[KATARIBE 28860] [HA06N] 小説『 5 月 22 日……片帆』

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Date: Thu, 23 Jun 2005 23:41:12 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28860] [HA06N] 小説『 5 月 22 	日……片帆』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月23日:23時41分12秒
Sub:[HA06N]小説『5月22日……片帆』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
さーて最終日ですな。
片帆の風景です。

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小説『5月22日……片帆』
=======================
 登場人物
 --------

  軽部片帆(かるべ・かたほ)
   :違和感の無い毒舌大学生。姉のことになると相当頭に血が上る。
  本宮文久(もとみや・ふみひさ)
   :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。 


本文
----

 留守電の小さなランプが点滅していると、何だか憂鬱になる……ってのは、
あたしではなく姉が言っていたことだったけれども。

 ……何だか憂鬱になる、なんて、悠長なものじゃなかった。


言葉
----

 その日は、午前中からバイトが入っていた。
 隔週の日曜日。普段の日は仕事帰りの人が来る時間帯が混むんだけど、やは
り日曜日は午前中でも結構混む。常連さんもゆっくり時間をかけて選ぶし、そ
うするとサービスのお茶とか珈琲が結構出ることになる。
 常連さんには、出来れば好みのお茶をさっと出す。出来れば憶えておいて。
 ……というのが、店長さんの言葉である。
 流石だな、と、それはほんとに思う。

「……すみません、店長、やっぱり今日、3時まででいいですか?」
 出来れば少し長く仕事して欲しいな、とは言われてたし、どうしようかとも
迷ったけど、やっぱり真帆姉のことが気になった。
「何か用事?」
「……はあ、ちょっと」

 あれから数度、電話をかけた。
 何度かけても、留守電の状態だった。

 あの姉だ。似たようなことは以前もやってたことがある。
 但しそれは、五年前の事件の直後から暫くの、姉が一番落ち込んでいた頃の
ことである。
 ……3日。
 そろそろ……本当に怖い。

「いや、元々、出来ればってことだし……じゃ、3時まで宜しく」
「はい」
 そんな会話を交わしたのが、1時頃、だったか。

 
 第六感とか虫の知らせとか。
 どうしてそういうものが働いてくれなかったかと思う。
 

 仕事を終えて、残り組の橋本さんと空帆ちゃんに一礼して。
 まずは家に戻って、バイトの荷物(=エプロン)を置いていこう、として。
 家に戻ると。

 ぺかぺかと、留守電を知らせる灯が。
 
 一瞬実家からかと思った。うちの両親って、電話を掛ける時間帯が無茶苦茶
で(姉曰く、あたしが出る時間帯が無茶苦茶だからだろう……ってことなんだ
けど)、日曜日の昼間、一番あたしが居ない時間帯を選んで電話するくらいの
ことは平気でやるだろうな、と。
 仕方ないなあ。その程度で押した、再生ボタン。

 そして。

『……片帆』

 ボタンを押した手が、空で止まった。
 それくらい……姉の声は、明るかった。

『……ごめんね』

 申し訳無い、と、言外に……多分頭を下げながら、言ってるんだろう。

『本当に……ごめん』

 そして一拍置いて、決まり文句。
 十二時十五分です。
 レディメイドの女性の声で。



 5年前。
 母が姉をひっ掴まえるようにして部屋に追い込んで。
 そしてしばらくして出てきた姉は、その部屋の前で立ち去るに立ち去れず、
座り込んでいたあたしに、ぽつり、と言った。

 ごめんね。
 片帆、ごめんね。
 
 確かあの時も、姉は笑っていた。
 ごめんね。ほんっとごめんね。

 ……そしてその日の夜の夜中に、あの人は。


 あの、ひとは。



「…………うそ」

 何が、起こっているのか。
 その理由はわからない。原因も、正確にはあたしは誰からも聞いていない。
 けれどもたった一つ。

 真帆姉は。


「……うそおっ!」

 咄嗟に電話に飛びつく。教わったばかりの電話番号を頭の中で繰り返して。
 ……多分この電話番号ならば携帯。今日は日曜日だけど……多分。

 いや、都合が悪かろうが、なんだろうが!
 叩きつける勢いで番号を押した。


Telephone Call
--------------

『もしもし?』
「本宮さんですか?」
『はい』
「軽部片帆です。真帆の妹の」
『……どうしました?』

 姉を相羽さんとやらに引き合わせた御仁。
 この野郎、と、あの時は思ったけれども、この反応の速さだけは助かる。
 ……咄嗟にそんなことを思った自分の頭を、一度叩いて。

「……姉から……留守電があって」
『真帆さんから連絡ですか?僕も何度も連絡したんですが……』
「あの人…………っ」
 言葉に、詰る。
 言ってしまえば本当になる。
 ……まだあたしはこのことを、どこか夢のことのように思っている。
 思いたい、のだ。

『片帆さん?どうしました』

 だけど。

「留守電に、残ってて」
 だけど……そんな悠長なこと言ってられない。
 裏返りかける声を、必死で抑えて。
「……ごめんねって」
 電話の向こうから、ひゅっと小さな音がした。
 恐らくは……息を呑む、音。
「あの人、死ぬ気です!」

 言ってしまって、気が付いた。
 ……ほんとうに、そうなのだ、と。
 真帆姉は……どうしてそう思ったか知らないけれども、それでも。

 死ぬ気、なんだと。
 
「……電話かかってきたのが、お昼くらい……あたし居なくて、バイト入って
て、今聴いて」
『お昼……』
 電話の向こうで、身動きする気配。恐らくは時間の確認。
 あたしも時間を確認する。
 ……3時、半。
 
「……本宮さん!」
 ぞっとした。
 三時間と少し。真帆姉じゃなくても十分に。

 それでなくてもあの人は、どこからでも空に落ちられるのに。
「死なせないって言ったよねっ!?」
『わかりました、なんとしてでも先輩を説得します』
 そんな悠長な、と、叫びかけたこちらの声をせき止めるように。
『……あの人でなければ、真帆さんは止められません』

 
 言いたかった。怒鳴りたかった。
 こと、ここに至るまで動かない奴に何が出来るもんか、とか。
 そんな奴が本当に、姉を止められるのか、とか。
 もう、それこそ一瞬に、言いたいことは湧き上がったけど。

「……なんでもいい」
 だけどあたしには、姉を助けられない。 
「ねえさんを、たすけて」
 ごめんね、という姉の声を、こうやって空しく聞くしかない。
 腸が煮えるほど、辛いけど。

「真帆姉を、生かして返してよ!」
 怒鳴った声に、それでも……本宮さんは断言した。

『わかりました』

 何かあったら電話します。そこに居てください、と、それだけ言って、電話
は切れた。
 
 受話器を置いて。
 思わず……座り込んだ。


 あたしのできることは、もうほかには、ない。


 ふと、真帆姉の言葉を、思い出す。
 あれは留学から戻ってすぐの頃だっけか。

 異国で長く留学する時に、やっぱり心の調子を崩す人だって出てくる。どれ
だけ普段親しいようでも、そうなると何を言っても裏目に出るし、何をやって
も上手くいかない。
 真帆姉の親しくしていた子がそんな具合になったのは、彼女が帰国を数ヵ月
後に控えた頃だったという。あと少し、あと少し、と、本人も思いまわりも思
う。だからこそ余計にまずかったかもね、と、姉は苦笑していた。

『でもね、有難いことに彼女の幼馴染の女の子が地方大学に留学しててね。彼
女のことを聞いて、一ヶ月くらい来てくれたんだわ』

 毎日毎日、その幼馴染は彼女をとっ掴まえて、一時間の散歩に引きずりまわ
したという。それまで部屋から、ようやく御手洗いまでしか出てこなかった人
をである。

 そして確かに、彼女の調子は多少なりとも良くなり、何とか留学期間を最後
まで終了して、日本に戻ったのだ、という。

『……なあんかね、藪医者が手に余る患者さん目の前にした気分だったよ』
 そんなことを、姉は言ったっけか。
『そら、何も出来ないから口惜しかったし、自分がじれったかったけど、でも
彼女が良くなるのが一番だったもの。名医に預ける気分ってあんなもんだった
かもね』

 
 フラッシュバック。
 そう言った時の、姉の微笑。
 そんなん判らないやとか思った、あの時の自分。

 一瞬にして。


 名医かどうかなんて、あたしにはわからない。
 でも。

 でもあたしにはここまでしか出来ないから…………



 膝に爪を立てて。
 あたしは、電話を見据えた。



時系列
------
 2005年5月22日、午後3時半頃。


解説
----
 咄嗟にだーっと考えるのは、軽部家の特徴なんでしょうか。
 問題の日の、片帆の風景です。

***********************************************
 てなもんです。
 ではでは。


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