[KATARIBE 28631] [HA06N] 小説『 SEAGULL 』

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Date: Thu, 7 Apr 2005 21:13:18 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28631] [HA06N] 小説『 SEAGULL 』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月07日:21時13分18秒
Sub:[HA06N]小説『SEAGULL』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
一応、今日で、貯めてた分を放出する予定です。

谷山浩子さんの曲を聴きながら、の話です。

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小説『SEAGULL』
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    相羽尚吾(あいば・しょうご) 
       :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。おネエちゃんマスター。 
    軽部真帆(かるべ・まほ) 
       :自称小市民。毒舌家。妙な友人が多いらしい。この話の語り手

本文
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 長々借りてたけど、一応全部コピーしたから、と、妹が谷山浩子さんのCDを
ごっそり返してきたのが、確か2月の終わり頃。
 それからどうも……妙に延々と、この人の声を聴いている。

 透明に伸びる、どこか不安を誘うこの人の声を。

       **

 相羽さんは八橋を食べている。
「あんたは食わんの?」
「……流石に中にあんこが入ってると、酒のつまみには……」
 皮の肉桂は、好きなんだけどね。
「ふうん」
 おネエちゃんの居るお店では食べられないお菓子がいいかな、と思うと、つ
いつい選ぶのが和菓子になるんだけど。
「……よく考えたら、そういうおネエちゃんも、こういう和菓子好きかも」
「まあ、女の子だし」
「案外、こういうの持ってくほーが印象良くなったりするかもしれない」
「どうだろうね」
 相羽さんは笑う。
 ……まあ確かに、この人に似合わないっちゃ似合わないな。
「そいえば、大学の頃にね、友人……女の子が笑ってましてね」
 まだまだ今よりも、男子たるもの見栄を張れ、みたいなところがあった頃か
もしれない。
「サークルで喫茶店入るとね、女の子が頼むのはみんなケーキと紅茶、それも
案外地味なレアケーキとからしいんですよ」
「ああ、そういうの女の子好きだからね」
「ところが男子が頼むのが、ずらっとパフェ」
 信じられないよ、注文女子に頼むんだもん、と、彼女は笑いながら教えてく
れたっけか。
「だから、持ってきたウェイトレスさんもパフェを女の子の前に置こうとする
し……また男子もその間違いを指摘しないし」
 結局、ウェイトレスさんが行ってしまってから、大移動したらしいのだけど。
「そんなに見栄を張るもんかな、と、思ってたんですがね」
「そんなもんかね」
 
 つーか、居酒屋でお茶を頼んで、持ち込みのお菓子を平然と食べて、呑んで
る奴に付き合ってる貴方が特殊なんです。
 ……と言いたかったが、言ってどうなるわけでもなさそうなのでやめた。

「だから……あれだ、あんまりこう、お菓子っぽいお菓子より、こういう和菓
子のほーが女性に人気あるかも」
「……目の前で酒呑んでるお前さんに言われてもね」
「…………ええ特殊例ですがね、確かに」

 以前、本宮さんに教わった、お燗をしたほうが旨い酒。
 それを、湯飲みで貰って、飲む。
 そのほうがまわりが早いから、身体に無理がこないですし。
 そんな風に、言われた。

 無茶は、しないで下さいね、と。
 ……あの方も、どこまで判って言ってるんだか。

「……やっぱ、一つ下さいそれ」
「どうぞ」
 ふにゃ、とした八橋の皮をつまむ。
 肉桂の香りが強い。


 こうやって呼び出して、酒を呑む。
 話すことも多い。
 ただ、黙っていることも、案外ある。

 おネエちゃんってのは砂糖菓子なわけよ、と、相羽さんは言う。
 そうすると八橋なんかは、なんになるのかな。

「……傾城の美女の肌」
「は?」
「八橋が……なんとなく」

 くゆ、と、柔らかくて。
 手にしなだれるように沿って流れて。

 ああそういうことね、と、相羽さんが笑う。


 ほんとうにそんなつまらないことを、のんびり話している。
 時には……おネエちゃんの話が出てくることもあるけど、そうなるとおネエ
ちゃんだから痛いじゃなくて、誰がやられてもそれ痛いって、って話になる。
 それは、案外平気なのが……自分でも不思議では、ある。
 生臭いほうが、多分かえって苦手だと思うけど。
 この人基本として生臭目当てに彼女達のとこに行ってないし。

 ……ある意味それで手懐けられるってのは、才能だよなあ。

「何」
「いや……今更ながら、稀有な才能の人だなあ、と」
「ほんとに今更」
 ……おい。


 時折、思う。
 多分数年後、思い返して、あたしは自分が今どれだけ幸福か思い知るのでは
ないか、と。
 話が出来る友人は貴重だ。でもそれ以上に、沈黙を共有できる友人が居るな
ら。

 (それくらいの幸運って、ないと思うのよ)
 沙漠に二人して転がって、満天の空を見て。
 ……なんてことしたんだ、そんな危険な、と、後で先輩達から大目玉を食らっ
たけど。

 ただ、ぽつりぽつり、と、話しながら、空を見ていた。
 沈黙は苦にならず、話しもまた苦にならず。
 
 
 沈黙が辛くない友人。
 花澄は、行方不明になり。
 六華は、あたしのところを去り。

 ……だから多分、今のあたしは、幸運なのだろう。
 そして多分……数年後に、やはり鋭く痛むように、思い出す、のだろう。


 白く儚い鳥の形をして。
 誰の手にも届かない。
 ただ、気まぐれにくるくると円を描いてそこに留まり。

 そして多分そのうちに消える。

 
『最初から別れると思って、友人作るし』
 片帆から怒られたことはある。
 でも。
『……死ぬときはどっちにしろ独りだから』
『生き切ってないねーさんには言われたくない』

 ……でもね。
 友人のほうが生き切っちゃうことも、あるからさ。


「……食わんの、それ?」
「あー」
「見惚れてた?傾城の美女に?」
「どっちかっつーと、触れて惚れてた、かな」

 
 胃の腑に突き刺さるような……かなしさがある。
 八橋をお酒で呑みこんで。
 一緒にかなしさを呑み込んで。

 奥底から立ち上る悲しさと悔いと辛さと無力感と。

 (この鳥には手は届かない)
 それは……別に今に始まったことではなく。
 だから最初から承知のことだけれども。
  (花澄も六華も、もっと相応しい場所に行ってしまったから)
  (飛び立つように)


 飛ぶ鳥は……何故あたしの上を飛ぶのだろうね。
 くるくると、幾度も。
 
 もっと飛ぶに相応しい場所は、あるんじゃないかなと、いつも思う。
 それを言えば、多分あるかもなあ、とか言われそうで。
 
 ……だから、胃が痛くなるんだな。


「はい」
「……は?」

 手の中に、八橋もふたつ。

「ノルマ」
「……は」

 いや、好きだからいいですけど。

「多かった?」
「いや別に」

 残った八橋を、つまんで。

「んじゃ、お勘定」

 相羽さんがそう言った。


時系列
------
 2005年3月下旬

解説
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 会話が楽しい友人は大切です。でも多分沈黙を共有できる友人がいれば、それはもっと稀有かもな、と。
 そういう、日常風景です。

*********************:
てなもんで。
ではでは。


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