[KATARIBE 29027] [HA06N] 小説:「 unbalance 2nd 〜 hospital 〜」

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Date: Sun, 7 Aug 2005 01:33:12 +0900 (JST)
From: 葵一  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29027] [HA06N] 小説:「 unbalance 2nd  〜 hospital 	〜」
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月07日:01時33分11秒
Sub:[HA06N] 小説:「unbalance 2nd 〜hospital〜」:
From:葵一


 こんばんは葵でございます。
 難産やった……(えぐ
 と言うわけで、びょーいん担ぎ込みました
 で。

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[HA06N] 小説:「unbalance 2nd 〜hospital〜」
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 医療に携わる方々には本当に申し訳ないと思うが、病院という所はあまり好
きな場所ではない。
 もっとも、自分が体調を崩していたり、怪我してる時はこれほど有難い、心
強い場所は無いと思うのだから我ながら勝手だなとは思う。
 なんにせよ、自分以外の人間が医師の世話になっているのを、何も出来ない
見ているだけの客観的立場から見るのは……辛い。
 それは、軽かれ、重かれ、病床に苦しむ姿に違いないのだから。
 ましてや、相手が親しい女性(ひと)なら、なおさら。

 ベッドの枕元でボコボコと耳障りな音を立てる加湿瓶から伸びた酸素管は、
彼女の口元に当てられたマスクに繋がれ、ベッドの傍らに立てられたスタンド
の点滴からは、素人の俺が見ても判るほど早いペースで薬液が滴下している。
 脱水症状のせいか、それとも吸入している酸素のせいなのか。
 あの艶やかな唇もカサカサに乾いていた。

「……おねえちゃん」

 ベッドの反対側の椅子で、眼を泣き腫らした少女がポツリと呟く。
 ずっと彼女の手を握っている少女が声は、先ほどまで泣いていたためか、鼻
声であった。

「夾ちゃん、もう大丈夫だからね、先生もそういってたし。今日はもう遅いか
ら、知恵さんと家にお帰り」
「でも……」

 離れがたく、彼女のギュッと手を握り直す。

「大丈夫、後は俺がついてるから」
「でも……本宮さんもお仕事じゃ……」
「夾ちゃんは明日まだ配達あるし、千恵さんだって学校でしょ? 俺はどうせ
明日非番だからね。気にしなくていいよ」
「夾さん、本宮さんの言う通りです。もう大丈夫のようですから、ここは本宮
さんにお任せして今夜は戻りましょう」

 相変わらず、極めて冷静な口調で淡々と語る知恵さん。
 この娘が感情を露わにすることは在るんだろうか。

「ん、そうしてくれるかな。あ、これ俺の携帯番号、一応、個人と仕事用、両
方の番号書いてあるから、何かあったらどっちの番号でも良いから連絡して」
「はい、ありがとうございます」
「それから、彼女の着替えなんか、明日持ってきてくれるかな? もう一晩位
は入院する事になると思うから」
「判りました、では、お先に失礼します」
手渡した名刺を大事そうに財布に仕舞い込むと、振り返り、振り返り、彼女達
は帰っていった。

 二人が去った病室には、俺と、眠り続ける彼女だけが取り残された。


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 温室から尊さんを助け出した後、救急車も一瞬考えたけれど、彼女と俺の影
の仕事を考えて最寄の吹利日赤に担ぎ込んだ、ここなら零課の顔も利くから、
いざとなれば、そっちで処理する事もできる。
 余計なトラブルは避けられるにこしたことは無い。
 そこで担当医として現れたのが。

「それにしても、驚きました」
「それは俺もです」
「まさか、美樹さんがここに居るなんて知りませんでした」
「わたしも、まさか『あんな姿』の尊さんを本宮君が担ぎこんでくるとは思い
ませんでした」

 病室横の面会コーナーで壁にもたれながら、美樹さんはちょっとくたびれた
白衣のポケットに手を突っ込んで、紙カップの薄いコーヒーを啜った。
 何でも医師免許を取った後、研修で吹利日赤に勤務してるそうで。

「結局、尊さんはあのまま戻らなかったんですねぇ」

 窓から見える夜景をぼんやり眺めながら砂を噛んだような渋い顔で呟く。
 その後で、かすかな声で「医療じゃ……」と美樹さんが呟いたように聞こえ
た。
 『あの』が指す意味は俺も判っているが、あまり、突っ込みたい話題ではな
かった。
 ので、失礼ではあったが、強引に話を逸らした。

「で、どうなんですか?尊さんは」
「ん……中度の熱中症ですね」
「熱中症」
「過度の発汗と高温で脱水症状を起こしてますが、発見が早かったですからね、
大丈夫です命に別状は無いですよ」
「そうですか……」
「まぁ、点滴で水分と電解質の補給してますから、意識ももうそろそろ戻るで
しょう」
「良かった……」
「でも、今回はお手柄ですよ本宮君。医者が『もし』って言葉をあまり言うべ
きじゃ無いと思うんですが、もしあと30分発見が遅れていたら」
「え……」

 その台詞の意味を理解した瞬間、肌が粟立った。
 無論、その台詞の先は。

「熱中症といえども、なめてかかると危険ですからね。でも、まぁもう大丈夫
ですから、本当に良かったですよ」

 昔のままに飄々と言い切る美樹さんはなんだか頼もしく見えた。

「では、わたしは下の仮眠室で待機していますから、 大丈夫だと思いますけ
ど、何かあったらナースセンターに連絡してください、んじゃ」
「はい、ありがとうございました」

 そう言い残し、空いた紙カップを器用にゴミ箱に放り込み、寝不足で少しフ
ラつくする足を引きずりながら美樹さんはエレベーターホールに去っていった。


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 枕元の椅子に座ったまま、じっと彼女の顔を見つめる。
 いつもならクルクルと本当に猫の眼のように表情の変わる女性だが。
 今は、血の気のうせた頬と、伏せた瞳。
 命に別状は無い。
 判ってはいるのだが。
 早く眼を開けて欲しい、声を聞かせて欲しい、微笑んで欲しい。
 手を伸ばせば。
 肩を掴んで揺り動かせば。
 肩を掴みそうになる手を必死に押さえ、頬にかかる髪をそっと払うと、細く
サラリとした髪が指に絡んだ。

 「尊さん……」

 名前を呼ぶが、言葉が続かない。
 次に出る言葉は解っているのだが。

 「ん……」

 彼女の眉が微かに寄せられ、小さな声が漏れた。

 「尊さんっ!?」
 「……ん……ぅ……」

 微かな呻きと共に、彼女はうっすら眼を開いた。


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 夢を見ていた。
 かつてあたしが切り捨てていった妖(あやかし)どもが再び目の前に現れ飛
び掛ってくる。
 いつもの戦いのように漣丸を抜き放つ。
 が。
 漣丸が重い、振れない。
 指先からも斬糸が飛ばない、切れない。
 振るう手刀が突き抜ける、効かない。
 焦って繰り出す技がどれも効かない。
 必死に漣丸を振り回し、切り飛ばしても、殴りつけても、どの妖も哂いを浮
かべながら近づいてくる。

 『無駄だ』と。

 夢の中のあたしは、かつて無い感覚を覚えた。

 『焦り』を。
 『恐怖』を。

 悲鳴にならない声を上げ、群がる妖から必死に逃げる。
 何で!? なんで効かないの!? 嫌っ! 死にたく無いっ!。
 群小の妖に追いつかれ、全身を覆われ、牙を立てられる。
 闇に沈み、消え行く直前。
 必死に伸ばした手を。
 誰かが掴んで引っ張った。
 深く沈んだ意識が急速に浮上する。

 「……ん……ぅ……」

 微かに開けたに、白い天井の明かりが突き刺さり、眩しさに呻きが漏れ、顔
をしかめる。
 ボンヤリとする意識に必死に渇を入れ、起き上がろうとするが、全身の関節
がギシギシと悲鳴を上げる。
 喉が焼けるように乾く。

 「尊さん、いきなり起きちゃ駄目ですよっ!?」

 誰かが、起き上がるあたしの肩を押さえつける。

 「お……み……ず……」

 掠れた声でやっとそれだけ絞りだす。
 ヒリつく喉ではそれだけ搾り出すのがやっとだった。

 「水ですね、いいですか? 起こしますよ、ゆっくり起きてください」

 横たわるあたしの肩口から腕が差し込まれ、ゆっくり抱き起こされる。
 え……。
 この声……。

 「ゆっくり、ゆっくり飲んでくださいね」

 当てられた酸素マスクを外され、口元に水飲みの細い飲み口が当てられる。
 慎重に流し込まれる水を、はしたないとは思ったけど、喉を鳴らして飲む。
 乾ききった口と喉に水が染み渡る。
 ただの水のはずなのだが、この上も無く、甘い。

 「大丈夫……ですか?」

 やっと明かりに馴れた眼に、あたしを抱き起こす本宮君の顔が飛び込んでき
た。

 「も……と……」
 「まだ、しゃべらない方が良いです、さ、身体倒しますよ?」

 しっかり抱えられた肩から暖かい体温が伝わる。
 そっと、大きな手で支えられた頭が枕に沈む。
 身体を横たえると、そっと腕が抜かれた。
 暫くの間、カチカチと、壁に掛けられた時計の音だけが響いた。

 「……少し、落ち着きましたか?」
 「う……ん……本宮君……が?」
 「ええ、偶然ちょっと寄らせてもらったんですよ、それで」
 「そう……」

 だいぶはっきりした頭で、改めて自分の置かれた状況を整理してみる。
 ここはおそらく病院、左腕に……点滴。
 手首には包帯……。

 「で、尊さん、いったい何があったんですか? 誰に?」
 「う……」

 真剣な目で上から覗き込んでくる本宮君。
 説明しなきゃ……いけないよね。
 迷惑……かけたし。

 「実は……」

 あたしは、恥を忍んで『あの』ドジを話だした。

 ===========


 つっかかり、つっかかり喋るあたしの話を本宮君は黙って聞いてくれた。

 「で……そ……の……ごめ……ん、あたしのドジで……迷惑……かけ」
 「尊さん……」

 あたしの最後の言葉を遮って漏れた本宮君の一言。
 これが本宮君の声かと思うようなしゃがれた、低い声。
 顔はうつむいて見えない。
 決して大きな声ではないけれど。
 搾り出すような、声。
 ゆっくり、椅子から立ち上がって、あたしに背を向ける。

 「どーしてっ!?」

 初めて聞く本宮君の荒げた声。
 ピシリと空気が切れるような強さに竦み上がった。

 「ご、ごめん……なさい……」

 そうだよね、あたしのドジで、心配かけて、迷惑かけて……。
 あたし、なに、やってんのかな……何年も追ってたあいつを切り倒して、喜
び勇んで吹利に帰ってきて……で、早々にドジ踏んで……。
 なんだか……自分で笑えるほど、情けなくて……。

 「あ……は……莫迦……だよね……ご……め」

 謝ろうとしたけど、声が震えちゃって、詰まっちゃって。

 「どーして……」

 もう一度、聞こえる本宮君の呟き。
 顔は見えないけど……怒ってるんじゃない……。
 なんだか……哀しそうな……声。
 あたしに背を向けて、強張っていた肩からフッと力が抜けて、もう一度枕元
の椅子に座り込む。

 「どーして……一言、言ってくれなかったんですか、尊さんは一人じゃない
んですよ? 言ってくれれば……俺だって、他のみんなだって、いつでも手伝
いますから、ね?」

 穏やかに微笑んで、やさしく頭を撫でてくれる……手。

 「え……ぅ……あ……えぐっ」
 「え、ちょ……泣かないで下さいよ、俺、いじめたみたいじゃないですかっ」

 情けなくて、でも嬉しくて、なんだか良くわからない感情が、後から後から
沸いてきて。
 結局、あたしは本宮君に撫でられるまま暫く泣き続けていた。


時系列
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 2005年7月中旬日。知恵、夾との同居開始から十日後の深夜。
 場所は、日赤吹利の病棟の一室。

解説
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 えー、仕事の山と書いてた期間がかぶりまして
 結構難産でした。
 なんと言うか、この後看護士さんに乱入されそうな気が凄く
 しますねぇ。(脱兎)

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