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Date: Sat, 7 May 2005 16:45:13 +0900 (JST)
From: 久志 <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28740] [HA06N] 小説『押入れのオバケ』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web: http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年05月07日:16時45分13秒
Sub:[HA06N]小説『押入れのオバケ』:
From:久志
久志です。
相羽先輩の事件簿です。
子供には優しいです、ええ。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説『押入れのオバケ』
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登場キャラクター
----------------
相羽尚吾(あいば・しょうご)
:吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。おネエちゃんマスター。
プロローグ
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押入れにはオバケがいる。
でも、怖くない。
目をつぶって布団をかぶっていればこわくない。
押入れにはオバケがいる。
本当は、ちょっとだけ怖いけど。
オバケはひとりでさみしいから。
僕は……
不自然
------
夜。
帰宅時間の騒々しさも、夕飯時の和やかな時間からもとうに過ぎて、ほぼ真
夜中といっていい時間帯。
住宅街の合間にぽつんとある小さな公園、申し訳程度の狭い砂場とブランコ
にベンチが二つ。以前はジャングルジムも置かれていたらしいが、あるのはそ
れらしい広さの開いた空間だけで、その痕跡はない。遊ぶ上での安全性を考え
てということで数年前に撤去され、新しい遊具もなく、かえって寂しいだけの
雰囲気になってしまっている。
ぽつぽつと淡い街灯が照らす中、ブランコが小さく揺れている。
ブランコをこいでいるのは幼稚園の年長か、あるいは小学校の低学年くらい
の小さな男の子。あきらかに不自然な時間帯、ただ一人無言でブランコを漕い
でいる。その顔は歳に似合わず、なんの表情もなく。虚ろな目がどこを見るで
もなく視線を彷徨わせている。
その時、背後から音もなく近づく影があった。
「どうしたのかな、こんな時間に」
不意に声を掛けられて、ちょっと驚いたように振り向いた。
振り向いた先には、三十代くらいの男。
一見優しい笑顔を浮かべているようにも見えるが、その雰囲気は隙がなく、
笑顔もどことなく作りものめいた不自然な印象を受ける。
そのまま、子供の目の前まで回りこんでくると、すとんと腰を落として目の
前にしゃがむ。
「お母さん、心配してないの?」
「…………」
「お家、帰らなくていいの?もう夜遅いよ」
子供は仏頂面のまま、小さく首を振る。
その言葉自体に悪意はないものの、この男の取り巻く空気が、どことなく子
供に不安をつのらせる。
子供の頑なな様子に、男が小さく息をつく。
「やれやれ、嫌われたねえ。でも本当、こんな遅くに出歩いてちゃ危ないよ」
少しだけ、男の表面を取り繕った雰囲気が緩んだ。
その気配を感じ取ったのか、少しだけ警戒を緩めた子供が小さく頷いた。
「怪しいもんじゃない……って言ってもたぶん信用ないかもしれないけどね、
おじさん一応お巡りさんだよ?」
嘘だあ、とでも言わんばかりに子供が眉をしかめる。
「そんな、疑いの目にならなくてもさあ、せつないねえ」
くっくっくと喉の奥からおかしそうに笑う姿は、さっきまでの布を着せたよ
うな作りものめいた雰囲気の抜けた、素の顔に見えた。
「俺、優しいお巡りさんだよ?」
「…………だって、怖そうだし」
「そらあ、悪党捕まえる仕事だしさあ。びびってたら仕事にならないよ?」
「…………」
「まあ、仕事柄しょうがないっちゃしょうがないんだけどさあ、嫌われるのは
ツライとこだね」
目の前で膝をついたまま、にやりと笑う。
「んじゃまあ、これあげる。お近づきのしるし」
「……え?」
ポケットから取り出したビニールに包まれた小さな袋。
「飴、嫌い?」
ふるふると首を振って、差し出された飴をひとつ手にとる。
「……ありがとう」
手の中の飴と男の顔を交互に見比べて、小さく口を開いた。
「……もひとつ、ちょうだい」
「いいよ」
もうひとつ、ポケットの中から出てきた飴を子供の手のひらにのせる。
「甘いの、好きなの?」
「……オバケの分」
「オバケ?」
ちょっと怪訝そうな顔をする男、だが子供はそれきり口をつぐんだ。
「ま、いいよ。とにかく夜は危ないから、気をつけて……ね?」
無言のまま、子供が小さく頷いた。
別所での会話
------------
「……どう、史?」
「あの区域で近しい年代の子供の戸籍を洗ってみました」
「いた?」
「……いえ、該当する子供はいませんね。先輩の方は?」
「とりあえず、あの周辺で結構目撃されてるね。それも大抵夜も遅い時間」
「話した感じは、どうでした?」
「……普通の子だよ、まったくの」
オバケの分
----------
ことん、と。飴を置く。
これはオバケの分。
「ただいま」
その問いかけに答えはなくて。
胸が痛くて。
声が出なくて。
苦しくて。
でも、お母さんはまだ帰ってこなくて。
でも、こわいひとには帰ってきて欲しくなくて。
でも、オバケと二人きりは怖くて。
でも、オバケは……
お巡りさんの仕事
----------------
夜中。
軋むような音をたてて、揺れるブランコ。
表情もなく、無言で漕ぐ子供。
「いよう」
顔をあげると目の前にいつぞやの男がいる。その顔は最初に会った時と違っ
て、にやにやとちょっと人を食ったような笑顔だが、その表情には悪意や作り
ものめいた雰囲気は感じられない。
「また、こんな時間にうろついてんの、危ないよ?」
「…………」
黙ったままの子供の目の前ですとんと膝をつく。
「こんな夜中に出歩いてたら、オバケがでるよ?」
オバケ、という単語に無言だった子供がかすかに反応した。
「オバケは……怖くない」
「そう?」
目の前にしゃがんだまま、じっと目を見つめる。
ぶつかる視線。先に口を開いたのは子供のほうだった。
「……どうして、話しかけるの?」
子供にとって、夜中にふらふらと出歩いている時に声をかけてきたのはこの
男だけではなかった。
もう外も暗いから。
親が心配するから。
夜は危ないから。
お家に帰りなさい。
何度となく言われてきた。
けど、この男は話しかけてきた他の大人とどこか違う。他とどこがどう違う
のかはうまく説明できないが、膝をついてじっと見つめてくる目は鋭い。
「そら、おまわりさんだからだよ」
「……なんで」
「お仕事だからね」
「これが?」
「そう、おまわりさんのお仕事ってやつはね。なにも悪い奴を捕まえることだ
けじゃあないよ」
「…………」
「お前さんみたいな市民を守ることもね、大事なお仕事なんだよ」
「……ぼくを?」
「そう」
ひょいと目の前に差し出される手、その指先につままれた小さな袋。
思わず出した手の平に転がる飴。
「もひとついるんだっけかね」
手のひらにもう一つ。
「これはオバケの分」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
狭まる輪
--------
「母親の方は?」
「ええ、勤務先のクラブを石垣さんと張っていたのですが、例の男と接触した
気配はありませんね、先輩は?」
「聞き込みの感じだと、あの子供が夜中に目撃されるようになった時期と例の
男があの住宅で一緒に暮らし始めてから二ヵ月後だね」
「……もう一人は?」
「……同時期だね、目撃情報が消えたのは」
もうひとつ
----------
ことん、と。飴を置く。
お母さんはまだ帰ってこない。
こわい人も……
守護者
------
鉄の鎖がこすれあって軋む音が小さく響く。
ふと、揺れていたブランコが止まる。
「いよう」
「…………」
「お家、帰らないの?」
三度目。
人を食ったような笑顔を浮かべたまま、すとんと子供の目の前にしゃがむ。
「…………」
目の前にしゃがみこんで、見つめる瞳。
口を結んだまま、黙り込んでる。
「飴いるかい?」
小さく首を振る。
「……どうした?」
その声は、わざと作った猫なで声でもなく、人をからかう風でもない。
「俺、お巡りさんだよ?」
「…………」
「前、言ったっしょ。お前さん守るのも俺のお仕事だって?」
ぎゅっと両手でブランコの鎖をつかむ。
「どうした?」
じわりと、子供の両目に溢れてくる……涙。
「言ってみ、どうした?」
喉が震える。
鎖を握り締めた手に汗がにじむ。
「……おまわりさん」
掠れるような声。
「……たすけて」
「わかった」
ゆっくりと差し出される手。
「おいで」
小さな手が差し出された手に重なる。
男の手は軽薄そうな物言いから想像する雰囲気に似合わず、ごつごつと硬い
大きな手だった。
「俺はお巡りさんだ、わかるね?」
「……うん」
「これだけは約束する。俺はお巡りさんとして絶対お前さんを守る」
「……うん」
「信じてくれる?」
「……はい」
こぼれた涙が頬を伝う。
大きな手が頬の涙を拭いた。
「お母さんと一緒に住んでるおじさんのこと、話してくれる?」
「……はい」
押入れには
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押入れにはオバケがいる。
小さくため息をつく。
「なるほど、ね」
連絡
----
『はい、本宮です』
「俺だよ」
『先輩、どうしました?』
「子供保護したよ」
『……はい』
「全身に火傷や打撲などの虐待の後がある、栄養状態もかなり悪いみたいだね。
早急に救急車一台手配して」
一瞬、電話の向こうで息を飲む音がする。
『わかりました』
「あとね
『……はい』
「和室の押入れにある衣装箱から白骨死体出たよ、骨の大きさからいって幼児、
軽く見て三ヶ月以上前。目撃情報の途絶えたもう一人の可能性が大きいね」
『……わかりました、すぐに鑑識とそちらへ向かいます』
電話を切る。
押入れの衣装箱の隣にはいつぞや渡した飴が二つきちんと並んでいる。
「オバケの分、か」
追憶
----
オバケがいる。
押入れにはオバケがいる。
目をつぶって布団をかぶっていればこわくない。
オバケはひとりでさみしいから。
お母さんはまだ帰ってこない。
こわいひとも帰ってこない。
淡々と
------
会議室、重苦しい空気の中で淡々と響く声。
「……押入れから発見された遺体は、在住する主婦の六歳になる次男であるこ
とが確認されました、また七歳の長男とも出生届は出されておらず、いままで
近隣でもほとんど目撃されていなかったそうです。目撃情報が報告されたのは
母親が内縁の夫と結婚してからすぐ、おそらくこの頃から二人に対する虐待が
日常的に行われていたと思われます。現在、母親及び内縁の夫を殺人死体遺棄
の容疑で逮捕連行、事情聴取中です」
静まり返った中、男の報告の声だけが続く。
白い部屋で
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微かに鼻をかすめる薬品の匂い。
病室の広いベッドにうずもれるように、子供が寝かされている。
傍に立った男の気配に気づいて、うっすら目を開ける。
「いよう、元気かい?」
「……おまわりさん……」
「オバケの分、もういらんよ」
手にひとつ飴をのせる。
「もう、押入れにオバケはいない」
「…………うん」
額をゆっくりと撫でる。
「だから」
そこで言葉を切った。
「もう我慢しなくていいんだよ」
「…………うん」
ぽつりと、涙が伝った。額を撫でていた手が涙を拭う。
「じゃね」
頬を拭った手が離れる。
そのまま出て行こうとする男の背中に、蚊の鳴くような声で語りかける。
「……おまわりさん」
「ん?」
「……ありがとう」
返答のかわりに小さく手を振って病室から消えた。
時系列
------
2005年4月中旬
解説
----
夜の公園で佇む子供、オバケの分をせがむ意味は。
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以上。
ちょっと暗い先輩の事件簿でした。
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