[KATARIBE 29029] [HA14N] 小説『茨猫・第二章』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sun, 7 Aug 2005 23:49:14 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29029] [HA14N] 小説『茨猫・第二章』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200508071449.XAA10055@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29029

Web:	http://kataribe.com/HA/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29029.html

2005年08月07日:23時49分14秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・第二章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@おう、忘れてた です。
二章流しますー。
……忘れていたかった。永遠に<おい

****************************************
第二章:一番最初に見知った孤独
------------------------------

 そして丸一日過ぎた夜。
 FROZEN ROSESにはまた客が来る。
 混み合うことこそ無いが、客足が途絶えることもない。
 そういう店である。


「……どーしたの一体」
「いえ……」
 すみません氷冴さん、ジンストレートでお願いします、と、駆けつけの一杯
にしては強い酒を頼んでから、野枝実は溜息をついて氷冴を見上げた。
「あの、氷冴さん。昨日何かありましたか?」
「何かって……ここで?」
「はあ」

 FROZEN ROSESは、もともとが友久のほうの行きつけの店である。夜の適当な
時間に帰ってくるとなると、ここに居たというのが普通なわけだが、昨夜帰っ
てからの機嫌の悪さが尋常ではない。その翌日、つまり今日一日、野枝実は勿
論、鬼李や晃一まで、こそこそと部屋の隅に固まってしまったくらいである。
 
「うーん……そうねえ、あったと言えばあったし」
「無かったと言えば無かったんですか?」
「あったわね」
 くす、と、笑って氷冴が応じる。
 反対に、野枝実の表情が曇る。
「……あの、もしかしてと思うんですが」
「なあに?」
「晃一のことで……何か?」

 類は友を呼ぶと言う。
 野枝実と鬼李が住んでいた、元々普通の六畳一間に台所等の部屋に、まず転
がり込んだ『類友第一号』がこの晃一である。小柄で大人しくて素直で優しい
……まあ確かに尋常ではないこの少年は、その能力についても尋常ではない。
 彼が野枝実のところに転げ込むまでには、それなりに騒ぎがあったのだが、
ここでは省略する。但し現在に至るまで、その騒ぎの根が全て消えたとは言え
ないところが問題である。

「晃一君?」
「友久が心配する理由は、それくらいしか無いですから」

 そもそも、友久が野枝実のところに居付いている理由の一つが、晃一である。
実際自分の弟か子供のように可愛がっているのを知っている。だからこそ、も
し晃一に何か危険がある場合、あれくらい不機嫌になると思われる……のだが。

「晃一君には、ちっとも関係ない話題だったわよ」
「……そう、ですか」
 そうなってくると野枝実には、判断の仕様が無い。とろりとするほど冷えた
ジンのグラスに手を伸ばし、一口含んだあたりで、氷冴が小さく笑った。
「ああ、でも、魔女と口喧嘩してたかしらね」
「…………魔女?」

 そこで一瞬、小泉狭霧を連想したあたり……狭霧本人に知られた日には、野
枝実もただでは済まないかもしれない。ああ、ここに彼女が居なかった、と、
一瞬安堵しかけたところで、

「って、狭霧ちゃんじゃないわよ」
「……っ」

 ジンにむせかけて、慌ててグラスを下ろす。こらえかねたように氷冴がくす
くす笑い出した。

「……あーのおっ!」
「だ、だって野枝実ちゃん、顔に出るんだもの」

 そう言われるとなお反応に困る。その顔を見て、ひとしきり氷冴は笑ったが、
直にほんのりと口元に笑いを留めたまま、言葉を紡いだ。

「でも、違うのよ。別の魔女」
「別の……」
「野枝実ちゃんも知っている人」
「え?」

 正直、ここに来る常連に、野枝実もそうは詳しくない。狭霧の他に誰が居た
ろう、と、考えかけたところで、氷冴の声がその思考に鉄槌を下した。

「紗耶ちゃん」

 愕然として、野枝実は氷冴を見やった。

「紗耶……叶野、紗耶、ですか?」
「そう」

 答は、彼女の後ろから発せられた。

「野枝実ちゃん、おひさ」

 長い髪を後頭部で纏めた女が、ひょっと手を上げてそう言った。


 紗耶との確執は、長い。
 野枝実が憶えている限り、彼女が大学に入った年に会ったのが初めだが、紗
耶に言わせると、鬼李が影猫となった時から目を付けている相手になる。
 鬼李。元々は野枝実の飼っていた猫が寿命で死ぬ寸前に、影へとその意識を
移して生まれた猫。確かに野枝実の能力が第一の原因ではあるのだろうが、同
時に鬼李自身に、何としても生きたい理由があったからこそ……の、ことだと、
少なくとも鬼李と野枝実は理解しているのだが。
『その力が欲しいのよ、野枝実ちゃん』
 初めて会った時から、この女の風貌は変らない。どこか呑気そうな、奇妙に
女の匂いの無い雰囲気、妙に学生めいた銀縁の眼鏡。
 そしてひどく人の良さそうな表情。

『ちょーっと理由があるんでね。その力、どうしても欲しいんだなあ』

 そんな言葉を吐く時ですら、彼女の笑みはごくごく呑気で。

『どうせ野枝実ちゃん、誰に守られてるわけじゃなし。お家のご両親もそっち
の能力の為ですつったら納得してくれそうだし』

 漂わせる雰囲気も、まるでちょっと買い物でもしてきます、くらいのもので
しかなく。

『……どう?』



「えーっと」
 何時の間にか立ち上がっていたらしい。気が付くと紗耶は、野枝実の隣、ス
ツール一つ隔てたところに座っていた。
 困ったように笑いながら、野枝実を見上げる。
「ここ、ほら、絶対中立の場所だから」
「…………」
 声の内容というより、その声自体に反応して、野枝実が一歩、足を後ろにず
らす。あららあ、と、紗耶が小さく呟く。
「どーしましょ」
「……野枝実ちゃん」
 紗耶から視線を向けられて、カウンターの中の氷冴が口を開いた。
「誰であっても一切の揉め事は禁止、よ」
「……でも、ここから出ての」
「あー、不意打ちとか、帰るまでの道を狙うとか、そういうの全部無し」
 ぴ、と、人差し指二本でばってんを作ってみせながら、紗耶が苦笑した。
「とにかく、叶野紗耶が、叶野紗耶の名前にかけて言ってます。本当に、今日
は何にもしません。野枝実ちゃんの後もつけません」

 ふざけたような物言いの中の、動かしようの無い本当の色。
 野枝実は黙って、また元の椅子に座った。

「で、と」
 氷冴姉さん、ズブロッカ貰えますか、と、注文してから、紗耶は半分身体を
捻って、野枝実のほうを見やった。
「先刻言ってた魔女が、あたし」
「…………」
「王子様と喧嘩してました」

 成程、と、野枝実は納得する。
 そもそも……王子様呼ばわりされて、友久が機嫌良く帰ってくるわけがない。

「……訊かないの?」
「え?」
「何の話してたかって」
「…………いや」

 友久と、紗耶。
 共通する話題は……少なくともそのとっかかりは自分であるのだろうから。

「野枝実ちゃんの話、してた」
「…………」
 以降、彼女の言葉を聞き流すことに、野枝実は決めた。
 精神衛生上、宜しくないことこの上無い。
「あたしっからしたら、野枝実ちゃん可愛いなあって思うんだけど、あの王子
様見る目が無いね」
「…………あの」
 とは言え、聞き流す条件として、幾つか挙げられるわけで。
「ん?」
「その、王子様って……やめて欲しい」
「何、似合わない?」
「全然」
 即答に、紗耶は勿論、氷冴も吹き出した。
「野枝実ちゃんの王子様かと思ったんだけど」
「まさか」
「……ふーん」

 生真面目な顔を見て、紗耶はちょっと肩をすくめた。

「面白くないこと」
「…………」
「まあ、いいけど……その、友久さんだっけ?話しててね……でもどっちにし
ろ、あの人は見る目が無いけどね」

 冷えたズブロッカのグラスに、びっしりと並んだ水滴を指で繋げながら。

「野枝実ちゃんのこと、とっくにのしつけてくれてやるけどな、なんて言うん
だからね」
「……ああ」

 言いそうな台詞だ、と、野枝実は納得する。
 ……納得、しようとしたのかもしれないが。

「そう考えると友久さんが居ないのが残念だね。今だったら約束履行を迫るん
だけどなあ」
「…………」
 今日の不機嫌な様子を見た限り、一緒に来るなんて恐ろしいことは出来なかっ
たに相違ないのだが。
 (それにしても、一緒じゃなくて良かった)
 安堵する。そして安堵したことに、微かに痛む。

 多分、友久は、紗耶と自分との間の確執については知らなかったことだろう。
 最悪、殺すか殺されるか、という関係であることも。

 知った上で……流石に、のしつけて紗耶に引き渡された場合には。
 (生きて帰れる気がしない)
 流石に、そこまでは…………

「…………良かった」
「ん?」
「来なくて」
「……って、友久さん?」
「……そう」

 無言で、紗耶が野枝実から視線を氷冴に移す。
 氷冴が少し肩を竦める。

「さいてー」
「……え?」
「友久とかゆーやつ」
「あら」
 ほわんと笑いながら、柔らかな声で氷冴が辛辣なことを言う。
「この場合、最低は野枝実ちゃんかもよ」
「あ、それはそうかも」
 でも最低の次くらいに最低だな、と、紗耶は頬杖をついて言う。
 何時の間にか、ズブロッカのグラスは空になっている。
「ねえ、野枝実ちゃん、一杯ご馳走していい?」
「え?」
「Blue Moon」
「……あ、はい」

 氷冴が言うからには。そして紗耶が自分の名前にかけて言うからには。
 今日は……安全なのだろう。

「Blue Moonって言う割に、紫だよね、このカクテル」
 青い月。奇跡の代名詞。
「青いお酒が好きなの?」
「結構ね」
「……何だからしいわね」
「そう?」
 他愛の無い会話を聞くともなしに聞きながら、野枝実はグラスを口に運ぶ。
 気が付くと、紗耶のグラスは、既に半分がた空になっている。
 相当に酒には強いらしい。

 さらさらと、穏やかな声。そしてピアノの音。
 
「……ね、野枝実ちゃん、ちょっと質問」
 野枝実のグラスが空になる頃に、ふい、と、紗耶が口を開いた。
「え」
「一番最初の孤独の記憶って何時頃だった?」
「え……?」
「何時……ってか、何歳くらい?」

 一番最初の孤独の記憶。
 瞬時に蘇る皮膚感覚。

「……五歳」

 『野枝実なんかともう遊ばないっ』
 頬についた、砂のざらざらとした手触り。
 
 泣き声……
 ………………誰の?
 
「…………あいた」
「……え?」
 声音のどこかに、思わず相手の顔を見上げる。額に手をあてて抑えるように
しながら、紗耶はなんとも情けないような笑顔を向けた。
「五歳、ねえ……やっぱそれくらいなのかなあ」
「え」
「あたしもね、五歳。そういう記憶って」

 やっぱそれくらいなのかなあ、それくらいにぶつかる子はぶつかるのかなあ、
と、独り言のように呟いて。

「半端にわかっちゃう歳なのかなあ……」
「……かも、しれない」

 その言葉はするりと喉から出てくる。
 紗耶の声が、ひどく裏の無いものに思えたせいかもしれない。

「ねえ、野枝実ちゃん、そういう記憶ってさ」
「え」
「……あー……いや」

 ごめん、ちょっとまとまらないや、と、紗耶は苦笑して……グラスに残った
酒をあおった。
 するり、と。

「じゃ、これで……ああ、友久さんだっけ?彼に宜しく」
「……はい」
「貰っちゃう時には、本当にのしつけてよね、って言ってたって、伝えて」

 からん、と、一つ笑うと、紗耶はすらりと椅子から立ち上がった。
 後頭部で高く纏められた髪が、半拍置いて彼女の動きを模倣する。

「あ、氷冴姉さん、今日の野枝実ちゃんのお代、あたしがおごるからつけとい
て」
「あの」
「はい、了解」
 野枝実の声を遮って、氷冴が頷く。
「ああ大丈夫野枝実ちゃん。たかだかあんたの一日の飲み代くらいで、懐柔出
来るとは、流石に考えてないから。安心して」

 安心して、と、そういう意味では、一番の難題を突きつけたまま。
 紗耶の姿は扉の向こうに消えた。

「…………」
 スツールに座りなおす。かく、と、肩が落ちるのがわかる。
 気が付かないうちに、相当緊張していたのだろう。

「お代わり、どう?」
「あ、はい……」
「何がいい?」
「何でも……あ、青いカクテルって何かありますか?」
「青いねえ……昨日紗耶ちゃんが呑んでたのなんか、どう?」
「って?」
「Blue Eyes Blue」
「……厭味な名ですね」
 氷冴がくすっと笑った。
「知ってる?Blue Eyed Boyって、『お気に入り』って意味もあるんだって」
「……そうなんですか」
「だから、この名前は、そっちが理由かもしれない」
「はあ……」
 と、言われても。
「名前で呑まない」
「……はあ」

 氷冴の手がすばやく動く。

「……氷冴さん」
「なあに?」
「紗耶……あの人、何をしに来たんでしょうか」
「……さあ」
 すっとグラスを滑らせて。
「本当に聞きたかっただけかもよ?」
「……?」
「一番最初の、孤独の記憶」

 ……一体、何の為に? 
 問おうとして、野枝実は結局口を噤んだ。
 
 あまり、知りたいような話ではない気が……した。

 
 青の酒。
 アニスの、少し薬めいた匂いが漂った。


*************************

 てなもんで。
 ではでは。



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29000/29029.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage