[KATARIBE 28857] [HA06N] 小説『ガラスの巨人』

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Date: Wed, 22 Jun 2005 00:21:29 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28857] [HA06N] 小説『ガラスの巨人』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月22日:00時21分29秒
Sub:[HA06N] 小説『ガラスの巨人』:
From:久志


 久志@あうあう です。
ええと、先輩が愕然としてます。ええ。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『ガラスの巨人』
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登場キャラクター 
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 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。

空虚
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 わずかに軋んだような音を残して閉じた、ドア。
 規則正しく響く足音が遠ざかっていって。

 あれから、どれくらい時間が経ったのか。
 広い部屋の中、水槽のモーターが唸る音と、壁掛け時計から微かに響く秒針
の音だけが耳障りに響く。
 椅子に座り込んだまま、体からするりと何かが抜け落ちたような奇妙な軽さ
を感じる。いや、軽くなったというより希薄になったというほうが正しいのか
もしれない。
 いつの間にか握り締めていた拳を、目の前でゆっくりと開く。
 そのまま、両手で顔を押さえて、テーブルの上に肘をつく。

『もう会えない』

 背を向けて立ち去るまで、あいつはずっと笑っていた。
 まるでつくりもののような、鮮やかな笑顔で。

 あいつは、自分が斬られることを悟っていた。
 だからこそ、笑っていた。
 そして、微笑みながらその決断を正しいと言い切った。

 あの事件、霧雨の日の出来事からずっと、こんな終わりは見えていたような
気がする。

 顔を押さえた両手が、髪をつかむ。
 ならば何故、あの時に言わなかった。

『魚に餌やっといて』

 退院を見舞いに行ったときに告げた一言。
 あの時、あいつがぽつりと一粒涙を流したこと。

 なんで、泣くのか?

 さんざん、好意に甘えて、利用して。
 あまつさえ、俺の撒いた逆恨みのとばっちりで刃物を向けられて。

 むしろ本当に斬り捨てられるべきは、こっちのはずだ。
 なのに、何故?

 ぽつりと、流した涙。
 あの時は、その意味を問うこともできずただ立ち去るだけだった。
 ただ、それが、ずっと頭にこびりついて離れない。


 一人でいると、本当に考えてもどうしようもないことばかりが頭をよぎる。

 どうして、こんなことになってしまったのか。
 何故、あいつを巻き込んでしまったのか。
 自分のやり方は、自分でよくわかってたはずだ。今までだって刺されかけた
事もある、殺してやると言われたことさえある。

 そもそも、はじめから気を許すべきではなかったのかもしれない。
 いや、気を許そうとも思っていなかったはずなのに。

 いつのまにか、じっとりと体中を濡らしただ霧雨のように。
 いつのまにか、身動きをとることも出来ないほど……

 顔をあげて手のひらを見つめる。

 どうして。
 自分はこれほどまでに愕然としているのか。


 『これ以上、迷惑をかけられない』

 友人だと言った。
 苦労を肩代わりしてやるとも言った。

 だからこそ、これ以上迷惑はかけたくなかった。
 いままで自分がやらかしてきたこと、降り積もらせてきた恨み。それを押し
付けてなお、平然としていられるほどの厚顔さはない。


 あいつは俺のじゃない。

 少なくともあいつは妹に必要とされている。
 あいつを必要としてる人間を差し置いて、俺の勝手な都合でこれ以上とばっ
ちりを受けさせるわけにはいかない。

 昔から何も変わらない。
 もともと、俺には何も無い。

 十七年前の、あの霧雨の日から、ずっと。
 俺には何も無い。
 これからも。

 ただ、それだけのこと。


『幸せはとどめておけないものかしら』
『ほんの少しだけでいいから』

 考えるのは、もう終わりだ。


時系列と舞台
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 2005年5月19日。
解説
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 『決断』の後、真帆を斬り捨てたことに愕然としている相羽。
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以上。

 あーもう、この男もこの男だ……



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