[KATARIBE 28721] [HA06N] 小説『霧雨の風景』其の三

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Date: Wed, 4 May 2005 22:54:48 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28721] [HA06N] 小説『霧雨の風景』其の三
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月04日:22時54分48秒
Sub:[HA06N]小説『霧雨の風景』其の三:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@勢いと非道と外道 です。
霧雨話、次で、今日は一応止めです。
……つか、続きがまだ全然<おいまてや
ちょと、長いですが、一気でいきます。

***************************************
0-4
---
 
 さらさらと、霧のような雨が降っていた。
 昼間は晴れていたのに、と、駅から出てきた時に思ったのを憶えている。
 だんだんと長くなるその夕刻に、淡く被さるような雨を憶えている。

 彼女の髪に、絡まるような細かい雨。
 さらさら、さらさら。

 暮れてゆく道の向こうに、走ってゆく姿。
 全てを煙らせるように。
 
 さらさら、さらさら。


M-6
---

 結局……何だか長々眠ってたらしい。
 刺されたのが、夕方、つか6時くらい、かな。
 起きたのが、翌日の昼過ぎ。
 余程睡眠不足だったのね、と、後で看護婦さんが笑ってたけど、当座は麻酔
の効きすぎか、と、多少心配されたらしい。
 
 睡眠不足には、多少憶えがあったから、まあそっちのほうだろう。


 しかしなんだ。
 警察官に友人が居ると、一人暮らしとしては便利かもしれない、と……まあ、
これはある程度こちらも頭がはっきりしてからの感想なのだが。

 有難いことに通報して下さった方が、財布の中の免許証を見つけて下さった
らしい。そして名前が判った途端、本宮さんも相羽さんも、あああれだあいつ
だと判ったらしく。
 片帆にまで連絡して下さったことを考えると、ほんっと御手間をかけてしまっ
たし……ついでに、一番的確な相手に連絡して下さったものだな、と。 

 運も良かったらしい。こちらも殆ど動かなかったのとナイフを抜こうとしな
かったのが結果としては良かったという。どうしてそんなこと思いました、と
訊かれたので、小説で読みました、と答えたら少し笑われた。
 ……ってか、そういう会話をしたのは憶えてるんだけど。

 いつのことだか。それとも夢だったのか。
 今一つ、憶えていない。
 

 
 何にせよ、起きたら見たことの無い部屋で。
 反射的に起きようとしたら……ええとかなり無理で。
 見たことは無いけど一体何だろう、そもそも何か明るいし……と思いながら、
半ば反射的に眼鏡を探して。
 眼鏡、眼鏡、と、呟きながら枕元を手探りしてたら。
 手の上に、ぽん、と眼鏡が乗った。

「……無事だよ、眼鏡」
「あ、良かった」

 ……いやそうじゃなくて。
 とりあえず、眼鏡をかける。ようやく視野がはっきりする。
 そして、声の主も。
 
「…………一応ね、犯人、目星つけたよ」

 淡々と、そう言う声が。
 どうしてか……痛くて。

 そして、一気に思い出す。
 彼女の、声。

『あの……軽部さんですか?』
『相羽さんのお友達の』
 
 つまり。
 相羽さんの……情報源のおネエちゃんってこと、かな、と。
 それくらいは見当が付く。

 ……だとしたら……

「ごめんっ」
 は?と、相羽さんが首を傾げる。
「いや……ええと生きてるし、自業自得だし、大丈夫だから!」
 多分、『自分が迷惑掛けた』と、この人なら思うだろう。
 そして思ったことを……何とか処理してしまうだろう。
 その時に多分この人の傷が、また増える。
  
 それに何より。
 多分、この人のやりそうなことって……あたしがその立場に立てばやるだろ
うことだから。

「いや本当に自業自得で」
「……まあ、俺の不徳のいたすところだから、さ」
 ああやっぱり。
「違うよ」
 それで片付けられたら、堪ったものではない。
「……相羽さん」
「……何?」
「友人がさ、苦労してるってわかってて、その友人の苦労が、ちょっとこちら
に来るくらい」
 そこで一旦声を切る。やっぱり刺された後が痛む。
「……普通だと、思わない?」
 妙に無表情のまま、相羽さんはこちらを見ている。

「……普通は、ね」
 ようやっと、重い口が開いてそれだけ言った。
「そんじゃ、問題なかろ?」
「そりゃさ、友人が山ほど苦労してたら、ちょっと背負ってやるくらいわけな
いよ」
「うん」
 だから。
「相羽さん、山ほど苦労してるじゃん」
「……けどさ、俺はちょっと洒落にならない苦労だからさ」
「いやだから」
 洒落になろうがなるまいが……こちらだってあれだけの毒は聞いてきている。
 それぐらいの覚悟無くて友人やってられるか。
「友人も、洒落にならない苦労を肩代わりするもんでしょ?」
 ただ、一点。ある仮定を……了承されるなら。
「……友人と、うぬぼれていいのなら、ね」

 友人と思うのか、否か。
 思わず……見据える。
 相羽さんは、少し息を吐いたように見えた。

「……その背負わせちゃった友人の立場でいうと、ちょっとツライね」
「反対だったら、あたしも辛いとおもう」
「……そりゃそうだ」
 肩をすくめて、そんな風に言う。

「じゃ……その時用に、あいこにしといて」

 譲れない、と思った。
 友人というなら。それを認めるというなら。
 仮にあたしに何かを背負わせたとしても、そしてそれが多少厄介であっても。

 背負わせた自分自身を許すのは、道理だ。
 あたしの友人、たとえ本人にでも、それ以上傷つけさせてたまるものか。

 
「……わかった」
 どれくらいか知らないが、睨んでいた目を、逸らして。
 ようやく相羽さんがそう言った。



M-7
---

 もう一人……非常に怖い顔をしてお見舞いに来てくれたのが本宮さんである。
 いやあの、日頃とっても穏やかな、何やっても溜息で済んでしまうような方
が、本気で怒るとこれは怖いものだな、と文字通り実感しまして。

「……申し訳ありませんでした」
「あーあの……ごめんなさいっ」
 って、双方で謝ってどうするんだ一体。

「…………何で真帆さんが謝るんですか」
 本宮さんの返事が、一拍遅れた。ほんの少し呆れたような……苦笑したよう
な顔で。
「いや、ご心配おかけしまして」
 てかこー……相羽さんより、相当心配かけたんじゃないかと思います。
「そうじゃなくて……」
 はあ、と、一つ息を吐く。それまでのどこか威圧するような……言わば『刑
事さん』の顔が、いつもの本宮さんのそれに戻ってゆく。

「……迷惑を、かけてしまいました」
 ああ……やっぱりこの人は、そういう人だなあ、と。
 改めて。

 一応、『相羽さんの友達』という認定をされているんだから……本宮さんに
は、かかわりが、それこそ無い筈なのに。
 自分のことのように。

 ……そして、ふと気がつく。
 この人は…………相羽さんに対して、怒っている、のだ。

「……あのねー、本宮さん、それ、迷惑違うから」
「ですが」
「もし、本宮さんが同じ目にあったら、それ迷惑って思う?」
 数瞬の間が、あった。
「僕が刺されたとしたら、それは僕の仕事上しょうがないことですし」
 鋭いような視線でこちらを見ながら、言葉を続ける。
「ですが、真帆さんは僕らの仕事とは関係ない市民です」
 骨太の……この人に似た、論理の上に。 
「僕らが守らなければいけない立場なのに!」

 ああ。
 この人は、だから刑事さんなんだな、と思った。
 誰かを守る、それが仕事であるから。

 だからこそ……今の段階では、相羽さんに責任が行く、この件に対して。
 相羽さんに対して、怒るのだ、な、と。

 でも、ね。

「確かに、小市民代表ですけど」
 一所懸命、言葉を紡ぐ。どうしても譲れないところがあるから。
「……相羽さんの友人だと、うぬぼれてますがね」
「…………」

 ……納得してくれてないな。

「それにね、小市民は、守られるだけじゃやってけません」
 この刑事さんにお世話になる、と。まあ選挙で選ぶわけじゃないけど。
 社会のシステムで選んでいるんだから、そういう意味ではこの刑事さん達は
あたしたちに選ばれているのだ。
「支持した人が怪我するなら、小市民も怪我するんです」
「…………」
「……友人に、守られっぱなしで、友人とはいえないでしょ、それに」

 本宮さんの表情は、頑として動かない。
 
「……でも」

 ああこの人の中にある芯は、しなやかに見えて……剛直だ。
 言葉の理では、この人は怒りを捨ててくれない。
 
 あたしは一つ息を吐く。

「あ、痛みますか」
「いえ…………」

 何だかね。
 相羽さんを知っているこの人には、嘘はつけない、から。 

「…………本宮さん」
「……はい」
「言いたいことは、わかる」
 多分……あの人は、相羽さんが手懐けて言いくるめて……そして捨てた女性
の一人なんだろうなと。
 だからこそ、本宮さんがこれだけ怒るんだろうなと。
 ……だけど。
「……でもそれ言ったら、あの人はあたしを切り捨てる」
 口から出してみて、確信する。
 もし、本宮さんが相羽さんを責めたら。

 相羽さんはあたしを切り捨てるだろう。
 ある意味……最高の善意でもって。

「…………あたしは、そのほうが辛いなあ」

 巻き込まれて足を引っ張る友人なら、あの人は要らないと言うだろう。
 そして、きっちり忘れてまた走るだろう。

「……ええ、たぶん、きっと。先輩は真帆さんのことを切り捨てますね」
「……でしょ」

 そのことを、本宮さんもまた知っている。
 
「…………友人にさー」
「はい…」
「もう、これ以上、切り捨てられたくないんだよね」
「…………」

 本宮さんの言葉は正しい。本当に、正しい。
 そして本当に……あたしを守ってくれる為に、怒っているのだ。

 だけど。

「……ごめんなさい。だから」

 だけどその好意、あたしは踏みにじります。
 謝るしか無い……のだけど。

 ……ああだめだ、花澄の言うとおり。
 あたしは、泣き虫だ。

「……許してください」

 一呼吸。何かを飲み込んで。
 本宮さんは、ふと、肩の力を抜いた。

「…………わかりました」

 ……ほっと、した。と同時に……気恥ずかしくなった。
 こういう時に泣くって絶対卑怯だよな。
 
 気がつくと、でもまだ本宮さんは、何やら言いたげにこちらを見ている。

「……?」
「いえ」

 一度首を振ると、本宮さんはいつもの穏やかな表情に戻った。

「でも、運が良かったようですね。その手の怪我にしては、早く治るだろうっ
てお医者さんが言ってましたよ」
「悪運は良いね、あたし」
 刺したおネエちゃんも……まあ、まさか無事に済むようにって刺したわけじゃ
あるまいけど。
「先輩が悪運強いですから」
「……うん」
「周りもお裾分けを貰うんじゃないでしょうか」
「……成程」

 えらい納得して頷くと、本宮さんは苦笑した。


M-8
---

 しかし、わかるようでわからない。。
 なんであたしが、刺されたんだろう。

 一番可能性があるのは、意趣返しってとこか。確かに相羽さん本人を狙うよ
りあたしを狙ったほうが……それこそとても簡単である。
 ただその……ダメージ自体は、相羽さんじゃなくって本宮さんのほうにいっ
ちゃってるあたりが、かなり問題だし、さてそのことあのおネエちゃん分かっ
てたのかな、とか思うんだけど。

 あと、まあ……一応、あれだ、自分の性別考えると。
 相羽さんの彼女と間違えられたってのは、あるだろうなと。
 ……ただ、あたしの名前を知ってるくらいだから、それなりに何かは調べた
結果だとは思うんだけど、それなら一体どういう勘違いなんだろう、と、思わ
ないではない。

 だいたい、憶えている限り、彼女美人だったし。
 スタイル良かったし。
 若かったし。
 そういう意味では相羽さん流石に目が肥えてるなー……
 …………じゃ、なくって。
 (何かこう……相羽さんのこと絶対言えないよ、己)

 でもね。
 あれだけ揃ってたら、相羽さんの一人や二人自分で振り向かせるわよ、くら
いの気概は絶対あると思うんだけど。
 (そんで相羽さんに負けそうな気は、ものすごくするけど)

 ……まあ確かに、女性として相当に劣った人間が彼女やってる、だから腹が
立つてのは……なんつか、あたしが劣っている分、あり得るとは思う。
 でもそういう場合はあれだ、まず面と向かって『このオバサン』くらい言っ
てから行動に移って欲しいよなあ。

 てか。

『……あんたなんかっ』

 泣きそうな、声だったのを憶えている。
 あなた、あたしより遥かに女性として優位に立ってるでしょ。
 そんな泣きそうな声を出さないでよ。


 あたしを相羽さんの弱みと勘違い(そう、勘違いだ!)したってなら、刺す
という行為は理解できる。
 だけど、あの声は、理解できない。

 てか百歩譲ろう。所謂男女関係みたいなのが、あたしと相羽さんの間にある、
と、彼女が誤解したとして。
 ……あたしが聞く限り、相羽さんについては、そんなん普通だったんじゃな
いか、と(友人に対してある意味見も蓋も無い評価である)。
 女好きは昔から、と、豪語なさってましたし。そゆ意味で……なんつかな、
そういう女ったらし的な面を下手に隠すようには見えないし。
 つまり一人の女性に関わってべったりする人じゃないってそりゃもう周知の
事実であったろうし。
 そんで、その中で、相羽さんを独占したい、と思う心理は、まあわからんで
もない。
 でもね、そしたら……あたしみたいなのは、一杯の女性の中の一人でしかな
く、それも相当位置的に低くなるわけだし。
 刺すとするなら、もっと誰か他に居たんじゃないかなあ。

 片帆の言葉を信用すれば、彼女はあたしの後をつけてたらしい。
 そしたら判る筈である。
 やってることって言ったら、魚の餌やりとご飯作りと偶に片付け。
 家政婦と大して変わらないんですけどね。


 一体あたしを狙う理由が、どこにあるだろう。
 ……弱みと、やっぱり見られたの、かなあ。
 それも間違いなんだけどなあ……。


 ……結論。女性ってよくわかんない。


0-5
---

 うつらうつらと考えている。
 うつらうつらと目を閉じる。


 うつらうつらと眠る。
 眠り、また少しさめる。

 病室の空気は、どこか肌に冷たい。
 ……もしかしたら少々、熱が出てたからかもしれない。
 
 さらさら、さらさら。
 あの時降っていた霧雨のような。
 ……それともあの雨は、夢の中で降っていたのだっけか。


 記憶の幾つかは、少し夢と混ざっている。
 だから……それもまた、夢だったかもしれないのだけど。



「ああ、俺それでも……滑り落ちていくんだね」

 静かな、声だった。
 辛いとか、悲しいとか、さみしいとか、と。
 指を折るように。

「そういうの、とどかないんだよ」

 かなしくないことのかなしさ。
 辛くないことのつらさ。
 枕元の影。

「……大丈夫」

 返事は……無い。

「大丈夫、だから」

 だから繰り返す。
 大丈夫だから。あんたがそれをいたむことはないから。

「多分ね、積み重なったら、俺立てない」

 だから、積み重ねないのだ、と…………

「あのね」
 それでも多分、それは全て歪みとなり、傷となる。
 だから。

「積み重なって立てなくなったら、あたしがそれ払ってやる」
「…………」
「大丈夫」
「……どうだろう」

 ひどく静かに、応えがある。
 
「だって、今まで、あたし、大丈夫だったもの」

 積み重なり、その幾つかは腐って発酵しているようなもんだけど。
 それでもあたしは、生きているし。
 生きていたいと、やはり……咄嗟に願うのだし。

「……前歴あるから」
「……重い言葉だね」

 ようやっと……声のどこかが和らいだ気がした。

「信用できなくって結構」

 手を、伸ばす。
 
「大丈夫なのは事実」

 伸ばした手が、腕に届く。
 ……大丈夫、あんたはここに居るじゃないか。

「…………大丈夫」
「…………そう」

 言いたかった。
 積み重ならなくて、いいから、と。
 そんなことを辛いと思わなくていいから、と。

 降り積もるなら、払ってやるから。出来ることなら何でもするから。

 あたしの大事な大事な友人のあんた自身を、それ以上苛めないでやってくれ
 ……と。
 
 さて、口から出たのか、出なかったのか。


 ……そこら辺はどうも、ぼんやりしている。

*****************************************

 てなもんです。
 ではでは。



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