[KATARIBE 29025] [HA14N] 茨猫・序章

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Date: Sat, 6 Aug 2005 00:45:17 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29025] [HA14N] 茨猫・序章
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月06日:00時45分17秒
Sub:[HA14N]茨猫・序章:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ひさしゃんの小説を見つつ、ついつい悪乗り……と申しますか。
2002年に、書いていた話を、一日一章お送りします。
(実は、最終章のラストだけは、まだ書き終わってない<おいまて)

狭間14の、キャラクターを使った話です。
当時、ひさしゃんとやりとりしつつ書いたので、ひさしゃんキャラクターの発言は、
ほぼ全てひさしゃんに書いてもらってます。
そういう意味で、合作であるこの話。
お付き合い戴ければ幸いです。

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小説『茨猫』
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 0:発端……当事者には関係があるものの
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「あら、いらっしゃ……」
 人懐っこい笑みを浮かべて、挨拶をしようとした女は、そこでちょっとだけ
口篭もった。
「……どうしたの?」
「あー……」
 言いかけて、客は少しだけ口元を歪めた。
「…………ばれるもんだね」
 言いながらカウンターの前の、丸いスツールに腰をかける。長いスカートの
裾をざっと捌くようにしながら。
「ねえ、氷冴姉さん、夢見鳥、あれからどうなった?」


 FROZEN ROSES。
 寂れた通りの、ごく目立たない場所にあるこの酒場には、様々な人種がより
集う。彼らは確かに、ごく純粋に酒を呑みたくてここに来るわけなのだが。

 ……酒と、安堵、かしらね。
 そんな風に、女主人の薔氷冴は笑う。
 安堵を酒で呼び寄せなければ得られない人種たちが、ここには集うのかもし
れない。


「夢見鳥?」
 そんな人種のうちの一人の質問に、氷冴はちょっと目を丸くする。
「あら、紗耶ちゃんは知らなかった?夢見鳥は野枝実ちゃんのところに行った
わよ」
「……あーらら……」
 言葉も表現も軽いのだが。
 その中の感情の……言わば色とでも言うものに、氷冴は少し眉をひそめた。
「どうしたの?」


 叶野紗耶。
 FROZEN ROSESの常連中、最も腰が重く、最も……ある意味で異常な人間のう
ちの、一人である。
 現在この国に住まう者のうち、30代以前の連中は、いざとなるまでは『家』
というものの重みを知らない。ごく少数の例外を除いては。
 その、例外であり。尚且つその中でも特殊例であるこの女は、毎度いそいそ
とこの店に呑みに来る。
 背負うもの。背負わねばならないもの。
 それを、暫しの間、降ろす為に。


「……んー、うちの、姪っ子がちょっとね」
「あら……透耶ちゃん?」
「うん。ちょっと眠り続けてまして」
「あら」
「ちょーーっと心配なんで、夢見鳥さん辺りに、覗いて貰えればって思ったん
だけど」
 細い銀縁の眼鏡を、ちょっと指先で弾きながら。
「野枝実ちゃんとこだと、望み薄いなあ」
「……依頼してみる?」
「ううん、それは、いいわ」
 紗耶は苦笑する。
「彼女に借りを作るのは、流石にあたしも気が引けます」
「……そう」

 それで今日の注文は、と、氷冴が尋ねる。
 ああ忘れてた、と、紗耶が笑う。

「スカイ・ダイビングっての、呑んでみたいな」
「……あららあ」
「駄目?」
「いいけど。でも」
 落ち込んでるのね、と、氷冴が苦笑する。
 まあね、と、紗耶が笑う。
 そして二人が沈黙する。

 懐かしい曲を奏でる、ピアノの音。

「……紗耶ちゃん」
「はい?」
 鮮やかな青のカクテルをそっと指先で押してよこしながら、氷冴は一度小首
を傾げて、紗耶を見やった。

「胡蝶は、野枝実ちゃんに渡した着物の中に封じてあるわ」

「氷冴さん……」
「封じられてるし、大人しくねって念押したけど。野枝実ちゃんが着て寝たら、
流石にあの子も起きるかしらね」

 さらさらと、流れるようにそう言って。
 氷冴は、少しだけ笑った。

「透耶ちゃんが……第一、でしょう?」
「……そうです」
「その言葉、忘れないでね」

 人懐っこい笑みが、瞬時、その口元から立ち消えた。
 紗耶は、静かにその目を見返した。
 
「……はい」
「なら、いいわ」

 紗耶は苦笑する。

 見返すだけの真実。その多寡を問われる。
 ……その真実だけには、不足は無い。

「……氷冴姉さん」
「ん?」
「結構、これいける」
「あら、そう?」
「空を……姉さんも売るのね」
「ラファティみたいに?」
「そうそう」
 くすくすと笑って。
「中毒になって、帰って来れなくて足折るのかしらね」
「さあ、それは」
 ふわん、と、いつもの人懐こい笑みを浮かべて。
「飲んだ人の責任」

 ふっと紛れ込んだ、沈黙の中に、ピアノの音。
 くす、と、紗耶が笑う。

「True Color?」
「いい曲でしょ?」
「……本当に」

 足の長いグラスの中の青い酒が、磨いたカウンターにやはり青い半透明の影
を落とす。
 その影が、かすかに揺れて。

「透耶ちゃん、無事に戻るといいわね」
「はい」

 まぐれのように、紗耶の指が目尻をかすめる。
 氷冴は気が付かない顔で微笑み続ける。




 そしてそれが発端の夜。
 悪意だけは欠片も無い夜。

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 一応、何かない限りは、一日一章流してゆきます。
 ではでは。




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