[KATARIBE 28649] [HA06N]小説『過保護な姉の心境』

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Date: Tue, 12 Apr 2005 23:25:25 +0900
From: 月影れあな <tk-leana@gaia.eonet.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28649] [HA06N]小説『過保護な姉の心境』
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 おいっす、れあなっす。
 珍しく鈴鹿産の小説流します

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小説『過保護な姉の心境』
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登場人物
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 月影鈴鹿   :かなり重度のブラコン少女。
 月影宗谷   :シスコン気味な女装少年。

本文
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 その日は、朝から体がだるく、嫌な予感はしていたのだ。

「37度9分……」

 体温計をしばらくぼんやり眺めた後、鈴鹿はふらりと立ち上がる。深呼吸を
一つ。体を落ち着ける。

 ――大丈夫。死ぬほどの病ではありません。

 時計を見ると、六時半を指していた。いつもより半刻も遅い目覚めだ。この
時間なら宗谷さんも、きっと既に起きている。
 急いで制服に着替え、階段を下りた。

「おはようございます」
「おはよー、お姉ちゃん」
「すぐに朝ごはんにしますね」

 朝の挨拶も手短に、鈴鹿は急ぎ台所に入る。
 古く広い家だ。冬もあけたばかりで、朝の台所は寒く。吐いた息は白く煙っ
た。



 朝食の用意。味噌汁と、焼いたししゃも、その横に沢庵を切ってつける。今
日は和食だ。

「いっただきまーす」

 今日も変わらず、元気そうに箸をつける宗谷さん。作った鈴鹿としては、い
つものことながら気味が良い。いつもと同じように、頬に微笑を浮かべ、自分
も箸を取る。
 大丈夫、体調は気取らせない。我慢するのには十分慣れている。そう思って、
少し油断した。
 不意に襲った眩暈に、箸を取り落としたのだ。

「お姉ちゃん?」

 あっ、と失態に気付いた時にはもう遅く、目の前の宗谷さんが不思議そうに
首をかしげる。
 疑問をもたれてしまっては、もう誤魔化しようがなかった。
 何かに気付いたように宗谷さんはサッと鈴鹿の額に手を伸ばす。避けられる
間合いではなかったし、そもそも避けられる状況でもなかった。鈴鹿はなされ
るがままに額に手を当てられる。宗谷さんの眉がみるみる吊りあがっていく。
 怒っている。それも、彼には珍しくかなり本気のようだった。

「ダメじゃない! 熱があるんなら寝てないと」
「ごめんなさい、気付きませんでした。それに、朝ごはんを用意しなくてはい
けませんでしたから……」
「そんなこと、私だってもう子供じゃないんだから自分でできるよ!」

 ときんと、胸が痛んだ。

「そう、ですね」
「お姉ちゃん?」

 もう、子供じゃないんだから。
 宗谷さんは、もう今年で高校三年にもなる。立派な、大人になりつつある年
齢だ。
 宗谷さんがすくすくと成長していくのは、鈴鹿にとってもとても嬉しい。大
切な親友の忘れ形見であり、鈴鹿にとってもかわいい弟だ。嬉しくないわけが
ない。
 けれど、彼が少しづつ成長するたびに、鈴鹿の手から離れていくたびに、
段々と心のどこかが冷えていく。

 ――もしかすると、わたくしはいつか。ひょっとしたら明日にでも。イラナ
イ人間になってしまうんじゃないかしら。

 鈴鹿は宗谷さんを大切にしている。宗谷さんも鈴鹿を大切に思っている。
 けれど、宗谷さんのそれは鈴鹿の大切さとはどこか致命的なところですれ違っ
ていて、交じり合うことはない。
 そっくり似ているようで、まるで違う。
 例えるなら、宗谷さんにとって鈴鹿は月だった。見上げると空にあり、愛し
慈しむべき大切な星。それだけだ。もし無くなってしまっても、なにが変わる
わけでもない。
 けれど、鈴鹿にとっては宗谷さんは太陽だ。強烈な光で鈴鹿を眩しく照らし
だし、鈴鹿はそれで初めて輝くことが出来る。もしも無くなってしまえば暗黒
の中で散り散りに乱れ、そのまま消えてしまうような。無くてはならない大切
な星だ。
 だから、怖くなる。いっそのこと……と、思ってしまう。

 ――宗谷さんを、わたくしなしでは生きられないように壊してしまえば。そ
うすれば、わたくしはずっとしあわせでいられましょうか?

「お姉ちゃん!」

 一際大きく放たれた宗谷さんの声に、鈴鹿はハッと正気に返った。
 たちまち鈴鹿は自己嫌悪に陥る。今まで考えていた思考に激しい嫌悪と、少
しの甘い誘惑を感じる。
 そして、自分の心根のおぞましさにゾッとした。
 顔を上げるのが怖い。そこにあるのは失望? それとも軽蔑? 恐る恐る鈴
鹿が見たのは、あらかたの予想に反して、心から相手を思いやる心配そうな表
情だった。

「本当に大丈夫? 部屋まで送っていく?」

 ――ああ、この子は。

 目の前の弟は、この浅ましい姉のことをただの一欠けも疑うことはない。分
かりきっていることだ。
 鈴鹿が宗谷さんを裏切っても、宗谷さんが鈴鹿を裏切ることはない。

 ――この子は……

 たとえ腕を折り、足を折り、白いベッドに縛りつけようとも、決して鈴鹿を
裏切らない。彼はきっと、少し哀しそうに微笑んで、鈴鹿のことを許すだろう。
 彼の母、鈴鹿の親友にしても、きっと同じだ。
 彼女は哀しむだけではなく、きっと怒るだろう。けれど決して鈴鹿を憎みは
しない。自分の息子を軽んじているわけじゃない。鈴鹿の醜さを知らないわけ
でももちろんない。それでも、彼女はきっと鈴鹿のことを許すだろう。

 ――それなら、それだからわたくしは。二人の心を裏切ることなど、できや
しない。してはいけないのだ。

「お姉ちゃん?」
「ええ、大丈夫ですわ宗谷さん」

 安らいだ微笑を浮かべて。鈴鹿は宗谷さんの髪を優しく撫でる。
 くすぐったそうに首を振る宗谷さんは、とても可愛らしかった。


時系列と場所
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 2005年春の朝。
 月影屋敷の食卓にて。

解説
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 行き過ぎた愛情とは恐ろしいもので。
 これじゃ久遠くんとこの鬼になんも言えませんね。


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 / 姓は月影、名はれあな
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