[KATARIBE 28842] [HA06N] 小説『ひび割れ』

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Date: Wed, 8 Jun 2005 01:30:16 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28842] [HA06N] 小説『ひび割れ』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月08日:01時30分16秒
Sub:[HA06N] 小説『ひび割れ』:
From:久志


 久志です。

 先輩追い詰めよう作戦。
とりあえず、先輩が真帆さんを斬る決断を下すまで。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『ひび割れ』
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登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。

ひび割れ
--------

 ぴしりと、入ったひび。
 それまで当たり前のようにその場に居て、当然のように続いていた風景。

 魚の世話してもらって、夕飯食べつつ他愛もない話をして、いつぞや読んだ
SF小説の話で考えの違いを感じつつ、昔から好んで読んでたの漫画の話でも
盛り上がってたっけかね。
 部屋に置かれたかなり大きな本棚の半分は、新聞の切抜きを集めたスクラッ
プファイルと法律関係、薬物関連の参考資料。もう半分には海外SF小説に日本
幻想文学の全集、それと萩尾望都や竹宮恵子らちょっと一昔前の少女漫画。

 目を閉じる。
 ほんの少し前まで、何事もなく交わされていた会話。

『……妙に偏った本棚だよなー』
『まあ、そう言われるとねえ』
『イーガンとかも読んでるよね?』
『ああ、好きだね。まあ祈りの海しか読んでないけどね』
『でもあの人のSFは爽快だよ』
『そだね』
『基礎物理の基本をこう使うか、みたいなさ』
『でもSFっていったらやっぱあれか、百億の昼と千億の夜』
『あー』
『あれ……実は漫画でしか読んでないな』
『漫画と一緒にすりきれそうなほど読んだよ』
『漫画は、ほんとに良く読んだ」
『ありゃ日本でなきゃできない思想だよねえ』
『……確かにね。転輪王が出てきて、でもまだその外に宇宙がある』
『てか萩尾望都はほとんど買い揃えたね』
『……うわ。銀の三角とかも?』
『うん』
『あれは好きだったなあ』
『結構昔から読んでたよ、まあでも漫画買ったのは全部やつだったけど』
『…………って、本宮さん?』
『そ、俺が買わせてた』
『……自分で買えばいいのに』
『その頃は、少女漫画買うの照れくさくってさあ』
『……でも、それ、本宮さんだって照れくさかったんじゃないのかなーと思う
んだけど?』
『奴は俺に逆らえないし』
『…………』
『奴だってなにげに読んでたよ』
『いや、そら、買ったら読むくらいの役得がなけりゃ!』
『俺が集めてたあさきゆめみしとか、月の子とか、悪魔の花嫁とか貸してたし、
奴も結構はまってたよ』
『あさきゆめみしはあたしも読んでないけど……ってちがーう』
『ん?』
『何でかなあ、本宮さん、そこまで逆らえないネタ掴まれてたの?』
『いや、ネタはいろいろ押さえてたけど』
『…………』
『なんとなく逆らえなかったって感じかね』
『本宮さんも災難だ……』

 夕飯を作ってもらって、お供え物にもらった菓子をつまみながら、ありきた
りな、なんでもない話で時間をつぶして。

 当たり前のように。

 ぴしりと、入ったひび。
 その原因は……自分。

『姉を利用するのも、大概にしていただきましょうかっ!!』

 まだ耳に残る、怒鳴り声。
 唇を噛み締めて、真っ直ぐににらみつけた眼差しは鋭かった。
 確かに利用だね、妹さんに断罪されるまでもない。

『萩尾望都かあ』
『結構好きなんだよね、俺』
『スターレッドとか、11人いるとか、銀の三角とか』
『割と初期のSFだね』
『うん』
『俺は半神とか、エッグスタンドとか、アメリカン・パイとかかね』
『…………』
『ん?』
『いや、らしいなあ、と思って』

 エッグスタンド。
 第二次大戦下のパリでナチスから隠れて暮らす少女、戦争で妻と子を亡くし
反政府運動を続ける男。そして、戦争がいとおしいという幼い少年。
 平和は平和の中にしかない。
 狂ってしまったら、なにもかも燃え尽きなければ、終わらない。
 戦争をいとおしいという少年のあやうさと、やりきれなさ。

 閉ざされた世界の中で。
 それでも、いつか春は来るのか?
 苦しみは目覚めの前の夢なのか?

 まるでモノクロの映画を見ているような錯覚に陥る。
 何度となく読み返して、読み返すたびに胸が痛くなる。それでもまた手に取
らずにはいられない、そんな話。

 視線が泳ぐ。
 その先にある小さな水槽、ふよふよと青い魚が水の中でヒレを揺らしている。
水槽の表面を人差し指で軽くつつく。

 狂ってしまったら。
 なにもかも。

 壊してしまわなければ、終わらないのだろうか。

「……何故?」

 何故、退院したあの日のうちに奴を斬らなかった?

 ふと、思い出す。
 グレンスミスの日記。
 萩尾望都の代表作、ポーの一族に収録された作品。だが、実際には主人公格
であるエドガーもアランもメリーベルもほとんどでておらず、主人公はバンパ
ネラとは何のかかわりもない普通の人間。
 海を越えて嫁ぎ、父の残した日記に綴られたバラの咲く村で生きるバンパネ
ラ達を重いながら、戦争に貧困をすごした主人公。
 その中で、主人公がつぶやく言葉。

『幸せはとどめておけないものかしら』
『ほんの少しだけでいいから』

 たったそれだけの台詞。
 だが、何度読み返しても。その言葉は何よりも響いて。

 同時に、愕然とする。
 ひとつ、疑問が胸に浮かぶ。
 だが、答えはだせない。

 否、その答えを望むことはできない。

「…………っ」

 ぴしりと、入ったひび。

 時間は戻せない。
 ひびが入る前には、戻れない。

 斬らなければ、ならない。
 これ以上、利用できない。


時系列と舞台
------------
 2005年5月半ば。
解説
----
 『霧雨の風景』の後。真帆を切れない自分を省みて。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。
 
 さあ、こっから怒涛の修羅場がはじまりますよ!(元気よくいうな)


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