[KATARIBE 28997] [HA06N] 小説『常識と非常識』

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Date: Sun, 31 Jul 2005 23:43:25 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28997] [HA06N] 小説『常識と非常識』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年07月31日:23時43分25秒
Sub:[HA06N]小説『常識と非常識』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ちこちこ書いているわけですが……
最近何だか元気の無い、片帆の一人称の話です。

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小説『常識と非常識』
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 登場人物
 --------
  軽部片帆(かるべ・かたほ)
   :違和感の無い毒舌大学生。でも姉には負けっぱ。
  軽部真帆(かるべ・まほ)
   :自称一般小市民。ネズミ騒動以来、相羽さんとこに転がり込んでる。


本文
----

 非常に面白くないなあと、つくづく思うことしきりである。


 姉が無事に戻ったと聞いたのは、あの日の午後、そろそろ日が暮れる頃だっ
たと思う。
『もしもし、片帆さんですか』
 電話をかけてきたのは本宮さんで。
 姉が無事であること、相羽さんが見つけたらしいこと。
 そのときは本当にほっとした。床に転がり落ちる勢いで、安堵した。

 ……そのときは。

           **

「……何それ」
『い、いや……あの』
「なーにーそーれっ?!」
『…………母さん達んは黙っといてね?』
「黙っとくけど、今のところは!」


 7月のはじめ、姉に電話した。
 毎度の如く、留守電だった。
 翌日、電話が来た。電話番号変わった、こちらに連絡してくれ、と言うから、
てっきりまた何か、あっちの刑事がらみで迷惑をかけられてるのかと思ったら。

『いや、それ違うから』
「じゃ、どうしたのよ」
『……ネズミがね、やたら出てきて……』
「はあ」

 そば屋で一時期バイトしてた姉は、それ以降ネズミが全く駄目になった。だ
から『やたら』っても、さて二匹だか三匹だか、まあ精々がとこ5,6匹かと
思ったら。

『そんなもんじゃなかった。数十匹くらいいて』
 電話口の声には微かにまだ震えが残っていて、余程衝撃があったのだろうと
思われた。確かにこれは大変だったろうな、と思ったと同時に。
「……ねえ、そしたらねーさん、今ホテルかどっかに泊まってるの?」
 それならうちに来てくれれば、寝袋か何かでも泊めるのに……と思ったのだ
けど。
『……いや、違う』
「じゃ、まだ自宅に?」
『………………ええっと、違う、んだけど』

 躊躇う時間が長くなればなるほど、嫌な予感ってのは湧き上がる。
 
「……姉さん」
『あ、あの』
「どこに、居るわけ、今?」

 沈黙。
 姉も言わない、こちらも引かない。
 沈黙の綱引きが、数十秒は優に続いた後に。

『……相羽さんとこに、泊めて貰ってる』

 蚊の鳴くような声で、そういう反吐の出そうな事実を。
 目の前に。

       **

「あのねえ、姉さん」
『……はい』
「それ、ふつーーーに考えて、常識外れっていう自覚ある?」
『…………うん』
 受話器の向こうから、小さな声が聞こえる。
「相羽さんとやら、女性なわけ?」
『……違うけど』
「奥さんいるの?!」
『…………居ないけど』
「なら、とっととそこ出るのが普通でしょうっ!?」
 
 ふ、と。
 沈黙が返った。
 沈黙は、不安になるほど長くて。

『…………片帆も、そう思う?』

 なんてか、その一瞬。
 姉の意識と、あたしの意識と。
 ものすごく……違う、のではないかと。

『無礼、だとは思うんだよね』
 姉の声は、とても静かで、安定していて。
『全部……ネズミの始末から何から、頼んだし。あたし何もしてないし』
 そういう、ことじゃなくて。
『そう、とっとと出るべき、なんだよね……』
 多分結論は同じ。
 でも、結論に至る部分が、真っ向から違っていて。

 ……違いすぎていて。

「……そうじゃなくて!」
『でもそうだよ』
 淡々と。
『もし、相羽さんが居なければ、あたしはあんたのとこに逃げて……その上で
ネズミを何とかしてたろうしね』
 本当に、当たり前のように。

『あたしは……やっぱり迷惑をかけているのかね』


 そう、と、答えたら……それはあたしの感覚からは嘘になる。
 でも、違う、といえば、姉は。

 姉は。

「……とにかく、下手にそのまんまにするようならっ!」
 必死で、言葉を探して。
「あたし、お母さん達に、言いつけるからねっ!」


 ……なんてか。
 あの刑事が、姉をたらしこめるかって言われたら、多分無理と思う。そうい
う面、多分一番強敵だろう、とも(そもそも女性としての意識が無いし、真帆
姉って)。
 でも。
 …………でも。


『も少し、待って』
 電話口の声は、静かで。
『本当に、まだネズミが出るらしい。だからある程度ネズミを駆除してから、
戻るなら戻ったほうがいいって言われてるし』
「それならうちに来たらいいじゃない!」
『だって片帆のとこ、一間だもの』
「……それはそうだけど」
『相羽さんところ、完全に一間借りてるから……なんかほんとに、間借りして
るだけだよ?』
「ほんとに?」
『うん、ほんとに』
「……ご飯の支度とかしてない?」
『…………それは家賃』

 ……これだものっ!

「あのねえ、姉さん!」
『なに?』
「家事一般、まさか家賃とか称してやらされてないでしょうね?!」
『…………』
 その沈黙が嫌なんだって。
『やらされては、ないよ』
「自発的にやってるわけね」

 何なんだろう。
 ほんっと、何なんだろう、この人達。
 
『……片帆、あのね』
 不安げな声。
 何で一体……!

「とにかくさっさと、ネズミの駆除を終わらせて貰う!あとに片付けとかある
なら、こちらも手伝うから!とにかくさっさとしてよ!」
『……うん』
 静かな声。
『迷惑は、これ以上かけられないしね』

 
 あの刑事は、姉が居ることを迷惑と思うだろうか。
 どういう手段でか姉を見つけ出し、連れて帰って来た。
 どうやって。どのようにして。

(わかりました、なんとしてでも先輩を説得します)
(……あの人でなければ、真帆さんは止められません)


「…………早くしてよ。こっちから母さんに電話する前に!」
『うん』
「どうせお盆に帰ってくるかどうかって訊きに、電話来るだろうし」
『ああ……ってそうだ、あんたの友達、真珠子ちゃんとか虹ちゃんとかは?』
「戻ってくるって……」
 あ、それで思い出したや。
「ああ、そだ、姉さん、そっちの家に浴衣無かったっけ」
『ああ、あるけど。あれでしょ、母さんの花火の模様の』
 話題が逸れて、覿面に姉さんの口調が軽くなる。
「うん、それ貸してくれない?」
『……片帆、着るの?』
「すずがね、どうせなら一緒に浴衣着て会おうって」
『ああ……言いそげ、あの子だと』
 電話の向こうで、姉が笑う。
 あたしの友人達を、結構あの人は良く知っている。
「そんで、向こうから指定がきたの。あの浴衣が良いって」

 以前、まだ高校の頃、一緒に浴衣を来て花火を見にいったことがある。
 母の浴衣は、確かにかなり古いものらしいが、花火の模様が全て絞りで入っ
ている。結構着物の好きな真珠子はそれが気に入ったらしく、『今度もアレね』
と指定してくれたものだ。

『わかった。取りに行っとくよ』
「……その前に!」
『…………ああ、そだね』

 ふっと。
 何だかとても、その口調は静かで。
 怖くなるくらいに……静かで。

「……じゃ、また連絡するから」

 言うだけ言って、切った。
 
 本当に不安になる。
 不安がどんどん、胃の腑に満ちてくる。

「……姉さん」
 
 人と関わるのは嫌だ、といいながら、でも真正面から付き合いの中に入り込
んで。
 そのたび……それこそ相手が利用するのを躊躇うくらいに真正面から。
 騙されるの覚悟で。

「…………姉さん……っ」

 不安で。
 とてもとても不安になるばかりで。
 駄目だ、お酒でも買って……いや。

 どっか呑みに行ってみようかな。
 姉さんが言ってた……味噌路、だっけ。決して高くない、むしろ良心的すぎ
るくらいの値段だったって。

 行って、みようかな。
 ……いって、みようかな。

 散財すると気が晴れる。そんなことを誰かが言ってたし。
 行ってみようかな。

 財布の中身を確認して。
 鍵を、取り出して。
 頭の中で、姉から聞いた道順を確認しなおして(あの人結構方向音痴だから
怖いんだけどある意味)。

「いこっかな」

 
 不安の正体を突き詰めることは、とても怖い。
 突き詰めて成文化してしまえば、逃れようにも逃れられなくなるから。

 
 財布を掴んで、家を出る。
 偶には……進んでみよう。
 こうやって進んでみよう。


時系列
------
 2005年7月初旬(恐らく8日程度か)

解説
----
 シスコンな心配性の妹と、何かしらずれている姉との会話。
 この後、片帆は尊さんと味噌路前ででっくわすことになります。
 ログは以下のとおり(正確には21時半あたりから24時くらいまで)
http://kataribe.com/IRC/HA06-01/2005/07/20050730.html#220000
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てなもんで、であであ。



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