[KATARIBE 28651] [HA06N] 小説『結婚騒動 四章〜花嫁の追憶』

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Date: Thu, 14 Apr 2005 01:55:39 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28651] [HA06N] 小説『結婚騒動 四章〜花嫁の追憶』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月14日:01時55分39秒
Sub:[HA06N]小説『結婚騒動 四章〜花嫁の追憶』:
From:久志


 久志です。
ああ、間が開いてしまった……

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『結婚騒動 四章〜花嫁の追憶』
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登場キャラクター 
---------------- 
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さんで霊感のある軟派にーちゃん。 
     :今更自分の気持ちに気づいた鈍い奴。
 藤村美絵子(ふじむら・みえこ) 
     :幸久の元カノ。ちょっと気が強いけどいいお姉さん。 
     :微かに心を残しつつも、今日は結婚式当日。

美絵子 〜せっかくの
--------------------

 高速道路に乗って。窓の外、景色がとけるように流れていくのが見える。
 吹きつける風の音と、うなるようなエンジンの音が、車全体から体を振るわ
せるように響いてる。
 でも、変よね。
 それなのに、まるで流れる風景の中でじっと止まったまま、音もない世界の
中にいるような、妙な感覚がする。なんだか、自分がそのままどこかへ消えて
しまいそうな気がして、ユキの膝に置いた手に力を込めた。
 助手席に座ったまま、邪魔なベールは外して後部座席に置いて、アップにま
とめてた髪は全部ほどいてもうバサバサだし、顔は散々泣いたせいでお化粧も
落ちてる。

 なんかもう、ひどい有様よね。
 せっかくの……

 ああ、でも。
 あの人の為でもなんでもないのね、もう。

 レースも派手なビーズの飾り気もない、真っ白な光沢のドレス。
 すごくシンプルな作りだけど、さらさらした真っ白な生地にすっきりとした
艶があって、あたしはすごく気に入ってた。母親に散々地味だと言われてもこ
れがいいって主張したのよね。

『美絵子ちゃん、本当にこのドレスなの?こっちのレースのついたドレスのほ
うが可愛らしいと思うんだけど』
『こっちのほうがすっきりしてて奇麗よ』

 そういえば、昔。似たような会話を母親としたことがある。


美絵子 〜夏の日の思い出
------------------------

 高校三年の夏休みの頃、八月の初めの週。
 受験勉強の息抜きにって、あの頃大学生だった史久さんが車を出してくれて
大阪まで花火大会を見に行った。
 史久さん、和久くんとお友達二人とそのお姉さん一人、幸久とあたしとで。

 あの時、あたしは浴衣を着て行ったのよね。花火大会を見に行く前、母親と
一緒に着ていく浴衣選びで大騒ぎだった。

『美絵子ちゃん、本当にこの浴衣でいいの?こっちの柄のほうが女の子らしく
て可愛らしいと思うんだけど』
『あたしはこっちのほうがいいなあ』

 母親が選んでくれたのは淡い薄桃色に小花を散らした可愛らしい浴衣だった
けど、あたしが選んだのは白地に藍色の大きな花をあしらった少し大人っぽい
雰囲気の浴衣。

『もっと可愛らしい柄にすればいいのに』
『だってこっちのほうがすっきりしてて大人っぽいもん』

 あの時も、母親は可愛らしいのを選んで、あたしはすっきりした大人っぽい
浴衣を選んだのよね。

『ほら、じっとしてタオル巻いて』
『苦しいってば』
『しょうがないでしょ、あなた胸がしっかりあるからちゃんと巻かないと帯が
奇麗にならないんだから』

 ぐるぐるとお腹にタオル巻いて、さらさらした手触りの浴衣に袖を通して、
窮屈な帯巻いて、はきなれない下駄はいて。

 誰の為に?

『へえ、浴衣かあ。可愛いね、美絵子ちゃん』
『こんばんは、藤村さん。浴衣、あの、似合ってます』
『……馬子にも衣装だよな』
『なによお、幸久の彼女さん?可愛い〜』

 会場へ向かう道中の車の中で、ずっとおしゃべりしながら。
 あたしはずっとあの言葉を期待してたのよね。

 あいつのあの一言。

『どうしたんだよ、もうすぐ始まるぜ。史兄達場所とってるぞ』
『ごめん、ちょっと足いたくて』

 会場から少しだけだけ離れたベンチに座って足をさする。履きなれない下駄
であちこち歩き回ったせいで、足の下駄の鼻緒が擦れるあたりがちょっと赤く
なってヒリヒリしてる。

『大丈夫か?しょうがねえな、ちょっと待ってろ』

 駆け出すユキを見送って、大きく息をついた。
 帯で締め付けられたお腹がちょっと苦しくて、下に着込んだ肌襦袢と重なっ
た襟元が暑くて。なんか浴衣って見た目は一見涼しげだけど、実際着てみると
ちっとも涼しくないわよねよ、もう。
 でもさあ。
 こんな暑苦しい思いして、足痛いのも我慢して。

 それでも。

『ほら、足見せてみ』

 戻ってきて目の前にしゃがむと、鼻緒でこすれて赤くなった足に水で濡らし
たハンカチをそっと当てた。ひやりとした冷たい感触に背筋が一瞬寒くなった
けど、こすれて熱を持ってた足には心地よかった。
 そのまま、時々ぬるくなったハンカチをひっくり返したり畳みなおしたりし
ながら、何度も赤くはれた足を冷やしてくれた。
 夏の夜のまとわりつくような生暖かい空気と、花火見物でごったがえした人
の熱気、それに浴衣を着こんだ暑さで顔が少し熱い。
 それだけじゃないけど。

『少しはおさまったか?』
『……うん、ありがと……ユキ』
『いいよ、別に』

 その時、頭上からお腹の底まで届くようなどおんという音が響いた。

『もう、はじまってるね』
『そだな』

 見上げた空の上には、まるで網を広げたように空一杯に大きく広がってちら
ちらと落ちていく光。

『あのさあ』
『なに?』

 ユキが少し口篭もりつつ、ちらっと横目でこっちを見上げた。

『……浴衣、似合ってるよ』
『……ありがと』

 なんだかなあ。
 単純だよね、たった一言でいいんだ。
 その一言がどうしても聞きたくて、浴衣選びでお母さんとあれこれ言い合っ
て、着付けで窮屈な思いして、髪もあれこれ注文つけて結ってもらって、慣れ
ない下駄で足痛いのも我慢して。

 それでも、たった一言聞きたくて。


 あの時も。

『ね、ユキ』 
『愛してるって、言ってみ?』 

 海岸歩いて二人で海を眺めながら。
 一言いって欲しかったのに。

 たった一言でいいのに。


幸久 〜向かう先は
------------------

 もうすぐ大阪、料金所を抜けて後はどうするか。状況見て行き先考えようと
か言っといて、実際のとこ状況さっぱりわかってねえし。

 とにかく追っ手は今のところない。
 というか、元々追っ手とか以前にこんな展開が想定外だろ。自分で考えても
あまりにも突発的で行き当たりばったり過ぎる。
 誰が想像できんだよ、こんなの。

 ちらりと見た助手席の横顔は、涙こそ止まったものの、まだ目を伏せていて。
俺の膝の上に乗った手がしっかりとつかむように力が入ってる。

 どこへ行くか。
 たいしていい考えが浮かんだわけでもないけど、思いついたのは昔つきあっ
てた頃何度かいった大阪の海岸。
 あそこで、俺は……いや、とりあえず、なんでもいい。

 ハンドルを切る。
 もしも、なんて意味が無いことは分かってる、でも。
 もしも、あの時あいつに一言いってれば。もしも、別れを切り出された時に
躍起になってあいつを追いかけていれば。もしも、おやっさんの話をした時に
自分の気持ちに正直になってれば。

 だから、俺。考えるとこそこじゃねえよ。
 もしもなんて意味がねえんだよ。

 今、なんだよ。


 ざわざわと海からの風が吹きつける。
 三月も終わりだけど、まだ春というにはまだ肌寒くて風も冷たい。
 車の外に出て小さくくしゃみをする美絵子に、後部座席に置いてあった桜木
の奴の仕事用らしいコートを借りて肩にかける。

「風邪ひくぞ」
「……ありがと」

 黙って海を眺めながらコートの襟を寄せると海からの風に目を細めた。
 そのまま歩き出そうとして、ドレスの裾が砂に取られてよろめいたのを慌て
て支える。

「だいじょぶか」
「あ、ごめん。砂が……」
「気、つけろよ」

 海からの風が吹きつける。
 片手で美絵子の二の腕をつかんだまま、風に流れる髪を撫でた。

 美絵子の腰に手をまわして、足の裏にきしむような砂の感触を感じながら
砂に足をとられないよう、一歩一歩海岸を歩く。

 ざざざざざ……ん、と。波が寄せる音が響いてくる。
 海岸が見渡せる砂浜で、ゆっくりと膝をついて並んでしゃがみこむ。

「……つきあってた頃、よく来たよね」
「ああ、そだな」

 高校卒業前に免許とってから、一緒に何度となく車でここへ来た。
 特に目新しくもない単調な砂浜、景色だって対して奇麗なわけでもない、
 でも、どこか行こうかというと、いつもここだった。

「こないだも、来たよね」
「……ああ、そだな」

 先月だったよな。
 おやっさんの母さんへの想いを聞いて、思い悩んでた時。

 何が、好きで。
 何が、愛か。

 おやっさんの想いの深さと、自分の心が何の進歩もないことを莫迦みたいに
悩みながら。
 あの時、無性に美絵子に会いたかった、話を聞いて欲しかった。
 それは、きっと。

「美絵子」
「何?」

 肩を引き寄せる。

「……ユキ」

 腕の中で小さくつぶやく声が聞こえた。

「ごめん」

 自信なかったんだよな、俺。
 お前が好きだって言ってくれたのに、俺ずっと自信がもてなかったんだよな。
 俺みたいな奴でホントにいいのか、とか。俺みたいなのをじゃなくてもっと
他にいい奴がいたんじゃないか、とか。いつまでも兄貴達に勝てない俺じゃあ
お前に愛想つかされるんじゃないか、とか。そんなことばっか考えてた。

 大学の時、お前から別れようって切り出された時も、辛くて本当に辛くて泣
きそうな程追いすがりたかったくせに、俺なんかじゃしょうがないよなって、
無理やり諦めて。いや、諦めようとして……

 莫迦だろ、俺。

「ごめんな……」

 他に言うことあるだろ、おい。


美絵子 〜莫迦な独り言
----------------------

 乾いた砂はさらさらと、まとわりつかず、不安定で。
 そのままずぶずぶと沈みこんでいってしまいそうで……

「ごめんな……」

 肩を抱きしめる腕に力がこもるのがわかった。

「ねえ、ユキ」
「え?」
「これから話すこと、さ。ばかな独り言ってやつで聞き逃してよ」
「え、あ、ああ」

 何、言ってるのかな、あたし。

「中三の冬休みのころ、ね。冬期講習の時に男の子と会ったの」
「え?」

 覚えてない、かな。

「その日ね、あたし消しゴム忘れちゃってさ。あれこれ鞄探して注意されて、
ああしょうがないなーって思ってた時に、隣の席の男の子がこっちに消しゴム
飛ばして貸してくれたの」
「…………ああ」

 思い出したみたい、だね。

「帰りにさ、遅いから男子に女子を送ってやれって先生言っててさ」

 黒いダッフルコートに白マフラー、あんたって葬儀屋やるずっと前からいつ
も真っ黒だったわよね。

「隣の席の男の子、送ってくれたんだよね、あたしの家まで。遠いのに」
「……ああ」
「その日からさ、毎日帰りにその子が家まで送ってくれたのよ。自分家からお
もきし遠回りなくせに」

 なんか、もう、また涙でそうになってきた。

「高校入ってさ、その子と同じクラスになって……」
「…………」
「そいつさあ、ほんともう莫迦でさ……自分より周りに認められてたお兄さん
のことばっか気にしてて、いつも自分に自信なくってさ……」

 それでも、さあ。

「ええかっこしいで、莫迦で、どうしようもなく鈍くて……ほんっとばかでさ
あ……それでも……莫迦だけど、優しい奴で……」

 ああ、もう、涙止まらないよ。

「それでも……あたしは、好きだったんだよ」
「……美絵子」

 高校三年の梅雨の終わり。
 あの日、ユキを屋上に呼び出して、あたしは一人屋上で待ちながら、緊張で
胸がパンクしそうだった。
 断られたらどうしよう、からかってると思われたらどうしよう、うるさい奴
だって嫌われてたらどうしようって。

 梅雨の終わりに告白したときも、夏休みに大騒ぎで浴衣を選んでたときも、
あの佐緒里と火花を散らしてたときも、いつだって、ずっと気になってた。

「……でもさ、疲れちゃったんだよ……」
「…………」
「あたしばっかり頑張って追いかけて、何も返してくれないことに……」

 肩に回った腕に力がこもるのがわかった。

「でもさ……それでも、心のどっかで期待してたんだよ……あたし」

 いや、違うな。忘れてなかったんだ。

「莫迦みたいでしょ、あの人のこと言えないよ。あたしだって、ずっと、ずっ
と誰かに期待してたんだよ……」

 莫迦で、素直じゃなくて、ええかっこしいで、女の趣味悪くて。
 それでも……やっぱり。

「……美絵子」

 それでも、まだ、好きなのよ。
 この、莫迦が。


時系列と舞台
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 2005年3月26日
解説
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 結婚式当日。花嫁・美絵子を連れ去った幸久は。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上 




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