[KATARIBE 28826] [HA06N] 小説『二色の魚影』

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Date: Mon, 30 May 2005 00:44:37 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28826] [HA06N] 小説『二色の魚影』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月30日:00時44分36秒
Sub:[HA06N]小説『二色の魚影』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ログをおこして、話書いてみました。
いやーあのひらぱたのベタたちが可愛くて。

************************************
小説『二色の魚影』
=================
 登場人物
 --------
  軽部真帆(かるべ・まほ)
   :自称小市民代表。多少変な異能あり。どうも怪異が廻りに寄り付くらしい。
 
本文
----

 片付けをしていたら、妙なことにお手玉が出てきた。
 中身は、多分数珠玉だろうと思う。
 小さい頃、これをお菓子の缶一杯に集めたっけな。

 ……なんて思いながら、ついついそれをポケットに入れて。
 そのまま、ここに来ている。

          **

 水槽の中で、青い魚は静かに泳いでいる。その目前でお手玉を二つ、くるく
ると放り投げてみた。
 ぽんぽん、と、動くお手玉の軌道が、水槽の硝子に映る。いびつな円軌道の
中に青い魚が入る。
 ベタ。見かけの可憐さとは裏腹に闘魚であるこの青い綺麗な魚は、長い鰭を
動かしながらその円軌道の中にじっとしている。見ていると魚は、急にぷくー
とふくれた。
 多分、こちらを威嚇しているのだろうけど。
 それでもその様は、妙に愛らしくて。
 ふと見とれた隙に、手からころりとお手玉が落ちた。

 途絶えた円軌道。
 青い魚は、ふよふよと揺らめくように泳いでいる。
 拾い上げたお手玉を何となくもてあそびながら、その長い鰭のゆらめくのを
見ている。

 ……と。

 ふ、と。
 青い色が部屋の中に浮かび上がった。

「え?」

 青い、魚。やはり長い鮮やかな色合いの鰭。
 けれども……水槽の中の魚とは、また少し異なる形の。
 そしてまた、それを眺めている目の端に、赤い色が閃く。そちらを向くと、
やはり長い鰭の、これは赤い魚が。

 どちらも、空中に半ば透きとおったまま浮かびつつ。
 
 思い出す。一度に一匹、亡くなるとまた新しい魚。そうやって何匹も同じ魚
を相羽さんは飼ってきたと言っていたっけか。
 と、すると。
「先代達かな?」

 ふよふよふよ。
 そんな形容をしたいような進み方で、半透明の二匹のベタは近づいてくる。
 元々二匹を一緒の水槽に入れると、たとえ雄と雌であってすら喧嘩になると
される魚である。言わば幽霊状態であっても、近づいた途端この二匹、あたし
を挟んで威嚇しあってくれる。
 ついおかしくて、指で二匹をつつく。どこか頼りない、ふわりとした感触が
指に残る。
 ここまでになって、まだ喧嘩をするんかいな。

 ふよふよと、二匹は空を泳ぐ。相羽さんの椅子のところでくるくる螺旋状に
廻ってみたり、切り抜きのあたりをつついてみたり。
 幽霊として残るくらいには、相羽さんのことが心配なのかな、もしそうなら
やっぱ相当相羽さんって悪党だ……なぞと莫迦なことを考えている目の前で、
二匹の魚は、ふわっと浮き上がった。
 そしてそのまま、ふよふよと並んで前進してゆく。
「……?」
 そのまま青のベタは、廊下の奥に進む。一歩先の、けれども行ったことの無
い場所に、魚は平然と進んでゆき。
 そしてそのまま、見たことの無い扉の中にするんと消えた。
「…………え?」
 そして赤のベタは、扉の前でくるっと向きを変えた。こちらの鼻先でばたば
たひとしきり動いてから、扉の隙間に入ってゆく。


「…………来いってこと?」
 正直……かなり迷った。そら青ベタに赤ベタは、現在幽霊……というかこの
場合あやかしだし、もしもそうじゃなくてもこの家の正当な住人なんだから、
この奥に入る権利はあるだろうけど。
 でも、あたしにその権利があるかどうか……なぞと考えていたら、赤いベタ
が扉から頭と前の鰭だけ出した。またも鰭をばたばたしてから消える。
「……わかった」
 ドアノブに手をかけて、ひねる。鍵は掛かっておらず、意外なほどするっと
開いた。構えていた分、少しつんのめりそうになって、慌てて止まる。
 
 けれども。
 この空気は妙だ。かなり長いこと閉じてあったような、どこか淀んだ、そし
てどこか沈み込んだような気配がある。

 手探りで壁を探り、灯のスイッチをつける。
 大きな本棚と机。あちこちに写真。そして棚にはカメラのレンズ等がずらり
と並んでいる。
 ただ、どれもこれも……どうもかなりそのままに放置されている感じがした。
まるで……

 まるでそこで時間が止まっているかのように。


 青と赤のベタは、ふよふよぱたぱたと小刻みに動きながら、部屋の中を自在
に移動している。
 そのうちに、赤のベタが、一つの写真の前で止まった。見ろ、と言いたげに
写真の前でぱたぱたと鰭を動かす。
「……あ」
 小さい男の子、と、女性。
「相羽さんと、お母さん……?」
 確かに今の印象をどこかに残している小さな男の子と。
 良く似た顔立ちの、綺麗な女性……多分お母さん、と。

 赤のベタが、ぱたぱたと鰭を動かす。まるで肯定するように。
 色の褪せた写真の中で、二人は笑っている。
 本当にごく……普通の顔で。

 ふよふよ、ふよふよ。
 赤いベタよりも、もう少しおっとりとした動きで、青のベタが動いている。
 見せたいと思う(というか、思っているらしい)写真の前で、ふ、と、止ま
る。そしてこちらが興味を移したと判った途端、また動いてふよふよと。

「これ、相羽さんの写真だよね?」
 小声で言うと、青いベタはくるりと振り返った。赤ベタと同様にぱたぱた動
くかと思ったら、こちらはぷくーとえらのあたりを膨らませた。
 ……多分、肯定の意味、なんだろうな。
「……見ていいの?」
 言った途端、今度は近寄ってきた赤いベタが、ぱたぱたとヒレをばたつかせ
る。どうやら見ていい、と、言っている積りなんだろう。
 けど。
 ……相羽さんの意見は、また別かもしれない。
「相羽さんに秘密だからね」
 小声で言うと、青いベタはぷくりとえらの部分を膨らませ、赤いベタはぱた
ぱたせわしなくヒレを動かした。

「……両方とも、それ、『Yes』ってこと?」
 ぷくーとぱたぱたぱた。
 ……つか、意味は通じるんだけど、どうしてこう統一しとらんかな。
 思わず苦笑しながら、改めて写真を見る。

 同じぐらいの身長の、にこにこと笑う少年と一緒に写っている相羽さん。
 ってかこれは、多分本宮さん、だろうな。表情といい顔立ちといい。
 二人とも、中学生くらいだろうか。年相応の……二人ともまだ可愛い顔をし
て写っている。何となく笑いかけて……ふと。
 その、笑いが途中で止まった。

 写真はどれもこれも、色が褪せている。周りにあるカメラの部品から見て、
多分かなり丁寧に撮られた写真なのだろうし、やはり全て写真立てに丁寧に収
められてはいるのだけれども。
 どの写真立てのガラスの部分にも、はっきりと判るほど埃が溜まっている。
一枚の写真から無意識のうちに埃を払いかけて……手を止める。
 触ったら、まずい。

 と、赤いベタが、また別の写真の前で止まった。
 一体今度は何だろう、と、その後ろから覗き込む、と。

「……え?」

 額縁。というか、額縁だけ。
 写真があるべきところには、どうやらはがしたらしい跡だけが残っている。

「これ、どうしたの?」
 思わず、ベタ達に尋ねてしまったけれども、無論答えは返らない。
 ただ、青いベタが、隣の額縁の前に移動している。
「…………これ?」

 さっきの写真の中学生が、この写真では高校生になっている。
 やっぱりごく人の良い笑い顔の本宮さんと、にっと笑ってる相羽さんと。

 高校生。
 ってことは。

「……お父さんが、亡くなられる、前の……?」

 思わず呟いた言葉に、ベタ達が反応した。ひとしきり、片方はぱたぱた動き、
片方はぷくーとふくれた後、双方じっとこちらを見た。

 はがされた写真。
 そして、その後が。

「…………この後が、無い、の?」
 ぱたぱたぱたとヒレを動かして。
 ぷくーとえらを膨らませて。
 ユーモラスな動きが、けれども今はどうしても……必死、に見えて。

 高校生の相羽さんは笑っている。
 正直、人の良い、とは言えない。どっかしらそれでも悪戯小僧みたいな顔し
て笑っている。
 でも。
 今の笑い顔とは、確実に違っている。

 安心。
 両足がしっかり地面についている、そういう。

 そういう…………


 ぱたぱた、と、音が聞こえた。
 足元の絨毯に、丸い染みが幾つも出来ていた。
 気が付くと、赤と青のベタは、くるくるとあたしの周りを廻っていた。
 緩やかな螺旋の軌道を描いて。

「…………どうにも」
 細く頼りない、けれども鮮やかな二色の残像。
 そのことが……尚更にかなしくて。
「……どうにも、できないのかな……」
 魚達は、やはりぱたぱたと動き回る。
 どこか…………ひどくもどかしげに。

「教えてくれて、ありがとうね」
 つう、と、赤いベタが手元に寄ってくる。頼りない手ごたえの残るまま、そ
の背びれをそっと撫でた。
「でも……あたしにも出来ることはなさそうだよ」
 気が付くと、青いベタも目の前に浮かんでいる。二匹のベタは仲良く並んだ
まま、しゅう、と、下を向いた。
「何にもできないよ……」

 多分、相羽さんはこのベタ達を可愛がってきたのだと思う。構わないようで
いて、それでもいつも気にかけて。
 でも、このベタ達ですら……何も出来ないのに。
 だから、教えてくれたのだろうのに。

「ごめんね……」

 不甲斐ない、と思った。
 否…………

 つらい、な、と


 ふと気が付くと、二色のベタは、やっぱり並んだまま、それでもどこかしら
心配そうにこちらを見上げている。
 その様子に……思わず苦笑した。
「……でも、相羽さんのこと、心配なんだ」
 そう言うと、やっぱりベタ達は全身で返事をしてくる。それもやっぱり、双
方全く別の動きで。
 けれども確かに……全身で『そのとおりです』と、肯定してのけてて。

「……相羽さんもなあ」
 ふと、考えて……すこし可笑しい。
「おネエちゃんだけじゃなくて、ベタまで泣かすかな」
 ふよふよと漂う、二色のベタ。
 多分本当に、心配で心配で、こうやって出てきたのだろう。

「じゃ、出ようか」
 そう言うと、二匹はふよふよと並んで部屋を出てゆく。あたしも続いて部屋
を出て。
 出来るだけ静かに、扉を閉めた。

        **

 ありがとうね。
 そう言うと、二色のベタはそれぞれにぱたぱたぷくぷくと動いて。
 そしてまた相羽さんのテーブルやベッドの上を飛び回ってから、水槽の中に
飲み込まれるように消えた。
 夢では無い証拠のように、水の上に淡い波紋だけを残して。

 完全なる孤独に陥る手前で、この魚達は相羽さんを食い止めていたのだろう
と思う。恐らくは無言のまま、けれども彼らなりに必死で。

 多分。

「あなた達ほどにも、あたしは役に立ってないな」
 つん、と、水槽の硝子をつついてみる。今は一匹だけになったベタは、やは
りそ知らぬ顔でふよふよと泳いでいる。

 魚一匹ほどにも。
 ……多分あたしは役に立たない。
 この魚一匹を、生かしておくだけの役にしか。

 多分。


「……ご飯、作らないとな」


 最後に一度だけ、手の中のお手玉をくるくると廻して。
 その残像を水槽の硝子に写してみる。

 青い魚は、静かに泳いでいる。
 ただ、静かに泳いでいる。



時系列
------
 2005年5月半ば。『魔ヶ刻』とほぼ同時期

解説
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 魚にまで心配される飼い主ってのも、かなり問題な気がしますが。
 相羽さん宅での、真帆と魚のあやかし達との風景です。

***************************************************
 
 てなもんで。
 ええと、一応。
 真帆の周りで、魚が実体化しなかったのは、ある意味この魚達は
『あやかし』であるからです。
 だから知能があるのだ。普通の魚以上に。

…………ということにしようそうしよう<おいまてっ

 ではでは。


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