[KATARIBE 28945] [HA06N] 小説『月下の哀歌』

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Date: Mon, 18 Jul 2005 13:03:19 +0900 (JST)
From: nagisame <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28945] [HA06N] 小説『月下の哀歌』
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2005年07月18日:13時03分19秒
Sub:[HA06N]小説『月下の哀歌』:
From:nagisame


ども、渚女です。
そろそろ秦弥君関係に決着つきそうなんで、
こっちも準備を。
まあ、時間があれば読んで下さいませ。

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小説『月下の哀歌』
=================
登場人物
--------
 弧杖珠魅(こづえ・たまみ)
  :自分の行く末に悩む陰陽銃士の少女。
 弧杖魎壱(こづえ・りょういち)
  :家の将来に悩む陰陽奏士の青年。

ユメ
----

 ――己は、一体何なんだろう。

 そんなことを考えながら、珠魅は射撃場にいる。
 練習用のエアガンを構え、的を狙う。その動作の
 一つ一つが、染み付いた日常であり、珠魅が日常
 に生きていることの証明。

 ぱすん。

「あ」
 気の抜けた音とともに発射された弾丸は、的から
 大きく外れて飛んで行く。
 ああ、と苦笑しつつ、珠魅はもう一度銃を構えた。

 ぱすんぱすん。

「……」
 見事に外れたBB弾を見て、珠魅は表情を硬くする。
 式銃使いとはいえ、銃の扱いは人一倍練習し、
 そして習得した。それなのに、的に当たらない。
 もう一度銃を構えようとして、珠魅はそれに気づく。
「え……」
 己の手が、小刻みに震えている。揺れる銃口は、
 的を捉えられるはずもなく。
 震えを止めようとした珠魅の視界が、揺れた。
「あ」
 手だけではない。腕が、肩が、脚が、どうしようも
 なく震えていく。
 それに従って、湧き上がってくるものがある。

 ――己は、一体何なのだ。

 陰陽師になるためだけに生まれ、育てられた珠魅は、
 それしか生きる術がない。そして、そういうものだと
 思っていた。
 しかし、兄の計らいで人里に降り、高校というものに
 行ってから、珠魅の中で何かが変わった。
 変わっているが、かけがえのない友人、そして仲間。
 それに触れた珠魅は、純粋に、楽しかった。
 しかし。
「所詮、まやかしなのだ」
 高校を卒業すれば。否、父に呼び戻されれば、珠魅は
 また陰陽の人となる。父と祖父の間で修行に励む日常
 が始まり、そして。
 ズキリ、と胸が痛んだ。
「……家の、ためなのだ」
 血によって素質を高める。それが、弧杖の家が代々
 行ってきた行為だ。そのためには、新しき血を迎え入れ、
 血を混ぜる。
 そのために居るのが、女である己、と珠魅は考えている。
 そのハズ、だった。
「私は……ッ」
 両腕が、だらりと垂れ下がる。脚が、今にでも崩れそうに
 なる。
 自らが定めていたその信念が、ひどく空虚なことに、
 珠魅は気づいてしまった。
 しかし、珠魅はそれ以外の生き方を知らない。だから、
 知りたかった。
 しかし、もう。

 溢れ出る涙が零れなかったのは、その手がぬぐってくれたから。

「え……?」
 背後から伸びてきた、細い指。それが、珠魅の頬を撫でる。
 震えていた体が、固まっていく。
 降りていた腕が、ゆっくりと上がっていく。
 それもこれも、全て。

 ぱすん。

 銃弾は、的の真ん中に命中し、そして。
 振り返ろうとした珠魅の目が、塞がれた。

ヨル
----

「……あ」
 目を開けると、豆電球の光があった。

 ――夢、か。

 少し残念な気分を感じていることに気づいて、
 珠魅は苦笑を浮かべる。
「夢のようなもの、か」
 己が渇望していた日常など、夢でしかない。
 そういわれた気がして、珠魅は小さく溜息をつく。
 その頬が、つん、とつつかれた。
「ん?」
 顔を横に向ければ、そこには赤い雀が居る。
 珠魅の式神、小朱雀は、珠魅に何か伝えたそうに、
 翼をぱたぱたと動かしている。
「すまない、明日は学校でな……ん?」
 その音は、かすかに聞こえた。
 夜闇に溶けていく管楽器の音に誘われるように、
 珠魅は布団から抜け出す。
 音の主も、演奏者も、何となく予想はついている。
 カラリ、とその部屋の襖を開ければ、縁側に座った
 着物姿が居た。
「兄様」
「ん?」
 手を止めて、兄はくるりと振り返る。
 狐を思わせる細く吊りあがった目と、いつも何か
 企んでいそうな口元。そんな油断のならない兄だが、
 珠魅にとっては尊敬する兄でもある。
「まだ二時だよ。起きるには早いんじゃないかな?」
 クスッ、と笑って、兄は体を元に戻すと、口元に
 細長い箱のようなものをもっていく。

 ふぁふぁふぁん、ふぁぁん。

 使い古されたハーモニカから零れ落ちた音は、
 珠魅の心にゆっくり染みこんでいく。
 どこか哀愁を漂わせたその音に引き寄せられるように、
 珠魅は兄の隣に座り込む。

 ぴょん。
 ぴょんっ。
 しゅたたっ。

「ん?」
 かすかな音に目を向ければ、庭で走り回っている小さな
 モノたちがいる。
 兄の管狐を追い回しているのは、珠魅の小太陰と小六合。
 掌ほどの童女と童子に追いかけられる小さな獣、という
 図式は、笑みを誘う。
「久しぶりに、家で笑った顔を見たねぇ」
「え……そんなに、笑っていなかったか」
 思えば、家ではいつも硬い表情をしていた気もする。
 弧杖の家にふさわしい女になるために、兄を助けられる
 陰陽師になるために。そんなことばかり、考えていた。
 それが、良いことなのか悪いことなのかも、分からずに。
「兄様」
「珠魅は、何も考えなくていいんだよ」
 ハーモニカから口を離して、兄はぽつりと呟く。
 はっ、と口をつぐむ珠魅に、兄はその細面を向ける。
 細い目の奥の光は、いつになく優しかった。
「珠魅は、当主になるわけでもないんだから、自由にしなよ」
「でも」
「家を出たって、いいんだよ?」
 優しく語り掛ける兄に、珠魅はクスッと笑みを返す。
 本当に家を出たいのは、中途半端な妹ではなく、家を背負い
 立たなくてはいけない兄のほうだろう。
「音楽の道、まだ諦めていないのでしょ?」
「ああ、痛いなぁ、それ言われると」
 手の内のハーモニカを眺めつつ、兄は小さく溜息をつく。

 ぴょん。
 ぴょ〜んっ。
 しゅたたたっ。

 家の事情など全く知らぬアヤカシたちは、無邪気に庭を
 駆け抜けていく。
 そんな自由さがあれば、珠魅も兄も悩んでいなかっただろう。
「ねえ、珠魅」
「はい」
「弧杖の家なんて考えずに、好きにしていいんだよ」
 その言葉の意味が掴めないうちに、珠魅の脳裏にあの夢
 が蘇る。
 自分を助けてくれたあの手の持ち主は、きっと。
「好きなら好きって、言えばいいのに」
「別に、そんな感情は……分からない」
 珠魅にとって、他人が好きか嫌いかなど、意味を持たない。
 今までは、そうだった。
 だから、この感情をなんと表現すればいいのか、分からない。
「でも、一緒に居たいんだろう?」
「……はい」
 少しでも、あの少年と一緒にいたい。それは、偽りのない
 珠魅の気持ちだった。
 しかし、それが何の感情から来ているのか、それが、
 分からない。
「それが恋なんだよ」
「恋……」
 自分には理解できないその感情。
 しかし、その一言には、言いようのない嬉しさと寂しさが
 あった。
「私は、どうすればいいのでしょうか」
「告白してみれば?」
 あくまで軽い兄の口調。それが、珠魅を想ってのことだと
 いうのには気づいていた。
 しかし、そう簡単には踏み出せそうにない。
「ああ、断られるのが怖い?」
「そ、それは」
「じゃああれだ、部屋に呼び出して、襲っちゃえ。既成事実を
 作ったら、もう逃げられないよ?」
 カラカラ、と笑っていった兄は、珠魅の顔色を伺う。
 真剣な顔が、そこにあった。
「じょ、冗談だよ」
「……はい」
 うなずく珠魅の顔は、見て分かるほど追い詰められている。
 変に一押しすれば、本気で襲いかねない。それを感じ取って、
 兄は静かにハーモニカを口に当てた。

 ふぁん、ふぁふぁー。

 流れ出してくるのは、人の心を落ち着かせる旋律。
 しかし、珠魅の瞳は揺れていた。
 胸が苦しい、とてつもなく苦しい。
 それが恋というのなら、そんな想いを抱きたくなかった。
 でも。
「もう、退けない」
 小さな呟きは、ハーモニカの音に溶け、砕けていった。

時系列
------
 2005年のある夜。弧杖邸で。

解説
----
 自分の中の理解できない思いに苦しむ珠魅。
 追い詰められた心は、どこへ向かうのか。
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最後がちょっと不穏だ(w
まあ、頑張るっす。

それでは。
渚女悠歩


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