[KATARIBE 28642] [HA06N] 小説『光魚浮遊街』(上)

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Date: Sun, 10 Apr 2005 20:43:29 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28642] [HA06N] 小説『光魚浮遊街』(上)
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月10日:20時43分28秒
Sub:[HA06N]小説『光魚浮遊街』(上):
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ええと、06小説、とありますが、現在のことではありません。
『地上の星、眼下の闇』に出てきました、まだ折れる前の真帆とその友人の話です。
IRCのほーで、読んでみたい、と言って下さった方がいらっしゃいますので、流します。
ちと長めなので、(上)と(下)で。

********************************
小説『光魚浮遊街』
=================

0:0

 確かにそれは、異形の街と見えた。
 猥雑な生命力を忌避するくせに。
 その出所は、畢竟人の手に拠る街。
 畏怖は、そこにはない。
 あるのはきいんと耳鳴りがするような違和感のみ。

 *** 

1:

 友人が植物人間化している、と、連絡を取り次いでくれたのは妹の片帆だっ
た。
 筆不精に電話不精、連絡不精は常のことで、結果としてあたしを知っている
友人たちはあたしに確実に連絡を取ろうという場合、本人にではなく実家に電
話する。仕事の関係で半年前に引っ越してからは特に、満足に転居連絡を取っ
ていないのが幸い……ええもとい、災いして、実家に次々と電話が来ていたら
しい。
「……ねーさん、電話取り次ぎ、これ以上続くんならバイト代貰うよ」
 との妹の言葉により、電話一件あたり、300円から最大1000円までの幅で連
絡取次ぎを頼んでいる。ねーさん本当にぐうたらだね、と、妹には呆れられる
のだが、引っ越して3ヶ月目くらいは、結局かなり妹に支払うことになったの
を覚えている。
 それでも流石に半年経つと、住所確認のための連絡も少なくなる。今月は電
話なし、残念だなあ、と、三日ほど前に妹に言われていた……のだけれども。

『ええと、片帆です。椎崎さんから連絡がありました。寺岡さんが今、意識不
明なんだそうです。一緒にお見舞いに行かないか、とのことでした。詳しくは
連絡下さい。それだけです』

 新しい職場の門は12時に閉まる。一応いざという時の為に、塀を越える梯子
は物置にあるらしいのだが、しかしやはり、それを引きずり出すような真似は
したくない。時間ぎりぎりに門を出て、帰宅したのは12時過ぎ。肩を叩きなが
ら留守電の点滅するボタンを押して……暫くあたしは硬直した。
「……寺岡……はつみが?」
 友人としてはかなり古くからの付き合いに属する。高校時代の一年後輩で、
小説書きのバイク乗り。小柄で細身の癖に、いつかは大型バイクに乗るのが夢、
と、言っていた子で。
 だから、自然、交通事故じゃないかと思ったのだけれども。
「あ、違う違う。交通事故とかじゃないよ」
 実家に連絡を取り、これも高校時代からの友人に連絡を取る。椎崎晶子、通
称あっちゃんはあっさりとそれを否定した。
「じゃ、どうして……」
「それがわからないらしいんだ。はつみってほら、今一人暮しなんだけど、三
日に一回は必ず実家に連絡入れてたんだって。それが一週間連絡途絶えたもん
だから、お母さんが様子を見に行って……ってことらしいよ」
「……えらいなあ」
 実家から連絡が来ない限り、こちらから電話一本しない性質のあたしとして
は、ただただ、そう言うしかない。
「あんたが極端なんだってば」
「……う」
「まあそれはいいんだけど。そんでお母さんが見に行ったら、はつみ、布団の
中で眠っていたらしいんだ。それでそのまま」
「起きないわけ?」
「今に至るまで、もう一ヶ月以上」
 からんと。その言葉は奇妙なほどに乾いて聞こえた。
「でさ、ねえ真帆、あんた次の土日空いてる?」
「うん、空けられるけど」
「じゃ、一緒に見舞いに行かない?」
「うん、行く……って、あっちゃん道わかる?」
「わかる……って、あれ、真帆ははつみのとこ行ったことないの?」
「あるけど、今回は病院でしょ?」
「うん……ああ、そういうことか。うん、はつみの実家の近くだから多分あた
し分かると思う」
「んじゃまかせた」


 ……先輩、相変わらず突っ走ってますねー
 ……でも、ほっとしました。私も先輩がどれくらい変わったかな、って思っ
   てたから


 日取りと待ち合わせ場所を決めて、電話を切って。
 ゆっくりと、思い出す。


 ……そうだ先輩、ここまで来たら、面白いもの見せたげます
 ……ちょっと、面白いですよ
 ……日曜日の朝。時間限定なんですけどね


 日本に帰ってきて暫くして、彼女のところに泊まりに行った時が、直接会っ
た最後の機会だったかもしれない。独立心旺盛なくせに惚れっぽい彼女は、丁
度付き合っていた相手と別れたばかりで、東京の中心で幾つものバイトを掛け
持ちしながら暮らしていた。大手町から、地下鉄でほんの二、三駅。都心近く
の、ねずみの駆けまわるぼろアパートの一階に。
「……ななはんにのるー?!」
「夢ですね」
「倒れたの持ち上げられるの、はつみの細腕で?」
「あ、莫迦にしてるなー。軽いですよあんなもん」
「……うーん」
 身長は150cmとちょっと。黒系統の服を好んで着るせいか、余計に華奢に見
える彼女に言われても、実に説得力が無い。
「まあ、軽いってのは言い過ぎですけどね。でも乗るんだったら徹底したいじ
ゃないですか」
「……こわいなあ」
 呟くと、はつみはあはは、と、笑った。
 笑っていた。
「でも、こう、気持ち良いんですよ……そう、やっぱり現代の馬だよな、って
感じで」
「馬?」
「そう。だから言うこと聞かないんです」
「……お願いだから、事故らないでね、はつみっ」

 事故らなかった、そうだ。
 ……でも、それじゃあ何故?


 ……日曜日の、朝。この時間帯って、すごく不思議なんです
 ……そう、思いませんか?


  ***

0:1

 夢を見た。
 夢の中で、思い出していた。
 朝一番の電車に乗って、大手町の駅で降りる。欠伸を繰り返しながらはつみ
の後について歩いてゆく。幾つもある地上への出口のうちの正しい一つを、は
つみは入り口の番号を見もせずに選び取った。
 何度も来ましたから、と。
 口元の輪郭だけが、斜め後ろから見えて。

 
 かこん、と。
 アスファルトから跳ね返る陽光。
 階段を登りきったところは官庁街。普通はざわざわと人に溢れている筈の区
域は、足音が響き渡るほどに深閑としていて。

 連続するコンクリートとガラス。灰色の中に埋め込まれるメタリックグレー。
 まだ低い位置から差し込む日光が、幅の広いビルディングをぱしんと両断し
ている。
 良く晴れた空が、磨き抜いたトルコ石の青に見える。
 直線で区切られた空、鋭い縁を持った影。


 不思議でしょう、と、彼女が言った。
 不思議だね、と、返事をした。
 

 でも、本当はもっと不思議なんですよ、この街は。
 残念だな、先輩なら見えるかと思ったのに。
 聞き返すと、はつみはあはは、と笑った。

 笑い声は、アスファルトにぶつかり、砕けた。
 散らばった破片は、ひどく鋭い軌跡を描いて、思う以上に遠くまで飛んだ。


 きいん、と、陽光を浴びて、破片は鋭い光に変わりながら、窓ガラスにその
まま突っ込んでゆく。
 
 
 光。
 ひどく……無機質な、無感動な。

 否…………


 ***

2:

「誘っといて御免けど、あたし今日中に帰ることになったっ」
 朝早めの新幹線に、朝ご飯ごと乗り込んで座ったところで、晶子はこちらを
拝む真似をした。
「ほほう?」
「明日さー、ゆーじんの引越しの荷造り頼まれてさー」
「こっちはいいけど、泊まるとこどうした?」
「うん、昨日電話して、一名になります、ってしといてもらった……けど、よ
かったかな?」
「問題無し」
 もともと、安めのビジネスホテルに宿を取っているのだ。
「残念だなー。せっかく帝都に行くのに、どこにも寄れないや」
「……まあ……お見舞いだしね」
 そうだけどね、と、晶子が苦笑を返す。
 はつみが、意識不明であること。そして新幹線でお見舞いに行くくらいには、
状況が切羽詰っていること。
 意識が戻らないまま、一ヶ月。
 その事実が奇妙に浮くのだ。
 だからあたし達二人は苦笑する。帝都を見物に行くあたし達を、互いの中に
見てしまうから。
 これが、はつみに会う最後になるかもしれないと。
 その事実が奇妙に浮遊して、容易には腹の中に着地してくれない。


 はつみと良く似た面差しのお母さんが出迎えてくれた。
「あの、はつみさんの具合は……お見舞いして宜しいでしょうか?」
「それは、全然」
 高校の頃、二三度会ったことがある。母さんお茶、と、席を立って部屋から
出て行くはつみと、それに答える声。
 声は、ひどくかすれていた。
「お医者さんが仰るには……身体には一切異常は無いそうなんです。ただ、外
から呼んでも揺さぶっても、反応が無い」
「…………」
 思わず晶子と顔を見合す。
「だから、お二人とも、普通に近寄ってやってください。もしかしたらその音
で、あの子起きるかもしれないんです。静かになんてお気使いなく」
「……はい」
 互いに、今度は顔を見合すことなく答える。
 見合わせたら、読み取ってしまう。そんな……あたしたちの音で、彼女が起
きる筈も無い、と、思っていることを。

 げっそりと頬の肉が落ちているのが、まず目についた。
 肩あたりまでの、軽くウェーブを描く髪。一房だけ金色に脱色した髪は、広
げた扇子のように枕の上に散らばっている。
 腕には、点滴の管。その腕も、血管が浮いて見えるほどに白く細くなって。
「……はつみ、こんにちは」
 莫迦げているな、と、思いながらも口にする。口から発してしまうと、その
言葉は尚更に莫迦げて聞こえた。

 はつみは、眠っているのに。
 起きやしないのに。
 
 そう確信してしまうほどに、はつみの寝顔は静かだった。
 

 結局、それでもあたしたちは、一時間ほどそこにいた。
 おばさんがお茶を淹れ、お見舞いのケーキを切ってくださる。晶子が持って
きた花束を活けて、はつみの枕元に置く。
 何となく喋った。はつみのこと、はつみに最後に会った時のこと。意識不明
になってから、訪ねてきた友人たちのこと。毎日のちょっとしたニュースや最
近の様子。
 ぽつりぽつりと、途絶えるのを恐れるように。
 あたし達は、そんな風に話した。一言一言、丁寧に言葉を発しながら。
 けれども……三人とも、分かっていた。どんなに話しても、笑ってみても、
この会話は吸いこまれてゆくのだと。
 はつみの周りの、静寂の中に。


「じゃ、あたし帰るね」
 はつみのところを辞去したのが二時頃。せっかくだから絶対に帝都にしか無
いところに行こう、と、上野の科学博物館に行って、出てきたのが六時。
「で、あたしの泊まるところは、はつみの家の近く……だっけ」
「うん」
 よく考えたら、はつみの実家の近くにとれば良かったんだよね、と、晶子が
笑っていたものだが、彼女の予約してくれたホテルは、何故かはつみの一人暮
しの部屋の近くだった。何だかだと言いつつ、彼女もひどくあせっていたのだ
ろうな、と、それは流石にわかるのだが。
「まー、こんな帝都中心に泊まるなんて、滅多に無いから面白いよ」
「それなら良いけどねー」
「何にしろ、誘ってくれてありがとね」
「……うん」
 晶子は苦笑した。
「二人で来て、良かったね」
「……そだね」

 じゃあね、と、晶子は新幹線のゲートを通っていった。
 あたしは、東京駅に残った。

 夕食を済ませ、八重洲ブックセンターに転がり込んで本を買って。
 ホテルについたのは、まだ8時頃だった。
 普段から考えると、それこそまだまだ宵の口も良いところである。流石に今
回は仕事を持ってきているわけでもなく、ホテルの部屋で、あたしは暫くテレ
ビをつけて、ぼーっと眺めていた。

  官庁街に行ってみようか。

 ふと。
 ぼーっとしたままの頭の中に、それだけがほかんと浮かんだ。
 
  はつみに連れていってもらった、あの場所に。

 時計を見ると、まだ9時だった。
 
  行ってみよう、今。

 地下鉄の駅は、窓から見える位置にある。
 考えを変えないうちに、あたしは立ち上がった。


 ***

0:3

 ねえ、先輩。
 私、ここによく来るんです。最近特に……ほら、振られたでしょ、あれから
後、日曜日の朝には。
 
 先輩は、ティプトリーの短編集読みました?星々の荒野から、だっけかな。
 女の人が、シスターに宛てての手紙を抱えて、どんどん歩いてゆく話。
 あの話、なんか読んでて、こう……くるものがあって。

 世界が二重映しになっているとしたら。
 何となく今のこの街は、いつもの同じ場所の写しみたいじゃないですか?

 
 ああいう自由、先輩、嫌いでしょ?


 ***

3:

 夜の10時。
 東京駅の周りには、タクシーの列が途絶えることが無い。流石に昼間のよう
な混雑は無いものの、あちこちの信号の元で、何人かが所在無げに赤色灯を見
上げている。
 常夜灯。

 いわゆる『不夜城』的なざわめきは、けれどもここには無い。

 そのまま、たんたんと歩いた。一度地下に潜り……正直、はつみに連れてき
てもらった道以外は分からなかったので……大手町の駅まで歩いて。

 階段を登ったところに、やはり点る灯。

 高層ビルは、夜の空に溶け込んで見えた。
 けれども……夜で、かなりの窓が真っ暗になっていたにも関わらず、街はま
だ人の匂いがした。無意識の中で背景に聞き取っているざわめきが、尽きるこ
となく間遠になることも無く。

 まだ、人の街だ、と、ふと思った。
 目の前を、タクシーが一台走っていく。頭の上の、卵色の光。風紅
 向かいのビルのショーウィンドウに、その光が映って。
 ききい、と、間の抜けた音と共に、タクシーは角を曲がった。

 一瞬。
 光が、残像のように延びた。
 延びて、そのまま小さく弧を描いた。

 一瞬。
 人の気配が消える。

 光は、つぷんと小さく跳ねて消えた。
 ふっと、魚を連想した。
 夜の中を泳ぐ、細い魚を。


 ふと、気がついて時計を眺めた。
 時刻は既に、11時を回っていた。


 ******************

 ということで。
 続き、すぐ流します。


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