[KATARIBE 28847] [HA06N] 小説『決断』

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Date: Tue, 14 Jun 2005 00:50:12 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28847] [HA06N] 小説『決断』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月14日:00時50分11秒
Sub:[HA06N] 小説『決断』:
From:久志


 久志です。

 やっともの書き神が降りました。
というわけで、先輩。真帆さんを斬ります。
ええ、ばっさりと……嗚呼。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『決断』
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登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。理によって立つ。
 軽部片帆(かるべ・かたほ)
     :毒舌大学生。真帆の妹。姉のことになると冷静さが吹っ飛ぶ。

侵食
----

 さらさらと、落ちていく。
 自分の中から、少しづつ何かが崩れて落ちていく。

 それが何なのか、よくわからない。

 さわさわと、けむるように。
 傘を差すほどでもなく、かといって差さずにいられる程弱くもない、霧のよ
うな雨。一粒一粒は細かくて髪にうっすらかかる程度でしかないが、全体の雨
量は決して少なくはない。
 さらさらと、降り注いでくる雨。
 一粒一粒は細かいのに、いつの間にかじっとりと髪を濡らしている。

 自分に向けて降り積もってくる、何か。
 気づいたときには、身動きをとることも出来ないほど、降り積もっている。

 それは、なにか。

 髪をじっとり濡らした細かい雨粒を軽く手ではじく。髪ばかりでなく、スー
ツ上着もズボンも細かな雨でじっとり濡れている。
 やれやれ、やっぱり県警の置き傘失敬してくればよかったかね。軽い霧雨か
と思ってなめてかかってたけど、意外と雨量があるせいか全身濡れ鼠だ。
 目ぼしい事件もなく、書類作業もあらかた片付いた、いわゆる手待ち時間。
 珍しく、定時を少し過ぎた早い時間に仕事を切り上げて、家に帰りついた。
 家まで、あと少し。
 そういや、ここらの近くだったっけかね。
 あいつが……

 ひとつ、息をつく。
 なんだかねえ、昔から、霧雨の日はろくなことがない。

 中学の頃、母親が消えた日も。
 高校の頃、父親が壊れた日も。

 いつも、霧雨が降っていた。


記憶の片隅
----------

 家への道すがら、なんとはなしに半月ほど前にあった出来事を反芻していた。
 あれは確か、弁当と夕飯を作ってもらった礼に酒を一本買った帰りだった。

 丁度、酒屋を出た時。すぐ隣のジャニスガレージから、バイト帰りらしいあい
つの妹、軽部片帆に出くわした。

「…………ご機嫌取りですか」
 片手に下げた一升瓶を一瞥して、斬りつけるような言葉を投げかける。
 どうにも、俺はこの少々姉思いが過ぎる妹に相当嫌われているようだ。
「ん?飯と弁当の礼のつもりだけど」
「……簡単ですよね、それで済むんだからっ」
「まあ、酒好きは知ってるし」
「…………」
 きっと、刺すような目で睨みつけてくる。俺があいつ好みや趣向を知ってい
るということすら気に入らないとでも言いたげに。
「ええ、姉ですから。紙パックの安酒でも、いっくらでも利用できますよっ」
 姉を利用するな。
 いつぞや、えらい剣幕で怒鳴りつけられたことがある。
 確かに、思い返してみれば、利用ととられてもしょうのないことなんだろう
けど。
「まあ、俺は飲めんけど、うわばみの後輩に選んでもらったよ」
 俺は下戸だし、元はといえば史の奴経由での紹介だったしねえ。
「それくらいの礼儀はわきまえてるつもりだよ」
「…………」
 きゅっと唇を噛んだまま睨みつけている。
 なんだかねえ。妹さん、相当口惜しいんだろうね。

「やれやれ、嫌われたもんだねえ」
「あ、当たり前でしょうっ?!」
「そんな気に食わない、俺?」
 一瞬、言葉に詰まったようだけど。
 その態度からして、見るからにわかるね。
「まあ、俺自身否定の余地ないけどねえ」
「…………っ!」
 両拳を握り締めたまま、歯を噛み締める音が聞こえた。
「どーせ、誰に嫌われようが怨まれようが大差ないんじゃありませんかっ?!」
「まあね、職業柄」
 嫌われて、怨まれて。
 そこかしこから散々向けられてきた感情。
「構わないよ、そんなもん」
「へえ……」
「嫌われた恨まれたそれがどうした」
「へええ!」
「でなきゃ、この職やれないよ」
「じゃ、姉にも、嫌われて怨まれて、平気なんだ!」
「…………」

 無言のまま、一瞬、止まる。
 きしり、と。
 どこかで、見えない何かが軋んだような、そんな感覚。

「真帆姉にも!」
 それきり、答えも聞かないまま、くるりと踵を返して走り去って行く。

 答えを言うべきだったのかね。
 平気だ、と。

「嫌われて恨まれて、それがどうした」
 ねえ。
「平気?」
 さあ、どうだろう。

 どうだろう。

斬
--

 ドアを開ける。

「ただいま」
「ああ、おかえり」

 ただいま、おかえり。
 ここ数週間程、あいつの入院と自分の仕事の多忙さのせいで、なかなか交わ
さなかった会話。
「随分早いね。ちょっと待ってて、すぐお味噌汁温めるから」
「ああ、悪いね」
 濡れた上着を脱いでネクタイ緩める。
「先にお風呂にしておく?結構濡れてるみたいだけど」
「あーそうするわ、軽い霧雨だと思ってなめてた」

 何気ない、会話。
 だが、そこには明らかにどこかにひびが入った奇妙な緊張感がある。

 テーブルの上に並んだ夕飯。
 ニシンとナスの煮物を箸でつまみながら、静かな部屋に食器の触れ合う音と、
微かに水槽に取り付けられたモーターの唸るような音が響いている。
 向かいに座って互いに無言のまま、箸の触れる微かな音でさえ、響くような
感覚がする。食卓には、煮物の他にピーマンのきんぴらにほうれんそうの白和
え、蕪の酢の物。これら全部、油っこいものが苦手な自分の口に合ったものば
かりが並んでいる。

 最後の晩餐てやつ、かね。
 裏切ったのは…………俺か。

 食事の後、丁度見計らったように用意された、少し濃い目に入ったお茶を口
に含んで。
 目の前に座ってじっとこっちを見る目は、穏やかなようでいて、奥になにか
予感めいたものが見える。

 ああ、そうか。
 お前さんもわかってるんだね。


 俺が、斬り捨てることを。


 ことん、と。湯呑みを置く。
 わずかに目の前に座ったあいつの肩が震えた。

「なんてかね、ものすごく勝手なこと言うけど」
「うん」
「もう、会えない」
「…………」

 自分の中から、なにかがするりと流れ落ちる。

「これ以上、面倒かけたくないんだよ」
 目の前で、あいつが笑っている。
 微笑むとかそういう笑いでなく。無機質というか刻み込まれたとか、そうい
うどこか奇妙な笑顔。
「今まで散々世話させておいて、勝手な言い分だけど。悪かった」
「安心したまい……つか、なんぼのものかって思うけど」
 にこにこと笑う顔は、何もかもが吹っ切れたように生気がなくて。

「貴君の判断は、とても正しい」

「面倒、かけたくないんだよ」
「……うん」
「これ以上、迷惑かけられないからさ、すまんかったね」
「迷惑なんて、一度もかかってなかったよ……ああ、そうだ」
「ん?」
 ふと何かを思い出したように傍らのカバンをつかんだ。そこから取り出した
のは青い魚のキーホルダーがついた……家の鍵。

「鍵返すね」
「ああ」
 手の平にのった鍵、軽く握り締める。

「……楽しかったよ」
「ああ、弁当助かってた」
「そりゃ、良かった」
 そのまま、ゆっくり席を立つ。
 つられて席を立った自分の目の前で、無機質な笑顔を浮かべたまますっと右
手を差し出した。右手で、その手をゆっくりと握る。

「……貴君は、本当に、いい友人でした」
「ああ、お前さんもね」
「あたしは……貴君の友人であったことを、誇りに思います」
 ぎゅっと、手を握る。

「…………じゃね」
「ああ、ちょっとだけど、楽しく過ごせたよ」
「うん」
「んじゃ」
 握った手から力を抜くと、そのまま弾くように手を離した。

「さよなら」
「ああ」
 終始、まるでこちらを斬りつけるような、鮮やかな笑顔を向けたまま。
「…………じゃあ」
 そのまま、振り向きもせず玄関へと歩いて行く。

 無言で後姿を眺めながら。

 軋んだ音を立てて、ドアが閉まる。

 小さく響く足音は、かつかつと規則正しくて。

 すとんと、崩れるようにテーブルの椅子に座る。

 自分の中から、なにかがするりと流れ落ちる。
 それは、自分の内側のどこかから少しづつ削られて、さらさらと落ちていく。


 終わり、か。


時系列と舞台
------------
 2005年5月19日
解説
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 自分に降り積もってる何かをおぼろげに感じつつも、真帆を斬る相羽。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。

 あああ、先輩……




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