[KATARIBE 28644] [HA06N] 小説『童謡今昔』

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Date: Sun, 10 Apr 2005 23:43:01 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28644] [HA06N] 小説『童謡今昔』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月10日:23時43分01秒
Sub:[HA06N]小説『童謡今昔』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
実話より連想した、ちょっとした風景。
達大さんと火狐ちゃんお借りしました>ねこやさん。
訂正、等、どうかお願いします。

***************************************
小説『童謡今昔』
===============
 登場人物
 --------

   六華(りっか)
     :元花魁の冬女。現在桜木宅に居候中。古いことに多少詳しい。
   軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。昔は三文安いおばあちゃん子だったらしい。
   豊川火狐(とよかわ・かのこ)
     :達大の姪。居候にいま一つ馴染んでないらしい。
   桜木達大(さくらぎ・たつひろ)
     :底の知れないシステム管理者。 里見アパート在住


本文
----

 海は荒海、向こうは佐渡よ
 すずめなけなけ、もう日は暮れた
 みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ

       **

『六華ー助けてー』
「……真帆サン?」

 その電話がかかってきたのは、丁度火狐と六華が夕食を終えたころだった。

『てか、あんた時間空いてる?どっか出てこれる?』
「……ええと」
『あんたんとこ行くんでもいいけど……桜木さんとこだからなあ、そこ』

 そう言われると、六華も少し困る。多分真帆が来るくらい、達大は少しも構
わないだろうが、それにしても一応、この家の主に言わないのは失礼のような
気がする。かと言って火狐を独りで置いてゆくことも、また問題であるように
思う。

『ええとね、玄関先でもいいの。あんたが歌えるとこ』
「歌う?」
『うん。ちょっと教えて欲しいんだわ』
「…………うん、それはいいけど……じゃ、玄関先で」
『助かるっ』

 ばたばたと、礼を言いながら切ろうとする。その寸前に慌てて六華は口を挟
んだ。

「で、でも真帆サン、道判る?」

       **

 道を(かなり懇切丁寧に)教わった真帆が、玄関先に到着したのはそれから
暫くしてのことである。

「で、真帆サン、何教えればいいの?」
「うん、『春の小川』の歌詞」
「……?」
 唐突に何を言い出すのやら。
「童謡、だよね?」
「童謡。春の小川は……って奴」
「春の小川は、さらさら流る……でしょ?」
「そうそう、それそれ」
 妙に嬉しそうに、真帆は鞄からノートを引っ張り出す。
「ちょいゆっくりめに歌ってくれない?」

  春の小川は さらさら流る。
  岸のすみれや れんげの花に、
  にほひめでたく 色うつくしく
  咲けよ咲けよと ささやく如く。

  春の小川は さらさら流る。
  蝦やめだかや 小鮒の群に、
  今日も一日 ひなたに出でて
  遊べ遊べと ささやく如く。

  春の小川は さらさら流る。
  歌の上手よ、いとしき子ども、
  声をそろへて 小川の歌を
  うたへうたへと ささやく如く。

「……あら、三番もあったんだ」
 ちょっと待って、と、何度か止めながらメモをしていた真帆が、最後にそう
言ってメモを見直した。
「って……何?」
「いや、やっぱあんただったらわかるかと思って」
「……わけわかんない」
「古いほうの歌詞、知りたくてさ。あんただったらそっちじゃないかと」
「これ、古い歌詞なの?」
「そうだよ……ね?」

 自分の後ろへと視線を移して、真帆が念を押す。その視線のほうを六華は見
やる。

「火狐ちゃん」
「春の小川って、三番ないもん」
 
 真帆は、玄関の扉を少し開けて、半分外に立っている。火狐は玄関に向う戸
口のところから半分顔を出して眺めている。

「あ、そうなの?」
「そう。だから、古い歌詞知りたくって、あんただったら知ってるだろうなあっ
て思って」
「……それなら電話でも良かったのにー」
「いや、他にも色々知りたくって」
「たとえば?」

 ええとね、と、真帆はメモをめくる。
 六華はこっそり目の端で火狐を見る。
 戸口のところから、結構火狐も一所懸命こちらを見ているらしい。

「ええとね、浜千鳥一度歌ってくれない?」
「真帆サン知らない?」
「知ってるけど……一度模範解答知っときたいから」

  青い月夜の 浜辺には
  親を探して 鳴く鳥が
  波の国から 生まれ出る
  濡れた翼の 銀の色

  夜鳴く鳥の 悲しさは
  親をたずねて 海こえて
  月夜の国へ 消えてゆく
  銀のつばさの 浜千鳥

「……火狐ちゃんとか知らないよね、この歌」
「むにー」

 苦笑して見やった真帆に、火狐はちょっと口をとがらせた。

「知らない筈だよ。これ大正の頃の歌だもん」
「そんな歌知ってるんだー」
 多少の尊敬と、多少の揶揄のこもった言葉に、真帆は笑った。
「うちのばーさまに教わった歌だもの」

 少し、間があった。
 その間の意味を……六華は理解する。

「おばあさん、元気?」
「……自宅から一時間電車に乗って出かけて、気分悪くして帰ったとかね、そ
ういう莫迦やってるよ」
 自分の元気を過信するからなーと真帆がぼやく。
 どこかで見た光景だな、と、六華は内心呟く。

「でも、何で急に?」
「うちの義妹から、甥っ子と姪っ子に童謡教えてって言われまして」
「真帆サン、そこそこ知ってるじゃないの」
「だけど流石に、春の小川の昔の歌詞は知らなかったから」
 助かった、と、真帆は笑った。

      **

 箱根八里に青葉茂れる、早春賦に荒城の月。
 いつの間にやら、火狐は玄関のあたりまで出てきて、知っている歌、知らな
い歌を首を伸ばすようにして聴いている。
 実際のところ、六華の記憶は冬に限るから、夏の歌になるとかなりその記憶
はあやふやである。それでも冬の歌、春の歌は、流石に長い年月を経ているだ
けに、よく憶えている。
「朧月夜なんかは、火狐ちゃんも知ってない?」
「知ってる……」
「じゃ、六華と一緒に上歌って。あたしそれ下歌えるから」
「上?」
「あ、メロディね」

 ……まあそんなわけで。

「……何をやってるんですか」
 それなりに遅い時間に帰ってきたら、戸口から『朧月夜』の二重唱が聞こえ
てきている場合、その程度の挨拶で済んだのは幸いかもしれない。

「っと、すいません、お邪魔してます」
「お邪魔は構いませんが、どうして玄関で?」
「いや、居候の友人が、乗り込んじゃまずいでしょ、なんとなく」

 そんで玄関先で何をやってますか、という感じではあるのだが。

「どうぞ、おあがり下さい、ここじゃなくて」
「いや、あと一曲教えてもらえば帰るし……ええとね、六華、砂山知ってる?」
「えーと?」
「海は荒海、って曲」
 かすかに節をつけて、最初の歌詞を読み上げる。その節に憶えがある。
「あ、知ってる」


 海は荒海、向こうは佐渡よ
 すずめなけなけ、もう日は暮れた
 みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ


「ああ、それだー」
「って、真帆サン、これ知らない?」
「知ってるけど、記憶ではどっかで音を外すんだよね」
 あーすっきりした、と、真帆は笑った。
「この前から、歌詞だけが頭の中で他のとリンクしてわらわら廻ってたから」
「他の?」
「うん……ほら、以前調べたでしょ?」
「え?」

 きょとん、とした六華に、真帆は苦笑し……そしてふと、一句を口ずさんだ。

『おきつ風 いたくなふきそ くものうらは 
     わがたらちねの おくつきところ』

「……良寛、さん?」
「そ」

 それが?と、不思議そうな顔になった達大に、いやそんだけ、と、片手を振っ
て。
「じゃ、すいませんでした、火狐ちゃん、達大さん。ありがとね六華」
「……うん」
 そんじゃ、ありがとうございました、と、ぺこりと頭を一つ下げて。
 そのままきびすを返して、帰ってゆく。

 
 わがたらちねの おくつきところ と泣く良寛と。
 荒海を見ながらその先の佐渡を見る白秋と。

 
「でもそれって、子供さんに教えるのってどうだろう」
「え?」
「あ、いえ」

 なんでもないです、と、六華がは手を振る。
「あ、ごめんなさい、玄関先で」
「いえ」

 扉を閉める前に、一度だけ六華はその外へと頭を出した。
 低い声が、うっすらと先程の曲をなぞるのが聞こえた。


  暮れりゃ砂山、汐鳴ばかり 
  すずめちりぢり、また風荒れる
  みんなちりぢり、もう誰も見えぬ


時系列
------
 2005年4月はじめ

解説
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 童謡がふと口について離れないことがあります。
 こんな記憶があるよ、と、呟く人も居ます。
 そういう風景です。
******************************************

てなわけで。
ではでは。


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