[KATARIBE 28801] [CHN] 小説:『腥』

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Date: Mon, 23 May 2005 23:36:53 +0900
From: Paladin <paladin@asuka.net>
Subject: [KATARIBE 28801] [CHN] 小説:『腥』
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 ぱらでぃんです。

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小説:『腥』
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 貧民窟の路地裏、貴族が遊ぶ園遊会、陽が照りつける街頭市場、糸車の廻る
炉辺。世界中のあらゆる場所で説法を終わらせ、アタランテーは集団意識網の
機能を休止させる。
 軌道上の中継施設を介して幾万に並立していた自意識が一つに引き戻され、
幾万の傀儡が自意識を動員すると、床から空間全体へ温もりが伝わる造りにな
っている幕舎の空気が消耗した体を心地良く包む。
「さすが心理社会学の大家。見事な説法でした」
 彼をモニタしていたタコ医師が故郷の作法にのっとり数回手を叩く。
「昔は文化惑星学をしていたんですがね」
 片頬を引きつらせてアタランテーが笑い、現地住民が用意していた家畜の乳
に香辛料を混ぜた嗜好飲料を一口すすると、タコの網膜にアタランテーの心身
が平常値に近づいている様子が伝えられる。
「心理マトリクスも随分速く平常値に戻っています。微弱ながら陰性心理因子
の反応がありますが」
「陰性ですか」
「何かお悩みでもありますか」
「心理社会学の前に文化惑星学を学んでいたんですよ」
「観察者のジレンマ、少々古典的とも言える症状です。あ、いや。失礼な表現
をしてしまった」
 陰性心理因子の反応を見てタコは慌てて取り繕うが、彼女の様子をさして気
にするふうも無くアタランテーはうなじに挿されている通信用チップを抜き、
それを玩びながら続ける。
「まさか実際に大規模な干渉をするとは思ってませんでした。それも宗教者の
立場でとは」
「非帝国文化圏の惑星一つをそっくり星間移住させる。という仕事に比してで
すが、心理マトリクスは非常に安定しています。神。否、この用語は不適切で
すか。超越者を演じていることを考えれば心理に動揺を感じない方がおかしい」
 幕舎の布が揺れるのを見て、翻訳装置を切ってはいるが現地住民に違和感を
与えないよう二人は会話を中断すると、遊牧民族らしく動きやすい服装の毛皮
服に身を包んだ少年が這い入ってくる。
「アタランテー姉ちゃん」
「クァラック君、何か御用ですか」
 反射的に心理マトリクスを安定値へと戻し、予言者として現地住民と相対す
るアタランテーの様子をモニタし、医者は感心を新たにする。
 短い挨拶以上何も言わない少年に袖を引かれ、予言者は幕舎を出る。
 外の風は刺すように冷たく、暖房で弛緩した体を引き締める。そんな中少年
は何も言わず歩き、予言者も何も言わず歩く。
「アタランテー姉ちゃん」
「はい、なんですか」
「姉ちゃんってさ、星の世界から来たんだろ」
 立ち止まり曖昧な笑みを浮かべるアタランテーに少年は続ける。
「爺ちゃんから聞いたことがある。星の世界を飛ぶ人達がいて、時々地面に下
りてくるって」
 それだけ言うと少年は口をつぐんで再びぎこちなく歩み始め、予言者もまた
歩み始める。そのまま村を一周して幕舎へ戻ると、少年は短い挨拶をして己の
幕舎へと駆けていく。
 その後ろ姿を見送って、予言者も幕舎へと入る。
「何かありましたか」
「集約聖書、空から来たるものについての書」
 聖典の名を呟く。
「過去の遭難者が住人に目撃されていたのが幸いになりましたね。情報操作が
はかどりました」
 医師はつとめて明るく続ける。
「何にせよあなたは数億の命を救うことになる。そこは誇っても良いと思いま
す。それに」
「それに」
「誰かが不時着した時点でこの惑星と帝国は関わりを持っていたんですよ。そ
の時点で帝国からの不干渉という原則は崩れています」
 アタランテーは何も言わず座り、スロットにチップを挿して準備する。
「ありがとう、先生」
「お役に立ちましたか」
「既知事項の再確認でしたが随分と開き直れた気がします」
 予言者の心理状態に戻ると、彼女は意識を惑星中に飛ばす。
 後に帝国が発表した記録によれば、アタランテーの人道的措置によりゼータ・
レティキュリ第四惑星の現地住民約三億人が太陽の新星化を前に脱出。彼女及
び同行の医師、タコが元老院より不干渉原則違反の罪に問われたさい、元住民
による申し立てにより特赦がなされたとある。

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