[KATARIBE 28664] [HA06N] 小説『桜花闇』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu, 14 Apr 2005 22:47:08 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28664] [HA06N] 小説『桜花闇』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200504141347.WAA55749@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28664

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28600/28664.html

2005年04月14日:22時47分08秒
Sub:[HA06N]小説『桜花闇』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何となく、ログから起こしてみました。
マンボウ、己が大好きなんです<張り付いて見てた奴

******************************:
小説『桜花闇』
=============

    相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ものに動じる気配無し。
    軽部真帆(かるべ・まほ)
       :自称小市民。毒舌家。妙なものが周囲に多い。

本文
----

 急に暖かくなって、一気に咲いた桜は、けれども急な寒さと雨の中で、案外
長く頑張っている気がする。
 曇天。
 もうすっかり遅い時間であるのに、そのことだけははっきりと判る空の色。

 
 最近、よく友人達を思い出す。

 電話の連絡先だけを置いていってしまった花澄。魚になったはつみ。
 電話の先に、それでも花澄はいるけど。
 光魚となって、はつみは空を泳ぐけど。

 …………ずるいよな、みんな。


「ずるい?」
 聞き返されて、気がついた。
 どうやらあたしは無意識に、口に出していたらしい。
「……なんでもない」
「そう」

 手の中のグラスを揺する。
 相羽さんはまた箸を動かしだす。

 あれから二度ほど、ここに来て食事を作っている。
 油っこいものは駄目。だからいわゆるジャンクフードは全部駄目。県警の食
堂で食べるったらうどんくらい。
 どうしてそれで、自分で何か作ろうって気にならないのか……と思うけど。


 グラスを揺らす。
 中の酒が、蛍光灯を映している。
 それが一瞬……光魚に見える。

 指の間をすり抜けて、流れるように去る光魚。
 人であったもの。
 もはや人に非ざるもの。

 もはやひとに――――


「生も死も、あたしに何のかかわりがあるかよ」

 たとえ彼女があたしを憶えていなくても。

「それでも友人だし」
「……そう」
「…………さびしいのはあたしの勝手ってやつ」

 窓の外の曇天の夜。
 鈍く照り返しに染まる空。 

 それでも魚は、その空をも渡ってゆくのだろう。

「魚になれる奴は……いいよね」
「……群れ成して空を泳いで?」
「あたしなら、一匹の魚になる」
「……俺も、なるなら闘魚だね」

 視線が、水槽のほうに流れる。
 あ、なるほどね。

「あれ、一匹……なんだ」
 群れにならない魚なのかな。
「ケンカはげしいからね」
 おや。
「メスでも下手すると殺しあうよ」
「…………そうなんだ」
「そういう奴なんだよ」

 思わず、水槽のほうに目をやる。
 魚は、相変わらずひらひらと長い鰭を動かしている。
 とてもそんなに獰猛には見えないんだけど。

「……喧嘩しない相手が、居ない?」
「だね」

 ……それって飼い主に似てるってことだろうか。

「それに奴は、広い水槽だとさびしがるんだよ」
「それ、わがままじゃないか」

 って……まあ、魚にそれ言っても仕方ないけど。

「そうだねえ」
「やっかいな魚飼ってるね」
「それに時たま鏡みせて興奮させてやんないとだし」

 そういえば、そう言われたっけ。
 ……に、しても。

「相羽さんも」
「ん?」
「……いや……鏡の向こうの相羽さん見て、喧嘩売るのかなって」

 何となく。
 現世にある誰かに喧嘩売るというより、そのほうが似合っている。

「そうかもね」
 くく、と、笑って、相羽さんが言う。


 魚にはならない。人のままで走る……と、言っていた。
 それでも。

 どこかで魚になることを考える、のか。

「お前さんは?」
「へ?」
「魚になるなら?」
「……選べるならマンボウ」

 って……笑うなっての。

「いいじゃないですか。ぼーっとしてるしあの魚」
 以前友人と水族館に行った時に、あんまり動かないから水槽の前で放置され
たんだよな。
 ふわふわと、漂うように水の中で揺れている様。
 あれで硝子とかにぶつかるだけで、骨折ほど脆いらしいけど。
 でも、空を泳ぐなら苦労はあるまい。
「如何にも、何にも考えてないようで……」

 そのことが、偶に羨ましくなる。
 
 
 桜花闇、と、確か花澄が言ったっけか。
 こんな春の日の、桜に吸い込まれるような……そんな空のことを。

 その中を、ふこふことあの奇妙な形の魚が泳いでいるとしたら。
 それは、それで

 とてもしあわせではあるまいか…………


「お湯、沸いてるよ」
「……っと」

 ことこと揺れている薬缶の火を止めて。
 急須にお茶っぱ入れて、薬缶のお湯を湯呑みに入れて少し冷まして。
 
「……どうぞ」

 桜花闇。
 窓から見える……やはり曇天の空。

 今日はふらふらと、帰ってみようか。
 あの頼りなげに水の中を揺れる魚に似せて。


時系列
------
 2005年4月の10日付近

解説
----
 桜花闇は、『はなやみ』と読みます。
 桜の花の周りを、マンボウがふこふこ浮いてたら面白いなあとか。

************************************
んなわけで、ではでは。


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28600/28664.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage