[KATARIBE 28588] [HA06N] 小説『 Ol' Man River 』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 29 Mar 2005 15:19:41 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28588] [HA06N] 小説『 Ol' Man River 』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200503290619.PAA64713@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28588

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28500/28588.html

2005年03月29日:15時19分41秒
Sub:[HA06N]小説『Ol' Man River』:
From:いー・あーる


ども、いーです。
数日のうさを晴らしてますええ。
久志さんに切って頂いたログの、いわば前夜。
真帆の一人称的断片です。

**************************************
小説『Ol' Man River』
==================== 
登場人物
--------
    軽部真帆(かるべ・まほ) 
       :自称小市民。自己破壊衝動あり。

本文
----

 一人で居ると、碌なことを考えないという。
 五年間、碌なことを考えていないことになるんだろうか。

 ……あながち、間違いとも思えない。

       **

 六華が、居なくなって数日が過ぎた。
 つーか、正確に言うと……あたしが追い出した格好に……なるのかな。
 少なくとも彼女は消えなかった。
 そして……少しはこちらも役に立ったかもしれない。
 
 香夜を説得する情は、若旦那な桜木さんにあり。
 六華を崩す理は、多分あたしにあった。
 協力体制。目的の一致。
 ……それでもあたしには、黄泉路を一緒に行こうとまで思えなかった。
 いや、正確に言おう。黄泉路を行くことは問題ではなかった。
 ただ、六華と一緒にゆこうとは思えなかった。

 彼女は、こちらに残るべき人だったから。
 あたしよりも、余程。

 あの時、香夜と一緒に行けばよかったのかな、と。
 今でも思う。
 戻らなくて済むのなら、それはそれで良かったろうに、と。


 式を打ち込んで、条件を加えて。
 簡易プログラムを走らせて……これであとは2時間。

 ここ数年、アルバイトで生き延びている。
 単純作業が主だけど、特殊なソフトを使うそれなりに熟練工的な仕事なんで、
作業量の割に給料は良いかもしれない。ついでにPCの関係から、結構自宅で
作業をすることが多い。それは良いね、と言われることもあるが、初期の作業
のかなり単純かつ長時間、かつ横で見てないと時々PCがさぼる、なんてシロ
モノなので、結構それなりに……閉塞状態になるというかなんというか(いや、
その間に論文のひとつも読め、という意見はとてもあったりするが)

 PCの前から移動して、積読状態の紙の束を手に取る。
 取って……

 握ったまま、ふと気が付くと別のことを考えている。
 どこかしら、ざらざらとしたまま。


 『いらんことばっか、考えない?』
 うん。考える。


 香夜と一緒に行けばよかった、と、思うのは別に彼女への憐憫ではない。ま
た六華の幸せの為に犠牲になろうなんて押し付けがましいことでもない。
 ただ、そうするのが一番理に適っている。そう思ったし、今もそれは変わら
ない。
 ……でもどこか、感情のどこかがざらざらとしている。
 何でこんなに……辛いのかな。

 
 試しに左手を握り締めて、床にぶち当てる。畳だから、ああこれは痛くない
な、駄目だな。何か無いかな、何か。

 
 幸せになれと押し付けられて、あたしは死ぬ思いをした。
 死んでしまえば良かったのに、死ぬ覚悟ができていてどうして、と。
 でも次は逃げられないわよ、逃げては駄目よ、と。
 だから。
 決して次が来ないように、あたしは傷を腐らせた。走ることも諦めた。足を
引きずってのろのろと生きられればそれで十分と思った。
 否。

 生きたい、と。
 走りたい、と。
 願うようになったら死ななければ、と。

 そう……思い知らされた。
 (走れるようになったら、また同じ壁にあたしはぶつけられるだろう)
 (同じ壁に、今度こそ逃げ場が無い)
 (多分痛むのはあたしだけではないから)

 裏切れないほど愛されて、尚それを裏切ろうというならば、それは万死に値
する。
 だけどあの時、確かにあたしは生きることを選んでしまった。


 時間が過ぎて、真っ黒になった画面を、なんとなく見やる。
 朝起きて。
 一度データを仕込んで、一つ結果が出るまでに40分。
 また仕込んで一時間半。
 そして今度は、二時間、か。

 ……だーめだ。あたしは仕事の配分が下手だ。
 こんな仕事、今やるもんじゃない。せめて単純作業で手を一杯一杯に動かし
て、眩暈がするほど目を使う仕事を。


 五年。
 誰にも迷惑をかけず、誰にも深くは関わらず。
 小さく丸くなって生きることを、この国は許容してくれるのだから。
 その一点には甘えよう。でもそれ以上は望まない。そう決めて、そう実行し
た。それでいいと思っていた。否、それしか自分が生き延びる方法は無いと思っ
ている。今でも。

 次は、大丈夫ね、と。
 ……次こそは確実に死ね、と。

 ひとつ学んだこと。
 死ぬ覚悟で出来ることは、死ぬことだけだってこと。
 死ぬ覚悟があれば何でも出来るって、そりゃあ嘘に決まっている。
 一年のうち365日、死に続ける自信は無い。でも、一生のうち一度壊れる
のは……多分覚悟次第だと思う。

 覚悟、なら。
 ……今の自分に、多分。

 (壊れたい)
 (死ぬ、ですらないのかもしれない)
 (目が落ち、腕が崩れるように壊れることが出来ればと)
 

 生きたいと願えば殺される。
 走りたいと立ち上がれば即座に潰される。
 元気になったね、さあ大丈夫だね、もう繰り返さないよね、と。

 瞬時にあたしは殺される。

『……自分が、幸せなげてるから、かねえ』
 投げているというより、不可能なんだよ、相羽さん。
 走れば殺される。立てば潰される。幸せに幸せに幸せに幸せに。
 好意と愛情と、絶対の善意でもってあたしは。
 
 あなたの云う幸せは、あたしにとっての地獄でしかない、と。
 言ってもあなたはにこにこ笑いながら言うでしょう。
 ……おまえは何も分かっていない、と。

 …………今でも、まだ。

 ……そしてその恐怖を骨身に染みて知っているのに。
 他人に幸せになってくれと、気が付いたら願っている。
 矛盾は積み重なるばかり。
 
 (たすけて、ください)
 (だれか、たすけてください)

 言いながら、知っている。
 呟いている今でさえあたしは選んでいる。
 誰も、必要ではない。というより矛盾は解けるわけがない。
 解けてすっきり立ち上がったらあたしはまた殺される。

 殺されるくらいなら、壊れたほうがいい。


 六華と関わったことが、彼女の為になったのなら、それは望外の幸運である。
 それで……よしとすべきだろう。

 
 マウスを動かしてみる。
 黒い表面から、ゆっくりとプログラム画面が浮き上がって……
 ……って、あれ。

「……まてこら」
 ぬかった。2.5mメッシュを甘く見てたぞ己は。
『ごめーん保存する場所やっぱなかったわーやり直しっ(意訳)』とある画面
を確認。ソフトを終了。

 ……いいや。先に座標つけやろう。
 これなら単純作業の割に、余計なこと考えてるゆとりのない仕事だから。
 納期も迫ってるし。でも結構この数日作業進んだよね。


  (壊レテシマエ)
  (壊レテシマエ)

  (それすらも何という子供染みた発想でしかないものか)

 死にたいか。
 …………死にたくはない。
 ……でも。

 今のあたしには、壊れることすら怖いのです。

 (昔は誰かの幸せを願うことが出来てました)
 (昔は傍若無人に走っていました)
 (昔は自分の信念を通すためなら、死ぬくらい平気だと思ってました)

 ……なにひとつ、今のあたしに残っていないものです。

 
 画面を開く。画像を引っ張り出す。
 二つの画像を見比べて作業作業。視覚から入る情報の制御。樹冠の形、影の
具合から判断して頂点はこの画素。そしてポイント。

  (壊レテシマエ)
  (壊レテシマエ)
 頭の中で、そんなフレーズを転がしながら。
 (この五年の間何度も、手の中で剃刀を転がしていた時のように)
 (ころころ、ころころ)
 (あたしは壊れることを、自分が現在拒否しているのだという事実と)
 (なればこの事実を、一瞬でも長引かせるべきであるという認識と)

 幸福に、なってほしいなどと。
 どの面下げてあたしは望んでいるのか。
 幸せでいてくれ、なぞとほざきながら。
 どういう積りで彼女に向けて選択をしているというのか。
 積もる矛盾。積もる矛盾。積もる矛盾。積もる矛盾。
 無意識に左手の甲に歯を立てる。噛み千切るほどの根性も無いくせに。

 
 ポイントをもう一つ決定。対の点の設定が一つ完了。
 
 あと、20点。


時系列
------
 2005年3月14日より数日後。

解説
----
 自己破壊願望なんてものはやはり誰にでもあるのでしょうが、
そゆ時に独りでいると、幾らでも内側に転がり込むようです。
 題名は有名な曲の名前。歌詞の最後のほうの一節が大好きなのです。

***************
 てなとこで。ではまた。


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28500/28588.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage