[KATARIBE 28661] [HA06N] 小説『風聞巻土』

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Date: Thu, 14 Apr 2005 21:08:42 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28661] [HA06N] 小説『風聞巻土』
To: kataribe-ml@trpg.net
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年04月14日:21時08分42秒
Sub:[HA06N]小説『風聞巻土』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ログまとめて話にしてます。
HA06-01の、20050409〜0410付近のログを斬ったり貼ったりしてみました。
史兄さんお借りしてます>ひさしゃんへ

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小説『風聞巻土』
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   登場人物
    本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :吹利県警刑事課巡査。本宮家長男、屈強なのほほんお兄さん。 
    軽部真帆(かるべ・まほ) 
       :自称小市民。毒舌家。妙に難儀な人間らしい。

本文
----

 夕ご飯を作って、ふと。
 多分、この人だと明日のご飯も縁がないなと思ったから、ついでに他のおか
ずも作っといて。
 弁当箱があったから、おかずだけ詰めといて、あとはご飯を適当に入れろ、
とだけメモをして。

 ……これを弁当を作ったと称してよいかどうか、正直微妙だと思うんだが。

          **

 自宅兼仕事場(要するに自宅勤務)に、電話がかかってきたのは5時過ぎ。
 時間ありますか、出来れば、と、何だか妙に勢い良く言われて。
 ああ大丈夫です、と応えた。

 約束した時刻の五分前に店の前に行くと、既に本宮さんはそこに居た。
 何だか非常に困った顔でこちらを見ていた。

「あ、こんばんは」
「今晩は」
「ああ、今日は相羽さん居ないんだ」
「先輩は……他の課の仕事です」

 居酒屋に入りながら、本宮さんは相変わらず困ったような口調で言う。

「今日、先輩がお弁当持ってきたんですけど」
「あ、ちゃんと持っていきました?」
 正直、あの人だとご飯詰めるのめんどくさい、くらい言っても、不思議では
ないなと思ったのだけど。

 ……と。
 テーブルの向かいの席に、すとん、と座って。
 本宮さんは何となく情けない(と言ったら失礼だけど)顔になった。

「……やっぱり、真帆さんでしたか」

        **

 良く判らないのだけど。
 持ってった弁当が、妙に話題になったらしい。

「……てか、あたし、これくらい、留学時代やってもらったしやってたよ?」

 これは本当。特に熱出して寝てる時とかは、異国に居るとやっぱり同国人の
手当てがありがたい。これは人種差別でも何でもない。要するに怪我だの病気
だのの対処法が各国違いすぎるのだ。
 たとえば日本では、種痘の後はお風呂に入らず、安静に、というのが普通だ
と思う。ところが留学してた国ではお風呂に入れて注射の跡を揉むように、と、
指示が出たそうで(大丈夫かしら、日本に帰るまで種痘打つの待とうかしら、
と若いお母さんに真剣に相談された時はほんと困った)。
 そういうところで身体を壊したりすると、やっぱり同郷の人達が頼りになる。
腹痛時にはコーラではなくお粥。落ち込んだ時には日本からのカップラーメン
やそば。そういう感覚が説明抜きで判るしやってもらえるから。
 だから割と普通に、作ったり作ってもらったりしてたせいか……別になんて
ことなく作ったんだけど。

「……いえ、ええと、先輩の為には、いいと思います」
「……うーん」
 妙に『先輩の為には』だけ強調するじゃないか。

「本宮さんは、駄目って思うわけ?」
「いえ、真帆さんの負担にならなければ」
「負担になるほど面倒なことはしてませんから」

 まとめて作ったし。そういう意味ではそんなに大変なことはしていない。
 強いて言うなら……作ったおかずを入れるタッパーを探す手間が一番かかっ
た、かな。

「そうですか」
 
 ふう、と、息を吐くと、本宮さんは冷酒のグラスを傾けた。
 それなら、いいんですが、と、呟いて。

「あの人、遠慮って言葉知らないですから……」
「いや、遠慮する相羽さんは、相羽さんじゃないし」

 いや、断言するあたしも酷いが、そこで深く頷く本宮さんも多分同罪だと思
うぞ。

「ただ……まあ、言うことに裏がないから楽ですよ」
「ええ、それは」

 はあ、と、息を吐く。
 ……その割に眉間の皺が取れないよね。

「で、お弁当いるかって聞いたら、あったらいいって言うから作ったんだけど
……まずかった?」
「いいえ、良かったですよ」
「……んで、何で、本宮さんが頭抱えてるわけ?」
「いえ、真帆さんがお手間でなければ、いいんです」
 と言う割に、本宮さんの表情は晴れない。

「……つか、本宮さん、もしあたしが妙なことしてるなら教えてよ。時々常識
足りないって、確かに言われるから」
「いえ、僕から見ても常識に外れた行動はしていないと思います」
「じゃ、何が問題?」
「いえ、ありませんよ」

 笑顔で答えが返る。
 ……割に、どうも、なあ。
 あ。

「ねえ、もしかしてお弁当作りたい子とか居た?」
 もしそうなら、それは悪いことをしたというものだ。相羽さん、そういうこ
とにはそれなりに鈍感そうだし。
「いや、そういうことじゃないです」
 けど、あっさりと本宮さんは否定する。
 口調に、嘘はない。


「相手が相手ですので」
「そらそうだけど」
 何だか面倒になったついでに、グラスを空にする。
 かすかな甘味が、舌に残る。

「……それとも何?弁当の中身まで逐一報告されるほど、相羽さんって目立つ
人なの?」
「良くも悪くも目立つ人ですね」
「……うーん」
 微かに、不快感……いや、苛つく、に近いかな。
 本宮さんに、ではなく。
 
「……ごはんとか、作らないほうがいい、のかな」
「そんなことはないですよ」
「そういう顔してるじゃないの」

 空になったグラスで、指し示す。
 本宮さんはやはり少し困った顔になった。

「何かと噂に飢えてますから」
 職場の人たちは、と、小さく付け加える。
 やはり、困った顔で。

「……てかさー」
「はい?」
「弁当持たせただけで、噂になるって、県警、仕事ちゃんとしてるの?」
 その程度のこと、噂にするなっての。
「……職務はキチンと行っているのですが」
 気の毒に、県警代表の立場を押し付けられた本宮さんは、本当に困ったよう
に言う。
「噂好きが多くて困ってます」

 その、言葉が。
 こめかみのあたりに斬り込むように。
 いたい。

 (……あ、そうか)

 けれど同時に理解する。理が、自分の中で一本通る。
 誰がどのような噂をしているか、それ自体も嫌だなと思わないわけじゃないけど。
 それ以上に。

 誰かの噂になる、ということが、ひどく。


 五年間、できればどこに自分が居るか、判らないようにして生きたいと思っ
てたし、実行もしてたと思う。
 仕事の上司に週一で会い、たまに出張を言い付かる。やはり偶に同じ仕事を
やってる連中と一緒に呑みにもゆく。

 けれど、それだけ。
 一週間のうちに、誰とも話さない日が5日ってのも案外珍しくなくって。

 それが確かに、六華と関わることで急激に知り合いだの呑み仲間だのが増え
てしまって、その上見たことも会ったことも無い人に噂にされている。
 その内容が友好的なのか否定的なのか、それさえ関係無い。ただ多分、五年
の間に錆びついたあたしの対人処理能力が、悲鳴をあげているのだと思う。

 …………って、判ってもこの場合、問題は減らないか。


「……とりあえず、さ」

 ふと気がつくと、本宮さんがこちらを見ている。
 誤魔化し……じゃないけど、手をぱたぱたさせて。

「相羽さんが死なない程度の栄養補給は、あたし、しときますから」
 
 出来るだけ軽く言った積りなんだけど、本宮さんの心配そうな顔は変わらな
い。
 ええと……どうやって誤魔化すかな。何か無いかな。
 次の注文で来たグラスをころころと動かして。
 あ、そーだ。

「本宮さんは……彼女さんのことを、考えてあげて」
 そう言うと、ようやく本宮さんは苦笑した。
「こっちもこっちで、色々ありますから」

 相羽さんにそう言えば聞いた。この人の彼女さんって、本宮さんの上司らし
い。相当やり手で真面目な人らしい……というのは、相羽さんの報告書に駄目
出しを何度かくらわせた、という情報からの推測だけど(確かにこう、おネエ
ちゃん情報ってどうやって報告書に書くんだろう、と、公務員への風当たりの
強い昨今を思って他人事ながら心配になったものだ)。
 
「頑張ってね」
 そう言うと、本宮さんは笑った。

「何か迷惑ばっかかけてるみたいだな」
「そういう性質なんですよ」
「……ごめんね」
「迷惑なんて思っていませんから」

 ……てか、その台詞にどうしてこの人、嘘がない、かなあ。
 これだけ迷惑かけられてて。

「……いやでも、迷惑だなって思ったら、まじに言ってよ」
「ちゃんと言いますよ」
「改めないほど、愚か者にはなりたくないから」
「言うことはきっちりといいますし」
「……そうしてよね?」
「はい」

 まあ、この人も……言う時は言うってのは、こちらも知ってる。
 
「なら、良かった」

 多分。
 あたしが今感じている、両肩に乗っかるような重みなど……この人の背負っ
ている厄介事からしたら、何でもないんだろうな……と。
 少し、辛いけれども。
 そう思ったら……大したことはないだろう。


 グラスを半分がた干したついでに、溜息を飲み込んでみる。
 
 誰かと関わることは、否応無くその波紋を広げること。
 片方だけを斬り捨てることは、多分出来ないことだから。

 まだ、大丈夫だろう。
 まだ……もう少しは、大丈夫だろう。


「次、何か頼みますか?」
「あ、お願いします」


時系列
------
 2005年4月初旬。『魚の居る部屋で』の翌日。

解説
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 そもそも対人処理能力の大して無い奴が、5年も錆びつかせれば相応でしょう。
 人間関係を斬るか斬られるかで乗り切ってきた場合には特に。
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てなもんで。
ではでは。


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