[KATARIBE 28625] [HA06N] 小説『 Telephone call 』

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Date: Tue, 5 Apr 2005 22:38:29 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28625] [HA06N] 小説『 Telephone call 』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月05日:22時38分29秒
Sub:[HA06N]小説『Telephone call』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
連荘です。
何となくゴミ箱的風景。

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小説『Telephone call』
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 登場人物
 --------
  軽部真帆(かるべ・まほ)
    :小市民代表。以前某国に留学体験有り。
  河合史哉(かわい・ふみや)
    :その昔の真帆の留学仲間。電話の相手。
  相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。御供えがあると呑みの相手にされる。


本文
----

 他人の愚痴なんて、聞いて流せばいいという。
 聞いて流して、それっきりにするほうが余程いい、と。

 同感では、あるんだけどね。

         **

『真帆姉ー』
「……はい?」
『俺俺。わかるだろ姉御?』
「…………ちょっとまてや」

 その時あたしは丁度自宅勤務分の報告書を書いているところだった。
 以前の上司曰く、たとえ仕事が一分も出来ていなくても、報告書だけは書け
るようにならなきゃあ、だそうで、そういう意味では非常に……なんつか有益
な教えだなあ、と、今になっても思うのだけど。
 片手で次の単語を打ち込みながら、電話を取った途端。
 ……これだもんなあ。

『わからねえの?』
「……は?」
『は、じゃなくてさ……可愛い弟分だろ?どうしてわかんねえの?』
「あのなあ……うちにね、『姉御』つって電話かける奴、何人居ると思ってん
の!」

 同時期に留学した連中。4年近く向こうに居る間、迎えた留学生の数は100人
を確実に越す。
 そのうちの1割ったって10人。
 そいつらのうち、誰が『俺だよ俺』つって電話してきても不思議じゃないと
きたもんだ。

『ちぇー……俺。史哉』
「……あんたかー……何、元気?」
『元気だけどさあ……なんだよ真帆姉、俺のこと忘れてるし』
「忘れてたら、とっくの昔に電話切ってるっての」
『真とかだったらすぐ反応するだろー?』
「……妙なぐれかたしてんじゃないっ」

 つまりがとこ。
 仕事でこっちにきてて、それも別に会うほどの時間は無いけど、電話代が安
くなりそうだから電話したんだ、やっぱり元気だったなー……というのが電話
の内容で。
 奥さんと子供達は元気、是非宜しくって言っといて、と最後に言って。
 受話器を置いて。

 何となく、溜息をついた。

           **

 他人の愚痴や苦情を、留学中はよく聴いた。
 留学生ってのは基本として若い。その中であたしや花澄は他よりも少しだけ
年上で、そのせいか女子は無論、青年の愚痴を聴くことも多かった。いや、花
澄はそれなりに美人だったから、そういう意味ではあたしのほうが女性扱いさ
れることが少なく、その分そういう話を聞いてたかもしれない。

 愚痴の大半は話せば満足する程度のもので、こちらもその積りで聞き流すこ
とが多かったけど。
 借金状況。先輩への不満。次のテストが上手くいきそうもないこと。靴下が
消えてゆく理由。
 そんな話を、幾つも聞いた。

 連中の殆どが既に結婚し、子供も居る。時にはその奥さんも留学中知り合っ
ていたりする。そのせいか未だに連中からは『姉御』で電話が来る。それも本
当に何年振りであっても、この調子で。
 
 おぼえてるだろ、と。

 そしてその度に思い知る。
 そうやって彼らの話を流すように聞いていたことが、もしかしたらこちらが
思っていたよりも相手には大切なことだったのかと。

『そりゃ、あんたには沢山の弟分の一人だろうけど、向こうには二人の姉御の
うちのかたっぽだもの』
 やはり留学していた友人が、そう言って笑う。
『特に今、花澄が行方不明だからね』


 他人の愚痴なんて、忘れてしまえと言われる。
 愚痴なんていわば、ゴミ箱に捨てる積りで人に話しているんだから。
 流しておけばいい、それだけで十分だ、と。

 ……でもそうやって、おぼえてるだろ、と言ってくる奴は、一人や二人じゃ
ない。
 いつもいつも覚えているほどにはあたしも暇ではなく、けれども思い出す時
には思い出して欲しい、と。
 姉御、と呼ばれていた過去は、確かにそれだけの重みがある。

 
 時折、辛くなる。
 彼等はあたしが、一度折れてしまったことを知らない。折れる前の走ってい
たあたししか知らない。
 だからあたしも、折れたことなど無い顔をして彼らに対峙する。折れる前の
時に傲慢なほどのアドバイスや忠告、その延長上の一言を持って。
 けれどもそれもまた……姉御、との呼称の重みだと思う。
 その呼称の上に胡坐をかいていた、過去のあたしからの負債だ、とも。

           **

「それだけ、慕われてるってうぬぼれるってわけにもいかないか」
「……うぬぼれたいけど……その分、いつでも憶えてろってことだし」
「ふむ」
「何より分不相応」
「そう?」
「自分でそれくらいは判りますから」

 旅行に行った先輩からのお裾分け、とかで、片帆が持ってきたお菓子をお供
え代わりに相羽さんに渡して、その代わりに呑みに付き合わせる。
 ……何だか毎度のことになってる気がする。
 
「贅沢な話って、自分でも判ってるけど」
「しんどい?」
「うん」

 明日になれば忘れてるから、と、相羽さんは言う。
 覚えてなけりゃならないことは仕事で一杯で、誰かの愚痴なんて覚えてる余
力はない、とも。
 だからあたしはこの人に愚痴を言う。
 それが本当であるならば、この人はあたしみたいな思いをしない。

 それならば……いい。

「にしても、お前さん、北海道にでもいったの?」
「ああ、妹の先輩が行ってきたらしくて」
「なるほど」
「六花亭のお菓子もあったんですが、あれは相羽さんだとまずいだろうと」
「何で?」
「中にお酒が入ってるから」
 それは確かに、と、妙に真面目に相羽さんが頷く。
 そうでしょうそうでしょう、と、こちらも頷く。
 そうやってさらさらと話して、さらさらと流す。

 
 他人の愚痴なんて、聞いて流せばいいという。
 聞いて流して、それっきりにするほうが余程いい、と。

 ほんっと……同感では、ある。

時系列
======
 2005年4月の初め頃

解説
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 いつの世も、人付き合いというのはなかなかに難しいもので。
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ま、そんな風景で。
ではでは。



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