[KATARIBE 28565] [HA06N] 小説『雪の舞う日』

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Date: Wed, 23 Mar 2005 01:51:57 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28565] [HA06N] 小説『雪の舞う日』
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2005年03月23日:01時51分57秒
Sub:[HA06N]小説『雪の舞う日』:
From:久志


 久志です。

 ゆっきー引導を渡されます。
いや、まだ終りじゃないけど。これから逆転劇があるのです、脳内に。
(書き上げられるだろうか……)

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『雪の舞う日』
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登場キャラクター 
---------------- 
 藤村美絵子(ふじむら・みえこ) 
     :幸久の元カノ。ちょっと気が強いけどいいお姉さん。 
     :三月末に結婚式を控えていたりする。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さんで霊感のある軟派にーちゃん。 
     :今更自分の気持ちに気づいた鈍い奴。

美絵子 〜打ち合わせ
--------------------

 三月に入って二週目の日曜日の午後。
 もう十三日だっていうのに、今日はやたらと寒いわよね。
 見上げた空が白くにごった雲で覆われていて、風は身を切るように冷たい。
かじかんだ手に白い息を吐きかけてこすり合わせる。なんだか真冬真っ只中み
たいよね、あと二週間後の式までにあったかくなるのかしら。
 近鉄吹利沿線の駅から歩いて五分のところにある茶褐色のビル。
 パレス吹利と大きく書かれた入り口をちらりと見て、中へと入っていく。
 もう何度目かになる、結婚式の打ち合わせ。本来新郎新婦そろって打ち合わ
せに参加するはずなんだけど、あの人はそのうちの半分くらいしか顔を出して
くれてない。

『ごめん美絵子、仕事忙しいんだ。次の打ち合わせには遅れても絶対顔を出す
から、ごめんね』

 そう言いながら、あの人が打ち合わせにきてくれたのは半分ほど。
 でも、ちゃんとその都度何度も謝ってくれてたわよね、申し訳なさそうに。
 仕事が忙しい。
 そう言われてしまったら、あたしからは何も言えない。

『本当に真面目でいい人よ、お仕事だってちゃんとしてるし、将来も安定よ』

 確かに、真面目で優しくていいひとで、人柄に文句なんかつけられない。
 きっとあの人となら、安定した幸せな家庭ってものを築けるんだと思う。
 それが、きっと幸せっていうものなんでしょうね。
 腕時計の時間を確認する。
 今から打ち合わせといっても、もうほとんどこっちが決めることなんかない
のよね。細々とした確認くらいしかすることがないはずだし。それにもっぱら
打ち合わせやらで話を弾ませていたのは双方の母親だったりするし。
 あいつと約束した時間まではまた充分に余裕がある。

『頼む、大事な話あるんだ。ちょっとでいいから会ってくれ』

 昨日、ユキからもらった電話。
 今日は打ち合わせがあるから無理だと言っても、必死に会って欲しいと頼み
込んできた。正直、あいつからそんな風にあたしに頼み込んでくるなんて今ま
でなかった。
 もう一度、腕時計の時間を確認する。
 もし、帰りにお母さんとお義母さんにお茶に誘われたとしても、まだまだ時
間に余裕はある、大丈夫よね。あの人が間に合ったとしても、たぶんまた仕事
でしょうし。
 てか、こんな式の直前に昔の彼氏と二人で会うなんて莫迦よね、あたし何考
えてるのかしら。あの人やお母さんにバレたら何て言われるかしら。

 パレス吹利の入り口から数歩のところで足を止める。カウンターの受付嬢に
名前を告げて奥へ通される。そこにいたのは私の母とあの人のお母さん。
 やっぱりあの人は来ていない。

「あら、美絵子さん。早いわねえ」
「ええ、こんにちは」
「美絵子ちゃん、ほら寒かったでしょう?」
「お母さんももう来てたんだ」

 お母さんとお義母さん。まだ籍は入れてないから義母ではないけれど。

「一也さん、また遅いんですか?」
「ええ、ごめんなさいね。お仕事忙しいらしいのよ、全く自分の結婚式だって
いうのに、本当に困った人よ」
「いえ、お仕事ならしょうがないですよ」

 しょうがないのよね。

 心の奥で何かがうずく。もう、しょうがないのよ。
 貼り付けたような笑顔。もう、引き返せないとこまで来てる。
 こんな風に自分の心を固めて、蓋をして、目を背けて。

 理の声が静かに告げる。
 納得しなさい、感傷にひきずられないで、もっと先のこと考えなさい。

 そう考えながらも心の奥のどこかで情がささやく。
 ねえ、先のことって、そんなに大事なのかしらね。

 でも、もうその答えを考えてる時間なんてない。

幸久 〜雪の舞う日
------------------

 なんだこの寒さはよ。
 吐き出した息が白く染まる。コートの襟を寄せてマフラーにあごをうずめる。
三月も二週目だっつうにこの寒さかよ。それに空も一面ににごった雲に覆われ
てて、まるで雪でも降ってきそうな雰囲気だよな。
 休日に入った仕事をなんとか終わらせて、吹利駅前を歩く。手にした携帯で
今の時間を確認する。
 まだ余裕あるな。
 今日は用事があるって言ってたのを、こっちから頼み込んで来てもらうこと
になってる。そういえば、普段だったら俺からこんな風に頼んで呼び出すなん
てなかったよな。昔につき合ってた頃でさえ。
 そんな頃から、俺はあいつに対して追いかけることしてなかったんだな。
 待ち合わせに指定した喫茶店にはいってコーヒーを頼む。
 窓際の席に座ってじっと外を眺めた。

 美絵子。
 本当、俺って昔っからなんでもお前に頼ってばっかだったんだよな。
 ダメな恋愛でへばってた時も、仕事で疲れきってた時も、小池のおやっさん
の想いを知って悩んでた時も。
 いつもお前に振り回されてると思っていたけど、でもホントは逆で、俺がい
つもお前に助けられてて、それが俺にとってすごく救いになっていて、俺は文
句言いながらもお前と会うの楽しんでたはずなのに。

 親指の先を噛む。
 莫迦だ、俺。
 なんで、もっと早く。
 ちゃんと、あいつに言わなかったんだよ。

 黙ったまま外をにらんでいたら、不意に背後から声をかけられた。

「お待たせ、珍しく早いのね」
「美絵子……」

 振り向くと、白コートにパステルブルーのマフラー姿の美絵子が俺を見下ろ
している。

「ああ、悪いな。急に呼び出して」
「いいけどね」

 コートを脱いで目の前の席に腰掛け、ウェイトレスに紅茶を頼むとそのまま
テーブルに両手を置いたまま黙って俺を見る。
 その左手薬指に光ってるのは……エンゲージリング。

「用事、終わったのか?」
「まあね、打ち合わせよ、式の」
「……そか」

 ずきりと、胸が痛む。
 そう、だよなあ。もう来週の土曜なんだよ、な。
 莫迦なこと、考えてるよな、俺。
 けど。

「……話って何よ」
「ああ」

 伝えたいことも言いたいことも、山ほどあるはずなのに言葉になって出てき
てくれない。一瞬、口ごもったまま、時間が過ぎる。テーブルに紅茶が置かれ
た時の音がやけに大きく聞こえた。

「それ飲んだらさ、ちょっと外歩かねえか」
「……いいよ」

 美絵子が微妙に俺から目をそらす。
 この間と逆だよな、あんときは俺から目をそらしたんだっけ。
 それから互いに口を聞くこともなく、ゆっくり時間が過ぎていく。紅茶一杯
が空になるまで、こんなに時間が長く感じるとは思わなかった。

 喫茶店を出て、どこへ行くとでもなく街中を歩く。
 美絵子と二人並んで、手を出すでもなく、寄りかかるでもなく。
 通りがかった小さな公園で足を止める。とっくに夕方を過ぎて、日はすっか
り落ちている。

「座ろか」
「うん」

 日も落ちて人影もない公園で二人並んでベンチに座る。
 吐き出した息が白く染まる。てか、ほんとこの寒さなんだよ。
 ずっと黙っていた美絵子が、ふと空を見上げて声をあげた。

「あ」
「え?」

 その声の意味はすぐわかった。
 ちらちらと、降り注いでくる……雪。

「マジかよ、三月だぜ」
「ホント、道理で寒いわけよ」

 思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
 なんか、がちがちに固まってた空気がちょっとほぐれた気がする。

「美絵子」
「何?」

 返事を待たず、肩を引き寄せた。

「……美絵子」

 唇が前髪に触れる。
 ふわりと舞う雪が黒い髪にしみこむように溶けて消える。

「お前が好きだ」

 肩にまわした手から一瞬微かに肩が震えたのを感じる。

「莫迦なこと言ってんのわかってる、今になってこんなこというの無茶苦茶
だってわかってる」

 ゆっくりと、肩にまわした手に力がはいる。

「でも……」

 それでも。

「このまま伝えないでいて、後悔したくないから」

 少し腕を緩めて、美絵子の顔を見る。

「お前が好きだ。だから……取り返したい」

 空いた手で、髪に触れる。
 もう、だめでも。
 もう、手遅れでも。

「……後悔、したくないから」

 肩が小さく震えてる、俺の顔を見上げた目にじわりと涙がにじんできた。

「美絵子?」
「今さら……」

 乱暴に腕を振り払って、美絵子が立ち上がる。

「今さら、なんでそんなこと言うのよ」
「……ごめん、でも」

 俺はそれでも。

「今になって、なんでそんなこと言うのよ!」
「美絵子」

 涙が一筋、頬を伝った。

「俺は……」
「知らないわよ!遅すぎるわよ!……なんだって……こんな時になって……」
「それでも、俺は!」
「聞きたくない!ふざけないでよ!」
「美絵子!」

 走り去る美絵子の腕をつかもうとした手が、空を切って冷たい雪をつかむ。

「……美絵子……」


美絵子 〜駆け抜けて
--------------------

 走りながら、冷たい雪が頬に容赦なくぶつかってくる。でも、目の周りだけ
が熱い。振り向きもせず、走りながら何度も何度も手の甲で顔をぬぐった。

『お前が好きだ』

 今さら、なんで。

『お前が好きだ。だから……取り返したい』

 今さら、なんでそんなこと言うのよ。

『……後悔、したくないから』

 後悔したくない。
 それ、あたしのこといってるの?


幸久 〜ただ一人
----------------

 雪が舞う。

 ベンチに座り込んだまま、空を見上げた。

 ああ、本当に。
 もう、本当に、終わったんだな。

『今になって、なんでそんなこと言うのよ!』

 その通り、なんだよな……

 ああ。
 なんか涙もでてこねえ。

 いつもだったら、莫迦みたいに泣いて騒いで。
 なのに。

 今まで、失恋してヘコんでた時にはいつも美絵子に莫迦呼ばわりされて、
笑い飛ばされて。
 あいつが、いたから。

 だから逆に。
 あいつがいてくれるってことに、俺はずっと甘えてたんだ。

 こんな結末、とっくに予測がついてたはずなのに。

 雪が舞う。
 そういや、イブに失恋したときも雪が降ってた。

 そうだよ。
 あんときでさえ、俺は美絵子の奴に頼ってたんだ……

 もう、あいつには頼れないんだよな。
 あいつは俺のものじゃない。

 ああ。
 終わった。

 本当の、本当に、終わったんだよな。

 もう、あいつには二度と触れることができない。

 白い雪が、顔に、体にあとからあとから降り注いでくる。

「……ちくしょう」

 莫迦だ、俺。


美絵子 〜涙
------------

 あれから。
 涙目を親にきづかれないように、部屋に篭って自分で自分の肩を抱く。
 ついさっきまで、公園であいつがつかんでいた肩。

『……後悔、したくないから』

 心にぴしりとはいったひび割れ。
 でも、それだけじゃ理性の壁を崩してくれなくて。

『いい縁談じゃない、美絵子ちゃん』 
『もっと将来のことをちゃんと考えて』

 わかってるのよ。
 ちゃんと理性ではわかってるはずなのに。

 部屋をノックする音。

「美絵子ちゃん、帰るなりどうしたの?もうすぐお夕飯だけど」
「ううん、ちょっと冷えたからちょっと横になってる」
「そう?急に雪が降ってきたからかしらね、いまは大事なときなんだから風邪
ひかないようにね、なにか暖かいものでも飲む?」
「ううん、いらない」

 ばかだね、あたし。
 あいつでさえ、後悔したくないって心に決めたのに。

 あたしは。

 もう、終わり……なんだね。
 もう、本当に終わりなんだ。

 切り捨てたのは、あたしだ。

 窓の外、あとからあとから振ってくる雪。

 でも、涙が。
 あとからあとから、こぼれてきて。

 なんで止まらないんだろう。


時系列と舞台 
------------ 
 2005年3月13日
解説 
---- 
 崖っぷちの中、気持ちを伝えた幸久。しかし美絵子は……
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上 

 さあ、こっから始まるのだ(ホントか?)



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