[KATARIBE 28833] [HA06N] 小説『夜半』

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Date: Fri, 3 Jun 2005 00:52:51 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28833] [HA06N] 小説『夜半』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年06月03日:00時52分51秒
Sub:[HA06N]小説『夜半』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ええと、ベタさんお借りしましてのお話です。

ベタ君かわういよーーー(壊)

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小説『夜半』
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 登場人物
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   軽部真帆(かるべ・まほ)
    :自称小市民。微妙に無害なあやかしが廻りに寄って来やすいらしい。
   青ベタ
    :あやかし見習い。相羽先輩の飼っていたベタが集合して変じた存在。


本文
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 鍵を開けようと、鞄の中を手探りしてたら。
 ……何故か魚が飛び出した。

 あたしの鞄は一体いつから、びっくり箱になったやら。

      **

 ふよふよと漂う、ベタの幽霊……というか、知能がえらい高いことを鑑みる
に、あれはあやかしかも、とも思うんだけど……に、写真を教えてもらって。
 その後、作り置きの出来るおかずだけ作って、冷蔵庫に仕舞って、その由書
付をしておいて。
 で、家に戻って、鞄を開けた……ら。

 ふよふよーと。
 青いベタが出てきたのである。

「……何で?」
 無論のこと、返事はない。けれども青いベタは、黒くて丸い目をこちらに向
けてくる。
 小さな子供が、迷子になった時のような顔で。

「どうしてまた、こっちに来たの」
 かけた声に気が付いているのか居ないのか、青いベタはふよふよと頼りない
軌跡を描きながら部屋の中を泳ぎ回り……そして何だかしゅんとして戻ってき
た。
「……相棒は?」
 尋ねると、小さな魚はいよいよ俯いてしまった。
「困ったな」

 もともと相羽さんのとこに行った時刻がそう早くない。その後ご飯作ったり
何だり余計なことをしていた時間もあって、現時点で人様のところにお邪魔す
るのは……かなり無茶だ。
「……明日連れていったげるから……駄目?」
 ってそこで、ヒレをたらーんと垂らして、明らかに落ち込まないでも。
「だって、時間も時間だし……」
 手を伸ばす。と、小さな魚は寄って来て、指をつくつくとつついた。
 何だか少し、くすぐったい。
「……帰りたい?」
 声をかけると、青い魚はこちらの手の中にすとん、と乗っかった。
「…………返したほうがいいかな?」
 反応を見る。ベタはぢっと手の上に乗っかっている。
 つまり……
「我慢してくれる?」
 そう言った途端、魚はぷくーとえらを膨らませた。
 つまり……『Yes』。
 何だか、可笑しくて。
 何だか……だからこそ、申し訳なくて。

「……ごめんね」
 声をかけたけれども、やっぱり青いベタは、大きな頭を心持ち下げて、どこ
かしゅんとしている。
 手の中で……その様子が、妙に愛らしい。
「ね、一緒にいるから……そんなにしょげないでよ」

 他の魚が居れば喧嘩をするくせに、あまりに大きな水槽では寂しがる魚。
 ベタ。

「……ね?」
 声をかけると、手の中のベタは、やっぱりぷくーとえらを膨らませた。

 手の中のベタは、柔らかな尾びれと背びれをふわふわと動かしている。
 それが、手首にふよふよと当たる。
 できるだけそっと頭から身体に向けて撫でてやると、青いベタは長いひれを
ぱたぱたと動かした。
「……あ、嫌だった?」
 声をかけると、ばたばたばた、と、ヒレを動かす。
「嫌じゃないのね?」
 えらを膨らます仕草が、それを肯定してくれて。
 思わず……笑みがこぼれる。
「……貴君ぐらいに、素直に何でも示せたらいいのにね」
 手の中の、小さくてひんやりした……それでいて生き生きとした、魚。
 そう話すと、やはりえらをぷくーと膨らませて、肯定を示す。
「てーか……言葉が無くても、こうやってちゃんと通じるのにね」
 また、『肯定』。
 ぷくーとえらを立てた顔が……何だかほんとうに愛らしい。

「……おかしいね」
 ふ、と。
 そんな言葉が、飛び出してくる。
「人に関わるの、ほんともうごめんだ……って思ってたんだけど」
 何だろうなあ、と、言う前に、急に手の中で激しく動く気配がした。
 青いひれをばたばた動かしながら、青いベタは手の中で動き回ってる。
「何、駄目っての?」
 ……思わず、苦笑。同時にまた、かなり納得。
 会話が成り立っている、という事実。
 やっぱりこの子はある意味では……あやかしなのだろう。

「でも、もともとあたしは、そういう奴だったんだよね」
 目の高さに手を掲げて、そう言う。と、青ベタはふよ、と、身体を軽く傾け
た。多分これは……疑問符、だろうな。
「……だから、平気な筈だし、深入りしないで大丈夫の筈だし」
 言いながら、自分でも……何だか自嘲せざるを得ない。
 どうしてこんなに……深入りしているかな、あたしは。
「……友人無くすのは、別に珍しくも無いからね」
 そう言った途端。
 ばたばたばたばたばた。
 手の中で青い魚が大暴れしてる。
 軽い、ひれのぶつかる感触の柔らかさ。

「だって……仕方が無いだろう?」
 手の中のじたばたを一旦止めて、青いベタはこちらを見上げてくる。
「あたしは……邪魔だろうから」

 ふ、と。
 一瞬まぶたが熱くなる。
 ……ああ、駄目だこれは。

「あ、でも心配しないでいいよ。どう転んでも貴君だけは、ちゃんとあの家に
戻したげるから!」
 うん、こんなちっちゃい子を不安がらせちゃいけない。思わず居ずまいを正
してそう言うと、ベタは手の上でぱたぱたとせわしなく動いた。

 小さな、寂しがりの闘魚。
 手の中の。

「……貴君の飼い主は、さびしいと……思ったりするんだろうかな」
 真ん丸い黒い眼が、明らかな知性を示してこちらを見上げている。同時にそ
の目は迷子の子供のような、頼りなさや心細さも示していたのだけれども。
 だから、と、思う。
 だからこの小さな魚に、あたしはついつい……自分の心細さをぶつけてしま
うのかもしれない。
「……あやしいものだね」
 思わずそう言うと、手の中のベタはしゅん、と、下を向いた。
「って何で貴君がめげるの」
 しゅーん、と。
 それでもベタは、下を向いたままである。

 えーと。
 えーと。
 えーーー……あ!

「あ、いや違う違う、貴君がいなくなったら、確かに相羽さんさびしいよ!」
 確かに失言。素直にとれば、まるで青ベタ君が居なくなっても相羽さんが寂
しがらないように聞こえてしまう。
「そでなくてそでなくて」
 こちらも慌てたのだけど、ベタ君のほうもどうやら慌てたらしく、やっぱり
こちらを見上げながら、ぱたぱたとヒレを動かした。

 ほんとうに、どこかあどけなくて。
 その仕草の一つ一つが、あどけなくて。

 ……駄目だ、何だか涙出てくる。

「……明日、帰ろうね」
 そしたらもう、この小さな魚は寂しくはなかろう。
「でも……貴君達に会えなくなったら……それはさびしい、かな」
 手の中で、小さな青い魚は、またぷくーとえらを膨らませる。

 小さくて。
 言葉を喋れるわけでもなくて。
 でも、ほんとに一所懸命で、あどけなくて、愛らしくて。
 多分……相羽さんの為に、赤いベタ君共々、必死なんだろう、なと。
 だから、無理だって判ってたけど。
 思わず。

「……二匹揃って、うちに来ない?」
 そう言うと、青いベタは視線を外した。身体を少し斜めに倒しながら、やっ
ぱりふよふよと、幾分か緩やかに手の中で揺れている。
「貴君等がいたら、あたしはさみしくないからなあ」
 ぷくーーー。
 本当に、間髪居れずに、返答がくる。

 でも。
 でも彼らが、何のためにこうやって実体化してしまったか、というと。

「……でも、相羽さんがいいか」

 結局……そういうことなのだろうと思う。
 何をどうであっても、彼等は生前一緒に居た相羽さんのことを、本当に案じ
ているわけなのだから。

「だよね」
 何となく念を押すと、青いベタは手の中でばたばたと暴れ出した。ぷくーと
えらを膨らませたり、ばたばたとヒレを動かしたり。
 ほんにせわしなく動くその様が。

 ひどく。

「……判った、悪かった」

 苦笑しながらそう言うと。青いベタはくてっと手の中で横に(いや、本当に
横っ腹を上にして)なってしまった。
「……大丈夫?」
 小さく、ヒレが揺れて。
「……くたびれた?」
 えらの部分が、すこうしばかり膨らんで。

 まるで子供が暴れに暴れて、くたびれきったときのように。

 綺麗に揃った鱗を、そっと撫でる。どこかひんやりとした、けれども指先に
繊細な感覚が伝わってくる。
「……ねえ」
 声をかけると、横になったまま、ベタは大きな目をこちらに向ける。
「……相羽さんを、護ってあげてね」

 今更言う必要も無いだろうけれども。
 けれども。

 …………けれども。
「どうか、お願いします」

 大きな子供の目が、やはりじっとこちらを見て。
 ぷくーーと。
 Yesのサイン。

「じゃ、今日はねよっか」
 ことさらに元気良く言うと、青いベタは、ぷくーっとまた、えらを膨らませ
た。

 布団を敷いて、枕元にはタオルを敷いて。
 その上にそっと、青いベタを降ろす。

「今日のとこは、ここで我慢してね」
 そう言うと、黒い目がこちらを見た。どこかすっかり安堵した子供のような
目でこちらを見る。
 と。
 ふとその視線の焦点が、ぼやけた。
 眠ったのだな、と、何故か判った。

「おやすみ」

 電灯を消して……そして気が付く。
 小さな魚は、闇の中でほんのりと青く光っているのだ。

 確かに、それはあやかしで。
 けれども無邪気で愛らしくて、子供のように真っ直ぐで。

 ……ああ、多分向こうの家で、赤いベタのあやかしは寂しがっていることだ
ろうな。多分この青いベタが寂しがるのと同じくらいには。

 小さな光は、ゆっくりとその明るさを変える。
 まるで、呼吸に合わせるかのように。

 小さな。
 けれども、相羽さんを護ろうとしている…………


 明日は、少し早く行こうと思う。
 そして、赤いベタにはやく会わせてあげようと思う。

 さびしい思いをさせたくない。
 さびしい思いを、これ以上他の誰かにさせたくない。

 ……そんな、風に。


 視線の先で、タオルの上の小さな魚は、ふるふると小さくヒレを震わせた。


時系列
------
 2005年5月半ば。『二色の魚影』の、その数時間後。

解説
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 言葉が無くても通じる場合と、言葉が幾らあっても通じない場合と。
 真帆と、青ベタの風景です。

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てなものです。 
ではでは。



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