[KATARIBE 28703] [HA06N] 小説『代償』

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Date: Sat, 30 Apr 2005 22:27:51 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28703] [HA06N] 小説『代償』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月30日:22時27分50秒
Sub:[HA06N]小説『代償』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
連続した風景を書いています。
一応、『馬耳東風』直後の風景を、真帆のほうから。

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小説『代償』
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 登場人物
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   軽部真帆(かるべ・まほ)
    :自称一般市民。多少の異能有り。少々性格的に難儀者。
   相羽尚吾(あいば・しょうご)
    :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。


本文
----

 自分の行為ってのは、やっぱり何年も後を引く。
 五年。
 ……妹の傷すら、多分まだ治ってない。
 
 二度とあんなことは、しないと決めた。
 だから。

      **
 
 相羽さんの家の合鍵は、結局手元にずっとある。
 魚の面倒を一週間見た時に、借りて。それ以降、返そうとする前にご飯を作
る約束をしてしまって……結局そのまま何となく鍵は手元にあるままである。
『だってお前さん、ここで盗むものないでしょ』
 そう言われて少々考えた。無論お金やら貴重品などを盗むほどに、自分も友
人を裏切る気は無いし、そもそもそこまで自分を落とすことも無いけれど。
『絶版になったSF本だけは、誘惑される』
 ……さんざ笑った挙句、『適当に読みたければ読んで』と言ったあたり、相
羽さんも……そこらはかなり同感なのかな、とか。
 

 ジャニスガレージからの電話を受けてから、筍の煮物を器に移す。
 父の実家からやたらと送ってきた筍があるとかで、兄弟全員に筍の水煮が一
本ずつ送られてきた。悪くならないうちにさっさと食べてね、ってことだった
んで、丁度良かったと言えば言える。
 あとは、鰹のたたきとお吸い物と。

 自分の為には、こんなきちんとした料理は作らない。でもやっぱり、料理す
るのは楽しい。
 結局気晴らしも含めて、ここに来てご飯作ってるのかもしれない。

 
 相羽さんは、考えていたより少し遅く帰ってきた。


「何か面白いCDあった?」
「二枚買ってきた」
「へえ」
 
 ご飯をよそって、皿を並べて。
 こちらはグラスに二杯目の冷酒を注いで、筍を取った時に。

「俺、利用してる?」
「…………はあ?」
 唐突に何のことだか。
「……って、何を?」
「いや、姉を利用するかとか言われたんだけどね」

 はい?

 て、いやその、姉って言うなら発言者は弟か妹だけど……っていや、弟の筈
が無いから。

「…………片帆が?」
「うん」
 箸で鰹をつまみつつ、相羽さんはあっさりと言ってくれる。
 ……が。
「…………あいた……」

 一応、ジャニスガレージでバイトをしているらしいことは、妹から聞いた。
 ってことは……

「……ごめんっ」
 グラスをテーブルに置いて、テーブルに手をつく。
「妹が失礼なこと言って、ごめんなさいっ」

 電話での会話を考えると、大概あの子が言いそうなことが判る。
 でも、そんなことを働いている場所でお客さんに言う子とは思わなかった。
 ……それが、何だか辛い。

「……いや、いいんだけどね」
 本当に、なんでもなげに相羽さんは言う。
「利用してるつもりはないからさあ」
「あたしもそれは、無い」
 電話の会話を思い出す。少なくとも。
「ってか、そんなこと妹に言ったことはない」
「だろうね」
 やっぱりあっさりと返事がくる。
 少し、ほっとする。
 信用されなかったら……ちょっとやっぱり、つらいとこだった。 

「妹さん、さあ」
 グラスを手に持った時に、声がかかる。
「……うん」
「結構、姉さん子?」

 …………てか、知ってるけど。
 この人はどうして、痛いとこ突くかなあ。

「まあ、これだけ年離れてるから……ってのはあるけど……」
 グラスを手の中で揺する。
 それが原因じゃないってことは、自分でも判っている。
「……あの子が、こうなる理由は、あたしにあるから」
「ふうん」
「……ごめんなさい」
「いや、気にしてない」

 冷酒を、口に含む。
 何だか……きついな。


「聞いて不快でないなら、ね」
「……え?」
 グラスから目を上げると、相羽さんがこちらを見ていた。
「理由、あんの?」

 グラスを空にして、また酒を注ぐ。
 素面で話せる話では……まだ、ない。


「…………あの子、見てるから」
「なにを?」
「五年前」

 一度話したことがある。
 五年前の……出来事。未だに膿んで残っている部分のことを。
 ……何でまた話したかなそんなこと、と、思わないではないけれども。
 でも、今は……話しやすいのも事実だ。


「……あの時に、さ。全部話がぽしゃって……あたしが生き延びることが、あ
る意味外部から許されて」

 直訴、したのだ。あたしは。
 恩義やら義理やらてんこもりなんだからね、と、両親が言う、そのてんこも
りにした相手に。これは越えられません、これは無理です、と。
 何でそういわなかったの、と、怒られた。
 だから、私が死ねばいいと思いました、と答えた。
 ……そしたら案外相手は、あっさりと話を引き上げてくれたのだ。

 脅迫よ、と、後で母が言った。
 でも本当に脅迫だったら、多分相手は動かなかったと思う。
 

 手の中のグラスを、揺すって。
 また口に含む。
 ……酔わなくては、話せない。

「でも、それがはっきりした時に、母が……本当に、怒ってね」

 あれは、夕食が終わった後だったと思う。母宛に電話がかかってきたのだ。
 それを受けた母が、暫くして、あたしを部屋に呼んだんだっけ。

「どうしてお前は生きている、どうして死なないって」

 死のうとしたのでしょ、死ぬ覚悟があったのでしょ。
 死ぬ覚悟があるなら、何だって出来る筈じゃないの。
 ……どうしてお前は生きているの、それは死ぬ覚悟が無いからよ。

 ああ、まだ言葉さえ思い出せる。

「でもね、自分でもそれは尤もだと、思った」
 原因が取り除かれても、死のうと思った事実は……残る。
 死ねばよい、と、自分は言った。その言葉が脅迫でないことを示すには、死
ななければ嘘である。
 脅迫で無いならば……原因が取り除かれようが何しようが、決意したことを
最後までやるべきではないか、と。
「生きることが許されるからって、理にそぐわない生を享受するのは間違えて
る。そんな風に思った」
 その点については……今でも、同じように思う。
 同じ結論しか、自分からは出てこない。
 しかし同時に……あの時自分は、まともではなかった、とも思う。

「ただ、今考えると……あの時は正気じゃなかったとは、思う」
 死にたい。死にたい。死にたい。
 そう思っていたことだけを憶えている。

「だから、実はそれ以降、あんまり記憶は鮮明じゃない」

 憶えているのは、死ななければ、と、口の中で呟いていたこと。
 真夜中の台所の床の冷たさ。
 包丁の柄の、小さなささくれ。

「…………気がついたら、包丁を握り締めてて、その手に片帆がしがみついてた」

 ふ、と、相羽さんが眉を寄せた。
 大概無表情な人なだけに……それは目立った。

「まだ、あの子、中学生だったから……ね」
 姉さん、姉さん、と、泣きながら言う声。
 その声に……我に帰った。
「怖かったんだと、思う」

 生き延びた、と思うべきか。
 死にそびれた、と思うべきか。

「……それでか」

 箸を揃えて置く。その音に重なるように。

「あの、にらみかたは」
 そう、妹は今でもその視線を逸らさない。
「…………あたしが死なないようにって、今でも、ね」

 
 5年前。
 確かに、あたしはへし折れた。その傷は未だに膿んでいる。
 でも。
 一緒にあたしは、片帆までも斬り下げてしまった。
 あの子の傷も、まだ癒えていない。

 時期も悪かった。直前に花澄は姿を消し、はつみは魚に変じた。
 そういう意味では、あたしは誰にも相談が出来なかったし、愚痴をこぼすこ
ともできなかった。
 そういうことを、あの異常に記憶力の良い妹は、全部見て。
 
 包丁を持っていた姿を、他の誰も知らない。
 知っているのは……妹だけ。
 以来あの子は、あたしの友人を厳しくチェックするようになった。
 ……その理由は、だから痛いほどわかる。


 自分を斬り裂く太刀筋で、そのままあたしはあの子を切り裂いてしまった。
 ……もう、二度とあんな思いを誰かにさせるわけにはいかない。
 もう二度と。
 誰にもあんなものは、背負わせない。


「…………ごめんなさい」
「いや、俺は構わない」
「……でも、迷惑かけるだろうから」

 ジャニスガレージのアルバイター。
 ということは、会った途端に……多分また、片帆はこの人にぶつかる。

「その程度迷惑と思う俺だと思う?」
「…………あたしは、人にそれを押し付けたら、迷惑だって思うからね」
 相羽さんの感覚がずれてるのは、多少学習したから。
「……ごめんね」
「あやまるのそれで打ち止めね」
「え?」
「キリないよ」

 すっぱりと、そうやって切られる。
 ……妥当だ。

 謝ることで、自分の過去の所業が正当化されるような錯覚が、多少なりとも
自分にある。
 であるならば……愚かとしか言いようが無い。

「……謝るの止めるけど、そしたら二つだけ、お願いしていいかな」
「ん?」
「一つは……もし、片帆が、またそういうこと言ったら……教えて?」
「ああ、いいけど」

 どのような理屈があろうと、片帆の言葉は十二分に無礼なものだ。

「それと、もう一つ」
「なに」
「一生ごはん作ってもいいから、片帆が何時あそこにいるか、誰かに訊いてく
れない?」
「……その程度で一生飯食えるのか」
「んじゃ弁当に限定する?」
「いや、大歓迎。油っこいのダメだから助かる」
「ご飯くらいなんぼでも作りますからっ」
 あのCD屋さん、相当気に入ってるのだ。ご飯作る手間なんぞなんぼのものか。
 思わず両手をあわせて拝むぞ。
「んじゃ朱から聞いとくよ」
「朱?」
「バイトの先輩にあたる奴」
 筍に箸を伸ばしながら、相羽さんは言う。
「俺常連だから顔見知りだしね」
「あ、なるほど」


 幾度考えても、過去は戻らない。
 片帆にあたしが斬りつけた傷は、やはり元には戻らない。
 その傷ゆえに、彼女が起こす問題は、やはりあたしに責任があるのだろう。

 とても卑怯だと分かっている。
 けれど、時折気がつく。気がつかざるを得ない。

 妹のその傷すら忘れた顔で、逃げてしまいたい自分が居ることを。
 …………卑劣なことだと、自分でも思うけれども。


「お茶もらえる?」
「あ、うん」

 湯飲みを受け取って。
 ご飯を作ること。お茶を入れること。
 せめて友人の役に立つことを。せめて誰かの役に。

 ……いつも思う。それは結局あたしの。


 逃げでは、あるまいか、と。


時系列
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 2005年4月中旬。『馬耳東風』と同じ日の数時間後。

解説
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 人間関係の厄介さは、一人のことが回りに波及するあたりにあるのではと、
これは思うのですが……。
 波及しまくった過去に、悩むしかない真帆の話です。
参考ログ
http://kataribe.com/IRC/HA06/2005/04/20050411.html#220000
http://kataribe.com/IRC/HA06/2005/04/20050425.html#220000
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 てなところで。
 ではではです。



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