[KATARIBE 28758] [HA06N] 小説『霧雨の風景』其の七

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Fri, 13 May 2005 23:07:08 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28758] [HA06N] 小説『霧雨の風景』其の七
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200505131407.XAA11395@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28758

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28700/28758.html

2005年05月13日:23時07分07秒
Sub:[HA06N]小説『霧雨の風景』其の七:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@凹です。
霧雨話、これで最後です。

……ほんっとへろりました、ええ。
久志さんはじめ、多くの方に、IRCで愚痴聞いてもらって案貰って、本当にお世話になりました。
……で、この程度かよって……そうなんですけどっ(号泣)
と、とりあえず、最後の部分です。

******************************************
0-9
---

 その夜は何度となく目が覚めた。
 途切れる眠りの中で、あの魚の夢を見た。
 水槽の中、一匹でひらひらぱたぱた泳いでる魚。

 ……そういえば、世話、途中だった。

 結構悠々と泳ぐ魚の、青く透けるひれの具合。
 餌をやると、結構しっかり食べに来る様子。

 魚、飼ったこと無いから、最初はどうなることかと心配したけど、全く問題
無いまま、何度か餌やりを受け持って。

 周囲に同類が居れば攻撃するくせに、大きな水槽だと寂しがる……と聞いた。
 わがままな奴だなと思ったけど……とりあえずあの魚見てて、寂しがってる
様子は無かったよな。

 何度か、起きた。
 何度か、あの魚のことを思い出した。
 

 光魚。
 はつみ。
 水槽の中のあの魚。
 (名前がないんだもんな、あの魚)


 何度目かに起きて、窓のカーテンの隙間から外を見た。
 月はどこにも見えなかった。
 ただ、窓の近くの街灯の周りを、頼りなく何匹もの蛾が飛んでいるのだけが
見えた。

 
 ……今のあたしは、はつみのことを責められない。
 否。

 光魚。


 暫くカーテンの隙間から外を眺めていた。
 あの魚の流れは、予兆すら見えることが無かった。

 ……運が良かったのか、悪かったのか。


M-15
----

 退院の許可と一緒に、禁酒令が出た。


「え」
「貴方結構飲むでしょ?」
「……いや、結構とまでは……」
 誰だ告げ口したのは。
「ついでだから、しばらく呑むの止めときなさい。回復遅れるよ?」
「……はあ」

 脅しなんだか本当なんだか微妙な気がするけど。


 鞄の中の本は、文庫本の隅が切れてる状態くらいで、大したことはなかった
けど、鞄自体に穴があいてる。
 結構、大きな穴だな、と確認。
 義妹に持って来てもらった着替えやその他、色々を片付けながら、改めて。
 ……ああ、非日常だったんだな、と。
 無論、刺されるってのは非日常に決まってるんだけど、でも、GW内に収まっ
てしまって、あとは普通に仕事が残ってるし。


 ……千夏さん、どうなるだろう。
 あれから、どうしたんだろう。


「……あ」

 鞄の穴。とりあえず家まで荷物を運ぶのには問題ないかどうか、指を差し込
んで確認している、その手元に。
「あいた」
 これ……相羽さんとこの鍵だ。

 借りた合鍵に、家に転がっていたキーホルダーをつけた。以前友人が作って
くれた、青い樹脂粘土の魚のキーホルダー。
『いやそれ、携帯ストラップなんだけど』
『でもあたし、携帯持ってないんで……これじゃまずい?』
『いや、大丈夫だと思うけど……欠けたらごめんね?』
『それって、ごめんね言うのあたしのほーだわ』

 見直す。
 うん、欠けてない。

 テーブルの上の、あと2冊の本。
 その上に、キーホルダーごと鍵を載せる。

 
 ここに居て、数日。しょっちゅう来てた割に、一度も催促されず言われもし
なかったところを見ると、案外相羽さんもこの鍵のこと忘れているような気も
する。
 そう考えると。
 多分、返せば……丁度良いきっかけだろうな。

 
 千夏さんを見ていて……何というか『衆を頼んで攻撃』って感じがしなかっ
た。つまり彼女は彼女自身の決断で情報を集め、判断し、そしてあたしを刺す
ことに決めたんじゃないかな、と。
 そういう意味で、多分、相羽さんが今あたしを斬り捨てれば、彼女のような
人はもう出てくるまい。

 もしあたしが相羽さんなら、多分あたしには二度と会わないと思う。
 当たり前だ。危険だと頭で判っていても、心情として理解していない。故に
どのようにしたら再発を防げるか、そもそも判っていない。
 そういう奴は……迷惑以外の何物でもない。


 青い魚のキーホルダーを、外そうかどうか迷ったけれども、まあ……いいか
な、と。
 くれた友人も、怒らないだろうな、と。
 (少し甘えているのは確かもしれない)



 幾つかの手続きを済ませて、お礼を言って。
 偶然顔を合わせた女医さんに『お大事にね、無理しないでね、お酒禁止だよ』
と、何発か食らって(ってか、誰だほんとに、お酒禁止って言わせてるのは)。

 鞄を肩にかけて、返さないといけないものを手に持って。

 ……来ないのかな。
 
 昨日の今日で、千夏さんのこともあって、多分忙しいだろうし仕事は詰まっ
ているだろうとは予測してたけど。
 ……どうしよう。これ、県警まで持ってゆくってそれこそ仕事の邪魔だし。
 本宮さん呼び出すのも……なんだし。
 ……どうしよう。
 待合室には、来てないし。
 いざとなったら相羽さんとこの郵便受けに放り込むか、でもあそこも鍵を入
れるにはちょっと危険だしな、と。
 うろうろ考えながら、荷物を持ち直して、出口に向って。

「終わった?」
「っ」

 ……って脅かすなこらーーっ!

「……何」
「だから足音を立てずに近づくのを止めて下さいよっ」
「といっても、職業病だからねえ」
「職業病を病院で出さないで下さいっての!」

 ほんっとに気配無いんだもんなあ。


 取り合えず、病院の、自動ドアから出る。ここで騒ぐのは流石にモラルとし
て問題である。

「で、問題無いの?」
「……禁酒を、何だか嫌というほど言い付かりましたけど」
 いあ、笑うなそこで。

「あ、それで、これ」
 文庫本の上に鍵を置いて、両手で持って、差し出す。
「……有難うございました」

 頭を下げる。
 弾みで、文庫本の題名が見える。
『たったひとつの冴えたやり方』

 ……どれが冴えたやり方なんだか。
 
「ああ、わかった」
 ふっと、手から重みが抜けた。
 だから、頭を上げた。
 斬られるならば……真正面から受けるのが、礼儀だろう。
 息を吸って、吐く。数秒後の未来をやり過ごす為に。


「ああ、あのさ」
「……はい」
「魚に餌やっといて」

 …………はい?

「……今日から?」
「たのむわ」
「…………諒解」
「ああ、悪いね」

 二冊の本の上に載った鍵をつまみあげる。そしてそのまま、相羽さんはそれ
を、こちらの手の中に落としてよこした。

 ぽとん、と。
 鍵一つと、軽い樹脂粘土の魚一つ。

「じゃ、頼むわ」

 声だけが、聞こえて。
 
 そして鍵を握りなおしたところで、初めて。
 あたしは、自分が泣いていたことに気が付いた。



 予測した未来は、やはり霧雨の中に溶ける。
 その先にあるのは、断崖であるのか急な坂であるのか。
 でも、どちらにしても、落ちてゆくしかない。

 その程度の未来は予測され。
 けれどもはっきりとした未来ではなく。

 とりあえず、数日。
 予測可能な未来から、目を背ける余裕が。

 ある、と思ってよいのだろうか。


 預かった鍵を、上着のポケットに入れる。
 今度返す時には、このキーホルダーも外したほうが良いかもしれない。
 (多分、これは執行猶予に過ぎず)
 (多分、それもさまで遠くない未来に)


 全部予測している。
 全て覚悟はしている。

 それでも、未来と自分とを隔てる、この霧雨のようなノイズに。


 一時だけでも。

 …………安堵する。

 

時系列
------
 2005年5月の、第一週。

解説
----
 日常に覗く非日常。たかが一週間程度で、けれども人の関係や心情は更新さ
れ変化する場合があるもので。
 ほぼ、一週間の風景を、軽部真帆の視点から書いてみたものです。

*****************************************************:

 と、ゆーわけで。
 長々書いた話ですが、一応の区切りです。

 ではでは。



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28700/28758.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage