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Date: Wed, 4 May 2005 01:17:44 +0900 (JST)
From: 久志 <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28714] [HA06N] 小説『地上を見上げて』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200505031617.BAA24637@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28714
Web: http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年05月04日:01時17分44秒
Sub:[HA06N]小説『地上を見上げて』:
From:久志
久志です。
ながらく間があいてしまいましたが、『地上の星、眼下の闇』の
先輩サイドのバージョンを書いてみました。
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小説『地上を見上げて』
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登場キャラクター
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相羽尚吾(あいば・しょうご)
:吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ものごとに動じない。
軽部真帆(かるべ・まほ)
:自称小市民の毒舌家。多少の異能有り。奇妙な友人多し。
一応驚いている
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体がぐらりと揺れる、宙をぐるりと回るような奇妙な浮遊感。
次の瞬間、地上が遠ざかっていくのが見えた。
さっきまで立っていた公園が遥か下に小さく見える。
航空図とか風景とかで見たような街の夜景。
足を踏みしめる。
眼下に広がっているのは、ぽっかりと広がる真っ暗な闇。
所々かすかに星が小さく光っているのは見えるが、頭上に広がる地上の光に
すっかりかき消されて、何も無い闇の上に立っているような錯覚を受ける。
妙なもんだね。
「こうやって飲む酒が、あたしは一番好きなんですよ」
「……なるほどね」
頭上には、光をばらまいたように広がる地上の街並み。
眼下には、所々かすかに星が光る底の知れない暗闇。
確かに、この光景を見ながらならば、酒は美味かろうね。
まあ、飲めない俺が言うのもなんだけど。
頭上の街を眺めながら、知らず見知った箇所を心のどこかが捜している。
それが情報集めのいつものお店だったり、摘発でつぶした店があったとこ
だったり、と。思わず、浮かんだ苦笑をかみ殺す。
しみついてんね、俺。
この光景を見ていてさえ、美しいと思う余裕すらないわけか。
ホント、突っ走ったまま、止まれないんだね。
ただ、それでも。
気休めや思い上がりだろうと、俺がひた走っていることがこの光景を保つ為
にほんの少しでも役に立っているのなら、悪くはない。
心に響かない、届かない。
いや、そう言いつつも自分自身感動的な話は好きだし、映画や小説で泣いた
ことは何度となくある。
けど、それが現実として目の前にあるとき、まるで何か薄い膜をはさんだよ
うに、自分の奥底まで届かせない。
それが何故か。
「……別段ね、俺冷血だけど全く血も涙もないわけじゃあないよ」
母親が死んだとき。
親父が死んだとき。
俺に惚れていたおネエちゃんをさんざ利用して裏切った時。
守れるはずだった被害者を死なせてしまった時。
一人きりで、誰もいない部屋でたたずんでいた時。
我慢できない辛さではないけれど、生きていることが耐えられないほどの辛
さではなかったり。
どうしようもない悲しさはあっても、そのまま立ち上がれなくなってしまう
悲しさではなかったり。
いや、そうでもないかもしれない。
辛さや悲しみをそのまま受け止めたら、自分がそれきりになってしまうから、
それ以上を自分でも知らぬうちに封じ込めてしまっているのだろうか。
いずれにしろ、届かない。
するりと、すり抜けて。
ずっと、そうやってきた。
たぶん、これからも。
落下感
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水槽から漏れるかすかな青い光。
淡い照明に照らされて泳ぐ一匹の魚。
ひらひらと長い尾ひれを揺らして漂う魚を指先でたどる。
微かな灯。
こいつがいることで増える、灯。
小さく息をつく。
なんだってまあ、親父の話なぞしたもんかね。
あの時、タバコを買いに出てたんだっけ。
すぐそこだから、と。けぶるような霧雨の中、傘もささずに家を出て行った。
それから?
軽い、でも、腹のそこに響くような音。
それから……?
一瞬、目の前が真っ暗になる。
「……っ」
激しい眩暈と、落下感。
全身から血が抜けて、地面にひきずりこまれるような……心臓を踏みつけら
れるような重苦しさに息が詰まる。思わず片膝をついて、眉間を押さえた。
片手でこめかみを押さえたまま、小さくつぶやく。
『立ち止まるな』
細く長く深く、腹のそこから息を吐き出す。
ゆっくりと息を吸い込み、もう一度吐き出す。
ひとつ、ふたつ、ゆっくりと心の中で数を数えながら、ようやっと目の前の
闇が晴れてきた。ゆっくりと手をついて足元を確認するように立ち上がる。
やれやれ、久々にきたね、こりゃ。
ここしばらく、平気だったはずなんだけどねえ。
妙なもんだね。
なんだか、最近自分のことを話しすぎてる。
気が楽だから?
心に掛けなくてすむから?
なんでだろね。
もう一度、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
水槽を照らす淡い光。
視線を巡らせると、サイドテーブルに置かれたままの文庫本。
パールバック著、大地。昔、父親に読めと言われ、何度となく手にとって、
やっぱりそれきり読むこともなく放ったままで置かれている。
もう、さっきの落下感は感じない。
「油断、だね」
考えないように、すり抜けるように。
目をそむけてるだけだということは、理解はしている。
それでも、走り続けている限り、立ち止まって振り向くことはもう出来ない。
時系列と舞台
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2005年3月下旬
解説
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小説『地上の星、眼下の闇』の先輩サイドの後日談。
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以上
……先輩、パニック障害なんですか?(汗)
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