[KATARIBE 28741] [HA06N] 小説『結婚騒動 六章〜たった一言』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sat, 7 May 2005 18:07:25 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28741] [HA06N] 小説『結婚騒動 六章〜たった一言』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200505070907.SAA09149@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28741

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28700/28741.html

2005年05月07日:18時07分25秒
Sub:[HA06N]小説『結婚騒動 六章〜たった一言』:
From:久志


 久志です。
 ゆっきー決めろ!今決めなくていつ決める!

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『結婚騒動 六章〜たった一言』
==================================

登場キャラクター 
---------------- 
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さんで霊感のある軟派にーちゃん。 
     :今更自分の気持ちに気づいた鈍い奴。
 藤村美絵子(ふじむら・みえこ) 
     :幸久の元カノ。ちょっと気が強いけどいいお姉さん。 
     :微かに心を残しつつも、今日は結婚式当日。

幸久 〜海岸で
--------------

 にわかに信じられなかった。

「……美絵子」

 ずっと、期待してた、って?

 初めて会った、中学の冬期講習の時。
 隣の席、黒い髪を肩の上で揃えた、可愛いけどちょっと気の強そうなやつで。
講習初日、ぎゃあぎゃあうるさく騒いでいた男子連中に、すっくと立ち上がっ
て静かにしなさいの一喝で黙らせてたのを良く覚えてる。

 最初はきっつい女の隣だなあとか思ってたけど。
 俺らの学区からはちょっと外れた遠いとこから来てたせいか、見知った相手
もおらず、休憩時間に一人でちょっとさびしそうにため息をつく顔がなんとな
く気になってた。
 帰りに家まで送るとき、俺、かなり緊張してたんだよな。
 仲のいいクラスの女子でさえ、二人きりで歩いたことなんざなかったし。

 けど、そんな昔のこと……でも。

 美絵子の頬から涙が後から後から零れ落ちる。そっとぬぐった指先が、熱い。
考えてみたら、こいつが泣くのって、ほんとめったになかったよな。

『ね、ユキ』
『なんだよ』
『愛してるって、言ってみ?』
『はぁ?んな台詞言えるわけねえだろ』

 ああ、あれだ。
 大学の頃、ここで美絵子の奴に言われた台詞。
 あの時、泣いたんだよな、お前。

「美絵子……ごめん」

 莫迦だよな、俺。
 お前、期待しててくれたのに。

「……ごめん」

 あの時、一言いえなくて。お前のこと泣かせて。
 自分で自分のことよくわかってなくて、ただ自分に自信がなくて。
 でも、本当は……

「……本当、ごめん」

 他に言葉ねえのか、俺。
 もっと気の利いたこと言えよ。

「……ずっと、ねえ。不安だったんだよ」
「え?」
「いっつも、いつも、あたしが追っかけてて」
「…………」
「あたしが追いかけなくなったら、それっきりになっちゃうんのかなって」
「…………」
「……つかまえてなかったら、どっかいっちゃうんじゃないかって。ずっと」
「……ごめん」
「だから……ね、あの人がこなくて辛くて泣いてた時、ユキが逃げるぞって
言ってくれたとき……嬉しかったんだよ」
「……ごめん」

 俺は莫迦で。
 どうしようもないくらい莫迦で、いつも頼ってばっかりで、そのくせ鈍くて、
意地っ張りで、お前に何一つ返せてなくて。
 でも、俺にとってはお前はずっと特別で……

 それは。
 たぶん。

「美絵子」

 言いかけて止まる。

 だから、俺!素直になれよ!!
 今、言わなくてどうすんだよ!
 でも、とか、けど、とか。言い訳してんじゃねえよ!

 本当は……答えなんか、とっくの昔に出てるじゃねえか!

 なんで、一言。
 俺は言えなかったんだよ!

「……愛してるよ」


美絵子 〜さらさらと
--------------------

 まるで、魔法が解けるように。
 長い間、心の中でずっとわだかまっていたものが、さらりと崩れて溶けてい
くのがわかった。

「莫迦でしょ……」

 それでも、さあ。

「あんたさあ、ほんっと、あんたってさあ……」

 思わず握りこぶしでユキの胸を叩く。

「あんた莫迦でしょ!」

 莫迦なのはあたしのほうだよ。
 一生懸命さあ、理性とか理屈とかで自分言い聞かせて。言い訳とか打算とか
で自分塗り固めて鎧作って。

 単純だよね、たった一言なんだ。
 そんな、言い訳も打算も理屈もなにもかも……

 たった一言であっけなく崩れちゃうのね。

「莫迦だよ……」
「ご、ごめん」
「たった一言に……何年かかってんのよ!」

 たった一言、何年待ってたのよ、あたし。

 なのにさあ。
 さんざ待たされて、期待して裏切られて、それでもいつまでも心に残ってて。
 それでも、たった一言が……こんなに……嬉しいんだ。

「莫迦……」
「……ごめん」

 さっきからそればっかじゃないよ。

「ずっと……聞きたかったんだから……」
「……うん」
「あんた、本当に莫迦でええかっこいしいで鈍くて素直じゃなくて!」
「…………」
「……それでも、それでもあんたに言って欲しかったのよ!」
「美絵子……」

 あとからあとから涙が出てくる。
 でも、さっきまでの涙と違ってて。
 ただ、もう、胸が一杯で。

「あんたが恥ずかしかろうがみっともなかろうが知らないわよ!あたしは……
あたしは、それでも、聞きたかったんだから!」
「……ごめん」
「何百回でも何万回でも言ってよ!あたしは……それでいいんだから!」

 ああ、もうダメだ。

「莫迦……」

 胸に顔をうずめて。
 ただ、もう、涙が止まらなかった。


幸久 〜決めろよ、俺
--------------------

 抱きしめた腕の中。
 何度も謝りながら、髪を撫でて。

 たかが一言。
 されど一言。

 つうか、なんで、俺。たった一言でここまで紆余曲折してんだよ。
 たぶん、最初にあいつに聞かれたあの頃、そう思ってたはずだったのに。

「ごめん……」

 だからさあ、俺。マシな言葉いえって。

「……あのさ」

 こんな時にはさっぱり動かない頭を必死で回転させる。

「今までさ、ずっとお前が追いかけてくれてたよな」
「…………」
「今度は、さ。俺が、追いかけるから」
「……うん」
「俺から捕まえるからさ」
「……うん」
「今まで散々追いかけてもらって、頼らせてもらって、お前に甘えてきた分、
今度は俺が返すから」
「……うん」

 てか、俺。決めろよ。
 って、さあ、まともな言葉浮かんでこねえし。
 だから、ええと。

「あのさ」
「……うん」
「俺の馬鹿はかわんねーと思うけど、あの言葉だけはちゃんと言うから」

 いや、ええと、うん。
 言うから、絶対。

「何百回でも何万回でもお前が聞きたい時に言うから」
「…………」
「絶対、約束……するから」

 抱きしめた腕を緩める、まだ涙が止まらない頬を拭う。

「もう……お前の期待裏切らないから、がっかりさせないから」

 どう言う。
 ええと、その。

「だから……」

 腕をつかむ手に力がこもる。
 って俺、言えよ。そこで止まるんじゃねえよ。
 もう、恥も外聞もねえだろ。

「俺のとこ来て」

 微かに、美絵子の体が震えた。

「頼む」

 涙を浮かべたまま、こくん、小さく頷いた。

「愛してるよ」

 なんつーか、俺ほんっとうに馬鹿だ。
 たった一言で、なんでここまで迷走してたんだよ。

 本当、ごめん。


時系列と舞台
------------
 2005年3月26日
解説
----
 結婚式当日。逃亡先の海岸にて、
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上 



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28700/28741.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage