[KATARIBE 28830] [HA06N] 小説『喪失』

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Date: Wed, 1 Jun 2005 23:36:34 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28830] [HA06N] 小説『喪失』
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2005年06月01日:23時36分34秒
Sub:[HA06N] 小説『喪失』:
From:久志


 久志です。

 相羽先輩の過去話。
県警の元ベテラン刑事である丹下刑事、現在マル暴班長の中村刑事が出てます。
中村刑事は相羽先輩の事件簿でちょろっと声だけ出演してます。

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小説『喪失』
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登場キャラクター 
---------------- 
 丹下朔良(たんげ・さくら)
     :吹利県警刑事課巡査部長、ベテラン刑事。
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :ヘンな先輩、当時高校二年生。
 中村  :吹利県警刑事課巡査、丹下の部下。後のマル暴班長。

丹下 〜現場
------------

 けむるように霧雨が降る現場は、血の海だった。

 何故、ふせげなかったのか。
 無言で検証を行う捜査員全員の胸中にやりきれない思いが渦巻いていた。

 ライトに照らされた中、道路を赤黒く染めた血溜まりで横向きに転がった男。
少ししわのよった紺のスラックスに、襟元から胸までが血で赤く染まった白の
ポロシャツ、裸足にサンダルを引っ掛けて、片方は脱げてすぐそばに転がって
いる。背は低くはないが、さほど背が高いように見えないのは肉付きのよさで
全体的にバランスが取れているせいだろう。体つきや手のしわ、肌の感触から
推測すると年のころはおそらく四十から五十程か。本当ならば顔つきからもっ
と細かな情報がわかるのだろうが。

 だが、それはかなわない。

「第一発見者は、十六歳になる被害者の息子だそうです」
「そうか」
 遺体の傍らで片膝をついたまま、無言で遺体の検分している丹下の元に、部
下の中村が険しい顔で報告する。その引き結んだ口とつり上がった目の奥には
隠しようもない怒りが渦巻いている。その理由は丹下自身にも痛いくらいにわ
かっていた。
 何故、ふせげなかったのか。

「……むごいな」
 ぽつりと丹下がつぶやいた。
 被害者に対してなのか、発見者である少年に向けてなのか、あるいは双方か。
 刑事課にきて5年ほどになる中村も、長年様々な事件に携わってきた丹下も
ベテランの鑑識でさえ、事件現場の遺体を見て思わず息を呑んだ。

 血溜まりに倒れた被害者。
 その顔は、原型を留めていなかった。


相羽 〜止まる時間
------------------

 外は淡くけむるような霧雨が降っている。

『ちょっと、タバコを買いにいってくる』

 すぐそこだから、と。親父は傘もささずに霧雨が降る中を出かけていった。
 居間のテーブルの上には、ついさっきまあれこれと選んでいた写真が片付け
もせずバラバラに置かれたままで残されている。
 写真は親父の唯一の道楽で、家族でどこかへ出かけるたび、自分の入学卒業
式の時に、季節の変わり目に、と。ことあるごとに写真が増えていった。
 数え切れない程撮った写真の中から選び出された一枚が、額縁に収められて
部屋に飾られる。物心ついた頃からずっと続いてる親父の儀式のようなものだ。

『写真さあ、何が楽しいの?』
『楽しいか……と聞かれると正直わからん。でも、ただ、何かを残したいから
とは思う、うまく言えないが』
『そう?』

 ひとつ、写真を額縁に埋めた後、親父はきまって煙草を吸う。
 普段は酒も煙草もやらない固い親父だが、気に入った写真を額縁に埋めた時
にだけ、満足げに煙草をくゆらせる。

『別に普段から吸ってもいいんじゃない?俺、煙気にしないけど』
『いや、違うな。こう、達成したときでないと、美味くない』
『ふうん』
『大して好きなわけでもない、だが、この時に吸う一本は格別なんだ』

 部屋の壁のあちこちに飾られた額縁。
 その中には、もう覚えてもいない昔に家族で行った風景が、ガキだった自分
の手を引いて微笑む母親が、中学の頃に史の奴と並んでにやにや笑いを浮かべ
てる自分が、年代を追うようにずらっと並んでいる。
 もともとうちの家庭は親族の縁が薄いというのはなんとなく肌で感じていた。
父母共に両親には早くに死に別れ、兄弟姉妹や他に近しい縁戚もおらず、家族
と言うと本当に両親と自分しかいなかった。

 そして、母親はもうこの世にいない。

 額縁をひとつ、埋めるたびに。
 何かが、ひとつ、積み重なる。
 街の景色は変わっても、写真の中で止まった時間は変わらなくて。
 そうやって、少しづつ何かを積み重ねていく為に、親父はずっと写真を撮り
続けているのかもしれない。

『この写真の川原もずいぶん変わったな』
『ああ……昔、俺が流されかけたとこ?』
『あの時は慌てて追いかけたもんだ』

 テーブルのイスに座ったまま、文庫本のページを手繰る。そういえば親父に
散々読めと言われたパールバック著の大地は、買ってはみたけどさっぱり読ん
でない。別段読書が嫌いなわけでも読みたくないわけでもないけど、どうにも
自分の好みの趣向からちょっと外れてる感がある。
 ふと目を上げると、水槽を泳ぐ赤いベタが目に留まった。
 闘魚、といわれる割に。見た目はヒレも長く鮮やかな色が綺麗で、その動き
はどこかのんきで、とろんとした顔は間抜けで、喧嘩するくせに寂しがりで。
そんなとこが妙に気に入ってる。
 席を立って、ベタのいる水槽を軽くつつく。
 ふよふよとやる気なさげに浮かぶ様は、どこかトボけた雰囲気でおかしい。

 その時。
 どおん、と。
 すぐ外で、腹の底から響くような音が聞こえた。
「なんだ?」
 思わず水槽をつつく手を止め、玄関へ向かう。
 今の音は、一体?

 ドアを開けると、霧のような雨はまだ降っている。
 けむるような雨の向こう、玄関からすこし離れた道路に黒い影が見える。
薄暗がりの中、目を細めて道路の黒い影を確認する。紺のスラックスに白のポ
ロシャツ姿で、うつぶせに倒れている……

「親父!」

 思わず駆け出して、うつぶせに倒れた父親を助けおこそうとして。
 ぬるりと手がすべった。

「え?」
 手のひらに感じるべたっとした感触。
「親父?」
 呼びかける声に答えはなく。
 その。

 顔が。

 赤く。

 何が?

 穴が。

 顔に。

 血?

 抉れて。

 これは。

 誰?


 誰かが叫んでいる。
 遠いどこかで絶叫が響いてる。
 でも、それを叫んでいるのが自分だということが即座に理解できない。

 何が。

 どうして?

 親父?

 そこから記憶から抜け落ちてる。


丹下 〜法の檻
--------------

 刑法第三十九条
 1. 心神喪失者の行為は、罰しない。
 2. 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する

 会議室。
 静まり返った空気の中で、鑑識結果の報告を読み上げる声を聞く。

「被害者は付近に住む会社員、相羽吉昭四十三歳。逮捕された被疑者は指定暴
力団湊会に所属する伊東数昌二十二歳。凶器となったのは一二番口径散弾銃。
この付近では以前より湊会、瑞浪会という二つの指定暴力団によるいざこざが
あり、ここ数日緊張が高まっていた矢先の出来事でした。組同士の緊張が高ま
る中で被疑者伊東は瑞浪会への威嚇を含めた脅しをかけていたことが各地での
証言より明らかになっています」
 湊会、瑞浪会の抗争。
 それは既に刑事課連中には周知のできごとでもあった。
 だが。
「そして、被害者は当日夜に買い物に出た帰り。自宅近くの路地で伊東と鉢合
わせたと思われます。霧雨の為、視界の効かない中、伊東は相羽さんを組関係
者と誤認し所持していた散弾銃で銃撃したものと思われます。被害者は至近距
離での散弾銃の銃撃をうけた為、顔面中央を中心にはじけた散弾により、顔面
の一面が抉れ、ほぼ即死状態でした」
 淡々と告げる言葉を聞きながら、凄惨な現場の様子が脳裏をよぎる。
 思わず机の上の拳を握り締めた。
「被疑者伊東は学生時代からシンナーや覚せい剤などの薬物を常習しており、
この事件以前にも二件の傷害事件を起こしています。しかしいずれも薬物使用
による心神喪失状態による犯行と判断され、刑法三十九条が適応によりいずれ
も逮捕不起訴となり、措置入院として一ヵ月半の治療を受けています」
 ぎりっと、隣の席で中村が歯軋りを立てる音が聞こえる。無理もないだろう、
その気持ちは丹下自身にも良くわかる。
 奴を逮捕したのは自分らなのだから。
 そして、傷害事件の犯人として逮捕送検したにも関わらず、心身喪失状態と
いう判断により不起訴とされ、むざむざ狂犬を野に放ってしまったのだ。

 なぜ、裁けなかったのか。

 会議を終え、刑事課のデスクに戻るや否や、がつんと鈍い音が響いた。
「くそっ!」
「中村……よさないか」
 歯を食いしばりながら、力任せにロッカーを蹴りつけたのは中村だった。
「ですが、丹下さん!」
「おめえの気持ちはわかる。けどよ、モノに当たるんじゃねえ」
「ですが!」
 事件の被疑者を洗い出し、逮捕そして送検。
 証拠も揃え、証言をとり、自分らができることは全てやった、はずだった。

 だが。
 なぜ新たな犠牲者を出してしまったのか。

「何故、あんな狂犬を不起訴にした!」
 がつん、と。蹴りつける音が響く。
「何故!奴を野放しにした!」

 覚せい剤など薬物の常習者などが何らかの罪を犯したとしても、薬物中毒で
あるという理由で「心神耗弱」と判断され罰が軽減される場合が多い。
「何故!」
「よさないか、中村」
 激昂する中村を軽く手で制した。
「丹下さん!悔しくないんすか!」
 息を荒げたままきっと目を上げる。
「何が人権保護か!何が弱者保護だ!殺されちまったガイシャの人権はどうな
るんすか?!父親のあんな惨い姿を見させられた挙句、天涯孤独になっちまった
あのガキの人権は?!あんなイカれたヤク中よりも俺らが守らなきゃいけない
のはそっちなんじゃないんですか!?」
「やめろ、中村」
「そのうえ、ここまでやって、また奴は心身喪失で減刑ですか?責任能力なし
で?あんなイカれたヤク中を法が守るんですか?ふざけてる!」
「中村!」
 怒鳴りつけられて、びくっと口を閉ざす。
「その法で守ってやらなきゃならない人間だっている。俺たち警察官が一時の
感情に流されて軽々しい発言をするもんじゃねえ!」
「……すいません」
 肩で息をしたまま、小さく俯いた。
 でも、その手は固く握り締められたまま微かに震えている。
「悔しいすよ、丹下さん」
「……ああ」
「何故、犠牲者がでるまであんな狂犬を放置しなきゃいけなかったんですか」
「…………」
「……悔しいですよ」
 握り締めた拳がわなわなと震える。
「どうして……裁けなかったんですか」
「…………」

 どうして、犠牲者を出してしまったのか。
 どうして、裁けなかったのか。

 その問いに答えることができない。

 歯を食いしばったままの中村と、答えの出せぬまま黙り込んだ丹下の二人に
同僚の刑事が遠慮がちに声をかけた。
「あの……丹下さん、中村さん……」
「ああ、すまんな騒々しくて、どうした?」
「ええ、先ほど病院に収容された第一発見者の被害者の息子さんが目を覚まし
たとの連絡がありまして」
「……様子は?」
「はい、相当ショックを受けているようで、とてもではありませんが証言が聞
ける状態ではないそうです……」
「そうか」
「無理もない話かもしれませんが」
 現場慣れした刑事ですら、思わず息をのんで目を背けたくなるほどの凄惨な
遺体を目の当たりにして。しかも、それがたった一人の肉親だという。

 あの少年が負った傷の深さはどれほどのものか。

「……畜生め」
 握り締めた拳がかすかに震えた。


相羽 〜目覚め
--------------

 ぼんやりと、目の前に白い天井が見える。

 ここはどこだ?

 ひとつ、まばたきをする。
 少なくとも自分の部屋じゃないことは確かだ。

 体が重い。
 頭がぼうっとする。
 手をあげようとして、思うように動かない。
 自分の体がまるで他人の体のように感覚がない。

 深く、息を吐く。
 ゆっくりと、両手をあげる。
 目の前で広げた両手。

 あの時、手に感じた感触。

 ぬるり、と。

「…………っ」

 声がでない。
 両手で顔を覆う。

 何が?

 顔が。

 赤く。

 どうして?

 誰?

『ちょっと、タバコを買いにいってくる』

 あの後。

 何が?

 どうして?

 血が……

 誰?

「……親父?」

 誰かが叫んでいる。
 遠いどこかで絶叫が響いてる。

 叫んでいるのは、自分?


時系列と舞台
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 1988年5月
解説
----
 過去話、霧雨の降る夜、父を失った相羽。
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以上。

 なんか妙に資料集めをすると、あれこれ盛り込みたくなって結果詰まります。
(だめやん)


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