[KATARIBE 28841] [KMN] 小節『のほほんな午後』

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Date: Wed, 8 Jun 2005 01:07:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28841] [KMN] 小節『のほほんな午後』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200506071607.BAA75292@www.mahoroba.ne.jp>
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2005年06月08日:01時07分38秒
Sub:[KMN]小節『のほほんな午後』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
こゆ風景好きなんです。
というわけで、一瞬芸です。

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小説『のほほんな午後』
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 登場人物
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   坂梨美晴(さかなし・みはる)
    :記憶の無い幽霊。ある意味あやかし未満。
   おやみ(おやみ)
    :人蛇の、蛇体状態の場合の名前。男性らしい。

本文
----

 テレビの前で、おやみが器用にリモコンを操る。
 尾っぽの傷はやはり治らず、けれども流石にいつもいつも痛むわけではない
らしい。
 ……少なくとも、おやみはそう言う。

 硝子戸からは半ば遮られた陽光が入ってくる。
 その光を背に受けながら、卓袱台に何となく肘を突いてテレビを眺める。
 本当は本のほうが好きだけど、ページをめくるのもなかなかに難しくて、体
力(体力?)が要るもので。
 ついつい、おやみのつけてくれたテレビを見ることになる。
 ……でもお昼間のテレビって、面白くない、よなあ…………


「……美晴?」
 ひょっと呼ばれて顔をあげると、おやみがこちらを見ている。
「はい?」
「退屈かね?」
「……まあ、多少」

 本当に一所懸命に念じれば、確かに本のページをめくることは出来る。
 でも、ページが浮き上がったりすると、それを抑えるのに苦労するし、何か
で抑えようにも、その『抑える何か』を持ち上げるのに苦労するし。

「うーん……」
 あ、いかん。おやみが考え込んでいる。
「いや、大丈夫です。こうやってテレビも見てるし」
「だが、詰らないだろう?」
 ……それはそうだが。
「マウスとかは、美晴は動かせないかね?」
「マウス?」
「私がパソコンのスイッチを入れたら、あとの作業は結構マウスで出来るんじゃ
ないかね?」
「うーん……」
 確かにこの家には、何故かパソコンがあって、何故かインターネットも出来
るらしい。それもめやみよりもおやみのほうが好きっていうのが……。

 画面の向こうで、急に誰かがわはははと笑った。
 そのざわめきが、妙にさみしかった。

「美晴はまだ、思い出さないのだよね」
 ふ、と、そのざわめきの向こうから、おやみは声をかけてくる。
「……ええ」
「で、あるならば、何らかの形で自分を保たなければならないと思うんだが」


 あたしという枠組は、三年前におやみに声をかけられてから出来てきた。
 それ以前の自分は、かろうじて自分の以前の名前以外は残っていない。いや、
その名前すら、実はおやみとめやみがひょいと見つけてきてくれたものだ。
 めやみが名前の輪郭を見つけ、おやみがそれを固定した。

 さかなし・みはる。
 じゃあ、『坂梨美晴』にしよう。

 それでいい、と、私も思ったのだ。

 そうやって自分のことを全て忘れてしまって今がある。
 それならばそれで良いんじゃないかとこちらは思うのだけれども、おやみの
意見は違うらしい。
 三年間、あたしはおやみとめやみの側に居た。
 そしてあたしは、今の形を作っている。
『けれども名前は、昔のものだから』
 あたしがそう言うと、おやみはいつもそう返す。
『自分を固定するところの最大の要因が……昔のままだから』

 だから何、と、一度訊いた。
 だからそういうことだよ、と、おやみは苦笑した。

 ……よく、わからない。


「何か一つ、美晴が好きなものに熱中できたら、それはそれで一つの枠となる
し、案外それは過去と繋がっているかもしれないね」
「……そうでしょうか」
「そうであって欲しいと思うのだよ」

 リモコンでテレビのチャンネルを変えながら、おやみはひどく真面目に言う。
 

 忘れてしまった過去は、忘れたままで良いとあたしは思うのだけど。
 思い出すべきだとおやみは言う。
 思い出すのが礼儀だね、と、めやみも言う。

 ……礼儀、なのかな。

 テレビの画面の向こうで、誰かが妙に熱心に話している。
 身振り手振り。そうやってまで伝えたい何かを持っている。
 ……かつて、そうであったのだろうか。
 この、あたしも。


 おやみがこくりと鎌首を傾げて、リモコンのボタンをぽちっと押した。

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 てなもんで。
 ではでは。


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