[KATARIBE 28694] [HA06N] 小説『信頼と重圧』

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Date: Sun, 24 Apr 2005 23:51:53 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28694] [HA06N] 小説『信頼と重圧』
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2005年04月24日:23時51分52秒
Sub:[HA06N]小説『信頼と重圧』:
From:久志


 久志です。
 刑事という名の生き物、相羽。
お供に豆柴くんを連れてお散歩の時間です。

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小説『信頼と重圧』
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登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。おネエちゃんマスター。
     :犬にたとえるとドーベルマン。というか、ぶっちゃけ狼。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。
     :犬にたとえるとグレートピレニーズ。
 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県警生活安全課巡査。生真面目さん。史久の末弟。
     :犬にたとえると豆柴。
 丹下朔良(たんげ・さくら) 
     :吹利県警元刑事、今は前線を引退して裏方に徹している。 
 石垣  :相羽、史久らと同僚の刑事。史久とは同年代。

相羽 〜書類仕事
----------------

 夕方も過ぎて、窓の外はすっかり薄闇に染まってる。
 吹利県警、刑事課。少々窮屈にデスクが並ぶ中、書類に向かってボールペン
を走らせる。
 まあ、一口に刑事と言っても、そうそう派手なお仕事ってのは少ないんだよ
ね、実際。華々しいのはたまにデカイ事件にあたった時くらいで、実質仕事の
半分は机に向かって書類相手に格闘だしね。
 正直、書類仕事はそんな得意なほうじゃあないんだけどね。まあ仕事である
以上キチンとやんないといけないし、下手に中身の薄っぺらいもんや文章がき
ちんとまとまってないもんを提出したりすると、刑事課課長補佐であらせられ
る卜部女史にキツク睨まれるからねえ。
 なあ、史よお。お前女史とイイ仲なんだからさ、ちょっとはお前からお情け
頼んでくんない?
 まあ、お前自身も隣の席でくそ真面目に報告書まとめてるみたいだけど。

 しかし、このところ世の中平和で俺らの出番がないね。まあ、いいことなん
だろうけどさ。おネエちゃん達からも最近はめぼしい情報はないし、子飼いの
ネタ屋さんにも最近いい餌は入ってない。
 ダメだね、俺が腐るよ。そろそろ新規開拓でもしますかね。

 時計の針が一回りする頃、書類の山に隠れてた机がようやっと見えてきた。

「さあて、やっと終わった」
「お疲れ様です」

 丁度いいタイミングで目の前に置かれるお茶。俺より一足先に仕事を片付け
た史の奴が、俺が終わる頃合を見計らって用意したらしい。
 ほんと、お前いい嫁になれるよ。

「ああ、サンキュ」

 一口、お茶を口に含む。
 ついでに疲れを癒す甘い菓子のひとつでもあるとさらにいいんだけどね。
 まあそこまでは贅沢言い過ぎか。

 少し疲れた目を瞬いて、指先で軽く眉間をつまむ。
 さあて、面倒な書類作業も終わったことだし、ちょろっと気分転換でもしま
しょかね。丁度時間もいい頃合、可愛い新任さんでもお供につれて夜のお散歩
でも決め込みますか。

「先輩、どちらへ?」
「いやあ、山のような書類さんも片したことだしさあ。ちょいと気分転換かね
て新任さんとお散歩でもいこうかと、ね」
「……恒例のあれですか?」

 そんなジト目でにらまないでくんない、史よお。俺、ちゃんと真面目にお仕
事終わらせたじゃん? 新任さんのお世話は大切な先輩のお役目だと思うんだ
けどさあ、どうよ?

「別に悪いとは言いませんけどね、何かあったらすぐ連絡しますし」
「まあ、そんなに派手にやんないよ」
「熱心なのはわかりますけど、あんまり新任さんを振り回さないでくださいね、
彼らだってちゃんと自分の仕事があるんですから」
「わかってるって、さあ」
「あと、あんまり他課や地域巡回に首を突っ込みすぎるのは控えてくださいね、
あらぬトラブルの元ですよ?」

 そんな無闇に他とトラブル起こしたりしないよ。信用ないねえ、まったく。
それに首突っ込むったってさあ、お仲間なんだから他課のヤマでも協力惜しま
ないだけだよ、俺。

「んじゃま、お散歩いってくら」
「……いってらっしゃい」

 まあ、お前が微妙なのは末っ子豆柴くんのことがあるから、かね。
 しかしさあ、弟でさえこの調子だと。将来ホントに自分の子供産まれたら、
お前どうなるだろね、すっごい子煩悩になりそうだねえ。
 ねえ?お父さん。

史久 〜いつもの行事
--------------------

 上機嫌で歩いていく相羽先輩の背中を見送って、ため息をつく。向かいの席
で湯飲みを持った同僚が小さく苦笑するのが見えた。

「また相羽さんの新任いじりが始まりましたね」
「そうですね」

 何か言いたげな顔してますね、石垣さん。まあ、わかってますけど。
 恒例というか、なんというか。
 ここ数年程前から始まったことだけれど、吹利県警で新任さんが赴任すると、
ほとんど全員が相羽先輩の連れまわしの洗礼うける。元々は先輩が暇つぶしで
始めたことらしいけれど、実際本人にはいい経験になっているうえに、警察官
としてならばあの人の実力と仕事への姿勢は非常に優秀で信頼に足る。
 そんなわけで、先輩の連れまわしは半ば恒例行事として、県警上層でも黙認
されている。そのおかげもあってか、あの人は意外と県警内の若手連中からは
かなり支持されている。人間的には色々問題のある人ではあるけれど、有能さ
と熱意、若手シンパの多さで言って、平巡査ながらも県警内でも一目置かれて
いる存在だったりする。まあそれ以外の理由でもいろいろ目立つ人だけど。

「史さん、心配ですか?」
「ええ、まあ。でも、いい経験ですから」

 確かに心配ではある、けど。
 ただ危険だから大変だからと、一方的な押し付けがましい心配は僕のエゴに
過ぎない。真綿でくるむような保護は決して本人の為にはならないのだから。
 それでも正直、和久が警察官になると言い出したとき、僕は微妙だった。
 生真面目でお人よしで、世話好きで優しくて、やたら気を使いすぎて、でも
すぐ感情的になって。
 でもそういう真っ直ぐ人を見つめられる誠実さと純粋さはあいつの美点だと
思うし、警察官という職を志すうえではいい素質だとは思う。
 でも、そう思ってはいても、僕のエゴで言ってしまえば。
 あいつにはあんまり、裏のどす黒いものを見てほしくは無い。
 あいつが精神的に弱いとは思わない、けど。裏の黒さを知ってしまうことは、
やはり多少なりとも心に痛いから。
 黒さを知ってなお、そこへ足を踏み入れられる人は少ないから。
 ねえ、先輩。

 少しぬるくなったお茶を飲み干して、空になった湯飲みをお盆に置く。

「石垣さん、おかわりいります?」
「ああ、もらいます」
「ワシにも、もらえんかの」

 聞き覚えのあるしわがれ声のに振り向いた先。いかつい顔に禿げ上がった頭、
左眼に黒い眼帯、すこしよれたスーツ、僕ら刑事課連中にとっては大先輩にあ
たる立場にいる元ベテラン刑事。

「丹下さん」
「いつもの食えない昼行灯らしくねえな、史の字よ」
「そうでしょうか?」
「心配か?」
「ええ、まあ、それなりに」

 とん、と。丹下さんが軽く机を指先で叩いた。

「お前の弟、早速相羽の奴が連れ出したぞ」

 やっぱり。

「まあ……いい経験ですから」
「なに、ワシもちょっと二三話した程度だが。話してみた勘だと、さすがお前
の弟だけあって筋は悪くなさそうに見たがのう?」
「だといいんですけど」
「まあ、まだまだ仔犬だがの」

 少し含むような笑いに、ちょっとピンと来た。

「……ひょっとして、丹下さんご存知なんですか?」
「相羽の奴がそこかしこで吹聴しとったぞ」
「……先輩ですか」

 あの人は……ほんと、もう。まったく。

和久 〜お散歩の時間
--------------------

 うーん、どうだろう。
 机の上、必要事項が箇条書きされたメモを見ながら、考える。

 まずは文章力をつけろ。
 県警に赴任してすぐ、まず最初に指導員である課の先任さんから徹底するよ
うに言われたこと。
 必要な事柄をきちんと読み取り、何を伝えたいかの要点を正しく押さえて文
章にまとめて、話を知らない第三者が読んで事態をすぐさま把握できるように
すること。情報はただ大量に山積みになっているだけでは意味が無い、そこか
らいかにして伝えるべき内容や押さえるべき点を引き出してまとめられるかが
非常に重要で、何処に配属されようと文章力だけはどの部署へ配属されても必
須である、と。
 書き上げたレポートとメモを見比べて、見落としや不明瞭な部分が無いかど
うかを再度確認する。
 とりあえず要点はちゃんとまとまってるかな、うん。後は誤字脱字をもっか
い見直そうか。邪魔にならないように給湯室か屋上で声を出して読み上げると
いうのもいいかなあ。
 口元に手を当ててあれこれ考えていると、突然背後から肩を叩かれた。

「いよう、頑張ってる?」
「わっ」

 振り向いた先には、こう、どこか含みのありそうな笑顔を浮かべた人。

「相羽さん、どうしたんですか?」
「まあ、ちょっとね」

 笑顔を浮かべたまま、ちょいちょいと指先で俺を手招きする。

「来な、豆柴」
「は?」

 豆柴って、あの犬の?
 えーと、その口調だと、それって俺のこと……ですか? なんで?
 というか、来なって、えっと。

「お散歩の時間だよ」
「え?」

 あの、突然お散歩と言われても、そんな、急に。

「ついてきな」
「あの、お散歩? それに豆柴……って?」
「まあ、いいから。ついといで」
「えっと」

 奥の席で座っていた指導員さんが、相羽さんをちらっと見てため息をついた。

「いって来い」
「あの、よろしいんですか?」
「構わん」
「ほら、ついといで」
「はい、では、すいません失礼します」

 指導員さんと課の人たちに向かって一礼して、歩き出した相羽さんについて
課を後にする。なぜか背後のあちこちでくすくす笑う声が聞こえるんだけど、
なんだろう? そも、豆柴って一体?

相羽 〜立場と重み
------------------

 県警を後にして。
 空は雲が出ているせいか、少しほの暗い。四月も初め、暖かくなってきたと
はいえ、まだ夜の湿った空気は冷たくて、春の風がぞわりと頬を撫でる。
 春の朧月夜って奴かねえ。

 乾いた上唇をちょろっと舐める。
 隣では制服姿の豆柴くんが何か言いたげな顔でこっちを見ている。

「あの」
「何?」
「散歩……ですか」
「そだよ、お散歩巡回パトロール」
「いえ、あの、なんで」
「まあ、いいじゃん」
「でも、巡回パトロールって、地域課の方達のお仕事なんじゃないんですか?」
「豆柴さあ」
「はい」
「もし目の前に犯罪起こしそうな奴ほっつき歩いててさあ、でも課が違います
からってほっぽり出せるの?」
「それはっ」

 やれやれ、そやってすぐムキになっちゃうとこは警察官としては微妙だよ?

「その制服、お飾りじゃないでしょ?」
「…………はい」
「俺だってさあ、パトロールだってするし道案内だってするし、いざとなった
ら交通整理だってやるよ?」
「……相羽先輩が交通整理」
「今、想像した?」
「え、いえ、あの、すいませんっ」

 いや似合わないのはわかるしさ、別にあやまんなくてもいいけどねえ。可愛
いもんだね、豆柴くん。

「お前さん、史の奴みたいな警官になりたいんでしょ」
「はい」
「あいつだって、仕事の選り好みなんかしないよ?」
「……はい」

 交番時代なんてほんっと何でもやってたよねえ、あいつ。
 やれ入れ歯をなくした、やれ最近孫が相手をしてくれない、このところよく
眼鏡をなくす、隣の家の犬がうるさい、最近女房が冷たい、だの。
 俺の時もそうだったけど、交番にもってくる話の半分は警察とさっぱり関係
ない事柄ばっかりだったような気もするね。まあそれは警察に相談してどうに
かなるもんじゃなかろうと、それでも警察に話せばなんとかしてくれるんじゃ
ないかという、ある意味信頼みたいなもんだろうけど。

「その制服と警察官って立場は、重いよ」
「…………はい」

 でまあ、その信頼ってのは、俺らの前からの先達がひとつひとつ積み重ねて
きたからこそのもので。そういう積み重ねた信頼ってやつが今の俺らやこれか
らのお前さん達警察への信頼になるんだろうね。

「俺らはさあ、最近何気に嫌われがちでおまけに協力的な輩も少ないけどさ。
それでも俺らに対する市民の信頼感ってのは弱くないよ?」
「……はい」
「こんなん聞かれたら怒られっけどね。一般市民てやつにはさあ、俺らに対し
て甘えがあるんだよ」
「甘え、ですか?」
「雨が降っても警察が悪い、金落としたのも警察が悪い、自分の非もなんもか
もとにかく国と警察が悪い」
「…………そんな」
「そう思ったほうが、楽でしょ?」
「でもっ」

 まあ、俺も随分極端な言い方してるけどね。

「市民って奴はさあ、時には俺らを畏れもするし、頼りもするし、反発もする
し、従いもするし、甘えもする」
「……はい」
「俺ら、公僕だからね。一般市民の要求は聞かなきゃいけない、そら義務だ。
サボったら税金泥棒だしね」
「……はい」

 豆柴くん、生真面目さんだからねえ。史の奴もくそ真面目だけど、あいつは
知恵が回る分、立ち回りうまいからさあ。

「お前さんがね、その制服を着て警察官って立場である以上、その全てを受け
止めなきゃいけない」
「はい」
「まあ、お前さん史の奴によく似て真面目くんだからねえ。でもさあ、真面目
で真剣であればあるほど、重圧キツイよ?」
「…………」

 真面目すぎるほど、重い。
 そしてちょっとでも弱さがあれば、そいつは重さでつぶれる。
 この職、意外と自殺者多いんだよ、知ってる?それも真面目な奴ほど、ね。

「ま、俺が言いたいのは、さ。まあいい加減にやろうよって事」
「え?」

 そんな素っ頓狂な声ださなくてもさあ。

「人間さ、いい加減でないと生きてけないよ?」
「はい……」
「権力もって重さ背負ってそんでキッチリやってたら、お前さんつぶれるよ」
「…………」
「いい加減ってもさあ、仕事に手を抜けって意味じゃないよ。それくらいわか
るでしょ?」
「はい」
「余裕、もとうね?」
「はい」

 まあ、その様子じゃまだまだおカタいのはとれないね。

「ま、お散歩の続きしよか」
「はいっ」

 やれやれ、しっぽ全開で振ってるの見えそうだよ、ホント。
 まあ、しっかり巡回しましょかねえ。

和久 〜尊敬モード
------------------

 すごい、なあ。
 史兄といい、相羽さんといい。

 うーん、なんか最初話した感じとかだと軽い人なのかなあとか、思ったりし
たけど。やっぱりベテランというか、仕事に対して真剣というか考えがしっか
りしてるというか、こう、ええと。やっぱカッコいいなあ、うん。
 でも、こう。史兄が俺と同い年くらいの頃を考えても、どうにも俺は追いつ
けてないような気がする。
 考え無しに突っ走っちゃうとことか? うーん、いや考えていないことはな
いんだけど、考えても行動するときは反射的というか、ってそれダメだ。

「豆柴さあ」
「え、は、はい?」

 って、いやその。俺のことを呼んでいるってのはわかるんだけど。
 俺、そこで豆柴って呼ばれて返事していいのか?

「俺ら、義務だけじゃないよ?」
「……はい」
「権力、あるからね。それ、忘れないように」
「はい」

 いい加減にやれ。
 傍からきいたら随分不真面目なことかもしれないけど。

 権力の重みと。
 信頼の重さと。

 つぶされないように。
 いい加減にやれ。

 まだ、これからかなあ。


時系列 
------ 
 2005年4月初め。
解説 
---- 
 警察官の信頼と重圧とを新任豆柴くんに説明する相羽。
 人間性はともあれ仕事にたいする姿勢は真面目です。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。




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