[KATARIBE 28624] [HA06N] 小説『地上の星、眼下の闇』

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Date: Tue, 5 Apr 2005 22:19:23 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28624] [HA06N] 小説『地上の星、眼下の闇』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月05日:22時19分22秒
Sub:[HA06N]小説『地上の星、眼下の闇』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
がしがし増えてる話の一つ。
全然、驚かないし慌てないしの二名様の話です。

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小説『地上の星、眼下の闇』
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 登場人物
 --------
   相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。呑めない割に呑む場所に居る。
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。多少の異能有り。この話の語り手。

本文
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 地上の星、眼下の闇。
 その言葉は……多分言葉以上に正しくて。

 どうしてあの人を巻き込んだのか、と、後で妹にはえらい怒られたのだけど。

 多分……そう。
 あの人ならば、驚きもしないだろう、と。
 思ったせいかもしれない。

        **

「腫れ、引いたね」
「もう殆ど」

 相羽さんが苦笑する。
 こちらも……苦笑するしかない。

「そいえば、何か言われた?」
「何があったの、とは言われましたけど、事故って言ったら皆納得しまして」

 あざは殆ど治っている。
 殴りかたが上手いのか、腫れる以外の後遺症は無かったし。そういう怪我だ
と普通に歩いていれば、大概他の人はああ事故ね、くらいに思うらしい。どち
らかというと『本読みながら歩いてて電信柱か自転車にぶつかったのか』と思
われていた節がある。

 有り難いことに妹は大学の休みとかで、実家に里帰りしていた。
 あれが居たら……あたしもただじゃ済まなかったろうけど。

「で、どこ行くの」
「……面白い場所に」

 お供え代わりのお菓子と、ペットボトルのお茶。そして一升瓶。
 それらを全部、鞄に詰め込んで。

「相羽さんが知らない場所であるのは、確かです」
「外?」
「まあ……外っちゃ外なんですが」

 六華とよく行った公園へ。
 一旦ベンチの上に鞄を置いて、もう一度中を確かめて。

 ……さて、どう持てば一番楽かな。

「相羽さん、ちょっとそこに座って下さいませんか」
「ああ、ここ?」

 鞄を持ち直して。

「ちょっとすみません」

 背広の袖を、軽く掴んで。

 想起する。
 緩やかに。出来るだけ静かに。
 背後に広がる空へと落下する――――


「おっと」
「空の側が下になりますから」

 きっかけさえあれば、そうやって自分は空へと落ちてゆける。
 そして自分に連なる人も一緒に。

「……ここらで、いいかな」

 そして、空の途中で落下を止める。
 
「すいません、あたしが掴んでないと相羽さん即地上に落ちるんで」
 左手で背広の裾を掴みなおす。腕だとかなり邪魔だ。
「詳しいね」
「妹で実験しましたんで」
 そのついでに落っことしかけて、恨みを買った憶えが数度。
 その度に『もうおねーちゃんの言うこと信じないっ』と怒られるんだけど……
割にあの子も繰り返しあたしに騙されてるな(いや騙す積りは元々は無いんで
すが)。


 鞄からペットボトルとお菓子を出して、相羽さんに渡す。
「これは大丈夫?」
「持ってる限りは……邪魔になったらこっちの鞄に入れてください」

 風が、案外強い。
 頭の上に、街の灯。
 足の下に、無数の星。

 足の方向に引っ張られる力はあるというのに、奇妙に中空に『浮いている』
感覚。
 

「こうやって飲む酒が、あたしは一番好きなんですよ」
「……なるほどね」

 留学中、沙漠を旅していた時に、偶然空に落ちて。
 以来、その感覚を思い出すことで、あたしはいつでも空に落ちることが出来
るようになった。
 空に『浮く』のではなく、空に『落ちる』。

 ただ、だからといって、急速な移動が出来るとかそういう利点は一切無い。
 落ちる速さだけは調節できるが、結局は上下動、移動には向かない。
 実用性に関してはえらい乏しい異能だと、自分でも思う。

 ……で、結局酒を呑むのに使ってるあたり、無駄遣いなんだか有効利用なん
だか。


「こりゃ、いい景観だ」
 目を細めるようにして、相羽さんが言う。
 しかし予想通りというか……この人も全く動じないな。
「役にはたたないですけど……好きなんですよ、この風景が」
「いいんでない?俺はこの風景がいつでも見れるのはうらやましいね」
「……そうですね」

 片手で一升瓶の蓋をあけて、用意しておいたコップに中身を注ぐ。
 安酒が、三割がた美味くなってる気がする。

「ある意味、俺の守ってる街とでも思い上がっとこうか」
 ぽつり、と。
 そんな風に、相羽さんが言う。
「…………ああ、なるほど」
「別に正義や平和に執着があるわけでもないんだけどね、そう思ってられるほ
うがやりやすい」
「……相羽さんが居たお陰で、灯が幾つか増えた街、ですか?」
「消えたとこのが多いね」
 おい。
「俺がつぶしたとこは、派手なお店多いから」
「……なるほど、ね」

 守っている街、か。
 刑事さんは、そういう風に見るのか。 
 

「……これ、氷砂糖?」
「へ?あ、いや、干し琥珀っていうらしいですよ」
 職場でお裾分けに貰ったんだっけか。
「そんな硬いもんじゃありませんよ」
「氷砂糖ならお前さんだね。かじったら歯が欠ける」
 …………おい。
「てーか、氷砂糖って……」
「まちがっちゃいないしょ?」
「……岩塩かと思ってましたがね、自分では」
「いんや、氷砂糖だね。弱いとこがね」

 ……一瞬手を離してやろうかなあと思ったのは、あたしの修行不足ですかね。

「……いちいちその、弱いとこって突っ込まなくても」
「だって聞かれたら返すでしょ」
「…………そーですがね」
 はは、と、相羽さんは笑う。

「まあ、いいですよ。氷砂糖なら、食われませんし」
「歯かけるからね」
「あたしなら果実酒に使いますけど、相羽さんなら飲めないだろうし」
「俺は最初からかじらないしねえ」
「……ま、かじられるほど弱くない、と、思っときますよ」
「かじることに意味がないし」
「意味……まあね」

 まあ、一応小市民代表。かじる……叩き潰される理由も無かろう、とは思う
けど。
 意味ってのが、ちょっと、腑に落ちないまま聞いていたら。

「まあ、俺女好きは昔からだったけど、どうにも本気にならん奴だったし」
「ふむ」

 …………。
 ああなるほど!

「ん?」
「いや、今、よーやっと、かじるの意味がわかったなと」

 あ、そういう意味ね……
 そら意味無いし、歯も折れるわな。

 お茶にむせるように、相羽さんが笑った。

「……てか、弱いって言うから……叩き潰すってことかと思いましたよ」
「ある意味両方だね」
「……そーくるか」

 砂糖菓子をかじる=砂糖菓子を叩き潰す。
 ……何かそう考えると、極悪だよなあ。

 なとど考えたのが、多少顔に出たのかもしれない。

「……別段ね、俺冷血だけど全く血も涙もないわけじゃあないよ」
 いや、そこまでは言ってないけど。
「親死んだ時は泣いたし、相棒死んだら……多分泣く」
「…………それは、そう、でしょうね」
「昔っからちょっと距離置いてる感じかね」

 空になったコップに、酒を注ぐ。

「距離があっても……泣くときは、泣けますからね」
「一時期そんな性格悩んだことあったよ」
 それは、少しわかるような気がする。
「けどね、俺は俺でそういう奴だったから」
「……確かに」

 寂しくないわけではないけれども、人が言うほど我慢できない寂しさではな
かったり。
 悲しくないわけではないけれども、人が慟哭するほどに悲しんでいなかった
り。
 辛くはあっても、動けない辛さではなかったり。

 どれだけ自分を呪っていても、頭の片隅で私はこの空をうつくしいとまだ考
えられるだろうかなどと。
 そんなことを思ってみたり……


「親父事件で死んだ頃かね、俺は俺にしかなれんなあと悟ったのは」
 
 ……え……

「……お父さんも、刑事で……らしたんですか?」
「いんや、ただのサラリーマン」
 返事はごく乾いた静かな声で。
「どっかのヤクザの抗争あってね」
 多分かなり昔の話であるのだろうと、理解出来て。
「巻き添えくって、頭ふっとばされて死んだよ」
 けれども傷が。
「そんときから血と死体は苦手だね」

 ああ、と思った。
 それが……傷か。

「…………成程」

 相羽さんは手の中の干し琥珀を転がす。
 あたしはコップを空にする。

「他にめぼしい親戚とかもいなかったしね、まあ遺産はそれなりに残してもらっ
たから、大学くらいはなんとかなったし」
「……ふむ」
「一人で生きてっと、いらんことばっか考えない?」
「考えます」
「んで、考えた結果が今の俺」
「……成程」
 苦笑。
 恐らく相羽さんも似たような顔をしているに相違ない。

「無駄に考える時間多いと駄目だね。考えつきぬけちゃうからさ」
「…………そう、ですね」

 と、掌の菓子から視線を上げて、相羽さんがこちらを見た。

「君も考えて、つきぬけて……つきぬけ切れてないねえ」
「…………」
 肩を竦めるようにして笑う。
 その言葉に反論が出来ない。

 なけなしの小市民としてのプライドとか。どこまで堕ちるつもりでも、どう
しても一線は踏み越えられない事実とか。何があっても人に危害を加えたくな
い、それで欲しいものが手に入らなくともそれは仕方が無い、とか。
 そういうものを、首根っこ捕まえられて、一気に見せ付けられた。
 それからまだ、一週間と経っていない。

「……自分で、判ってますから……」
「そう」
「岩塩になれない、悔しさ、とかね」
「なるほどね」

 溜息のように風が吹く。
 押し出されるように息を吐く。
 そのついでのように……言葉を吐く。

「…………さっき、相羽さんは、灯を……増やすなり減らすなり、したって言
われましたけど」
「ん、ああ」
「あたしは……一つ、増やした、だけなんですな」
「ふうん」
「あたしが居る、それだけね」

 ザンスシリーズのどこだかに出ていたエピソード。
 右は自分の居ない世界。左は自分の居る世界。
 その二つに何ら違いが無い、と、悲鳴をあげる青年の話。

「…………そういう……情けなさ、かな」

 五年前はそれで良いと思ってた。何一つ変わらないで十分だ、と。
 それが揺らいでいることを自覚している。
 生きることを選択するなら、腐ったまま誰にも関わらずに生きること。そ
う決めたし、そのように実行してきた。
 ……そしてそれが今……根底から揺らいでいる。

 そこらもまた、突き抜けきらん、と、評される所以だろうな。

「世の中に対して、何も為し得ない、とか」
「なるほどね……」
「……時折、それが頂点に立つと……つい、ね」
「……で、あの騒動か」

 言葉に詰まった。

「そこでヘコむのが、駄目なとこだね」
「……凹みますよ」
 生きることを選択するならば、腐ったままにしておこうと思った。
 生きたいと、前に進みたいと願うならば……そこで死のうと思った。
 確かに、そのように選択し、確かに実行してきた……のだけれど。

 何も為し得ず。結局不徹底な自分を見せ付けられるばかりで。

「……俺としては、お前さんがさっくり死ぬのはちょっとひっかかるね」
 ひょい、と、そんな風に。
「満足げに死なれると、ちょっとシャクだ」
「平凡な小市民だから、ですか?」
「いんや、お望みどおりに死んだとして、生き恥さらすべきやつがあっさり死
ぬのはシャクだね」

 ……ご尤も。

「…………まあ、お手数は、次にはかけませんから」
「そう願うね」
「だって、負けますから」
 何の気なしに言ったら、
「そりゃ簡単には負けないよ」
 妙に力説された。
「俺何回刺されそうになったと思ってんの?」
 思わず笑ってしまう。確かにこの人だと相当刺されかけたろうな。

「……いや、だから、相羽さんにつっかかっても、生き恥増えるばっかでしょ?」
「そのほがダメージでかいでしょ?」
 真顔で問い返される。
「だから……やりませんよ、もう」
 どちらにしろ、この人には負けそうだから。
 それを一度で学べないほどには、あたしも莫迦じゃない……筈だ。
「俺は叩くときは徹底的がモットーだから」
「…………氷砂糖が粉砂糖になりますな」
「ぶつかるたんびに欠けてくわけか」
「こー、すぱーんと一度で割れると、楽ですけどね」
 互いに笑い混じりに。
 そんな風に。
「そうは問屋が卸さない……んでしょうから」

 どうしてかな、と……改めて思う。
 あたしはこの人に凶器をつきつけ。
 この人から殴られた跡は、まだ顔に残っている。

 殺す甲斐もない、生き恥を晒せ、と、言われたのはつい最近。

 ……で、何でこう呑気に話しているのかな、と。
 それを疑問と思わないほどに自然に。


 頭上に、あざやかな人工の星。
 膝下に無限の闇。
 柔らかな面を描く風。


「この前……言ったの、これなんです」
「ん?」
「……こうやって……死ぬのなんて簡単なんですな。あたしには」
 どこかで思う。どうしてそんなことをあたしは言うかな、と。
 生き恥を晒せ、と、言う相手に。
「このまんま、空に落ちてゆけばいい。自由落下ならそのうち摩擦で擦り切れ
るし、そうじゃなくても空気が無くなる」
「……じゃ、なんでお前さん実行してないの」
「止めるんですよ、無意識に」

 自由落下。その一点、どこかを越える、と感覚でわかった瞬間に。

「怖い、と、思った瞬間、止まってる」

 自己破壊願望、と、言った奴がいる。
 真帆のは自殺じゃない。自分を壊したいだけだろう、と。

「……まあ、それだけです」

 投げるように話を切る。

「……そう」

 微かに笑うような返事がある。

 話し過ぎたな、と、どこかで思う。
 どうもこの人は……話し易過ぎる。適当に聞き流すと本人も言うし、こちら
もそれが判るからだろうけど。
 ついつい言葉が多くなり、話さなくていいことまで話している。
 何だか情けなくなって、ついつい鞄の一升瓶を取り出す。
 コップに、また注いで。


 頭上にはやはり絶えることのない人工の星。
 眼下には広がる闇。
 どちらにも……今は行き着けず。

 そしてまた、こうやって人一人連れてる限りは……今はどちらと選ぶ必要は
ないだろうな、と。
(どちらに落ちるにしろ、巻き込むことはできないから)

 ……もしかしたらその免罪符に、あたしはこの人を空まで引きずってきたの
かもしれない。
 落ちることなく、空に在る為に。


 頭上には地上の星。
 眼下には広がる闇。

 今このときだけは、まだ選ばなくても良い……と。
 選ばないことを許して欲しい、と。
 誰も許すこともなく、禁じることも無いと、分かってはいるけれども。


 頭上には地上の星。
 眼下には広がる闇。

 ただ黙って、眺めている。
 そういうのも、多分。
 

 悪くないってことに、しておこうか。


時系列
------
2005年3月下旬

解説
----
果てしなく迷惑をかけた奴と、かけられた相手と。
の、割には非常に暢気な話です。
吹利的日常風景の断片です。
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一応異能話なんですけどねえ。
……どうしてこう、違和感ないかなあ(苦笑)
ではでは。


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