[KATARIBE 28622] [HA06N] 小説『嵐が丘連想』

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Date: Mon, 4 Apr 2005 23:33:18 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28622] [HA06N] 小説『嵐が丘連想』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年04月04日:23時33分17秒
Sub:[HA06N]小説『嵐が丘連想』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
チャットログ『甘えと生き恥』の数日後の風景です。
………なんつかこー、ほんっと要らんこと考えながら生きてますね>真帆
先輩お借りしました>久志さん
台詞とか、問題あれば指摘お願いします。

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小説『嵐が丘連想』
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 登場人物
 --------
   相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。ものに動じなさすぎ。
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。多少の異能有り。この話の語り手。

本文
----

 殺る価値もない、と、言われた。
 生き恥さらせ、とも、確かに。

 文句は無い。
 というより自分がやったことを思えば当たり前と思う。それは本当に。
 てーか、殺す価値も無く、生きて恥を晒しとけって……うん、自分のやらか
したことを考えるとかなり親切ですらあるよな、と。
 それは本当に、そう思うのだ、今現在も。

 
 で。あれからまだ三日と経ってない筈なんだけど。


 何でまたあたしは、この人の向かいで酒呑んでんのかなあ、と。
 改めて。


         **

 とりあえず、気が付いたら病院に放り込まれてて。
 手元に残ってたメモに『生き恥さらせ馬鹿者が』と一筆あって。
 つまり……予定以外の迷惑をきっちりかけたものだな、と。
(そもそも迷惑をかける予定ではあったんだけど)

 そして、多分これっきりなんだろうな、とも。
 それでも当然だと思ったし、だからただ一つ心配なのは、六華から呼び出し
くらって本宮さんに会ったらどうしよう、ってくらいだったんだけど。



 とりあえず原因の一つは、多分弟で、もう一つは『嵐が丘』。
 強いて挙げるなら、もう一つは酒。
 ……だと、あたしは思うんだが。


「ケイト・ブッシュの『嵐が丘』?俺んとこには無いよ」
 弟夫婦はうちから電車で一時間のところに住んでいる。義妹と甥と姪に会い
に、そして弟のCDを聞きに、偶に行くのだけど。
 真帆、顔どーしたよと訊かれたから、事故、と言った。
 ああ電柱にぶつけたか、だから本読みながら歩くなって言ったんだよ、と、
弟はあっさり誤解し、話はそれきりになった。

「片帆のとこかなあ」
「そもそも真帆、CDで持ってたか?」
「元々は、はつみに借りたCDをテープにダビングしてたんだけどね」
「はつ……ああ、寺岡さんか」

 数年前に亡くなった友人の名前を、弟は少し言い難そうに言う。

「うん……いや、ただ、その後に買って、このバージョンじゃないのだ、と、
思った記憶があるんだけど」
「ベスト版じゃなくて?」
「どっちがどっちか憶えてなくて」
 なんだそれ、と、弟は匙を投げたように言った。
「真帆んちの近く、何かあったろ、CD屋。そこで訊いたほうが早いって」
「……そーするわ」


 病院から戻って、ふとその曲を聴きたくなって。
 どうしてだろう、と、ふと思って。
 
 ……やはりふと気がついた。
 あたしは多分、六華が居ないことが……さびしかったのだ。

 彼女は桜木さんのところに行くべきであった、と、今でもそれはそう思う。
 けれども並行して、彼女が居ないことを自分は寂しがっていたのだ、と。
 そのことがざらざらと、和することの無い音のように響き続けていたのだ…
……と。
 またあたしは気がつき損ねていたらしい。
 並行し、矛盾する感情が、そもそも許されるものなのだ、と、あたしの理は
なかなか認めない。
 ……だから、まあ、さびしかったのだろうな、と。


 嵐が丘。
 扉を開けなさい、と、彼女は歌う。
 嵐が丘は、翻訳本を中学の頃読んだきりである。その記憶の限りでは、最初
のシーン、幽鬼は弱々しく咽び泣いていたように思う。ここは寒い、どうか扉
を開けてください、と。
 最後まで読んで、それがとても気に食わなかった。
 どうして彼女は、こんなに情けない口調で扉を開けろと言うのだろう。ここ
までやる女なら堂々と命ずればいいのに。
 開けなさい、ここは寒い。
 開けなさい、今すぐに。

 ……あけてーあけてー、と、あたしは六華の部屋の窓を叩くのか?
 そんなことをふと思いついて……苦笑した。

 
 何枚かのCDと一緒に、駅を出て。
 いつも行く酒屋に行って、田酒を購入。
 そうか、このとこ自宅で酒飲むより、外で呑んでたから買いに来なかったん
だな。酒をここで買ってるときは、結構覗くだけでも隣のCDショップに行っ
てたんだけど……ってことは
(あ、いかんいかん)

 思考を切り上げる。鞄に一升瓶を押し込んで、方向転換しかけた矢先に。

「あ」

 多分向こうも相当驚いたんだとは思うけど、こちらも驚いたのだ。


       **

 酒は、寒立馬。
 青森、下北半島の酒。
 つーか何でこの酒がここにあるかな。

 相羽さんは湯飲みを前に、黙っている。
 弟のところで貰った菜の花を象った練り切りの菓子をお供え代わりに渡した
ら、ああ、ありがと、と言われた。
 ごく、当たり前のように。

       **

 まだ腫れてんね、というのが第一声。

「ああ……そか」
 言われて……触ってみる。そういえばまだ腫れがかなり残ってるのか。
 流石に帰ってすぐ見たときはぎょっとしたし、翌日見て、人間の身体にはど
うしてこうも色々な色素が含まれているのかなと思ったものだけど。
 案外見たほどには痛くないし、下手に隠そうとしないで歩いていると、別に
他の人もどうこう言わないものだし、そもそも歩きながらあたし本読んでるか
ら、誰がどう見ていても大して気にならないし。
 だからあんまり気にも止めてなかったんだけど。

「あれ、相羽さん見てませんでしたっけか」
 つーかこの人が殴ったわけだから、その結果についても多少は知っている筈
なんだけど。
「あの時は、そこまで腫れてなかったからね」
「あ、そーか」
 確かに触れると痛いし、指先にぷよっとした感触はあるものの……何でこの
人はそんなにしんどそうにこちらを見てるかな。

「ツライもんがあるね」
 はい?
「その顔」
「この顔?」
 傍から見てたら、多分相当妙な会話だったと思うけど……何せこちら意味が
わからん。
「いや、痛くないですよ、普通にしてると?」
「……いや、顔だから」

 …………あ?

「……はい、刑事さんに質問」
「あん?」
「同じ顔してんのが、男だったら心配します?」
「しないね」
 そらみろ。
「んじゃ、心配すんな」
「一応命だからね、顔は」
「あたしゃ雛人形ですか」
「雛人形のがまだ扱いやすい」

 そらー雛人形は自分では動かんしな。
 ……と思ったら、続きがあった。

「人形は死にたいなんて面倒なこと考えないしね」
 そーくるかよっ。
「…………そうですね」
 尤もつったら尤もだが、癪に障るというもので。
「最初から生きても居ないから……楽は、楽だな」
「まあね」
 今一つ自分でも出来の悪い理屈だな、とは思ったが、相羽さんはあっさりと
頷いた。
 ただ、頷いた後に言葉が続くのはいつものことで。
「でも、お前さんおとなしく座って人形やってらんないでしょ?」
「無理ですね」
「……だろうね」
 で。
 何でこの人、そこで笑うかなあ。

「……そこで何で笑いますかね」
「いや、夜な夜な歩き回る人形とか、そんなイメージ」
 なんだそれ。
「……呪いの人形ってか?」
「自分を縛ってるってとこでいうと似てるような気がするね」

 …………あの、なあっ!
 
「いやだから!呪いの人形でも良いですが、そゆのって顔が命じゃないですし」
「で?」
「……心配無用」

 だから笑うなっての。

       **

「何のCD買ったんです?」
「ん?ああこれ」

 袋から出てきたのは。

「あ、Yes?」
「聴く?」
「聴く。てか、『こわれもの』とか『結晶』とかは、確か持ってる」
「『90125』は?」
「持ってる」

 てか、あれが最初に聴いたアルバムだ。

「プログレとか聴く?」
「うん。あと、最近ではケルト系とか」
「ケルト?」
「クラナドとか」
「それで、あの店に?」
「……今日はちょっと別のを探したかったんだけど」

 言いながらグラスを取り上げて、ふと。

 …………ええと。
 あたしら、何か会話変じゃないか?

 いやあの、会話の内容がどうこうじゃなくて。
 あたしが殴られたのって、三日ほど前でして。
 その時、あたしはこの人に包丁とか向けたんだよなあ。
 んで、その時、ぶん殴られたよなあ。

 で、この前の店はまずいな、他のとこいこっか、と、言われて、そうですね
と答えて。
 何でかあたしはこの人の前で、冷酒を呑んでいて。
 相羽さんはお茶飲んでいる。

 てか。
 ……なんでこの人、平気で話してるんだ?

「……何」
「あ、いや」

 まじまじ見ていたら、見咎められた。
 尋ねようかと、一瞬思った。
 一瞬だけ。

「何探してんの」
「ケイト・ブッシュの『嵐が丘』」

 嵐が丘ね、と、呟いて、相羽さんは湯飲みを持ち直す。

「あの曲、好きなんですよ。歌い方が傲慢で」
「傲慢?」
「扉を開けて下さいって感じじゃなくて、開けなさい、って」

 開けなさい。
 ここを開けなさい。

 どこまでも運命を狂わせた相手に、亡くなったその後でさえ……

 ……あ。


 慌てて手で抑えた。
 それでも間に合わなかっただけの涙が、テーブルにぱたぱたと落ちた。

「追いついた、わけか」

 ぽつん、と、声が聞こえた。
 その意味は……判らなかった。


         **

 …………多分。
 あたしは言いたかったのだ。

 六華に、ここに居て欲しい、と。

 ここに居て欲しい。ここにまだずっと居て欲しい。


 ……それを言うことが、たとえ間違っていたとしても。
 言うことが、どれほど六華を、そして桜木さんを困らせるとしても。
 それが自分の得手勝手であったり、我侭であったとしても。
 どれほど傲慢と見えても、言いたかったのだ。

 
  扉を開けなさい(ココニ留マリナサイ)
  ここは寒いから(ココハ淋シイカラ)

 
 …………どれだけ間違っていたとしても。

         **

「ご馳走様でした」

 店を出て、あたしは、頭を下げた。
 結局、グラス一杯で、酒を止めた。
 それ以上呑んだら……本気で泣き出しそうで。

「んじゃ、またね」
 さら、と、言われて。
 ふと。

「相羽さん」
「ん?」
「…………有難うございました」
 
 一礼して、ふと。

「ま、いんじゃない」
 かろく、そんな風に戻る答とか。
「俺、頑丈だからさ」

 その、何の故に、気が付いたのか。

「…………てか」
「てか?」
「相羽さん居なかったら、あたしまじに死んでたのか」

 いや違う。
 あたしは、まじに、死ぬことが『出来た』のだ。

 どうして。
 どうしてあたしは、この人に殺されようと思ったのだ?


「……そう?」
「……別の方法で、死のうとしてたろうから」

 そう、あたしにはその方法があった。
 誰にも悟られず、行方不明という形で、しかし死ぬことは可能だった。

「んじゃ、お巡りさんとして市民の為に役にたったと思っとくよ」
 そんな声が、うっすらと耳に届いて。
 ……あたしは何を、話しているんだろう?

「……うわ、あたしは莫迦か」
「莫迦だね」
「いや、そうだけど」
 聴覚と視覚が現実から一歩分剥離する。丁度自分が夢の中に居るように。
 まずい、と、思う。こうなると全面的に自己保存の本能が減退する。つまり
がとこ何を口走るかわからなくなる。自分の抑えが緩みだす。
 そんな判断が、眼底を掠めるように流れて、こぼれて落ちる。
 ほんの一瞬。

「……そうか、あたし、ちゃんと死ぬ方法あったんだ」

 夢の中に居る感覚に陥ることは良くある。車の運転してる時にこうなると本
当に危険で、これは夢じゃない、本当に死ぬんだ、と、自分の頭を殴りながら
運転することになる。
 ……でも今、まさか自分の頭殴りながら話せないよな。

「でも、やらかしたのがあれか」
 必死に判断する。夢の中でも構わない、原因不明でも構わない、けれども相
羽さんには要らん面倒かけたことになる。
「……ごめんなさい」
「ま、いんじゃないの」
「…………いや」

 本当に死にたいなら、空に落下すれば事足りたのに

「よく、ない、けど」

 どうしてこの人を使おうとしたのか
 …………いや考えるな、今ここでは考えるな。

「やっぱ、まだ」
 そしてやはりあたしは、この人の問いをどこかで予想する。
「今でも思う?」
 死にたい、と。言外に含んで。
 ……ああほんとにこの人の問いは、時々本当に苦手だ。

「………………わかんない」

 自分は本当には死にたくなかったのか?
 助かりたいとどこかで思っていたのか?
 何て卑怯な、何て情けない
 
 それに一体どうして
     (頼むそれ以上今考えるな)

「…………ごめん、本当にわからない」

 あたしは死にたいんですか生きたいんですか。
 その問いに対する答が、まず不分明で。
 そこから発生する全ての問いと答がおかげで揺らいでいる……のか。

「ありがとう」
 たった一つ確かなこと。
 現在のあたしは、人と会話して良い状態じゃねえな。
 一礼して。だからそこで会話を止めた。
「じゃね」
 その言葉を、半分背中で聞きながら。

 …………問い質したいことはある。
 ただ、問い質せば御説御尤も、そのとおり、で。
 多分この人とは会うことも無いだろうな、と……

 問い質さない卑怯があるなら、もう一つ卑怯を重ねてみようか、と。
 ……なんでそんな判断をしたろう。


「……あ、相羽さん」
「ん?」
「……今日、ご馳走になったんで」
 多分家に戻ってから、後悔するだろうな、とか。
 家に帰ったら絶対呑もう、でないとこれは過ぎ越せないな、とか。
「次……面白いとこで呑みませんか?」

 ……全部置いて、何でそんなこと言ったかな。

「面白いとこ?いいよ」
「いつが暇かわからんから……時間があるようだったら連絡下さいな」
「わかった」
「……あ、でも、綺麗なおネエちゃんとかは居ませんから期待しないように」
「それは、してないって」


 それが間違えているからという理由で、あたしは六華に何も言わなかった。
 多分……その、反動だったんだろうな、と。
 相手の迷惑や己の理にそぐわない行動への嫌悪。そういうものが積み重なる
だろうな、と、半ば予期しながら。

 誰かがこれ以上去ってゆくのは……多分とてもさみしいことだから。
 (唾棄すべき卑怯な発想ですな)


 それじゃ、と言って、今度こそ向きを変えた。
 それじゃ、と、やっぱり声がした。


 鞄の中の一升瓶を確認しながら帰る。
 少し手の熱で温まった瓶の手触りだけが、夢化した現実と自分とを繋ぐ感覚
のようで。
 全て理解の範疇外。それを夢と誤魔化しながら。
 
 最後の最後まで利用し尽くした男に、それでも尚傲慢にも命ずる女。
 まだそこまでは、あたしも堕ちてないよな、と、どこかで。

 ……免罪符のように、思いながら。



時系列
------
 2005年3月20日前後。チャットログ『甘えと生き恥と』の3日ほど後。

解説
----
 さびしいと思うことを傲慢だと断じる生き方を選ぶ者。
 半ば壊れながらも、それでも彼女は平然と生きているのだと思います。
 対照的で、かつ似ている二名の、断片です。
***************************************

てなわけで。
ではでは。


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