[KATARIBE 28850] [HA06N] 小説『拈華微笑』

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Date: Wed, 15 Jun 2005 01:10:01 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28850] [HA06N] 小説『拈華微笑』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月15日:01時10分00秒
Sub:[HA06N]小説『拈華微笑』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ネタを頂いたからには書きますぜです。
題名、ありがとうございます>はりにゃ。

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小説『拈華微笑』
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  登場人物
  --------
    相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
    軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。理によって立つ。

本文
----

 最初に閃いたのは、ああ何とか間に合ったな、との僅かな安堵。
 うん間に合った。ベタをちゃんと戻してやれた。
 そして、そんなことを思いつく自分への、自嘲。

 それでも……その、僅かな笑いにすがりついた。


 最後の最後まで、笑っていられるように。

       **

 迷子の青ベタを連れていって、玄関で鞄を開けて。
 感動の再会なんだか感動のいがみ合いなんだかを見ながら、ひとしきり笑っ
て。
 現在の水槽の主のベタに餌をやって。
 夕ご飯の支度をしようと台所に戻ったところで、気が付いた。

 今日は早く帰るから、との、一行のメモ。

 ……だから。

 それならば、多分、と。


 隣の部屋から、ぱたぱたと跳ね回る青と赤のベタが台所に雪崩れこんでくる。
 くるくる、と、数度あたしの周りを巡ったところで……二匹はふと動きを止
めて、急に正面で止まった。

「……え、何?」

 魚特有の丸い目に、ありえないほどのはっきりとした意識を載せて。
 二匹がこちらを見ている。

「何でもない……でも、間に合ったよ」

 二匹が揃って身体を傾ける。妙なところで動きが揃う。
 笑おうとして……口だけが歪む。
 笑い損ねた。

「ごめんね、今からご飯作るから」

 何とか誤魔化して、二匹を水槽のある部屋へと押しやる。躊躇うようにこち
らを振り返る二匹をそのまま追いやって。


 多分。
 そういうことなのだろう、と。
  

         **

 芥川龍之介に、『手巾』という小品がある。
 或る教授のところに、或る学生の母がやってくる。彼女は自分の息子が亡く
なったこと、今日が初七日であることを告げる。
 彼女は泣かない。寧ろ口元に笑みを浮かべている。最後の最後には晴れ晴れ
と、また豊かに彼女は笑むのである。

 初めて読んだ当時、まだ中学に入る前だった自分にとって、この情景は非常
に見事なものに映った。そしてやはり、中学生の癖に生意気にも、こうなりた
いと思ったものである。

 そして、それからかなり経った現在。
 
 実践できるようになった自分がいるのを、どこか遠くで眺めている。

          **

 もう、会えない。

 その言葉が、楔のように。


 確かに……わかっていたことだ。予測もし、覚悟もしていたことだ。
 けれども、一度その言葉が放たれると。

 やはりそれは、楔のように鈍く重く突き刺さる。
 耳鳴り。そして現実味を喪う目前の風景。
 話している内容も、話している言葉も、理解し、受け取っている筈なのに。
 
 まるで夢の中のそれのように、現実味だけが。
 (多分自分が逃避しているのだ)

 まだ少し湿った、長めの前髪越しに。
 やはりいつもの、無表情のまま。
 
 ことば。

  (面倒、かけたくないんだよ)
  (これ以上、迷惑かけられないからさ)
  (すまんかったね)


 いつのまにか自分は笑っていた。
 笑えている自分に、どこか安堵していた。


 うん、貴君の判断はとても正しい。
 何故ならあたしも、同じ判断を下すだろうから。
 

 同じ判断を、今下しているから。

 多分、貴君から斬らなければ、あたしから斬ったろう。
 それくらいまでに……同じ判断を。


         **

 鍵を、返して。
 席を立って。

 それでも一度、立ち止まる。

 もしも……と、ふと思う。もしもあたしが刺されないままだったら、多分、
あたしはまだここに居続けたろう、と。
 そして多分、もしあたしが刺されないままだったら、この人もあたしを斬ろ
うとは思わなかったろう、と。
 (やはりそれも確信)

 そう思って……ああ抜かったな、と。
 そのことがまた、どこかしら。

 可笑しいな、と。
 (ざあざあと鳴るノイズの中の、うっすらとした感情)

 だから笑い続けている。
 そしてノイズ越しに手を伸ばす。
 
 ノイズに包んでみても、やっぱり貴君は良い友人であったから。

 (ほら、もう過去形にしている)
 (亡くなった人をつい現在形で言う人だって多いのに)
 (目の前に居る相手を、もう)

 その全てに。
 
 あたしは、笑っている。


          **

 じゃあね。
 何度も繰り返した挨拶から、一言だけを除いて。

 靴を履いて、扉を開けながら。
 吐いた息の分だけ、多分気が緩んだその隙間に。
 一瞬。
 

 ―― あたしは、どういう友人だったんでしょうか。
 ―― 美辞麗句を除いて、本音では。

 
 口からこぼれそうになったその問いを、必死で飲み込んで。
 扉の立てる軋んだ音を聴きながら歩き出す。
 
 (本音では)
 (あんな時誰だって、良い友人って言うもの)
 (もし、ちなつさんに刺されないとしたら)
 (刺されなかったとしたら)


 そして、飛び石のように続く街灯を三つ数えたところで、あたしはとうとう
声をあげて笑い出してしまった。

 本音も何も、あの人はとても正直に、あたしの『友人』であった価値を計っ
て見せてくれていたじゃないか。
 
 夜だから、と、必死で笑いを噛み殺しながら、やはりふと『笑止』ってのは
こういうことかと。

 そう、思った。



  最後の最後まで、あたしは。

  相羽さんに名前で呼ばれたことは、無い。


時系列
------
 2005年5月19日

解説
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 『決断』の、真帆の側からの話です。

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 てなもんで。
 はい、きっちり誤解だか諒解だかさせておきましたー(ふふり)
 ではでは。


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