[KATARIBE 28786] [HA06N] 小説『魔ヶ刻』

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Date: Thu, 19 May 2005 22:52:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28786] [HA06N] 小説『魔ヶ刻』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月19日:22時52分04秒
Sub:[HA06N]小説『魔ヶ刻』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何となく時限爆弾的に。ちこちこと。

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小説『魔ヶ刻』
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  登場人物
  --------
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。毒舌家。


本文
----

 夜の中を、歩く。
 ただ、歩く。

 闇に手を伸ばす。
 闇に手が触れる。

 そんな、時間帯。

    **

「おーい魚」
 玄関の壁を手探りして灯をつけて、靴を揃えてから魚の居る部屋に向う。
 ぽちゃん、と、小さく跳ねる音。

「あ、元気だな」
 水槽の中、こちらに尾鰭を向ける格好で、青い魚が泳いでいる。とんとん、
と硝子を指で叩いたけれども、魚は全く知らん顔である。
「……あんたらしいね」
 無論……そんなもんなんだろうけど。
 何となく、そんな風に。

 耳かき一杯の餌をやると、魚はついっと水面にまで浮き上がり、つぷつぷと
餌を食べ出した。
 妙にそれが無心で、妙にそれが愛らしくて。
 
 土曜日に会って、今日は月曜日。
 昨日、今日と来てみて……多分、相羽さん家に帰ってないな。
 何となく空気が淀んだままの気がする。

「あんたの飼い主さん、また自滅路線を突っ走ってないか?」
 餌を食べる魚に尋ねてみる。
 無論答えは、無い。

 一週間で、刺された後の痛みは殆ど無くなった。
 跡は無論あるけれど、普通にしている限り、ほぼ忘れていられる程度に。
 ただ、確実に、亀裂だけが残っている。

 魚に餌をやっといて、と言われて、鍵をまた貰って。
 けれどもあれから、多分これだけ顔を合わせないってのは、かなり避けられ
てるんだろうな、と、これは流石に分かる。
 ……本当に、便利屋なんだろうね。
 実際、魚に餌をやる人、今居ないのだろうし。

「……いつまでだろうね」

 便利屋としての意味を無くせば、そこまで。
 それは何となく覚悟している。
 残念だ。この魚気に入ってるのに。ひらひら流れるように動くひれの動きも、
完全にこちらを無視してくれるとこも。

 ……いつまでだろうね、ほんとに。


       **

 冷蔵庫に和菓子の箱を入れて、メモだけ残して。
 魚の様子を最後にもう一度見て。
 出来るだけそっと扉を開く。

 無論千夏さんがそこに居るわけではないけど。
 
 一度玄関を出たところで彼女にぶつかりかけたことがある。彼女を見てから
そのことに気が付いて本宮さんにそう言ったのだけど(いや、相羽さんに言う
べきだったんだろうけど、なんせ会わなかったから)。

『気をつけて下さいね』
 
 何となくそれから、この家に入る時と出る時には、左右を確認してしまう。
 ……泥縄ってのはこういうのを言うのかもしれないけど。


 飛び石のような街灯の光を辿って。
 とんとん、と。
 
『まだ、何か危険がありますか?』
『多分大丈夫でしょうけれど』

 それでもやっぱり、夜に此処に来る。
 夜の中を歩けないほどに危険ではないだろうし、もしそうだとしても。

 (それはそれで構わないと思う)


 それでもやっぱり、どこかで緊張していたんだろう。後ろから響く足音に、
あたしはかなり過剰に反応した。つまり片足を歩道の縁石から踏み外し、転び
かけてしまったのだけど。

「お気をつけて」

 声をかけられて、振り返った。

「あ……あ、すいません」

 視線の先に居たのは、どうやら仕事帰りらしいおじさんだった。少し草臥れ
た背広と、やはり少し草臥れたネクタイ。

「かえって驚かせてしまいましたね」
「いえ、大丈夫です……」
「ここら辺暗いですからね。時々女の方とか、足音で驚かれるもので」
「……すみません」
「いやいや、最近物騒ですから無理はありません」

 言いながら歩くうちに、通りが広くなる。飛び石のような街灯が、頼りない
ながらも一本の道になる。

「お気をつけて」
「あ、有難うございます」
「それじゃ」

 一礼して、そのまま。
 おじさんの道は、どうやらあたしのそれとは逆らしい。

 もしかしたら、あのおじさん、一応こちらがこの道に出るまで気を使ってく
れたのかもしれない。
 ……んだけど。

 正直、別れた時には、少しほっとした。
 ほんっと染み付いてる。
 この前のこととか……何より独り暮らしが。

 もののけよりも人のほうがなんぼか怖い。たとえそれが声をかけてくる人で
あっても。たとえそれが一見害の無い人であっても。

 もののけより人のほうがよほど怖い。
 …………だから。

「大丈夫、うん」

 呟いてみる。
 大丈夫だ。だから。

 だから。


 夜の道を飛ばすトラック連の横を、昔泣きながら歩いた。轟々と飛ばすその
音に、泣き声も悲鳴も悪罵も全て飲み込まれたから。

 そして今夜も。


 ……いつまでだろうね。本当に。



時系列
------
 2005年5月中旬。古本市の次の月曜。

解説
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 言わば砂時計の中の砂粒の一つ。
 モノローグ的な真帆の風景です。

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 ちょっとだけ伏線じみて書いてみました。

てなとこで。
ではでは。


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