込み、平
たい紙包みを引きずり出して、開いた。
 和紙の中に、淡い紅の色。
 そして、見事に縫い取られた……白い、蝶。


「さて、あとは、着物着てもらう……わけだけど」
 野枝実の住むアパートの近くの路地に、黒っぽい色合いの車が一台止まって
いる。
 車の後部座席を占領する形で、紗耶は横たわっている。
「問題は帯だな。どうやって結ぶっけ」
「……そこまで必要なのですか?」
「や、それは必要ないけどね」
 額にはびっしりと、汗の粒が浮かんでいる。
 人一人を、傀儡として動かす。それはかなりの労力を必要とする。
 その割に……というか、それだからこそ、紗耶の無駄口は止まらない。
「でもまあ、野枝実ちゃんに、ちゃんと着せてあげたいかな、と」
「そのお気持ちは、正直よくわかりませんが」
 あっさりと、清姫が言う。
「適当に前で結んでおけば、夢見鳥も満足するのではないでしょうか」
「……そう願いた……」
 ふっと紗耶の言葉が途切れた。


 夢の中にいるように。
 両手が動き、襦袢をまとい、紐を結ぶ。
 そして着物をふわりとまとって。
 
 はたはた、と、右の袖が動く。
 はたはた、と。
 それが何の動きなのか、それもまたぼんやりとしたまま、野枝実は着物を纏
い、帯を取り上げる。
 くるり、と、何度か廻して、結んで。

 はたはた、と。
 右の袖が、まるで招くように。

 左の手が、ふうと動いて、右の袂を掬った。
 ふわり、と、白銀の細かい光が、漂ったように見えた。

「……夢見鳥」
 口が、夢うつつのまま動く。
「依頼、なんだけど」


 そこから先、暫くの記憶が、野枝実には、無い。


*****************************************

 てなとこです。
 ……なんかこー色々と、御都合主義とかゆーのはきこえませんぜ(汗)
 ではでは。



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