[KATARIBE 28854] [HA06N] 小説『水天一碧』

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Date: Mon, 20 Jun 2005 00:57:11 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28854] [HA06N] 小説『水天一碧』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月20日:00時57分11秒
Sub:[HA06N]小説『水天一碧』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なぎりんを泣かして話を書いてます(まて)

とりあえず、こちら、真帆の側はここまででしょうか。

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小説『水天一碧』
===============
 登場人物
 --------
  軽部真帆(かるべ・まほ)
   :自称小市民代表。多少の異能あり。


本文
----
 
 突き抜けるほどに晴れていた。
 五月晴れってこういう日のことを言うんだろうなと思った。
 
        **
 
 なかなか眠れない日が続く。
 眠ろうとはした。ジンと風邪薬。睡眠薬を買う度胸はやっぱり無かったから、
その二つを一緒に呑んでみたけど、たいした効き目もなく。

 仕方が無いのだと思う。
 友人に斬られる、その結果に納得はしていてもきついのは事実だから。
 斬られて当然と思うだけ、自分が役立たずであること、相手にとって無力で
あり無意味であり不必要であるということ。
 それを突きつけられることは……どれだけ自分で確信していても辛い。
 
 額に、爪をつきたてる。
 痛みというのは便利である。
 もうこれ以上、迷惑をかけたくない。そう言わしめる行動、そう思わしめる
発言。それらを検索する意識の流れを一瞬だけでも止め得る。
 肥後守の刃を握り締めながら、PCの画面を見る。ログイン画面にパスワー
ド。そして次々と記事を探して。

 (迷惑なんてかけられたことなかったよ)
 (どうしてそれが)

 『迷惑をかけたかけられないという感覚は所詮は相対的なものであり自
  分が迷惑をかけたと思っている場合同じ行為を受動した場合にはやは
  りそれを他者からの迷惑と判断すると考えられ

 (うるさい)

 握り締めた手の中で、けれども手の皮を突き破るほどに自分の力も無く決意
も無く、だから半端に意識が途切れるだけの。

 駄目だこれ、同じ著者の記事だ。

 握っていた刃を手から離して、検索画面に追加情報を打ち込んで。
 そして出て来る一連の文章。

 (貴君の判断はやはり正しい)
 (どこを叩いても、どう考えても)
 (幾ら考えても、あたしからそれ以外の反応は出てこない)

 
 どこで間違えたろうと思う。
 どこまで戻り、どこからやり直せばこうならなかったろうと考える。
 でも多分、どこでどうやっても、最終的に斬られたろうなとも思う。

 結局は。

        **

 死にたいと。
 何度も壁に頭を打ち付けるように。
 波が幾度も幾度も、絶え間無く押し寄せるように。
 
 友人に斬られるということ。
 花澄も、はつみも、殆ど何も言わないまま去っていった。
 ただそのように言わないことは、彼女達の優しさであったのかと。
 
 (身喰いをする馬)
 (身喰いをするという事実を、殊更に確認する己への嫌悪と)
 
 斬りたかったのだろうか。
 花澄も、はつみも。
 斬って自由になりたかったのだろうか。

  『これ以上、面倒かけたくないんだよ』
          (これ以上、面倒かけられたくないんだよ)
  
 ……そういうこと、じゃないのかと。
 何度考えても。

 
 眠ろうとして眠れない夜。
 風邪薬を四粒。空になった瓶と、ウォッカの瓶。
 自分の愚かさに責め苛まれて、額を枕にこすりつける。
 吐いた酒の中に残る、粒。
 ぬぐった手に残る、細い紅の色。

 無理矢理電気を消して、布団の中で丸くなって。
 何度か意識が遠くなったことはある。多分眠ってたんだと思う。
 胃が流石に痛い。


 一つ学習。
 珈琲と水と酒で三日寝不足って、それでも体調は変わらないものである。
 ……ほんっとに自分って頑丈に出来てるかもしれない。


        **


 何度も鳴る電話。留守電に吹き込まれる声。
 
『もしもし、片帆です。また電話します』
 小さな溜息交じりの声。

 そしてまた。
『本宮です……先輩のことでお話聞きたいです』
 単刀直入な声。
『電話下さい。また電話します』

 先輩のことで。


  しにたい、と、おもった。
  
      
        **

『本宮です……お留守ですか』

 もう何も要らないと思う。
 そもそも友人は要らないと思う。

 何度思い返しても、だってどうすれば良かったのか判らない。

『……電話、下さい。いつでもいいですから』

 どうしたらよかったのか。
 どうしたら。

  (もう、会えない)

 例えばそれがどれだけ本当であっても、多分その言葉を放つことは辛い。
 それでも、言わなければならないほど、自分は不要だったのだろう。
 それほどに、迷惑の元になりかねなかったのだろう。
 
 
 どうしたらよかった。
 どうすれば誰も傷つける事無く誰にも迷惑をかけず。
 (たったそれだけのこと)
 (ほんとうにたったそれだけのこと)

 幾ら考えてもあたしは同じ行動しか取れず、それならば多分また誰かにこう
やって斬られる。
 斬らねばならないほどの迷惑を相手にかけて。
 友人はあたしを斬る。

 それが己の愚かさに起因すると十全に判っているならば、どうして。
 
 ……どうして友人を欲することが出来る。


『……すみません、何度も』

 だと、いうのに。

『先輩のことで、お話ききたくて……本当に電話下さい』

 貴方も。
 もう。

 電話に手を伸ばし、まだ何か喋っているのをそのまま床に投げつけた。
 声は、それでも続く。

『また、電話します』

 
 電話を投げることはしても、どこかで壊さないだけの配慮は働いている。
 どれだけ狂ってしまいたくても、狂うことはままならない。
 辛いと言っていても……所詮その程度。

 それが口惜しくて。
 どれだけ考えても口惜しくて。

 筆立ての千枚通しを、握って。
 
 それを刺し通す度胸も無い。

 
 辛いのは。
 愚かな自分を、役に立たない自分を見るから。
 自分を見るから。

 (………い)

 違う。だからそれは。

 (……たい)

 己に絶望しているだけのことだ。自分を見れば深く沈むしかない。
 故に。

 …………違う。
 だから違う。
 だからそれ以外に理由は無い。辛い理由は無い。

 斬られたことが辛い。
 友人に友人として最後まで対することの出来なかったことが辛い。
 だから辛いのだ。

  (…………)

 ……だから違う。
 否、許さない。
 あたしが……それは許さない。

 
 投げつけた電話を拾い上げて。
 つーつーという無音。

 それを戻して。またPCに向き合って。
 今……何時だろう。


      **

 そして閉めたままのカーテン越しの光。
 ゆらゆらと、いつのまにかPCの前で眠っていたらしい。
 
 夢を、見ていた。
 落ちてゆく夢。
 

   …………しにたいとおもいました。
   だから空へとおちました。


 自分の愚かさで傷つけたことも辛い。
 それを幾度思い巡らしても、ましなことを思いつけもしないことが辛い。
 
 だけどもっと辛いことが一つだけあって。
 それはでも、辛いと思ってはいけないことの筈で。
 辛いと思うことを、自分に許してはならないことの筈で。

 筈、なんだけど。

 ……疲れたな、なんだか。
 勝手な言い分だと……判っているけれども。
 

 通りに面した窓の、カーテンをそっと開く。
 擦り硝子の向こうの、微かに朱鷺色の空。
 ……ほんと今、何時だ一体。


    おちながら、あたしはさけんでいました。
    出ない筈の声で。

 
 見ているうちに空の色が変わる。青緑の深い色へと。
 細い通りの上の、狭い空の色だけど。
 突き抜けるように晴れて。


    もう誰も聞く人の居ない、その深淵の中で。
    ようやっと、あたしは呼ぶことが出来た。
    呼ぶことを許せる、と、思った。
 
    たった一つの名前を。


 PCの時計を叩いて、曜日と時間を確認。
 ああそうか、日曜日か、今日。


 留守電の機能を解除して。
 揃えた記事をDVDに記録して、その由メモをして。
 部屋を片付けて、溜まったグラスを片付けて。
 湯を張ったまま忘れていた風呂で、髪を洗って。
 半乾きのままの髪を束ねて。

 ……あ、お酒尽きてるし。

 鞄に財布を突っ込んで。
 よく考えてから、財布の中からお金だけ少し出して、あとはキーボードの上
のDVDの隣に置いた。
 
 ゴミをまとめて。
 何だかんだ言って、結局片帆に頼ることになるんだろうけど、多少なりと迷
惑を減らしたいと思って。
 ……ほんっとあの子、あたしの妹になって、どれだけ損してるだろう。

 
 時計を見たら、もう昼が近かった。
 だから鞄に、タオルに包んだ包丁を突っ込んで部屋を出た。
 部屋の鍵を閉めて、そして鍵を郵便受けに入れて。


 確かそういえば、以前調べてもらったんだよな。
 今の時間、多分片帆は、アルバイトに行ってる。

 ……ならば電話かけても、大丈夫かもしれない。
 というか、これだけ迷惑かけて、電話かけないってのは幾らなんでも。

 
 一升瓶を一本買って。
 しばらく歩いて公衆電話を探す。最近携帯のお陰で、公衆電話が減ってるか
ら、あたしにはかなり迷惑な話なんだけど。
 まあそれでも、反対に探し出した公衆電話は、大概誰も使っていない状態で、
そういう意味では便利なのかもしれないけれども。

 明るい緑色の受話器を持ち上げて。
 テレフォンカードを突っ込んで。

 数度鳴って聞こえる、留守電の声を、どこかぼんやりと聞いて。

「片帆」

 そして何を言おうかと考える。
 何を言えば良いんだろう。
 こんなときに。
 こんな風に……裏切ってゆこうとする時に。

「……ごめんね」


  最後の最後まで、貴方にだけは本当に申し訳無いと思う。
  最後の最後まで……傷つけることしかしなかったと思う。

  そして最後の最後まで、貴方には甘えていると思う。

「本当に……ごめん」

 
 それでもやっぱり、手は自動的に動いてテレフォンカードを回収する。
 そのこともまた、どこか可笑しくて。

 あ、グラス忘れたな。
 どっかで紙コップ買っていこう。
 白い紙コップ。この空に映えるような。

 一方通行の宇宙脱出方法だね、と、以前確か花澄が言っていたっけ。
 どこまで落ちることが出来るだろう、と、二人で考えていた時に。
 多分そうしたら、帰ることは出来ないけど。
 
 一升瓶抱えて落ちてゆくのもまた。
 面白いじゃないですか。

 水天一碧。
 空と海が交わるほどに晴れ渡ったその色。
 (ここから海を見ることは出来ないけど)

 
 己が愚かであることも。
 幾ら考えてもどのようにもならぬ自分が居ることも。
 全て辛いことだったけど。

 けれども。


 一番辛いたった一つのことを放つ為に。

 
 日曜日の通りは、何となく混んでいて。
 もう少し先に進んでみようと思う。
 足に任せて、もう少し。

 空がもう少しひらける、その場所まで。



時系列
------
 2005年5月22日(日)

解説
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 『拈華微笑』から続けての3日と、それに続く最後の日。
 そういう風景です。
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…………(黙して語らず)
ではでは。


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