[KATARIBE 29012] [HA06N] 小説『走る』

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Date: Wed, 3 Aug 2005 23:14:48 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29012] [HA06N] 小説『走る』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年08月03日:23時14分47秒
Sub:[HA06N]小説『走る』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@Not 難儀ますたー です。
風変わりな高校生、一名。
登場話とでもしといていただければと。

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小説『走る』
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  登場人物
  --------
   関口聡(せきぐち・さとし)
    :高校一年生。周囲安定化の能力を持つ。

第一層
------

 夏の陽光は容赦無くコンクリートタイルの上を照らす。
 街路樹の影は、微かに揺れるのみである。
 その輪郭は、陽光に比べて妙に柔らかい。
 途切れ途切れの縁石の上を、空間を飛び越えながら走ってゆく。
 真っ直ぐな髪を、さらりと後ろに流しながら走ってゆく。

 何でまたあんなに一所懸命に、中村さんを擁護したかな、と、走りながら聡
は思う。
 そして考えるうちに可笑しくなる。
 ああそうだ、確かに自分の擁護は自分の為であったろうなと。

 どれだけ善意の振りをしても、そこから出てくるのは単なる自我。
 狂ってしまえ死んでしまえ砕けてしまえと唱えた舌の根の乾かぬうちに、け
れども出てくるのは単なる自我。
 
 走りながら、くすくす、と、笑いが零れる。
 最初は本当に、むっとしたからああ言ったのだ。そう自分でも思っていた。
 でも。
 人間は軽く容易く、自分までをも騙すものだから。

 爆発するような可笑しさに身を震わせながら、聡はなおも走ってゆく。
 時に途絶えた縁石から縁石までを飛び越え、時に向こうからの通行者から身
を避けながら。

 走る。
 追いつかれることのないように。



第二層
-------

 それは多分、10歳の頃だったと聡は記憶している。
 小学校の、ようやく高学年のとっかかり。段々と様々なことが判ってくる頃。
 きっかけは、本当になんてことのない話だった。何かの拍子に同じクラスの
男子と言い合いになったのだ。
 一体何を言い合ったのかさえ憶えてないくらいだから、本当に大したことは
なかったのだろう。しかしその言い合いだけは酷く長引いた。
 彼が聡の『範囲』の境界に立っていたのは、恐らく偶然だったろう。また、
その喧嘩を見ていた数人が、やはりその境界に立っており……そしてそのせい
で、その喧嘩が拡大しかけたのも。
 ただ、その時に。
「関口が悪いよなっ!」
「うん、関口君がこの場合悪いよっ」
 如何に不安定性の上に立っていたとはいえ、彼等の矛先がまとめて自分に向
いたというその事実からして。
 自分が悪かったのだろうと、今でもそれはそう思う。

 ただ。
 同時に、怖かったのだと思う。
 嫌われるのは嫌だ、と。
 また同時に相手を嫌うのも嫌だ、と。
 咄嗟に思った……のだろうと思う。
 それはとても卑怯だと、今でもやぱりそう思っている。

「関口がっ」

 …………その男子が怒鳴った、次の瞬間。
 明らかに、空気は変わった。
 
 怒鳴りかけた少年の口の端が。
 叫びそうになった少女の、握り拳が。

 ……ゆらり、と、ほどけて。


「……まあ、いいか」


 その時思い知った。
 
 自分は嫌われたくないと思ったら、嫌われないようにすることが出来る。
 自分の周りでは、誰も自分を嫌わない。

 だけどそれは、誰も本当には、自分のことを好きではないということになる。
 自分のことを、誰も。

 他人の心を捻じ曲げて、自分が好かれるなんてことを意図する。
 ……そこまで自分が卑怯で信用ならないものなのか……と。

 まるで天から雷が一撃してそれだけの情報を焼き込んだかのように。
 聡はその時……そう思い知ったのである。



第一層
-------
 
 中村さんがよく、前の席で泣きそうにしてたのは本当である。結構度々だっ
たから、確かに気になってたのも事実である。気にした事実までも、自分の身
勝手かといえば、そうでもないとは……思いたい。
 でも。

 彼女は確固として自分の意思で、いつも泣きそうにしていた。
 そのことは、ある意味、有難いと思えた。


 ……そして、人が泣きそうにしていることを、有難いと思う自分に。
 反吐が出た。


第二層
-------

 異能のことを知ったのは、もっと昔のことである。


「それねー、異能って言うのよ」
「いのー?」

 親戚の『おねえちゃん』がどこかのんびりとした声でそう言うのを、鸚鵡返
しに繰り返した記憶が、聡にはある。
 あれは……まだ5つの頃ではなかったか。

「多分ね、聡の周りで、何か皆安心するんだよ」

 そこにじっとしてて、と、彼女は聡を椅子に座らせ、そしてゆっくりと彼か
ら離れていった。

「そしてここで、どうやら安心がゆらゆらする」

 彼女との年の差は9つ。良く考えたら今の自分よりも年下だったのである。
語彙にも能力の判断にも、恐らく十全とは行かない部分もあったのだろう、と。
まして説明する相手が5歳の坊主である。さぞかし困ったろう、と今の彼なら
ば想像できる。

「安心がゆらゆら?」
「うん……どう言えばいいのかなあ」

 母方の血族には、時折異能者が出るという。但しどうやらその異能は、何代
か前の誰かが娶った女性からのものらしい……とは、それから数年後、彼女が
教えてくれたことでもある。とにかく自分の親族には、異能者と言えば他に彼
女しか居なかったのだ。恐らく両親も、藁にすがる思いで彼女を呼んでくれた
のだろうし、彼女もまた、万が一にも役に立てば、と思って来てくれたのだろ
う。
 
 少なくともその時、彼は自分が人と異なることを知った。
 自分の周りで、人が何故か安心し、自分に好印象を持つこと。人だけではな
く、その空気も雰囲気も、何故か彼を利する方向に働くこと。
 そこから少し離れると、何故か人は不安になり、それが時には自分への好印
象を潰すこともあるだろうこと。

「いつも?」
「いつもじゃないね。その人次第」
「……わかんないよそれ」
「だろうね」

 そして彼の目に時折捉えられる、人を包む透明の球体。丁度ビー玉のように
それは色を持ち、時には斑に不透明な部分を含み、しかしいつも奇妙に美しく
彼の目に映った。

「それね、多分ね、その人の感情とか何とか」
「……おねえちゃん、わかるの?」
「あたしもそれ、同じだからね」

 どの色が嬉しくて、どの色が怒っているのか。
 それもまた、自分で読み取るしかない、と言われた。

「…………ぜんぶわかんないよ」
「だってそういうものだもの」

 ふん、と、鼻を鳴らして彼女は言ったものである。

「異能も個性も、何が羨ましいんだか。個性も異能も、無ければどれだけいい
か、平凡であればどれだけ良いかって泣くのが本当なんだからね」

 現在25歳の彼女は、今も浮いた噂一つ無いという。
 相手の感情を口に出される前に読み取り、多少なりと左右する。
 人間不信に陥る最適の能力かもね、と、一度笑っていたのを聡は覚えている。


第一層
------

 人が悲しんでいる状態を、自分に都合が良いと思った。
 その反吐の出るような事実を多少なりと償いたい……と、多分自分は咄嗟に
思ったのだと思う。
 
 ……償えるか。そんなもん。
 
 時折言われる。それはお前の自意識過剰だ。他人は他人で、お前とは関係無
いところで哀しみ、怒り、また喜ぶのだ。それを背負う必要はない、と。
 確かに、自分からせめて教室一つ分離れている人にならば、彼もそんな意識
を持ったりはしない。また、実際に順序だてて考える限り、例え彼女が悲しん
でいることを自分が喜んでいたとしても……それでもその事実を償うことは必
要無いのではないか。
 それもまた、事実であろう。

 ただ、そうやってほっとしている状態を、恐らく自分を中心に前の席にまで
及ぼしていた身としては。

 それさえも。


第二層
-------

 十歳の時に、死のうとした。
 異能との付き合いは既に5年。すっかり慣れたと思っていた。時折視野を染
める艶やかで時に吐き気を催すような色の乱舞にも、自分から離れるなり不機
嫌になる人々にも。
 それでも。

 自分に対する好意は全てまやかしであって。
 まやかしだと自分が思えば思うほど、何故かこの力は強化され周囲を感化し。
 (つまり怖いのだ。それだけほんとうは自分がどう思われているのか)
 
 まやかしと悟れば悟るだけ、まやかしは深まることの苦しさと辛さ。


「……わかった聡、そのままで居なさい」
 それでも十歳では、自殺の方法すら判らない。考えあぐねて結局、異能者の
彼女に連絡を取ったのは愚かであったのか最後の良識であったのか。

「或る人を紹介してあげる」
 
 異能者なのかと尋ねた。自分のような混乱の中に居たことのある人なのか。

「ううん、多分本人も多少異能はあるだろうけど……でもね、それよりも、そ
の人の周りには、数人異能者が居たわ。あの人なら多分、何か助けてくれると
思う。だから」

 だから。

「死なないのよ、聡」


 無論それは好意だ。純然たる好意だ。
 しかし同時に、電話の向こうから流れてくる色。

 異能者の孤独。

 (あたしをひとりにしないでよ)

 どれほど頼りなくても、独りよりはまし、と、どこかで思っているその人の。


    どこまでが善意。
    どこまでが自分の為。
    どこまでが利己主義。
    どこまでが利他主義。
    どこまでが。

        

第一層
-------

 立ち止まって、とんとん、とこめかみの辺りを手首の内側で叩く。
 いつもここに嵌まる。まるで十年前と変わらず。
「…………ははっ」
 陽射しはどっしりと分厚く、自分を押しつぶすようで。

 太陽に意思があれば、自分の目にはそれもまた鮮やかな色に見えるのだろう
か。
 いや、太陽の意思ならば、案外既に科学者達が見ているのではないか?
 例えば黒点。例えば太陽フレア。

 うん、と、反り返って空を見る。
 陽光に、目がきしんだ。


第二層
-------

 考えるなとは言わない、と、その人は言った。
「だけど、多分考えたら考えただけ、君は自分を信用しないだろう?」
 黒い縁の眼鏡の奥から、聡をじっと見て。
「だから、一度自分の頭を空っぽにするんだよ」

 おじさん、と、呼んでいいくらいの年の差はあった。君のお父さん達とほぼ
同年代だからなあ、と、その人は笑った。

「そして最初の最初、自分がそうやって考え出した、基本に戻る。そしてその
時の自分の感情の色を思い出す」

 果たしてそれは、思い出せるものだろうか。

「いや、案外思い出せるものだよ」
 あっさりと、頷いて。
「そしてそれ以降、自分が悩みそうだったら、その色を思い出してごらん」

 しかしそれで判るのは、自分の感情だけではないか。そう尋ねた。

「自分の感情がわかっていれば、それでいいじゃないか」
 
 からん、と、見事に打ち返された。

「もしかしたら僕も、連絡をくれた式見さんも、君を利用したいだけかもしれ
ない。でも実際に僕等の言った事、やったことが君の役に立てば、君はそれで
良いだろう?どれだけ僕が悪意を君に抱いていても、僕が君に何一つ悪いこと
をしなかったとしたら」

 その悪意に、どれだけの意味があるのだ、と。

「それにね、悪意は抱くのがとても大変なんだよ?」
「え?」
「誰かを嫌うってのは、結構体力がいる。嫌い続け、憎み続けるとなったら、
自分の一部を常にそちらに向けてる必要がある」
「それは、いやだな」
「うん、だから、大概は、嫌だなと思った相手が、せめて自分の視野から消え
てくれ、と願うものだよ。だから君を誰かが嫌ったら、大丈夫向こうから君に
近づかない」

 だから、君の力は相手には及ばない。
 だから、君の力は相手の意思を捻じ曲げない。

 
 その人は、具体的な異能の使い方、騙し方についても一緒に考えてくれた。

「丁度、君は人の周りに感情の球を見るんだろう?それならば人の言葉を判断
する時に、それら全てを見るんだよ」
「どういうこと?」
「今まで、感情球が丸ごと大嫌いって相手は居た?」

 それは、確かに居なかったし、それ以降もお目にかかっていない。

「ならば、その感情球を見て考えるんだよ。この人のここは嫌いだが、それが
全てじゃない。その人の感情のうち、綺麗に見える部分を見る。
 そうすると、多分異能は……少なくとも単純に作用しなくなると思うよ」

 その人の言葉全てが正しかったとかそういうことではない。
 ただ聡に安心を呉れた。
 そのことは、確かだと思う。


 一晩、二晩。
 一週間くらい、その人は夜になると聡のところに来てくれた。
 その後も、何時でも連絡くれていいよ、こちらが忙しい時には忙しいと言う
から、と、連絡先を教えてくれて。
 何度か電話をした。何度か言葉を交わした。
 どれだけ唐突に連絡してくれてもいいから、との言葉に甘えて、時に一年く
らい間があくこともあるけど。
 連絡用の、電話番号。紙切れに並んだ幾つかの番号と、その人の名前。

 平塚・英一

 それは確かに、自分にとっての安心となり続けている。


第一層
-------

 それにしてもあの人は面白かった、と、聡は思う。
 透明と不透明。くっきりとそれらは分かたれる。
 判断基準は、どこまでも自分の恥、自分の都合と言うのに。
 それなのに、それらの感情は、中村さんに絡むと途端に透明になる。

 自己保身から良きものが生まれてくるのだろうか、あの人の場合は?

 というか……自己保身が汚いものであるのは、自分だけなのだろうか。もし
かしたら人間の自己保身とは、それはそれなりにとても綺麗なものなのだろう
か。だとしたら。

 だとしたら。

「…………ははっ」

 世界は何ともかとも、不可思議で綺麗で。

 見ても見飽きぬもの。


 多分先輩は、僕を嫌うだろうと思う。出来るだけ遠くに居てくれ、という具
合に。
 それもまた楽しい。彼の周りのあの透明と不透明に関わる事無く、ただそれ
を見ることが出来る。

 あれだけ透明になるならば、中村さんは当分泣かないだろう。
 それはよかった。本当によかった。

 
 陽光はじりじりと全身を灼いてゆく。
 太陽の感情なぞ、人間の知性や範疇で理解出来ないならば、もしかしたらこ
れらの皮膚に感じる熱もまた。
 太陽の感情なのかもしれない。

 今の自分の視野に浮かぶ、幾つもの透明な球と同様に。


 一度、額を手の甲でこすって。
 一度、頭を揺すって。

 そしてまた、走り出す。

 跳ねるように走ってゆく。
 ――捕まることの無いように。


時系列
------
 2005年盛夏

解説
----
 周囲安定化を為す関口の現在と、その過去をモザイク状に。
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BGMは、ケイト・ブッシュの『嵐が丘』
……相当難産でした(滅)

ではでは。



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