[KATARIBE 29026] [HA14N] 小説『茨猫・第一章』

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Date: Sat, 6 Aug 2005 21:14:48 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29026] [HA14N] 小説『茨猫・第一章』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月06日:21時14分47秒
Sub:[HA14N]小説『茨猫・第一章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ぼけーとしてます。
……というわけで、ぼけーに合わせて流します。
なんつっても三年前の話だもんなー(えぐ)
一応、当時、友久氏、野枝実共に、現在より3歳下、26、7くらいだったんじゃないかな。
というわけで、一日一章、続きです。

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第一章:それなりに宣戦布告
--------------------------

 たとえば人の、存在の重さや価値や、心に占める割合というもの。
 それを計る目盛りはあまりに複雑すぎて。

 …………結局は直感?



「あら、いらっしゃい」

 笑いを含んだ声に、多分ここに来る客の殆どが安堵するに相違ない。そう、
確信させる柔らかな声が、やはりいつもの挨拶を紡ぐ。

 FROZEN ROSESの女主人、薔氷冴。
 その声に、確かに友久も安堵する。

 ……但し、そこに続く言葉は、耳慣れないものではあったが。

「紗耶ちゃん、彼、よ」
 カウンターの前の女が、おや、という風に振り返った。
「野枝実ちゃんの、関係者」

 振り返った女は、奇妙なほど女に見えなかった。
 年齢は二十代後半としか見当がつかない。長い髪は後頭部の高い部分で結ば
れている。銀縁の眼鏡にごく平凡な顔立ち。化粧っ気の無い顔。
 そして何よりも、彼女は女性の匂いに乏しかった。女臭くないといえばそれ
なりに褒め言葉だが、そもそも女性であることを疑いたくなるほどに、その感
覚が無い。
 長い髪を後ろに無造作にたらしていることと言い、その服装と言い。
 女性臭くないことが、いっそ不思議に思えるような風体ではあるのだが。


「おやおや」
 言いながら彼女は、ひどく人の良い笑みを浮かべる。路地の傍ら、胡座をか
いて笑う男達のそれに良く似た。

「はじめまして」
「……」
 彼女から、スツール一つおいた、カウンターの席に座る。普通ならもっと離
れて座っているところだが。

『野枝実ちゃんの、関係者』

 この一言分、間合いを詰めたと言って良いだろう。

「ご馳走させてもらっていい?」
 にこ、と、やはり人の良い笑みを浮かべて、女が言う。
「……ああ」
「ブルー・アイズ・ブルーなんて、合いそうだもの、ね」
 女が、真っ直ぐに友久を見た。

 友久の目は、深く澄んで青い。
 純日本人的な顔立ちに、それは奇妙にそぐわない色である。
 
 くすくす笑いながら、氷冴がカクテルの入ったグラスを友久の前に押しやる。
 あ、姉さんあたしも同じの、と、女が言う。
 じきに手元に届いたカクテルを軽くすすってから、女はまた真っ直ぐに友久
を見る。

「しっかしそっかあ……野枝実ちゃんの彼氏、この人が?」
 ぷ、と、氷冴が吹き出した。

 彼氏。
 実情からは、実際かなりにして程遠い呼び名では、ある。
 その呼び方を否定するのは、友久自身であるし、何より野枝実であるだろう。
 そういったぬるい関係ではない。
 ただ、じゃあ、どういう関係かというと。
 ……表現しても誰も信用しない関係かもしれないのだが。

「そっかあ、面食いなんだねー」
 本当に、言葉と表情だけを見れば、見事なまでに他意の無いまま、彼女は言
葉を紡ぐ。
 しかし、その肩の辺りから漂うような……悪意、ではなく。
 …………これは?

「目、悪いのか?」
 とりあえず、気にしていては話がどこどこまでも転がるばかりである。
 素っ気無い口調で言った友久を、女は、あれ、と小首を傾げて見やった。
「野枝実ちゃんのことだけど?」
「そう思って話している」
「……えー」
 女は憮然として、背中を伸ばして少し後ろに逸らす。
「可愛いじゃないの彼女」
「……どこが」
「野良猫が思いっきしつっぱってるあたりが」

 一瞬頷きそうになって、反応を止める。
 青い酒を、喉に注ぐ。
 さして強い酒では、無い。

「Blue Eyes Blue」
 女はくすりと笑う。
「お気に入りの、青……かな?」

 アニスの香り。
 ちょっと薬めいた。

「でも、確かに野枝実ちゃんって、野良猫だよね」
 女の声が、BGMにダブるように聞こえる。
「引っかかれるの覚悟で、抱きしめてやりたくなるんだよねー」
「……野良猫には同意するが」
 太平楽を述べる相手への、軽い嫌悪。それは題材ではなく、この態度に原因
があるのだろう、と。
 ……そう、思い聞かせながら。
「腕に穴が空くのがオチだ」
「……そうかねえ」

 肩の辺りをリズミカルに揺らせながら、女が笑う。

「あんたも物好きだな」
「そう?」
 青い酒をするすると飲み干してから、女は笑った。
「背骨へし折ってでも、自分のものにしたくなるのよ、ああいう子って」
「……ありゃ死んでも人のもんになるたまじゃねえだろ」
「……ふうん?」

 女は可笑しそうに、友久を見やる。
「でも、今は君の手元にいるんだよね?」
 言葉と一緒に、つい、と、指だけかするように動かす。妙に女臭い動きが、
しかしそれでも、まるで鋭い刃物をひらめかす動きに似て見えた。

「逆だな」
「ふうん?」
「俺は奴の軒を借りてる」

 以前酷い怪我を負った時に、言わば拾われたようなものである。

「それだけ」

 女は一瞬の間を置いて、くす、と、笑った。 
「……あ、そ」
 ひどく……悟ったような笑いに見えた。
 嫌な笑いだ、と、思った。

「それでも、人のものっぽいと、欲しくなるんだよね」
「俺のもんならとっくにのしつけてくれてやるけどな」
「……ふーん」

 空のグラスを弾いて、女が笑う。

「その言葉、おぼえとくわ」
「意味はねえけどな」
「意味は、無いってどういうことかな?」
「やつは生粋の野良だろ」
「まあ……うん、そうだね」

 野枝実。
 一人で放っておけば、それこそ見事なまでの社会不適格者が一名出来上がっ
たことだろう。なまじ普通の会話を紡ぎ、普通の振る舞いをするだけに。
 どこで傷ついたかすら、もうわけのわからなくなるほどに、あちこちで傷つ
いて出来上がったその気性と性格と。

「俺もあんたも誰も、やつは近づけねえさ」

 一瞬の、沈黙。
 そして……彼女は、くすくすと笑い出した。
 
「誰のものにもならない野枝実ちゃんなら、誰にも取られないから安心?」
「……なにが言いたい」
「説明が必要なほど、あたしはそちらの知能を疑ってないよ」
「ほお」

 厭な、女だ。
 きり、と、胃の奥にその感情を留めながら。

「それとも、しょーじきに言って欲しい?」
 女が、満面の笑顔を浮かべる。
 その……手に余るほどの悪意。
「いいたくてたまらねーって面にみえるが」
「いや、そこまであたしも……楽しみを一瞬で放棄する癖は無いね」

 儚い筈の言葉が、ぎょっとするほど本当である、と。
 そんな風に響いて。

「ねえ、氷冴さん、そーだよね?」
 ひょい、と、カウンターに向かって目を上げて、女が言う。
 氷冴は、くすくすと笑ってお代わりを置く。
「……そおねえ」
 するり、と、こちらに向けられる視線に、友久は沈黙する。
 ……せざるを、得ない。

 誰のものにもならない野枝実ちゃん、と、小さく紗耶が呟いた。

「でも、その、誰のものにもならない野枝実ちゃんをもしあたしが貰っちゃっ
たら、こちらの実力ってことでどう?」
「…………簡単にいけばな」

 やだわかってないなあ、と、紗耶は顔をしかめた。

「簡単にゆくわけないじゃない」
「……その部分だけは同意だな」
「だっから、面白いのに」

 ごく平凡な顔立ち。ごく平凡な表情。
 そのどこに、どうやってこれだけの毒が含まれるのだろう。

「……貴君の反応も含めて、ね」

 空になったグラスを引き寄せながら、氷冴がくすくすと笑った。

「さしずめ、イバラ姫ってとこね」
 ん?と、紗耶が氷冴を見上げる。
「……ああ、野枝実ちゃんのこと?」
「イバラ猫……の方がよかったかしら」
「姫よ姫」
「じゃあ、あなたは魔女ね」
「あっはっは、それ最高!」

 無邪気な笑いに、毒舌が続いて。
 
「ってことは、王子様から分捕って、100年くらい眠らせておかないと……ね」
「……あれが姫か?」
「姫に見えない?」
「見えんね」
「あたしには、見えるんで」

 銀縁の眼鏡を指で弾いて。

「ほお」
「……そのうち、さらいに行くわ。悪い魔女としては」

 さらんと、何でもなげに、言う。
 カウンターの中の女も、やはり何でもなげに笑っている。
 友久の視線に、氷冴はにこ、と、笑った。

「……鋭い”つむ”に気をつけてね」

 あれー、姉さん、ネタ晴らししたら駄目ですよ、と、女が言うのに、氷冴は
やっぱり笑い顔を向けた。
 さらりと女の手が伸びて、グラスを空にして。

「……じゃ、頑張ってね、王子様」
「……魔女らしくご退場かい」
「そうそう、魔女だからね」

 あはは、と、軽い笑い声を残したまま、女はそのまま立ち上がり、店を出て
ゆく。じゃあねまたね、と、これは確実に、氷冴宛の挨拶を残して。

 一瞬、ピアノの音だけが空間を埋めた。

「……あれは?」
「叶野紗耶」
 さらり、と、氷冴は答えた。
「野枝実ちゃんの……そうねえ、天敵」
「…………っ!」
「ここは絶対の中立地帯よ」
 かろく、言い放つ。
 その言葉はしかし、逆らえるものではない。
「……わかってる……ただ」
「その分だと、全然知らなかった?」
「……」

 それじゃあ困るわね、と、氷冴は苦笑した。

「……そうねえ、彼女は、叶野紗耶。叶野家の当主ね。一流の傀儡遣いよ」
「一流の」
「そう」

 多くの異能者を見ている彼女が、あっさりとそう認定するだけの。
 つまりは、実力者なのだろう。

 ……しかし。

「傀儡というと……」
「傀儡でしょうねえ」
 さらん、と、問いは流される。情報はここまで、ということか。
「野枝実ちゃんの影を操る能力が欲しいとは言ってたわね」
「何のために」
「さあ」

 にこ、と、人懐っこい笑みを浮かべた口元から出てきた言葉は、しかしそう
そう甘いものでもなかった。

「魔女のことを調べるのも、王子様のお仕事でしょ?」
「…………」

 そうくるか、と一瞬思うものの……これは仕方が無いか、と、思い直す。
 厳正なまでの中立を、氷冴は保つ。たとえ一歩ここを出れば殺しあうような
仲であっても、ここで揉め事を起すことだけは一切許されていない。また、彼
等のような特殊な能力者にしてみれば、その能力を尋ねられるだけでも、時に
は一方的な不利ともなる。
 情報は、充分に価値あるもの。そしてその代価を払わぬ限り得られないもの。
 厳然として、その決まりは守られ続けている。

「……わかった」

 グラス半分残った青い酒をあおりかけて、手を止める。
「他のが、いいかしら?」
 くすり、と、笑って氷冴が言う。頷くと同時に細い指が、棚から酒瓶を引っ
張り出す。
「じゃ、これは、王子様の応援代わりに」

 琥珀の色の酒。
 呑み慣れている筈の酒は、けれども今晩は喉に焼きつくように思えた。

「ま、頑張ってね」
 にこ、と、笑って、氷冴が言った。 

  
**************************

てなもんで。
……ああ、氷冴さんが懐かしい(ほろほろ)
ではでは。



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