[KATARIBE 28851] [HA06N] 小説『かこちがほなる』

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Date: Sun, 19 Jun 2005 00:36:45 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28851] [HA06N] 小説『かこちがほなる』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200506181536.AAA52751@www.mahoroba.ne.jp>
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年06月19日:00時36分44秒
Sub:[HA06N]小説『かこちがほなる』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
以前のログを元に、話をおこしてみました……が。
(えぐー)<おい。
参考ログは、特に後半
http://kataribe.com/IRC/HA06/2005/06/20050606.html#000000
なんですが、話を通すために、かなり言葉を変えてます。
チェックお願いします(ぺこり)>ひさしゃん

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小説『かこちがほなる』
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  登場人物
  --------
    軽部片帆(かるべ・かたほ)
      :軽部真帆の妹。毒舌大学生。過去の経緯から姉のことになると平静を喪う。
    本宮史久(もとみや・ふみひさ)
      :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。 

本文
----

 正確に、四度鳴る呼び出し音。そして一瞬の間。
『軽部です。只今留守にしております』
 また、留守電。
 多分居留守だとは……思うんだけど。
 だけど。

 大学の昼休み。図書館前の公衆電話の緑の電話。
 数日前の会話を思い出しながら、あたしは唇を噛んだ。

            ***

 今何歳ですか、と、唐突に問われるから、二十歳です、と答えた。
 じゃあ大丈夫ですね、と、本宮さんは笑って、居酒屋に歩を向けた。
 流石に刑事さんである。

 よく、真帆さんとここで呑むんです、と、本宮さんは言った。
 先輩と真帆さんと……と。
 多分こちらが緊張しているのを読み取って、話しやすいように姉のことを話
題にして下さってたとは思うのだけど。

 姉の名前が出るたびに走る、違和感。
 自分の知らない姉が居ることを実感しつつも認めようとしていないことを。
 皮膚で、実感する。

 ……それでも。

 頼んだ冷酒を受け取って、一息ついて。

「何か、ありましたか?」
「病院で何かあったんですか?」

 ほぼ、同時に問い掛けてしまって。
 互いに……何とはなしに、苦笑した。

「すみません」
「いえ」

 確かにこれはこちらが悪い。相手に尋ねるならば、こちらの手の内を見せな
い限りどうもならん。

「日曜日に姉に会ったら……ひどく元気が無くて。退院してきた時に電話した
んですけど、あそこまで元気が無いわけじゃなかった」
 本宮さんは少し眉を寄せた。
「また、魚の餌やり頼まれてるよ、って言ってたけど」

 思い出して一瞬……腹の奥がぐらりと揺れる。

「……莫迦みたい」
「え?」
「だって姉は、それで刺されたんじゃないですか」

 刺した相手は、どうやら相羽さんとやらの昔の情報源。おネエちゃんマスター
なる渾名と姉を刺した事実とを併せれば、どういう『情報源』だか見当もつく
というものだ。
 その女性が、魚の餌やりに行った姉を、その道の途中で刺した。
 魚に餌をやるという行動が、そのことを……まさか忘れさせるとは思わない。

「そりゃ姉は恋愛に関する恨みのつらみのって話は散々聞かされてます。だか
らそれくらい慣れてるって自分では言う。でも」

 弟分の話を聞いて、その愚痴をすっかり吐き出させて。
 その代わりに自分が、胃の腑を空にするまで吐いて。

「でもあの人が、平気なわけじゃないんです」

 女性をたぶらかして情報源にする。その結果彼女が怨むか怒るかするっての
は、実際のところ非常に良く判る。そして姉が誤解されたってのも、判らない
ではない。
 そして多分、姉は自分が刺される理由と、その正当であることをある程度ま
では知っている。それでもその原因を友人と言う時に、姉はなおその原因を相
羽さんには求めていない。
 そして生じた矛盾を、けれどもあの姉は、何らかの形で理屈付けなければ落
ち着かない人だ。その結果、刺した彼女のほうに責任を転嫁したとしたら。
 その事実の卑怯さに、転げ廻るほど自分を嫌悪するのが姉だ。
 たとえその事実に、気が付いてはいないとしても。

「なのに、刺されたその原因が、また原因になった行動を頼んで、んでうちの
姉はほこほこそれに乗って……」
 莫迦だとは前から思ってたけど。
「相羽さんて人は、どこまで姉を利用するんですかっ」

 怒鳴りそうになった声を、必死で抑えた。
 微動だにせずにこちらを見ていた本宮さんが、口を開いた。

「利用しているとは、僕は思いません」
「……だって!」
「真帆さんの好意に甘えることは、あるかもしれない」
 静かな、けれども落ち着いた声で。
「友人なら、そういうこともあるでしょう」

 ぎり、と、耳元で音がした。
 あたしの歯の擦れる音だった。

「……同じことです。そんなの」
「そうでしょうか」
「同じことじゃないですか、結局は」
「そうかな」
 本宮さんは、首を傾げる。
「友人ならば、一方的な甘えじゃないでしょう」
「でも、やってることは甘えでしょう!」
 思わずグラスを握り締める。からん、と、氷が一度鳴った。
「もしそうだとしたら」
 それでも、耳に届く声はとても平静で、揺らぐことが無くて。
「先輩が甘えることを、自分に許してしまうくらいに」
 一歩一歩、絶え間無く近づく足音に似て。
「真帆さんは先輩にとって、必要な人なんだと思います」
 ……肯定したくない事実を、あたしの目の前に突きつける。


 五年前。
 姉は小さくなって生きることを始めた。
 どうして、と思った。どうしてそこまで小さくなって生きるのだ、と。
『もう誰にも期待されたくないし、必要ともされたくない』
 あたしが大学に受かって、こちらで独り暮らしを始めた頃、姉のところに泊
まったことがある。二人で呑みながら話していた時に、姉はひょいとそんなこ
とを言った。
 何てことなげに、軽やかに。
 そんな言葉を放ったのを憶えている。

「そもそも、うちの姉を必要とする人ってのが、要らないんです」
「それはあなたが決めることではありませんから」
 間髪居れずに、声が返る。
 お前に何が判る……とでもいうように。
 
 真帆さん、と、この人は姉のことを呼ぶ。
 この人に真帆さんと呼ばれている姉のことを、あたしは知らない。
 ましてこの人達が姉とどんなことを話してたかなんて、もっと判らない。

 だから……だから。
 口惜しい、のだ。

「あの人は、二度と誰も必要としない、誰からも必要とされないってのがモッ
トーなんですから!」
 グラスを両手で掴む。荒げそうになる声を、その冷たさで必死で抑えて。
「真帆姉が言ってたことですよ」
 見据えた相手の表情は、やっぱり微塵も揺るがない。
「本当に、その言葉を信用しきれますか」
「……姉の言葉ですから、信頼します」
 背を伸ばして、確信しているように言い放つ。
 揺らがない相手に、あたしが揺らぐわけにはいかない。
「僕は、そのことに関しては彼女を信用しきれていません」
 けれども……どれだけ頑張ってみても、この人の確信は揺るがない。
「……むしろ、自分の信念のために、自分さえ斬ってしまいそうな彼女がこわ
いです」
 
 どうして、と思う。
 どうしてこの人は、こんな風にあたしの姉について言い切るのだ、と。
 
「……だから!」
 そしてまた思う。どうしてそこまで判っていながら。
「信念見せ付けるような付き合いする人が、必要無いんですよ!」
「でも、もう会ってしまってるんです」
 時間は戻りませんから、と、付け加えて。
 刑事さんは冷酒のグラスを空ける。

「……ならば、どうして姉が元気を無くすんです」
 グラスの中の酒の匂いが、鼻につく。匂いだけで悪酔いしそうなくらいに。
「相羽さんって人に、姉が必要なんだかどうだか、あたしは知りません。でも
それならどうして姉が、魚に餌やるくらいで元気なくすんです?」
 睨みつけた視線の先で、初めて本宮さんは視線を落とした。
 ようやくあたしは……グラスを口につけた。

「……先輩も、莫迦ですよ」
 ぽつん、と。
「必要なのに、わかっていない」
「なら……」
 今のうちに斬ってしまえばいい。そう言いかけたこちらの言葉をぴしんと遮
るように、本宮さんは言葉を続ける。
「……先輩にわからせます」
 いっそ酷薄にすら聞こえる口調で。
「それから彼女がどうするかは、あなたには関係ないことだ」
「…………そうですか」

 一瞬にして、蘇る。
 開いたままの流しの下の扉、そこに並んでいた包丁の鈍色。
 姉の手に握り締められた刃の色。闇に紛れた柄の色と、それを握り締める手
の異様なまでの白さ。
 
 そうだね関係無いね。
 引き離した時に遅れて感じた痛みと、姉とあたしの手に残った浅い切り傷と。
 絶対にあたしを傷つける人じゃなかった。まして巻き添えになんてしない人
が、あたしを振りほどく時に。

 恐らく、そんなことにすら、気が廻らないほどに。
 死のう、として。

 ええそうですあんな怖さをもう一度味わいたくないなんてのは、あたしの身
勝手で姉には関係ありません。

 ……だけど!


「もし、その結果、姉が……」
 その次の言葉を発するのが怖くて、思わず唇を噛んだ。
 その痛みで、次の言葉を紡ぐ。
「姉が死んだら、責任取っていただけますか?!」
「死なせませんよ」
 あっさりと。
 当たり前のようにその人は言う。
「この場合、彼女に……その事実をつきつけられるのは先輩しかいないと僕は
思います」
「……ええ。つきつけて、死に至らしめるのは、相羽さんとやらでしょうね」
 精一杯の皮肉を込めて言った言葉を、その人は平然として聞く。
 そして平然と。
「そして彼女を生かすのもあの人だと……僕は思います」

 だん、と、テーブルが鳴った。
 思わず拳で叩いている自分を、その音で初めて自覚した。

「そんな二者択一に、どうして!」
 あれから五年経って、ようやくあの人は昔の表情を、少しだけ思い出したよ
うに見えていた。威勢の良い、時に鋭く流れる一筋の風のような表情を。
 それなのに。
「どうしてうちの姉を引き込みますかっ!」
 声が裏返る。目蓋が熱い。
「引き込んではいないです」
 殴ってやりたいほど穏やかな表情のまま、刑事さんはこちらを見ている。
「……それでも奇妙、というか、不思議というか、あの二人は惹きあってます」
 やっぱり冷酷なまでに落ち着いた口調で、必死に主張する必要も無いほどの
事実を語ってでもいるかのように。
「それは僕やあなたでは、どうしようもない」

 だん、と。
 握り拳でテーブルを叩く。
 その音で消せるものなら、消してやりたい。
 この人の言葉ごと……この人の語る内容を。

「……してやったりとか、思ってらっしゃいますか」
「いえ。はかりごとが通じる相手とも思いませんから」

 それでもこの人は、多分、相羽さんとやらの為に動くだろう。
 姉を必要とするあの男の為に動くのだろう。
 
「…………なんで貴方なんかがいるんだか!」
「元凶だといわれたら、否定はできませんね」

 それでもこの人は、姉に関わることを止めないのだろう。
 ……ならば。

「……もし」
 
 包丁の刃の部分が淡く浮き上がるものだと、あたしはあの時初めて実感した。
 それが人を傷つけるものだと、本当に身をもって知った。
 もしも一歩及ばなければ、あの人は今、居ないのだ、と。
 
 ……だから。

「姉にもしものことがあったら、あたしは貴方に求めますから」
 だから要求する。
 このことだけは譲れない。

「姉を生かして返せって!」
「わかりました」
 睨み据えた視線の先で、本宮さんはじっとこちらを見返していた。


            ***

「あ、姉さん……片帆です。ええっと、お仕事忙しいですか。連絡下さい」

 多分、居留守だとは思う。
 思うんだけど、一応そう、留守電に吹き込んで。
 受話器を置いて、思わず溜息をつく。

 口惜しいことに、今日は今から物理の実験が入っている。バイトを絶対入れ
られないくらい、この実験は時間がかかる。
 それにこの実験が終わったら一旦レポート提出だから、明日は土曜日だとい
うのに共同研究グループで集まることになってる。実験が最高に上手くいって
も、これは時間を食うだろう。
 その後で姉のところに……ってのは、ちょっときつい。

「……どうしよう」

 あの後本宮さんは、いざって時の為の連絡先をくれた。生かして返せ、と、
連絡する先が無いと困るでしょう、と、苦笑しながら。
 それじゃこちらの連絡先もお教えします、と、言って、電話番号だけは教え
た。
 何かあったら連絡はしますよ、と、本宮さんは言った。
 それは嘘ではないと思う。


 連絡を頼もうか、と、思う。あれだけ堂々姉の友人面してくれたんだから。
 でも……それも非常に口惜しいのだよな。

 それに、この際、姉に自分から連絡してくれる人じゃないなら、それ友人じゃ
ないと思うし。

 明るい緑の色の受話器をつらつら眺めて、結局降ろす。
 ついでに取り出した名刺を、また財布の中に戻す。

 あと二日。
 明後日は……日曜日だ。バイトは一応午後の途中で終わる。
 その時に、ちょっと様子を見にいこう。

 相羽さんとやらに、姉は必要なのだ、と、本宮さんは言う。
 お前は必要じゃないだろう、とでもいうように。

 それでも。
 もし万が一、そうであったとしても。

 それでもあたしは、姉に生きていて欲しいのです。
 どれだけ不幸であっても、どれだけ不本意であっても。
 
 たとえ願ったことが、貴方に届くことはなくても。


 公衆電話のガラスの扉を押す。からりと乾いた風が吹く。
 その一瞬、ふと思い出す。

 『歎けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな』

 ……そういうものか。
 そういうものだろう。

 かこちがを、としか表現されないものであっても。
 でもやっぱり、泣くことは止められなかったその人のように。
 
 
 明後日。
 呟いてあたしは、一歩を踏み出した。

時系列
------
 2005年5月20日

解説
----
 片帆と本宮さんの邂逅と……そして斬りあいの風景です。

***************************************
 というわけで。
 一応、流しますー(へろ)
 あとは、真帆の話だな。
 ではでは。



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