[KATARIBE 28627] [HA06N] 小説『魚の居る部屋で』

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Date: Thu, 7 Apr 2005 00:41:11 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28627] [HA06N] 小説『魚の居る部屋で』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月07日:00時41分11秒
Sub:[HA06N]小説『魚の居る部屋で』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ええ、書いてますごろごろです(滅)。

とことん日常の風景ですが、同時にこれは異能の話でもあります。
緊張緩和(相手のみ):11+気を使わないからいいねとよく言われる:3
そういう異能……ですな。

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小説『魚の居る部屋で』
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 登場人物
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   相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。人に気を使われない。この話の語り手。 

本文
----

 何とも、料理のしにくい台所だと思った。

「そりゃ、料理してないし」
「うん、いかにもそんな感じだった」

 塩や砂糖が固まってるし。
 醤油が行方不明になってるし。
 とにかく調味料一式、あったりなかったりだし。
 ざるはどこだ、鍋はこれだけか、すり鉢が無いぞ、みたいなね。

「すり鉢?」
「……そういうものが世の中にはございまして」
 仕方ないからうちから持ってきたのだ。
「じゃないと、胡麻和えとか作れないよ」
「……なるほど」
 昨日のうちに確認しといて、ほんと良かった。

「あ、味噌と醤油とお酢と買っといたから」
「……多分俺は使わないけど?」
「いやそれは知ってるが、一応」

 つーか、肉じゃが作るってんだから、醤油くらいあってもおかしくないんじゃ
ないかと。
 思うのは間違えてますかね。

      **

「……ちょっと頼まれて欲しいんだけどさ」
「はい?」
「俺、来週ちょっと吹利はなれるんだけどさ」
「ふむ」
「魚に餌やってくんない?」

 妙に改まって言うから何事かと思ったら、そんなことだった。
 まあ、いつもは本宮さんとかに頼んでいるらしいんだけど。

「どいつもこいつも予定つまっててさ」
「……ああ、別にそりゃ、構いませんけど……」

 一日一回、餌はみみかき一杯程度。丈夫だし、エアも要らないし、と。

「あ、たまにでいいから、鏡見せてやって」
「……かがみ?」
「あいつ、闘魚だから。たまに興奮させてやらないといかんのでね」
「………はー」

 魚を見せてもらって、餌はどれか、などなど、注意事項を教えてもらって。
 そして……ふと。

「ああ、じゃあ、最後の日に、ご飯作っとこうか?」
「お、助かるね」
「台所借りるけど、いい?」
「全く問題なし」

 何時になるかわからんよ、と言うから、あまり遅くなるようなら帰るから問
題ない、と言った。
 それでいい、とのことだった。

            **

「……よし、生存確認」
 実家が引越しの多い家だったんで、動物は滅多に飼ったことがない。だから
一週間の間に魚が病気になったりしたらどうしよう、と、思ってたんだけど、
有難いことにこの魚は丈夫らしく、毎度元気良く泳いでいた。
 ひらひらと、尾びれが長くて、鮮やかで。
 それでも結構、鏡見せるとひらひらばたばた喧嘩を売る。

 ……もしかしておネエちゃん達に似てるのかもしれない。
 そう思うと、何だかおかしい。

「……さて」

 なめこのお味噌汁と、ごはん。
 わけぎと貝のぬた。ひじきの煮つけ。切干大根。あじのたたき。ほうれん草
の白和え。
 思い付くおかずをあげてみよ、と、尋ねた時に出てきた品から、多少は日持
ちのするものも含めて作っておく。この台所から見て、まず自分で料理するよ
うには見えない。まあでも、作り置いておけば食べるだろうな、と。
 しかし作ってみて改めて、相羽さんの嗜好って、妙に和食寄りなんだよな、
と、確認。それも魚が好きってことだと、肉と違って一品料理というわけにも
いかないし……確かに外食だと高くつくだろうし、コンビニの弁当にはあまり
無かろう。
 揚げ物だと簡単だけど……あまり好きじゃないそうだし。
 南蛮漬けくらいはお弁当用に譲歩してくれないかな、とは思ったけど、とり
あえず今日のところは身欠きニシンとなすの煮物を作って、タッパーに移して
おく。

 これで日本酒が飲めないってのは……ある意味気の毒だよなあ、と、思って。
 ……そこらが酒飲みの思考なんだろうな、と、自分でもおかしくなる。

 と。
 電話が鳴る。
 一瞬手をだしかけて、慌てて止める。
 人んちの電話である。どうせ留守電になってるだろうし。
 じきにデフォルトの女の人の声。ピーっと鳴ったら伝言を、の、毎度お馴染
みの台詞の後に。

『……相羽だけど、いる?』
 へ?
『もし居るなら、お風呂入れといてくんない?』
 かちゃん。

「……お風呂ぉ?」
 いやそらー良いですよ。お風呂洗ってお湯張ればいいんだから。
 しかしだ。
「せめて何時くらいに帰るか言えよなあっ」

 ガスつけたまんま、帰るわけにもいかないじゃないか。


 夕ご飯の用意をして、お風呂を見て、追い焚きできることを確認して。
 掃除して、蛇口をひねって。
 暇だったんで明日の弁当の用意をして。
 まあこれくらいはご馳走になって良かろう、と、カップにお茶を入れて。
 カップを持ったまま一旦魚の様子を確認。ひらひらと動いているのを見てか
ら台所に戻って、座り込んで。


 ふ、と。

 ああ、こんなところに独りで居たんだな、と。
 高校の頃から、ずっと。

 毎日、毎夜。

 自分も一人暮らしは長いし、しっかり馴染んでたし、実家に帰るのが厭で仕
方ない学生やってたけど。
 でも、それでもいざという時には帰る場所はあった。
 
 相羽さんには、ここが、帰る場所だったか。

 「一人で生きてっと、いらんことばっか考えない?」

 うん、確かにここで独りで居るなら、いらんことばっか考えたろうな。
 魚一匹が静かに泳ぐだけの、この家の中で。


 その時の相羽さんに、今のあたしが会えていたらよかったかもしれない、と、
ふと思った。
 その当時のあたしだったら、流石にそのさびしさに呑まれそうだけど……あ
あでも、こうやってご飯作るくらいは当時だって出来たろうな。
 もしそんなことが出来ていたら……と。
 ふと。
 
 ……不可能だけどね。

 ぱしゃん、と、水の跳ねる音が一つ。
 ゆっくりと冷めてゆく、コップの中のお茶。
 ああ、本当に…………


 がちゃん、と、玄関のほうで鍵の音がした。

「ただいまー」
「あ、おかえり」

 湯のみにお茶を注いで、お味噌汁の鍋を火にかける。


「お疲れさん」


時系列
------
 2005年4月初旬

解説
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 人の緊張感だの何だのを、ほぐす人間というのはいるもので。
 そういう人間の、日常話です。
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というわけで、異能話ですええ(居直り)。
ではでは。


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