[KATARIBE 28795] [HA06N] 小説『生存理由』

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Date: Sun, 22 May 2005 23:11:08 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28795] [HA06N] 小説『生存理由』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月22日:23時11分07秒
Sub:[HA06N] 小説『生存理由』:
From:久志


 久志です。

先輩の悪い夢の話。
……どーしてそこまで辛いのを押し隠すのか。

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小説『生存理由』
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登場キャラクター 
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 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。

夢現
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 ここ最近、あの頃の夢を見る。
 久しく見ていなかったはずなんだけどね。

 なんでだろう。


夢という過去
------------

 感情の起伏とか、想いに任せた行動とか。
 そういうのが人よりちょっとズレていると、昔から言われていた。
 理性的だとか、冷たいとか、そんな風に言われたこともある。

『思ったより元気そうでよかったな、相羽』
『相羽くん……よかった、心配してたんだよ』
『先輩……差し入れ、食べてくださいね』

 高校二年、父親が死んでから三ヶ月。
 母親は既に他界していて保護者となりうる親戚もおらず、ただ一人。
 さしあたって考えなければいけないことは、両親という保護者を失った自分
がこの先どうやって生活していくか。
 父親自身にかけられていた保険とそれなりの遺産と自分の為に貯めていてく
れたであろう学資預金、そして住んでいる家は自分に残されていて。
 今の高校での学費、通いたいと思っていた大学へ進学する学費、そしてそれ
までの生活をまかなう費用、それだけをまかえるだけの余禄は充分にあった。

 でも。
 それでも?

 一人の時間が増えた。
 縛られることなく、誰にも注意されることなく。
 ただ一人で。

 夜。部屋で一人音楽を聞いている。
 夜。何をするでもなくただ水槽で泳ぐ魚を眺めてる。
 夜。本を読みながら頁を手繰る音だけが響く。

 理性が感情に追いつくまでの時間。
 いや、その感情を理解する時間。
 それは決して表にでることなく、押し殺すように心の底に沈んで。
 忍び寄るように、不意に浮かび上がってくる。

 一人きりになってから。
 時折、不意に突き上げられるように自分の中からなにかが昂ぶってくるのを
感じる時がある。
 吐き気がする。
 眩暈がする。
 動悸が激しくなる。
 寒気がする。

 膝を抱えて、袖を噛み締める。
 奥底から湧き上がってくる何かを、噛み潰すように。

 明かりのないバスルームの中、窓からの微かな明かりで青いタイルがぬめっ
たように光る。の鍵を閉め、シャワーのコックをぎりぎりまでひねる。
 どしゃ降りのように水が降り注ぐバスタブの中で、パーカーのフードを目深
にかぶり、そのまま膝を抱える。とめどなく降り注ぐ水がフードからしみこん
であごから冷たい滴が伝う。
 シャワーの音が響いている。
 息が苦しい。
 それは立ち込める水煙のせいだけではないことぐらいわかってる。
 全身に鳥肌が立ち、悪寒が走る。
 膝を抱えたまま、爪を立てて自分で自分の二の腕をつかむ。
 パーカーの袖をきつくかみ締めて、吐き気を抑える。

 誰もいない家で、響く水音を聞きながら。
 まるで、水の中にいるように。

 何も聞きたくない。
 何も考えたくない。
 何も見たくない。

 袖を噛み締めたまま、冷たい水があとからあとから降り注いで流れ落ちてい
くことだけを感じる。

『    』

 かすかにつぶやいた言葉。
 そこだけが、思い出せない。


生き延びろ
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 われ見しに、視よ、青ざめたる馬あり、
 之に乗る者の名を死といひ、陰府(よみ)これに随う。


「まず、君は生き延びなければいけません」
「生き延びる?」
「一人で考えても答えは出ません、そも答えすらありません。そして閉じた思
考は悪い方向にしか進みません」
「……ふうん」

 親父が死んでからしばらく。事件担当だった丹下という刑事が、何かと顔を
出してきた。何をするでもなく暇をつぶしてた俺をひっぱってカウンセラーに
連れてきたのもそのそいつだ。
「何か、集中して気を紛らわすものを捜してみませんか?」
「……なにか、ね」
「なければ、こちらから何か指示するものでも構いません、どうでしょう?」

 正直、どうでもよかった。
 余計なおせっかいだった。

 生き延びろ、という。

 何の為に生きるのか。
 誰かの為に?
 やり遂げたい夢の為に?


「どうだ、ボウズ」
「いらんおせっかいだよ」
「まあ、そういうなや」
「ヒマだね、あんた」
「……………」
「別に親父死なせたのあんたじゃないでしょ」
「……似たようなもんさ」
「やめてくんない、そういう物言い。わざとらしいよ」
「……すまん」
「……どうやら、集中して気を紛らわすものが必要なんだそうな」
「ほう」
「ないけどね、そんなもん」

 あの時。

「じゃあ、な。お前、刑事にならないか?」
「は?」
「なかなか目端が利きそうに思ったんだがの」
「……悪い冗談だね」

 あの一言が始まりだった。


お前は生きているか
------------------

 まずは生き延びろ。
 生き延びる為に走れ。

 だが。
 自分が何の為に生きているか、その答えはまだ見えない。


時系列と舞台
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 2005年4月終わり。
解説
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 過労で退院後、『霧雨の風景』の前。過去の自分を思い出す相羽。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。



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