[KATARIBE 28796] [HA06N] 小説『遠い背中』

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Date: Sun, 22 May 2005 23:14:37 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28796] [HA06N] 小説『遠い背中』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月22日:23時14分37秒
Sub:[HA06N] 小説『遠い背中』:
From:久志


 久志です。

『霧雨の風景』以前、ちなっちゃんと相羽さんの過去のお話です。

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小説『遠い背中』
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登場キャラクター 
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 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。おネエちゃんマスター。 
 上嶋千夏(うえしま・ちなつ)
     :とある事件で相羽と出会ったおネエちゃん。

千夏 〜01
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 湿った空気が重くのしかかってる。
 見上げた空は濃い靄に包まれて、街灯がぼんやりと光っているのが見える。

 朝方に寝て夕方に起きだして夜に働いて。こんな生活を自分がするようにな
るなんて、ほんの数年前には思いもしなかった。
 今にしてみたら、きっかけはホントに些細なことだったんだと思う。
 ちょっと可愛いともてはやされていい気になって、ばかみたいに夢見がちで、
そのくせ寂しがりで世間知らずな小娘だったんだと思う。

 冷えた両手をこすり合わせる。
 あの人、まだかな。

 一見、華やかで煌びやかな夜の世界。でも、そんなのは見た目ばかりで。
気づいた時にはもう、あたしはがんじがらめで抜け出せないほどの深みに陥っ
ていた。辛くても、寂しくても、抜け出したくても、その後自分がどうなるか
怖くて。でも、どんなに薄汚れて荒んだ人たちばかりでも、頼る人もなく一人
きりになるのは耐えられなくて。

 あの人に会ったのは、そんな時。
 カタギの人じゃないな、と、初めて会ったときから思ってた。

「……相羽さん」
「待った?」
 相羽さんの手が髪につもった細かな雨粒を払う。
「どっか店に入ってればよかったのに、風邪引くよ?」
「ううん、平気」
 さらさらと髪を撫でていた手が当たり前のようにそのまま肩に回る。
 この人と出会ってから何度か一緒にこんな風に会ったけれど。本当、ずいぶ
んと女の人の扱いに慣れてるんだなあと思う。あたしもこういう仕事に就かさ
れてから色んな人と会ってきたけど、ここまで自然にあしらえる人ってすごい
なと思ってしまう。
 でも、不思議だな。いかにも女性あしらいの上手い人に感じるような不快感
をこの人には感じない。隙がないというか、いかにも相手の気を引こうという
ようなうわっかぶせたような媚がない。
 いやそれとも違って、もっと単純に既にあたしはこの人の術中にはまってい
るだけなのかもしれないけど。
 それにしても、不思議だな。
 こんな風にあたしの肩に手を回した人はこの人だけじゃあないのに。
 何故だか、とても安心する。
 この人が何をしていて、何を目的として、どうしてあたしなんかに近づいた
のか、何一つわからないのに。
 なのに、こうして回された手に肩の重みをあずけてしまう。
 それが、不思議で。でも、心地よくて。荒んだ自分を忘れさせてくれて。

 だから。


相羽 〜01
----------

 目を覚ましたのは朝の少し早い時刻。まだちょっと起きだすには早いかね。
寝入った時間から考えて、実質四時間ほどか。
 軽く指先で目をこすって体を起こそうとすると、服に何かが引っかかる感触
を感じる。視線を落とすと、ワイシャツの裾をしっかりとつかんでいる細い手
が見えた。
 やれ、困ったもんだね。
 小さく苦笑して、一本一本指を緩めて裾をつかんだ手を外して、そっと掛け
布団をかぶせる。

 ベッドの脇に腰掛けて、一本煙草をくわえて火をつける。
 ゆっくりと吸い込んで軽く溜める、ふぅと吐き出した煙が細く細く天井まで
のびていく。
 そろそろ、ここもさよならだね。
 君とも……ね。

 ふと、背後で微かに身じろぎする気配がした。

「……相羽さん、煙草吸うの?」
「ああ、起きた?」
「うん」
「たまに吸いたくなる時があるんだよ。もしかして煙苦手?」
「ううん、吸ってるとこぜんぜん見たことなかったから」
「そう?」
 さて、こっちはそろそろ潮時かな。
「これ一本吸い終ったら、帰るよ」
「まだ早いのに……」
「なかなか、忙しくってね」


 ワイシャツの袖のボタンを留めて、上着を羽織る。
「じゃあね」
「うん……」
 軽く指の背で頬を撫でる。
「相羽さん……」
 離れ際、細い手が上着の袖をぎゅっとつかんだ。
「電話するよ」
 するりと手をほどいて、振り向きもせず玄関のドアを閉めた。

 少し早めの足取りで廊下を抜けて、階段を下りて。
 彼女の部屋のベランダを少し遠めで見渡せる位置に立って、軽く窓の様子を
伺う。胸ポケットから仕事用の携帯を取り出し、かけ慣れた番号を叩く。
『はい、中村です』
「どうも、相羽です」
『ああ、どうだ?』
「やっとこつかめたよ」
『ほう』
「どうも、おネエちゃんを傀儡にしてうまいこと利用してるみたいだね、なか
なかに警戒が強くて少々てこずったよ」
『なるほど、お前と同じやり口か』
「ヒドイ言われようだね。まあ、なかなか大変だったよ」
『首尾は?』
「ネタ元の情報によると来週末にデカい違法カジノやらかすらしいね。その筋
の連中に大阪の自称芸能プロ連中やらも顔を出すらしい、下手すると本物の芸
能人らもお目にかかれるかもね、それに……」
『薬か』
「だね、間違いない。ただの賭博イベントにしちゃ警戒が強すぎる」
『……なるほど、大阪府警にも協力を仰いで連携をとるか?』
「どうだろうね、本物の芸プロ連中もくるってことは下手するとあっちの上と
パイプ作ってる恐れもある。できればこっちで押さえたいとこかな」
『なるほど、用心にこしたことはない』
「とりあえず開催場所の図面は押さえた。戻ったら情報の裏取りと生活安全課
とのすり合わせもいりそうだね」
『わかった、こちらも捜査員連中に言い含めておく』
「了解、ではまた」
 ちろりと上唇を舐める。
 さあて、対策練りますか。


千夏 〜02
----------

 玄関の向こう、遠ざかってく背中。
 あの人は、またね、とは絶対に言わない。

 あの人のいない部屋。
 膝から力が抜けて、糸が切れたように座り込む。そのまま自分の肩を両手で
しっかり抱きしめる。
 どんなに手を伸ばしても、あの人はつかめない。
 引き止めても止まってくれない、つかまえたくてもつかまらない。

 こんな生活から逃げ出したい。
 でも、今の生活から抜け出せたところで、頼るものもなく空っぽな自分だけ
で生きていくのが辛い。
 連れ出して欲しい、助けて欲しい。

 あの人がいれば。
 あの人がいれば、自分は空っぽじゃない。


相羽 〜02
----------

 軽く足をニ三踏みならす。
 防弾チョッキ込みでの体の重さに慣れるように。まあ、実際のとこは踏み込
み捜査や突入捜査で何度も着てるから云々はたいした問題じゃない。いわゆる
踏み込み前のおまじないみたいなもんだ。

『相羽、そろそろだぞ』
「わかってますよ」
 サングラス越しに、鮮やかな看板が瞬いてるのが見える。
 今回の現場になる派手なカジノ場。入り口と会場内は監視カメラとセンサー
完全配備、紹介者以外は立ち入り禁止。そこかしこにはいかにもその筋の屈強
そうな連中がそれとなくあたりを伺っている。
「んじゃま、行きますわ」
『突入合図は任せた』
「了解」
 正面入り口二十名、裏口に十名、あわせて捜査員三十名。
 さて、どうでますか。

 会場入り口の受付でタキシード姿の男がこちらを訝しげに見る。
「すみません、どなたのご紹介ですか?」
「ああ、私ですか。大堀さんのご紹介でお招きあずかったんですが、少々用事
がありましてね、後から向かうというお話だったのですが」
「……少々お待ちください」
 受付の男が奥へ引っ込む。

 ひとつ、息を吸う。
 左手ポケットの中に忍ばせた防犯ブザー、押せば待機中の本隊に即座に連絡
が飛ぶ、それが合図だ。
 怪訝そうな顔の支配人らしき男が先ほどの受付の男と一緒に出てきた。
「お客様、ご確認を……」

 今だ。
 床を蹴りつけて、肩で受付の男を跳ね飛ばし、ブザーのスイッチを押す。
 けたたましいブザーの音が会場内に響く。
「なんだ!?」
「火事か?!」
 そのまま、転がり込むように会場内へ駆け込んだ。
「待て!」
「今のは……」
「何だ、何があった!?」
 会場に駆け込むと同時に、入り口裏口両方から一斉に捜査員達が突入する。

「警察だ!」


千夏 〜03
----------

 まるで、映画のワンシーンを見てるみたいに。

 あの人が、飛び込んできた。
 それに続くように。
「警察だ!そこを動くな!」
 ぞくぞくと響く足音、広い会場内のあちこちで悲鳴と怒鳴り声が響く。
「サツだ!」
「待て、どういうことだ!」
 騒然とする会場で、あたしはただ呆然と立ち尽くしていた。

 警察?

 逃げようとして取り押さえられる人、捕まえられてわめく人、ひたすら許し
をこう人。
 そんな中、サングラスにスーツ姿の……あの人。

「あ……」
 呼びかけようとしたあたしの肩を誰かが強引に押しのけた。
「どけ、邪魔だ」
「きゃっ」
 ぼうっと立っていたせいかそのまま床に思いきり倒れこんでしまう。
「相羽さんっ」
 混乱する会場の中、なんだか自分がひどく遠いところにいる気がする。
「相羽さん……」
 めまぐるしく動く景色の中、あの人はあたしに見向きもせずに。

「薬はあった?」
「ありました」
「よし、待機組と連絡とれ」
「はいっ」

 ぺたんと座り込んだまま、どれだけ時間がかかったのか。
 いや、時間で言えば、本当にあっという間の出来事だったんだろうけど。

「いよう、ウサギちゃん」
 両肩にふわりと上着がかけられる。
 はじかれたように振り向くと、その先には。
「悪い夢は、終わりだよ」
「……相羽さん」
「もう、踏み外しちゃあだめだよ?」
「相羽さん……」
 他に言葉が出てこない。
「んじゃ、さよなら」
 あの人が、踵を返す。
 遠ざかっていく、背中。

「相羽さん……」

 悪い夢は、終わり。
 あなたとも、終わりなの?


時系列と舞台
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 2003年10月
解説
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 ちなつと相羽の過去。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。

 先生、本編が書けません。
 あと、ちなっちゃん男見る目ありません(断言)


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