[KATARIBE 28718] [HA06N] 小説『霧雨の風景』其の一

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Date: Wed, 4 May 2005 15:03:13 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28718] [HA06N] 小説『霧雨の風景』其の一
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月04日:15時03分12秒
Sub:[HA06N]小説『霧雨の風景』其の一:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
前からもそもそゆーてました話です。
長くなると思います。
GW中に終わるかどーか、無理なほーに己は賭けます。ええ。<おい

取り合えず、今のところ二つに分けて流します。

**********************************
小説『霧雨の風景』
=================
登場人物
--------
   軽部真帆(かるべ・まほ)
    :自称小市民代表。毒舌家で多少の異能あり。
   軽部片帆(かるべ・かたほ)
    :真帆の妹。毒舌大学生。ジャニスガレージのアルバイター。
   相羽尚吾(あいば・しょうご)
    :吹利県警巡査。ヘンな先輩。またの名をおネエちゃんマスター 
   桜木達大(さくらぎ・たつひろ)
    :底の知れないシステム管理者。最近すっかり若旦那扱い。

本文
----

0-1
---

 陳腐な言い草だけど、未来は誰にもわからない。
 ほんとうに小さな恨み。ほんとうにちょっとした勘違い。
 そんなもののせいで、昨日までの平穏が一気に崩れることだって珍しくない。
 
 偶にその未来が、透けて見えることがある。無論それだってどう転ぶか判ら
ないシロモノだけど。
 だけど、見たくない。
 
 崩れてしまう未来ならば見たくない。
 けれどもどこかでそれを予期している。

 霧雨に煙る風景の向こうに、けれども影だけは見えているように。

 その影が山なのか、それとも大きな木なのか。
 それは……まだわからない。



C-1
---

『ちなつ。知ってる?』
 
 最初は噂話。

『相羽さんとこに……女が居るって』

 何かの冗談だと思った。でも。

『それが何か……眼鏡かけて化粧もろくにしてない女だって』

 意表を突かれた。

 だから。
 だからかえって。



M-1
---

「姉さん、最近誰かから怨み買ってない?」
「はい?」

 四月の半ば。休みの日に。
 アイスティのグラスの向こうで、片帆がそう言った。

 友人を大切にするのはえらいけど、やっぱり妹も大切にしないと駄目だよ、
敵にまわしたら怖いからね、と、脅しなんだか泣き落としなんだか微妙な電話
で、一日付き合うことを約束させられたのだけど。
 まあ、この子の趣味とあたしのそれと、相当重なるから問題は無い。

 しかし。

「気のせいかもしれないけど……朝から同じワンピースの人が付いてきてるん
だわ」
「……偶然じゃない?」
「偶然であたしらと同じコース通るのかな」

 ……まあ、古本屋と書店数件をはしごするってのは、あまり一般的な休日の
過ごし方ではないかもしれないけど。

「ってその人、今、この店に居る?」
「居ない。ここに入ろうとした時について来るっぽかったから、思わず顔見た
ら、向こういっちゃった」
「……あんたそれ、睨んで追っ払ったって言わない?」
 全体にこの妹は、表情がきつい。黙って見てるだけで『片帆ちゃん睨むから
怖いもんっ』と言われたこともあるそうだけど……何か判る気がする。
「でもさ、姉さん」
「何?」
「見たことの無い女の子に睨まれた位で、初志貫徹出来ないならしなくていいっ
て思わない?」
 こーいーつーわ……。
「それに……あの人、本を追いかける人に見えないんだよね」
「へ?」
「本見るくらいなら、服のバーゲンに行きそうな人」
「…………片帆それ、多少偏見入りすぎ」
「そうかな」
 うん、最近知ったSFの読み手は……多分片帆にも、そうとは判らないんじゃ
ないかな。
 周りのおネエちゃん達には無論のこと。
 ……と言ったら、どれだけ噛みつかれるか予想できるので、言わないけど。

「何にせよ、ね」

 アイスティを飲み終って、妹は少し顔をしかめる。

「あんまりいい感じしなかったんだよね」

 ……と言われても。

「人に恨みを買うようなことは、してない積りだけどなあ」
 借金無し。大金取得したことも無し。事故にも巻き込まれてないし病気にも
なってないし。
 まして絶版本よりワンピースに興味のあるような女性に怨まれることはして
ないぞ、多分。
「……なら、いいけど」

 暫く妹は黙ってから、不意に口を開いた。

「そういえば姉さん、友人が居るんでしょ、刑事さんに」
「……あーうん」

 ……妙に厭味な発音するよなあ、と、こちらは珈琲を一口含んだところで。

「その人は?」
「……はい?」
 あの人から恨みを買うようなことは、してない筈だけどなあ……あ、身欠き
ニシンの煮物に小骨が多かったって言われたけど、それで恨まれるわけもない
し(ニシンは小骨が多いのだ、と、説明してなかったのは悪かったが)。
「……姉さん今、何かすごく莫迦なこと考えなかった?」
 だから人の表情を読むのはやめなさいっての。
「普通程度に莫迦かもしれないけど?」
「だから、その刑事が姉さん恨むんじゃなくって。その刑事に恨み持ってる人
が、姉さんに意趣返しする可能性って無い?」
「…………はて」
 そればっかりは判断が付かない。こちらに意趣返しして、それが意趣返しと
して成り立つかどうかってのは、あたしが決めることじゃないし。
 そして確かに。
 護民官である、と。
 そう……自覚している人だし、なあ。

「多分ご家族とかのほうが可能性高いとは思うけどさ」
 考え込んでいる先で、片帆はずけずけと言葉を紡ぐ。
「比較的意趣返しし易いと思うから。姉さんだと」
「…………まーね」

 薬とヤクザ。
 検挙しても検挙しても、次から次へと出てくるってのが、この二つらしく。
 故に……検挙しても取りこぼしがどうしたって出てくる、らしいのだが。
 
 多少聞く限りに於いては、相羽さんの捜査方法ってのは相当に悪辣であこぎ
で、それでいて目的だけはきっちり完遂するらしいから、確かに相当怨まれる
だろうなと思う。
 そして、家族は居ないというから、次善の策で友人に意趣返ししてきても、
まあおかしくはない。

 ……でもなあ、そういう理由でヤクザさんなんかが意趣返ししてたら、警官
のご家族はみんなとっても危険ってことになるし、それだと警察自体がもっと
猛然と相手を追い詰めるんじゃないかな……なんて思うんだけど。

「マルティン・ベックのシリーズでも、そんなことは起こってないけどね」
「87分署シリーズでは起こってたじゃない」

 ……ま、どちらも小説の話ですしな。
 それも、既に20年くらいは前の。

「……まあ、姉さんに本読みながら歩くの止めなさい、とは言わないけど」
 全く同じ癖を持つ妹は、ぶすっとして言う。
「気をつけてよ?」
「……つか、そんなに厭な感じがしたの?」

 冷静冷徹。この妹が……よくも悪しくもそこまで小説的な発想をするほどに。

「……目つきがね」
 少し考え込んで、片帆が言う。
「…………何だか、気になったの」

 そんな会話を、したのだっけか。



C-2
---

『本当よ。本当に見たのよ』
『毎日、ずっと』

 それでも嘘だと思ってた。
 手は早いし女ったらしだけど、本当に誰かに惚れる人じゃないって思ったか
ら。

 ……でも。

『あいつよ』

 指差されたその先に居たのは、本当に目立たない地味な女性で。
 唯一、長い髪を三つ編みにして、くるくるまとめて止めているのが目立つく
らいで。
 黒っぽい服と、眼鏡。大きなカバン。
 片手に本。

 あたし達みたいな生活を、したことが無いんだろうなと思った。

 だから。

 ……だからこそ。


M-2
---

 今から考えると、折悪しく、になると思うし……まあ、考えてみれば成程な、
ということなんだけど。
 片帆の言葉を相談するには、相羽さんも本宮さんも忙しすぎたし。
 ……あたしもすっからこんと忘れてたってのが、一つあるんだけど。

 本宮さんの入籍。
 そしてそれに伴って、仕事が山積みになってたらしいこと。
 そのせいでか相羽さんが過労で倒れて、2日ほど病院の厄介になって。

『すみません、真帆さん』
「あ、本宮さん?」
『申し訳無いんですが……先輩から、伝言で』
「あ、魚?」
『はい』
「わかった。面倒みとく」
『すみません』
 どうせ倒れる前から頼まれてたことだしね。
 あとは……多分冷蔵庫の中も見ておいたほうが良いな。

 行き慣れた道を辿って。
 鍵を開けて。
 魚に餌をやってから、台所に行って冷蔵庫の中を見る。
 ひじきの煮物と蓮根のきんぴらが残っている。冷凍するほど量は無いことを
確認。
 これはもうもって帰ったほうがよさそうだな。
 あとは適当に片付けて、生ごみをまとめてお持ち帰りにして。
 最後にもう一度、魚を見に行く。
 魚はやっぱりひらひらと泳いでいる。
 淡い照明のなかで、ふと。
 その魚は宙を泳ぐようにも思えて。

 なるなら一匹の闘魚になる。
 そう、言ってたけど。
 ……の割に、きちんと目を配って面倒を見る人がちゃんと居て、その上でひ
らひら泳いでるんだよなーとか。
「そう考えるとあんたの飼い主さんはずるいよな」
 硝子をとんとん、と、叩いてみる。
 魚は何の反応も見せない。
 ずるい、よなあ。
 誰かのものになってしまったら、さびしくなる。
 そう思える友人が居て。
 ……それでも今も、傍らに居るんだから。


「……いいかな」
 人様んちだから、帰る時にはやはり気を使う。ガスの元栓閉じて、窓の鍵を
一応目で確認して、魚が跳ねてる気配を耳で確認して……そして玄関で靴を履
いて。
 扉をひら……こうとして。

「きゃっ」
「あ、あ、すみません」
 丁度前を通りかかった女性に、扉をぶつけかけた。
「申し訳ありません」
「いえ……」

 何度か首を振って、女性はそこを通り過ぎてゆく。長い髪の毛がそのまま流
れているんで、顔は良く見えなかったけれども。
 後姿を見る。すらりと細くて足が長くて、ミニスカートとピンヒールが良く
似合ってる。歩き方慣れてるし、綺麗だし。
 多分、美人だろーな。
 ……などと思ってからちと反省。想像が俗物方向に転がり落ちてる。
「いかんいかん」
 性別等の諸条件を考えると、絶対相羽さんのことを悪くいえない。
 扉をぶつけ損ねた時に、蹴飛ばしてしまった相羽さんの靴を、揃えて。
 最後に鍵をかけて、確認終了して。


 そして……その時は、それっきり。


C-3
---

 あのひとの同僚か、後輩か。
 どちらにしろ男なら、わかると思った。


 黒っぽい上着、黒っぽい長いスカート。
 踵の低い、黒い靴。
 扉の前から、鍵を用意して、ごく慣れた動きで扉をあけて。
 
 外から見て判った。部屋の中は彼女が来るまで真っ暗だった。
 彼女が居た時間は、決して長くはなかった。
 
 扉の外から、耳を澄ませていると、彼女のぷつぷつという声が聞こえた。
 何かを確認するように。
 扉のところでぶつかりかけたのは失敗だったけど、彼女は少しも気がついた
ようでなかった。
 ……気がつく必要さえ、無い、人。

 ひょい、と、身をかがめて何かを揃える。
 多分、あの人の靴を。

 そして、扉に鍵をかけながら、やっぱり何かを呟いている。
 鍵かけ終了。よし。
 そんな風に呟いて、カバンに鍵をおとしこんで。

 そのまま歩いてゆく。
 三つ編みをまとめて、そこに今日はかんざしを差し込んでいる。それだけが
飾りと言えば飾り。

 
 窓を、見る。
 鍵をかける仕草からもわかる。

 あのひとは、うちに、居ない。


 ホームヘルパーじゃないの、とまで言う子が居た。
 その気持ちがわかる気がした。
 とにかく平々凡々。何一つ目を惹かない筈のその女は、鞄から本を引っ張り
出して、読みながら歩いてゆく。

 
 あのひとのいない あのひとのうちへ
 良心にこれっぱかりの咎めも無く入る女。


 入ることを許されている女。
 
 
0-2
---

 さらさらと。
 まるで霧の中に居るような感覚。

 さらさらと。
 夢の中の空は、妙に明るい。
 雨の形を取って地上に落ちるほどの重さも無い水滴が、周囲を取り巻いてい
る。

 さらさらと。
 その水の中に、手を伸ばしてみる。
 未来も見えず、過去も見えず。
 見えないことの恐怖。
 見えないことの安堵。

 掴まるものは無い、と、夢の中でも知っている。
 一度頼れば、どこまでも頼って相手を潰すかもしれない。
 そういう自分の中の危うさも、自分で多少なりと知っている。

 どちらにしろ一番厳しいところは、自分で乗り切るしかない。
 一番厳しい状況ってのは……自分から出てくるものだから。
 
 予期する未来。予想のつく明日。
(姉さんの大莫迦者っ!)
 夢の中で、片帆がそんな風に怒鳴る。
 どこかで夢だからと確信しつつ、だから可笑しくて。

 先が見えないことへの恐怖。
 先が見えないことへの安堵。
 
 夢も現実も、時にどうしてここまで似てるんだろう。
 

***********************************
 
 というとこで、続きます。
 


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