[KATARIBE 28893] [HA06N] 小説『 5 月 22 日……相羽』

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Date: Tue, 5 Jul 2005 22:59:16 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28893] [HA06N] 小説『 5 月 22 	日……相羽』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年07月05日:22時59分16秒
Sub:[HA06N] 小説『5月22日……相羽』:
From:久志


 久志です。

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[HA06N] 小説『5月22日……相羽』
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登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。

焦
--

 あれから。
 体が震える。
 胃のそこが、すっと冷える。

 あてもなく駆け出して。
 でも、どこへ?

『ごめんね、と』

 妹に伝えたという、メッセージ。
 その、意味は。

 初めて史の奴に紹介されて。
 さっぱり女っぽさを感じさせず、自分の所業の悪辣さを話そうと、一般市民
代表として、尊敬すると言い切ったあいつ。

 あの時。
 始めに出会って二月程経った頃、己を破壊したいという発作のような衝動の
まま刃物を向けてきて。殴り倒して、生き恥さらせと言い捨てて。
 そのくせ、三日も経ったらそんな出来事などまるでなかったかの如く、また
会ってしゃべって。

 そして、いつの間にか。するりと忍び込むように。

  食卓を囲んで他愛のない話をしてる。

   読んだ本の話をしている。

    弁当のおかずであれこれ談義してる。

 …………あの日までは。

『被害者の名前は、軽部真帆』

 あの日までは。

「…………っ!」

 歯を食いしばった口の中一杯に、じわりと広がる血の味。
 頬に火がついたような火照りを感じていても、その痛みを感じない。
 否、痛みを感じる余裕すらない。

 もう、会えない。
 これ以上迷惑をかけられないから。

 もう、会えない。
 二度と巻き込むわけにはいかないから。

 もう……

『……こうやって……死ぬのなんて簡単なんです』

 そう言って、頭上に見上げた街の灯。
 眼下に広がっていたのは、ぽっかりと真っ暗な空の闇。

『このまま、空に落ちてゆけばいい』

 ふと立ち止まって見上げた空は、やや傾きかけた春の日差し。
 突き抜けるように晴れた、鮮やかな青い空。

 空へ、落ちる。
 太陽に向かって。

 たったひとつの冴えたやりかた。

 ざあっと全身の血が引いていくのを肌で感じる。

「……どこに……」

 握り締めた拳に爪が食い込む。

「……どこにいるんだっ!!」

 荒く吐き出した息に血が混じる。
 史に殴られて怒鳴りつけられてから、どのくらい時間が経った。
 沈み込むように胃のそこが冷えていく、湧き上がるような震えが全身を覆う。

「……どこに……」

 震えを振り切るように駆け出す。
 でも、どこへ?

 どこにいる。

 …………心の奥から、湧き上がってくる言葉。
 だが、それは許される言葉か。

 どうして、こんなに愕然としているのか。
 どうして、これほど自分が必死になっているのか。

 その理由は。


非通知
------

 あてもなく走り続けて。

「……っ」

 ふと、胸ポケットに感じる振動。
 最初に短く震えて一旦止まり、続けて一定時間長く震える。これは個人用携
帯に設定した振動。ポケットから出した携帯に出ている番号は非通知。
 本当ならば個人携帯を教えている相手は必ず携帯番号を登録しているはず。
 たった一人の例外を除いて。
 荒れる息を抑えて、通話ボタンを押す。

『…………』

 受話器の向こう、問いかけの声はない。
 たった一人の例外、携帯電話を持っていない相手。
『…………』

 それは。

「……真帆?」
 電話の向こう、微かに聞こえる少し鼻のかかった……涙交じりの笑い声。
『……わかった?』
「……ああ」
『ありがとう」
「真帆、どこにいる?」
『……充分です』
 三日前と同じ、微かな笑いを残しつつ、だが声の奥に涙が混じっている。
『ありがとう』
「……待ってくれ」
 しゃべりながら、切れた口の端から血が伝う。
「どこにいるんだ!?」
『ごめんなさい、最後だから』
 静かで、穏やかな声。

『……声、聞きたかったから』
「待ってくれ!」
『…………』
「行くから……待っててくれ」
『…………要らない』
 あの時、斬りかえしたときの静かで鮮やかな声。

『もう一度、斬りに来るか?』

「……違う」
『………………もう、いいよ』
「頼む」
『降り積もるだけだから』
「待ってくれ!!」

 膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか踏みしめた。

『……積るばかりだ』
「……それでも」

 降り積もったら動けなくなる。

「それでも、いい」

 ふと、言葉が途切れる。

「どこにいる?」
『…………』
「頼む……教えてくれ」

 心の中で崩れ落ちていった何か。
 認めてしまったら、動けなくなる。

 それでも。

「真帆……会いたい……」


時系列と舞台
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 2005年5月22日
解説
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 史久に殴られ、やっと目を覚ました相羽。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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