[KATARIBE 28991] [HA06N] 小説『簪のある風景』

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Date: Sat, 30 Jul 2005 01:05:47 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28991] [HA06N] 小説『簪のある風景』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年07月30日:01時05分47秒
Sub:[HA06N]小説『簪のある風景』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
HA06といえば日常。日常の話を書きたいなあということで。
こないになりました。
ちぇっくおねがいですー>ひさしゃん

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小説『簪のある風景』
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 登場人物
 --------
  相羽尚吾(あいば・しょうご) 
      :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 
  軽部真帆(かるべ・まほ) 
      :自称小市民。多少毒舌。ネズミ騒動以来相羽宅に避難。

本文
----

 ネズミに追われる様に逃げて、行き場所が無いままここに転げ込んで。
 何となく三日過ぎて、いつのまにか一週間過ぎて。
 そして結局、転がり込んで今日で十日目になる。
 今までだって夕ご飯作って朝ご飯と弁当の準備して、風呂の用意してたわけ
で、そう考えるとやってることは大差無いんだけど。
 それにしても、ここは過ごし易いと思う。昼間は一人だし(ベタ達は居るけ
ど)、基本として相羽さんは寝る前に帰ってくるし。
 ……本当は、それは問題かもしれない。きちんと、自宅に戻るべきなんだろ
うとも思う。
 ここは居心地が良い。それは確か。
 でも、それに甘えていてはいかんだろう、と。
 ……それはいつも思う。

      **

 相羽さんが帰ってきて、ご飯食べて、お風呂に入って貰って。
 っても帰ってくるのが10時過ぎるのは珍しくない。流石に家主さんより先
に風呂を使わせてもらうのは申し訳無いような気がして、一度か二度は待って
たんだけど。
『どっちでもいんじゃん』
 それなら……と、この数日、その言葉にあっさり甘えてしまっている。



「手、貸して」
「ん」

 宿代の代わりに、でもないのだろうが、ご飯の用意と片付けと掃除、それと
肩を揉むのが最近毎晩のことである。
 実際、肩を揉んでいると怖いと思うことがある。一番最初に親指の付け根、
人差し指との骨の交点を押した時には、正直ぞっとした。

(どしたん?)
(……相羽さん、どんな過労状態よ)

 普通、押した部分が真っ白になり、すぐに血色が元に戻る。ある程度凝りが
酷くても、白い状態が数秒続いて元に戻るくらいである。
 ただ、相羽さんの手を押した時に。

(過労?)
(……それとも相羽さん、実は70歳とか言うまいな?)

 一瞬、押した部分が、指の形のままぺこりと凹んだのだ。手ごたえもまるで
粘土のようで。
 こういう手の持ち主を知ってはいる。けれどもその人は70歳過ぎ、それも
非常に人間関係やら何やらで苦労してた人だった。

(駄目。一晩でこれ元に戻らない。毎日少しずつでもほぐさないと)
(そんなに変?)
(すごく変)

 あれからしばらく、来るたびごとに肩をもんで、手の部分も揉み解して。
 多少はそれでも、血行も良くなったように見えるのだけど。

「……また、凝りがひどくなってるね」
「そお?」
「かなり……」

 かなり無茶をしてるだろう。そう言いかけて声を呑む。
 原因が自分にあるのかもしれないと思うと、偉そうなことはとても言えない。
言えたものじゃない。
 両手の指で、掌を押す。まだどこか指に、鉛か粘土を押しているような感覚
がある。
 一日でどうにかなるものじゃないけれど。それは判ってるんだけど。
 でも。


 ってしかし。
 さっきから、相羽さんの視線が自分の頭上あたりにあるような気がするんだ
けど。
 ベタでもそこに居るのだろうか。

「…………なに?」
 
 と。
 ひょい、と、もう片方の手が伸びた。目の右横をするっと通って。
 そしてくるくるぱたり、と、後頭部で何かが落ちる感覚。

「なっ?!」

 普通は流石に、簪一本ではあたしの髪の毛は纏まらない。落せば腰まで来る
長さの髪は、簪一本に頼るには量が多すぎる。だから大概は三つ編みにして、
その上で纏めてるんだけど。
 さっき髪の毛を洗って、まだ纏め易いから、と、そのまま巻き上げてたのが
まずかったか。

「ちょ、ちょっとこら」
「……よくこんな簪一本で、まとめられるよねえ」
 で、呑気にゆーてくれてるし。

「……ってか、返して」
「ん、ああ、はい」
「ども」
 以前片帆に買って貰った簪。銀の平打で、飾の部分だけではなく、差し込む
部分にも飾りが掘り込んである。
 何時の間にやらベタ達が揃って手の付近に集まり、つくつくと簪を突付いて
いる。

「値打ちもの、それ?」
「……ん?……いや、そうでも」
 言いかけて、ちょっと考える。確か片帆が『掘り出し物』と喜んで持ってき
てくれたものだったっけ。
「……どうだろ」
 纏めて団子にした髪の毛から手を離して簪を確認。
 片帆、何て言ってたっけ。

「一応……これは、江戸細工だって、片帆が大威張りしてたっけ」
「ちょっと古そうだけど、なかなか細かい細工でよさげに見えるけど」
「うん。本当に毎日使ってた人のものだよね」

 今の簪だと、二股に分かれて髪に差し込む部分は、案外細いし華奢である。
だから下手すると、髪の毛の重さに負けて簪が曲がることもある。けどこれだ
とそういう心配は無い。
 確かに、ある程度長い髪の毛をある程度『楽に』纏めるための簪だろう。

「片帆、案外こういうのを見つけるの得意だから。案外これは値打ちものかも」
「へえ」

 髪の毛をねじって一つにまとめ、根元にくるくると巻きつける。まだ湿った
髪は案外素直に纏まってくれるから、その纏めた根元に、簪を差し込んで。

「……器用だねえ」
「慣れ。それにこんなもん垂らしてたら暑くって」
「そんだけ量あって、よく簪一本でまとめられるもんだ」
「今はね。まだ髪の毛洗ったばっかでまとまりやすいから」

 言いながら、指で髪の毛を整える。簪で押さえ損ねた髪の先を、丸めた髪の
中に押し込みながら。

 ふと。

 ……片帆はどんな顔をするだろうかと思った。
 何でもなく当たり前の顔をして、あたしはここに居て。
 ご飯つくって、お風呂入れて、今こうやって手を揉み解して。
 なんてことはない話を、なんてこともなく続けながらここに居ることを。

 あの子は、どう考えるのだろうか。
 否……あたし自身は。

 どう考えるべきなんだろうか。
 (こうやって甘えるだけ甘えた状態で、居心地が良いからという理由で)
 (ここで安穏としているということ)

 相羽さんの半分である、と、思った。
 では、この人の半分と、主張するだけの生き方を。
 現在のあたしはしているのだろうか。

 
「続きは?」
「へ?……ああごめん」

 手を離して、後ろに廻る。手だけじゃなくてこの人肩も凝ってるから。

「どうして毎日揉みほぐしてるのに、元に戻るかなあ」
「何でかねえ」

 
 他愛も無いことをこうやって話して。
 他愛も無いまんま、このまま流すようにして。

 それを何時まで許して貰えるかは、自分でも判らないけど。

「いて」
「逃げるなっての」

 それは……やっぱり判らないけど。


時系列
------
 2005年7月上旬

解説
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 ネズミ騒動以来、避難中の真帆と相羽さんの一情景です。
************************************

てなもんで。
ではでは。




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