[KATARIBE 28947] [HA06N] 小説:「 unbalance 」

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Date: Mon, 18 Jul 2005 21:31:52 +0900 (JST)
From: 葵一  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28947] [HA06N] 小説:「 unbalance 」
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年07月18日:21時31分51秒
Sub:[HA06N] 小説:「unbalance」:
From:葵一



 こんにちは葵です。
 おかしい、ラブ米にする予定だったのだが。
 書きたいシーンが書けたらよしとしよう、うん
 ……背中に何処からか殺気を感じるのだが(脱兎)。

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[HA06N] 小説:「unbalance」
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「それじゃおねえちゃん、いってきまーっす!」
「はい行ってらっしゃい、帰りは急がなくていいから氷我利さんのところで
ゆっくりしてらっしゃいね」
「はーい!」

 花束抱えて嬉しそうに駆けていく夾ちゃんを手を振りながら見送って。

 知恵ちゃんと夾ちゃんを預かって、十日。
 ずっと独りでいたはずなのに、これからも独りで居ようと思ったのに。
 わずか十日ですっかり二人が居ることに馴れてしまって。
 今では二人が妹のように思えてしまって。
 なんだかみんなの輪の中で一つだけ空いていた座席にストンと腰を下ろした
ような。
 そんな気分になっちゃって。
 それにしても。

「氷我利さんたら……」

 佐上雑貨店からの花束の配達依頼伝票。
 距離と配達料考えたら買いに来たほうが早いのに。

 『娘を嫁に出す気分なんですよ』

 そう言って照れながら苦笑する顔が思い出される。

「そんな回りくどいことしなくてもいいのになぁ……」

 作業卓のコーヒーカップの横で伝票を指先でなぞりながらクスリと小さな笑
みがこぼれる。

「小さな花嫁さんは、たまに里帰りさせてあげなきゃいけないわね」

 うんっ、と伸びをして立ち上がると、時計が一時の時報を打った。

「一時か……日が強くなってきたから温室に寒冷紗かけたほうがいいかな」

 屋上の温室、咲き始めたばかりの花々は強い日差しに弱くて。

「夾ちゃん、居るときに手伝ってもらえば良かったかな……って」

 独りで出来たはず、やって来たはずなのにね。
 わずか十日一緒にいただけで、よっかかり始めてるなぁ……と苦笑して。
 あたしは冷えかけたコーヒーを飲み干すと寒冷紗を手に屋上へ上った。


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「っと……もう……ちょっと」

 左手の痛みに耐えつつ、あたしは精一杯右手を伸ばしてテーブルの鋏を取ろ
うとした。
 けど。

「っく……痛っ……いたたたっ……」

 かれこれ一時間近くこんな事やってるけど、やる度にキリキリと左手首が締
め付けられて。
 あちゃ……手首から血が滲んできちゃった……ザマないわよねぇ。
 自分のあまりのマヌケさ加減にうんざりして。
 インシュロックで寒冷紗固定しようとして。
 背伸びしてインシュロックの輪に手首突っ込んでたときに。
 体制崩して自分で絞めちゃうなんて。

「マヌケすぎて……笑い話にもなりゃしないじゃない……それにしても
 ……ちょっと、人にはみせられないわよねぇこの格好」

 温室の片隅で片手を天井のパイプに吊られた体制で大仰に溜息ついてみても。
 さすがの如月流も片手でコイツを引き千切れるほどの無茶な技は無いわけで。

「コレって……元々こういう用途に開発されたって噂に聞いたけど」

 本来の用途に使うつもりは毛頭無かったんだけど。
 捕らわれのお姫様なら、もう片方も吊られなきゃいかな、なんて。
 そんな他所事考えてても現実は変わらない。
 現実問題。

「……あ……つ」

 真夏の午後の温室、いくら寒冷紗で直射日光は少しは避けられると言っても。
 温度上昇は止められなくて。
 霞む眼で見る温度計は50度近い温度を示し。

「これは……サウナって……レベルじゃ……無いわよ……ね……ぇ」

 夾ちゃんは夕方まで帰って来ないだろうし。
 知恵ちゃんも学校が終わるの夕方だろうし。
 表の戸には休憩中の札下げちゃったし。
 このまま蒸し上げられたら。

「はは……如月……尊……一生の……不覚……かな」

 こうしてる間にも吹き出た汗が滴り落ちて足元に溜まっていく。
 べったり張り付いたTシャツが気持ち悪くて。
 朦朧とする意識の中ではまともな思考も出来なくて。

「ちょっ…と……痩せて……る……か」

 あたしが最後に見たのは、天井のスプリンクラーから噴出す水だった。


 ========


「ローザに薔薇でも買ってくかな」

 一応、口に理由をのせてみるけれど、その白々しさに苦笑が漏れる。
 薔薇を買うのは理由付け。
 自分の中でもどういう気持ちなのか、まだ説明はつかない。
 でも、他愛ない会話でいい、言葉をを交わしたい。笑顔が見たい。

「懐かしい……の、かな」

 呟きながら、何度も通って今なら眼をつぶっても歩けそうな商店街を花屋に
向かってゆっくり歩く。
 高校から大学そして社会人と、時間は確実に流れていった。
 それにつれて人々も変わって行った。
 自分も。
 そんな時、あの女性(ひと)が帰ってきた、少女の姿となって。

「中身は昔と変わらない、んだけど……な」

 時々みせる外見相応の表情や仕草。
 昔から少女のような女性だったけど。
 久しぶりに並んで立った時。

『背』
『え?』
『抜かれちゃったね』

 真っ直ぐな瞳が笑いながら見上げていた。
 気恥ずかしさで慌てて眼を逸らしちゃったけど。

「本当に変わって無いの、かな」

 知恵や夾を見るときの慈愛に満ちた眼差し。
 外見や年のことでおどけて見せる時、本人は気づいてないだろうけど。
 不意に見せる哀しそうな瞳。

「何か俺に出来る事、あるのかな……っと……ってあれ……ん?」

 考え事しながら歩いてたら、通り過ぎる処だった。
 お店のドアにかかる『休憩中で〜す☆』の手書きのプレート。
 店内に人の気配は無い。
 作業用のテーブルには飲み終わったコーヒーカップが一つ。

「休憩中か……尊さーん」

 扉に手をかけるとカラリと開いた。
 鍵もかけないで……無用心だなぁ。

「尊さん?お留守ですか〜?」

 声をかけてみるが奥に人の気配は無くひっそりとしている。
 配達、かな。
 ふと表に眼をやると、流麗な書体のロゴをペイントした配達用の箱バンは停
まっている。

「買い物にでも出かけたのかな……」

 ドアを閉めて、来た道を引き返す。

「にしても……」

 ……なにか引っかかる。
 あの人は飲みさしのカップをほったらかして出かけるようなルーズな人だった
か?
 外出するのに鍵も掛けない無用心な人だったか?
 まして。

「居留守、使うような人じゃ……無いよな」

 誰が来ても、何時来ても、思わず引き込まれる笑顔で迎えてくれたはずだ。
 そう思ったら、いてもたってもいられなくて、駆け出していた。


 ========


 無意識に腰に手が伸びるが、普段そこに収まるニューナンブも警棒は無い。
 もっとも、あったところで普段の練習量から考えれば、当たるとも思えないが。
 ……緊張で乾く喉がヒリつく。
 あの女性の過去を考えてみたら、逆恨みする奴の一人や二人いてもおかしく
ないはず。
 簡単にどうにかなるような人じゃないのはわかってるけど。
 それでもやっぱり。
 ゆっくりと深呼吸して、休憩中のプレートがかかったままの扉に手を掛ける。
 やはり開く。

「尊さん?」

 ドアの影からひょいと顔を覗かせそうだが。

「尊さん?」

 テーブルの影、ドアの後ろ、誰かが隠れそうな場所を注意しつつゆっくりと
進む。
 さして広くない店舗、五分も在れば捜索できる。
 二階……自宅かな。
 『お昼寝してたら寝坊しちゃった』と照れながら顔を見せてくれる事を期待
して、ドアを。

「……こっちは締まってるか」

 そう……だよな、本当に昼寝でもしてるのかもしれないし。
 なんか、ちょっと気が抜けちまった。

「帰るか」

 でも。
 未練がましいとは思ったけど。
 玄関の前から続く屋上への階段に足を掛けた。

『結構ね、眺め良いんだよ、ここ』

 昔、みんなで手すりに持たれて風に吹かれながら流れていく雲を眺めた時、
そんな事を昔聞いた覚えがある。
 その時のあの女性は大人だったけど。
 今でも時々雲を眺めているんだろうか。

「よと……」

 キィと錆付いた音をさせて、階段と屋上の仕切りを開ける。
 こじんまりした物干しと、水場、ベンチ、そして。

「温室かな……尊さ……」

 温室は入れたばかりの花々、紅、青、白に絢爛にが咲き乱れて。
 その真ん中で。
 黒髪から雫を落しながら、あの人が。
 力なくうなだれて。
 左手を吊られて。

「っ!?くそっ!」

 その時、突入前に中に誰かいるか確認するなんて基本も、どっかにすっ飛んでいた。



時系列
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 2005年7月中旬日。知恵、夾との同居開始から十日後の午後。

解説
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 一旦締まったインシュロックはプロレスラーでも引き千切れないといいます。
 吊られてるこのシーン、どーしても頭から離れないんですよ。(泣
 えーもー何とでもいえー(爆

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