[KATARIBE 28632] [HA06N] 小説『春流』

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Date: Thu, 7 Apr 2005 21:17:54 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28632] [HA06N] 小説『春流』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月07日:21時17分54秒
Sub:[HA06N]小説『春流』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
これで最後、の、話です。
桜の花が満開のうちに、どうしても流したかった話の一つです。

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小説『春流』
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    相羽尚吾(あいば・しょうご) 
       :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。ものに動じない。
    軽部真帆(かるべ・まほ) 
       :自称小市民。毒舌家。奇妙な友人多し。


本文
----

 桜の季節にふと思い出す。
 散る桜の花びらに。
 
 それはとても懐かしく。
 同時にとても辛い記憶。

        **

 昼の桜は武士。夜の桜は花魁。
 そんなことを言った友人が居た。
 昼の桜は端正。無風の中にほろ、ほろ、と散るのが、正座して動かぬ武士の
後姿に似ていると。
 対して夜の桜はあでやかで、それ自体が淡い光を放つようで。
 夜目にも確かにその薄紅の色が写るようで。
 それがまるで、道中を歩む花魁のようであると。

 ……一体あんたそんなもんどこで見たの、と言うと、歌舞伎のビデオ、と笑っ
て答えた。
 まあ、彼女なら……過去を手繰ってそれらを見ていても不思議ではない気も
するけれども。

 さら、と、風が吹く。
 まだ桜は開いて間が無く、散るまでにはいま少しの猶予がある。それでも連
日、公園の桜の下では人の声が絶えない。


「それが苦手で」
「らしいね」
「無粋じゃないですか、折角年に数日の桜なのに」
 留学中、何が懐かしいと言って、この桜と秋の彼岸花だけは泣きたいほどに
懐かしかったのを憶えている。ある筈の無い桜を探して、夜の道をただ歩いた
こともあるくらいに。
「桜が見れれば、あたしはそれで満足なんで」 
 わいわいやってる場所から10分ほど歩いた処に桜並木がある。友人の居た本
屋からさほど遠くないこの場所には、あまり人も来ない。要するに酒を呑めな
い場所なのがこちらには幸いしている。
『結構ここ、穴場だからね』
 そう、教えてくれた友人は……年に三度の受話器の向こうである。

 丁度街灯に照らされて、桜はぼんやりと煙るように見えた。
 風の無い春の夜の、どこかぼんやりとした大気の中で。
 桜は散る景色も見えない。

 桜。
 大気の色が微かに薄紅に染まる。
 桜。
 その気配がほどけた蜘蛛の糸のように静かに流れて漂う。
 その色合いを、右の目で捉えながら。


 …………と。
 
 その、視野の隅に、光るものを見たと思った。
 光る、跳ねるもの。その残像。

「……え?」
「何」

 思わず立ち止まって振り返る。ぶつかりかけた相羽さんが、怪訝そうにこち
らを見た。

「見えませんでした?」
「何を?」

 ……錯覚?

 と。
 今度は確実に、視野の右端に幾つもの残像を見た。
 桜から漂う流れを、するすると辿るように。

「……さかな」

 というかこれは……

「ごめん相羽さん!」
 言うなり相手の手を掴む。そしてそのまま空に落下する。ある程度自由落下
に近い速さで。
 あたしの目に見えているのは、光魚達の起こす流れの前駆現象。ならば多分
あの魚達はすぐに来る。


 はつみ。
 帝都の空から、あんたはもう既にどれだけの間泳ぎ続けているだろうか。


「唐突だね」
「ごめん」
 ビル数階分を落ちて、そこで止まる。そこで初めて相羽さんが口を開いた。
「あたしも、知らなかったから」
「……何を?」
「光魚……って、あたしは呼んでますけど」

 言いかけて、口をつぐむ。相手の視線があたしの後ろへと伸びている。
 その視線を追いかけて、あたしもまた振返る。


 来た。


 蒼白い光を放つ小さな魚達の群れ。丁度水族館の、水の中に居るように……
……否、今の時期なら散り急ぐ桜の花の下に居るように、それらはぐんぐんと
こちらへと進み、瞬く間に視野一面を埋め尽くした。

 
 はつみ。

 
 彼女はゆっくりとほぐれて、光魚の一群になった。
 あれからもう数年。
 がんじがらめになってしまった自分を、自由にするために、と。
 がんじがらめになった自分を、一筋ずつほどいて。
 蒼白い魚の群れへと変わってしまった。

 彼女はこの緩やかな波に似た光魚の大群の中に、欠片なりとも存在している
のだろうか。
 

 気が付くと、魚達は幾つかの群れになり、丁度この付近を中心にした多少歪
な円を描いて泳いでいた。
 そして気が付くと、どうやらあたしはいつの間にか……泣いていたようだ。

「すみません」
 咄嗟に空に落ちた時に掴んでいた手を離して、相手の上着の端を握り直す。

「…………友人、なんで」
「……そう」
 ほの白く光る魚の群れを、相羽さんは眺めている。
「人を、やめた奴」
「……なるほど、ね」
 突拍子も無いことを言っている自覚はあったけれども、それ以上の追求は来
なかった。
 知り合ってそんなに長いわけじゃないけれども、この人は本当に物に動じな
いな、と、改めて。

 人の思いがほぐれて、光魚になって。
 それらがこうやって群れになって、満開の桜の夜の中を、さらさらと流れて
いるのだろうか。
 その……不思議さ。

「……って……ここに友人が居るかどうかわからないけど」
「ふうん?」
「だって、ほぐれて光魚に変わってしまったから」

 自由になりたい、と。
 その願いのままに。

「……ふうん」
 さあ、と、流れるような魚の群れを目で追いながら。
「俺は、人でつっぱしるね」
 そんな風に、何でもなげに。
「まあ、ツライとは思わなくはないけど、やめる気はこれっぱかしもない」
 ……らしい、な。
「……まだ、そのほうがマシな気がしますよ」
 
 改めて、流れる魚達を見る。
 幾つもの束になって、それらがぐるぐると。
 ……本当に、水族館の水槽の中に居るようで。
 
 流れてくる魚達の前に、手を出してみる。
 さあ、と、流れは二つに分かれ、手をかすめるように流れてゆく。
 それが……既に人とは無縁となったものの動きに見えて。
 そのことが。

「魚になってしまったら、彼女に言葉が届いたかどうかわからない」
 もう、数年前の話で。
 どうにも取り返しがつかないことだけど。
 けれども……やはりはつみに声が届かないのかと思うことは。

「人なら……まあ、怒鳴れば声が聞こえるから」

 すこしだけ……つらい。

 魚は流れてゆく。
 さらさらと。
 それでもここに、彼等が留まるのは……


「怒鳴られまくってるしねえ、俺」
 ふ、と。
 笑い混じりの声に、思わず振返った。
「…………そだっけ?」
 いや、本当に覚えがないからそう言った、んだけど。
「やれやれ、自覚なしか」
 肩をすくめて、そんな風に言われると……
 …………えーと。

「……」
 って、どうしてそこでそんな風に笑いますかねっ。
「……笑うな、今更」
 言うと同時に手が出る。あたしが捕まえていないと相羽さんは落ちるわけで、
その分近くに居たせいもあり、拳固はきっちり命中した。
「……って、これだ」
「笑うな、だけじゃ効き目ないでしょう、相羽さんの場合」
「はは、まあねえ」
「……ったくなー」

 はあ、と、息を吐く。
 光魚達はさらさらと泳ぎ続けている。
 吐いた息が泡にならないのが、不思議にすら思える。
 夜の海。その言葉がそのまま、この周りに実在している。

「まあ、いいんじゃない……お前さんも俺も、こうやって光る魚を眺めてる」
「……うん」
「……あいつらがどんな奴だったかは、わかんないけど」
 流れる魚達を、目で追うことで示してみせて。
「俺らはそん中にはいかない」

 一瞬。
 言葉に詰まった。

 確かにこの人は、人のまま突っ走ってゆくだろう。
 だけど。

 あの時確かに、あたしは人で居ることを選んだ。
 それだけの強さと根拠を、確かに持っていた。

 ……今は?


 上着の端を、掴む。
 その強さのお裾分けを、今一時だけでも欲しいと思った。
 
「…………そう、だね」

 言えたのはかろうじて、それだけ。
 嘘では、無い……と思う。


『自由になりたいんです』

 ほどけて去ってしまったはつみの言葉。

『先輩ならどうします?』

 
「それだけ、だね。俺には」
「……そう」

 目を上げると、相羽さんがこちらを見ていた。
 気が付くと同時に、その視線は逸れた。

 あんたは?と。
 切り込むように……見えた。

 
 手に握りこんだ、上着の端。
 ……今、魚になったら、相羽さん落下するか。


 或る一つの自由の形を体現するように、魚はさらさらと流れてゆく。
 対峙することの出来た、強かった過去の自分の記憶と一緒に。
 さらさら、と。

 何時の間にか魚の渦は静かにほどけて、長く伸びる一筋の波と変じていた。
 桜に、この魚達は酔っていたのかもしれない、と。
 ふと。

 ではこの桜前線と一緒に、彼等は遠く流れてゆくのだろうか。
 その想像は、相当に魅力的でもあって…………


 大気には波が満ちている。
 桜の波、光魚の波。
 薄紅の色と蒼白い光。
 きらきらと細かく光る魚達の鱗が、夜の闇に散る。
 ほんの少し時期の早い、桜の花の散る様に似て。

 
 四月初めの、そんな奇跡を。
 ……かろうじて人間のまま、あたしは見ている。
 
 
時系列
------
 2005年4月上旬。桜の満開の季節。

解説
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 光魚となった友人。自由というもののもう一つの形態。
 そういう風景も、また06のものかと思います。

************************************

この中の、はつみ、という友人と、それが光魚になるいきさつは、
以前、自分のサイトで書いていた話にあります。
(まあ、あれも06派生つったらそーなのかな)。

こういうものも、06の世界観に含まれて、違和はないか、と。
ではでは。




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