[KATARIBE 28800] [HA06N] 小説『螺旋上から眺める風景』

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Date: Mon, 23 May 2005 18:48:06 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28800] [HA06N] 小説『螺旋上から眺める風景』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月23日:18時48分05秒
Sub:[HA06N]小説『螺旋上から眺める風景』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
片帆の一人称です。
一応、ログ等を拾いつつ話を書いてますが、かなり創作部分も多いのです。
……チェックをよろしくお願いします>ひさしゃん。

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小説『螺旋上から眺める風景』
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  登場人物
  --------
   軽部片帆(かるべ・かたほ)
     :毒舌な大学生。ジャニスガレージでバイト中。結構シスコン
   橋本朱敏(はしもと・あけとし)
     :ワーウルフな大学生。地雷踏み。ジャニスガレージでアルバイト中。
   本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。 
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民代表。片帆の姉。

本文
----

 結局姉とは古本市では出会わなかった。
 だからジャニスガレージに呼び出した。
 日曜の夜、アルバイト終了後に姉はやってきて、簪を受け取って帰った。

 相羽さんとやらのお蔭様で、姉が刺されて。
 入院に一週間弱。出てきてから一週間。
 すっかり傷自体は良くなったと言うけれども、退院以来、初めて会った姉は
……どう見ても元気が無かった。

 お蔭様でこちとら、長々と不機嫌が持続している。

      **

「なんで相羽さん嫌いなん?」

 一度、同じバイト仲間の橋本さんからそう尋ねられた。

「……見た時に気に食わなかったから」

 何というか、この橋本さんという人は……基本がえらい勢いで大雑把である。
悪い人間というわけでは決して無いと思うが、相手に対して全くと言って良い
ほど気を使ってないというか気を使う前に気が付いてないというか……
 だからこういう場合、はっきりと言う必要が生じる。下手に言葉を飾ってい
たら、いつまでも根本を封じることが出来ない。

「……そかなあ、一見ヤクザぽいけど、悪い人じゃあなさげだったけど」
「……ヤクザっぽいって何」
「こう、裏っぽいというか、なんかありそうというか……ほら、刑事ってそん
なイメージあるしさあ」

 ……言ってくれる。

「その『悪い人じゃあなさげ』な奴に、『ヤク避け相羽』だの『おネエちゃん
マスター』なんて渾名があるのって、教えてくれたのは誰でしたっけね」
 う、と、橋本さんは口ごもる。
「……い、いやだけど、ヤクザが避けるって、悪い人じゃないんじゃないかと」
「ヤクザが避けるくらい強面張る人間が、善良であるわけ無いでしょうが!」
「う」
「ついでにおネエちゃんマスターとやらのどこが悪い人じゃないわけよ」
「う、うう」
「それに大体、裏があって、なんかわけあって……?」
 睨み据える。
 そこで一歩引くなら最初から言うな。
「そういうのを、本当に抱えてる奴が、うちの姉の周りに居るだけで迷惑!」
「……は、はいっ」

 この人は、人狼である。
 人間の時だって身長は相当高い。本気で殴ったら絶対こちらが負ける。
 ……で、何でここまで怯えるかな全く。

「だいたい、橋本さん、じゃあ訊くけど」
「え、はい」
「どうして相羽さんを、そこまで擁護するわけ」
 余程に何かしっかりした根拠でもあるのか?
 ……と、思ったら。

「なんか刑事ってかっこよさげだし」

 …………脱力ってこういうもんかと思いましたええ。

「わかったよ」
「は?」
「あれだ。相羽さんがそんなにかっこよさげなんだったら、妹さんの……桃花
ちゃんの旦那さんになってもらいなさいっ」
 何でもこのご兄弟、男子4人に女子1人らしい。小学校高学年の妹さんを、
どうやらお兄ちゃんどもはやたらに可愛がっている……のが判るだけに、これ
ならちったあ黙るかなと思ったんだけど。

「だ、だ、だめだだめだだめだ」
 見事なまでに効き目があるもんだなー。
「そらだめだ、てか、いくつ年離れてると思ってんだって」

 あたしは、相羽さんという人が大嫌いである。それはもう胸を張って嫌いで
ある。どんな悪い噂でも全肯定してやるってくらいには嫌いである。
 ……にしたって幾ら何でも、11歳の女の子の旦那さんになってくれって頼
まれて、はい、と、言うわけがないじゃないかってのは……あたしですら判る
んだが。

「んじゃ、うちの姉に勧めるのもやめてくれない?」
「…………わかった」
 どうしてそこまで、苦悩してるかなあ。
「協定成立」

 以来、橋本さんの無駄口は減った。
 というか、叩く前にこちらも「桃花ちゃんか」と呟くまでのことなんだけど。


 正直、八つ当たりを食らわせてる自覚はある。だけど八つ当たりをわざわざ
引き起こしてるのが橋本さんだってのだけは、あたしは主張しておきたい。

          **

「あ、ほんとだ、これ可愛いね」
「でしょ」
 珊瑚の小さな飾のついた簪と、木の、少し先の欠けた笄と。
「これ、あたし買おうか?」
「いいよ。あたしの趣味だから」
「……うーん」
「それならいつか、またCD貸してよ」
「それくらいは良いけど」
 袋の中を探って、最後の一つを取り出して。
 姉ははっとしたように目を見張る。
「……千鳥?」
「うん」

 鈍い茶に、金の象嵌の櫛。櫛の歯はぼろぼろで、だからあたしの手が出る値
段になったのだけど。
 祖母の一番好きな唱歌の一つが『浜千鳥』で、だから姉は千鳥模様の髪飾り
が好きで。
 櫛だから、これは身につけられないけど。

「……ありがと」
 その時、ようやっと。
 姉の表情が本当にほころんだ。
「ありがと、片帆」


 友人、と、姉は言う。
 友人ってそんなことで止めるものなのか、と。

 魚の面倒見て、ご飯作って、その上でとばっちり食って相手の騙した女性に
刺されて、まだ友人だよって言えるほうがあたしはおかしいと思うけど。
 でも姉はさらりと言う。
 友人だから、と。

 ……それが本当なら、どうして貴方はこんなに疲れた顔して、ここに居るん
だろう。
 どうして。

          **

 そして火曜日。
 閉店まで、あと15分。
 こちとら不機嫌の真っ最中に。

「あ、こんばんは」
「こんばんは」

 あ。

 階段を降りてくるのは、相当大柄な男性である。
 大柄で穏やかな口調と表情と。
 
「その節はお世話になりました」
「……いいえ、どういたしまして」

 本宮さんというのだそうである。
 以前から、ジャニスガレージで見かけていたし、橋本さん情報から、やっぱ
り刑事さんであることも聞いていた。本宮さんも、どうやら名前とこちらの顔
(あたしと姉は似ている)から見当をつけたらしく、数度話し掛けられたこと
もある。だから相羽さんとやらの後輩であることも、姉の呑み友達であること
も知ってたけど。

『軽部片帆さんですね、お姉さんのことで御連絡しています』

 姉が刺されて、さてどこに連絡……という時に、少々困ったらしい。姉は一
人暮らしが長いし、緊急連絡先ってのも別段持っていない。最近は携帯に知り
合いの電話番号が登録されている場合が多いけれども、姉はそもそも携帯を持っ
てない。それで本宮さんが、ジャニスガレージ経由でうちの電話を調べて下さっ
たらしいのである。
 両親のほうに連絡された日には……まあ、GW中あの二人旅行しててくれた
けど……姉はあっという間に実家に強制送還である。
 それを思うと……恐らく姉が一番感謝していると思うから。

「本当に、色々とお手数をお掛けしました」

 警察に知り合いが居るって、本当に助かるよね、と、姉があとで笑っていた。
 相当お世話になったようである。

「お姉さんは、元気ですか?」
「はい……一応」

 一応。
 怪我は良くなってる。それは嘘じゃない。
 だけど。

 病院で喧嘩したもんだから、あたしは結局一度くらいしか姉の見舞いに行っ
ていない。
 退院後、電話を二度かけた。退院した夜と数日後。様子見と古本市のお知ら
せに。でもどちらにしろそこまで元気が無いわけじゃなかった。

 だけど。

「何かありましたか」
「……え」

 ふと気が付くと、本宮さんがこちらを見ていた。
 穏やかなんだけど、その穏やかさでようやく鋭さを包んでいるようにも見え
た。

 この人は、どういう人なのか。
 相羽さんの後輩なんだから、相羽さんとも相当親しいのだろうけど、でも多
分姉とも親しい。
『本宮さん?ああ呑みの友人』
 姉はそんな風に言ったことがある。

「……申し訳ありません」
「はい?」
「あと……12、3分で閉店、その後半時間ほどで仕事が終わるんですが」
「ええ」
「その後、出来れば……お時間頂けませんか」
 忙しい人だろうな、とは判る。でも。
「ええ、いいですよ」
 あっさりと、その人はそう言った。
 正直、気が……抜けた。

「お忙しい所、申し訳ありません」
「いえ、じゃ、しばらく時間を潰してますね」
「申し訳ありません」

 一礼したところで本宮さんはするっとCDの棚のほうに移動する。代わりに
CDを数枚持ったお客さんがレジにやってくる。
 CDを受け取り、タグを外し、袋に入れて。


 どこかで思う。たとえどれだけ調べてどれだけ正当な理由をつけて姉に見せ
ても、姉は自分の意見を折らないだろうな、と。
 数年前、やっぱり弟分の一人がごたごたを起こした。騙されてるよそれ、と、
周りは皆言ったけど。
『あたしが騙されたなと確信するまでは、あたしの友人だから』
 そう言い切って、姉はやっぱり微塵も動かなかった。

 姉は怒るかもしれない。必要無いと言うかもしれない。余計なお世話と断じ
るかもしれない。
 それでもあたしは、もう二度とあんな思いはしたくない。

 螺旋のように幾度も同じところを巡り続けている。あたしも姉も。
 それをどうにかして、断ち切りたいのだ。
 螺旋の中を巡るのではなく、一度この螺旋から抜け出て。
 この、螺旋の上空から。

 一体どこに、向えばいいのか。どうすればいいのか。

 ……結局最善なんて、判るもんじゃないって。
 それだけの結論に終わってしまうのだとしても。


時系列
------
 2005年5月半ば。『魔ヶ刻』の一日後。

解説
----
 片帆から見た風景です。
 
**********************************************
ちなみに、朱敏君との会話については、
http://kataribe.com/IRC/kataribe/2005/05/20050504.html#170000
のログを使用しました。

ではでは。



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